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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
42/78

四一話︰束の間の

 

「よぉ、随分とひでぇツラしてんじゃねぇか」


 困った様に、でも少しだけ茶化す様に、駆け付けた少年は言う。


「……バカっ」

「誰の、せいよ?」


 今にも泣き出しそうな表情の少女達。

 その表情を見て、胸が締め付けられる。


 総護は無言で〝結界〟に触れる。すると〝結界〟は揺らぎながら消え去ってしまう。


「悪かったよ、心配かけて」


 今度は茶化す事なく、詩織と陽南を真っ直ぐ見つめながら謝る。


「………ねぇ、総ちゃん」


 数秒程してから、陽南が遠慮がちに口を開く。





「――恰好がまともじゃないけん、真面目に謝っとる感ゼロだけんね?」





 ――ごもっともな正論だった。





「プフッ」


 それを聞いて、詩織が思わず吹き出した。


「わたっ、それ、きっ、ククククッ」


 総護から顔を背け、手で口を塞ぎながら笑い続ける詩織。どうやらツボに入ったらしい。


 総護は自分の姿を見てみたが、ほぼ『パンイチ』状態――それに加えてウエストバッグのみ――なので真面目な話しをする格好には程遠かった。


「あ〜、確かにな」

「でしょ?」


 ――〝修復(リペア)


 直後、総護のジャージが逆再生の如く元に戻っていく。ただし、焼け残っていたズボンのみだが。


「アニキ、上着とかいるっスか?」

「いや、中に予備があったはずだからよ」


 腰のウエストバッグの中に手を入れ、探る様に動かした総護は中からサンダルと白い半袖シャツを取り出し素早く身につける。


「……総君、それはまさか四次元の〇ケット!?」

「人が真面目にしてたのに、それを笑うやつにゃ教えてやらねぇよ」

「――そんなっ」

「いや、まぁ、押し入れと同じだ。こいつも『空間魔術』使ってっからな」

「『アイテムボックス』キターッ!!」

「へぇー。どんぐらい入るだ?」

「そこそこ入るぞ。調べた事ねぇから限界は知らねぇがな」

「へ〜、めっちゃ便利だがん」

「中の時間は止まってるの!? やっぱり『生きてるもの』は入らないのかしら!?」

「止まってねぇよ、『時間』なんざそうそう操れねぇからな。『生きてるもの』は入るが、ゴチャゴチャした押し入れに犬やら猫やら入れるか? 余計に悲惨な状態になっちまうだろうが」

「……ちなみに、入ることはオススメしないっス。真っ暗でフワフワしてて物がいっぱいあって、アニキが開かない限り出られないっスから。―――好奇心は『死』を招くんスよ」

「飢えで餓死しかけたヤツが言うと説得力が違ぇな」

「餓死!?」

「き、肝に銘じておくわ」



 すっかり普段通りの空気に戻った総護達。


「ミャ〜」


 そんな彼らの近くから不意に鳴き声が聞こえる。


「あ、にゃんこ。え、まって、めっちゃ綺麗!!」

「本当ね、どこから入ってきたのかしら?」


 白い猫がこちらに近づいてくる。


 穢れなき純白の体毛に、銀の瞳。確かに、陽南の言う通り『綺麗な猫』だ。

 ただ歩いているだけにも関わらず気品や高貴な雰囲気すら感じさせる。


「ほら、こっちおいで〜。お〜、よしよしよし〜」

「全然人間を怖がってないわね。飼い猫かしら?」

「ふみゃ〜」


 陽南と詩織の手によって至る所を撫でられているが、まったく動じていない。


 というか、普通にリラックスしている。


「猫ぉ? どうやって入ってき、―――っ!?」

「総君?」

「い、いやぁ、なんでもねぇ」


 目が合った瞬間、総護は猫の正体に気付いた。


 いや、さも『気付け』と言わんばかりに魔力を放ち始めたのだから気付かないわけがなかった。


(……なるほどなぁ、そういうことかよ)


 そして、近くから微かに感じる二人の気配(・・・・・)

 ――そのうち一人はつい最近会ったばかりだ。






「――酷いわね、無視するの【正体不明(アンノウン)】? 目の前にとても美しい白猫がいるのに」






 ピシリと、少女達の動きが止まった。


「………自分で言うんスか、それ? つーか、驚いて声が出なかったんスよ」

「まぁいいわ。それに『前に言ったこと』覚えていてくれて嬉しいわ」

「どもっス」


 ――確かに『彼女』ならばその気品も気高い雰囲気も、人間を怖がらない理由も納得できる。


「「――猫が喋った!?」」


 だが、『彼女』の事を何も知らない詩織と陽南は当然の反応を見せる。


 ――それに『彼女』ならば、人語を解してもなんら不思議ではない。


「Hello,pretty girls」


 そう言うと『彼女』は詩織と陽南から少し離れ、ポンッという音と共に魔女帽子(エナン)煙管(キセル)を呼び出し、後脚で立ち上がる。


「初めまして、私はマーシー。ただの猫よ?」

「いやいや、ただの猫は喋んないっスよ―――王妃(・・)

「ふふ、冗談(ジョーク)よ」


 魔女帽子をかぶりつつ、マーシーは詩織と陽南へ向き直る。


「では、改めまして。私の名前はマーシー・シャーマイン。魔術師で種族は妖精猫(ケット・シー)よ。立場としては王妃になるけれど、あまりかしこまらなくていいわ」


 ――そう、妖精猫(ケット・シー)の王その第一の妻であり、【魔煙王妃(マダム・スモーキー)】と呼ばれる彼女ならば、何も不思議ではないのだ。


「そうね、気軽に『マーシー』って呼んでちょうだい。よろしくね」


 本人としてはウインクを交え親しみやすい挨拶をしたつもりなのだろうが、


 ――いかんせん、一般人にとってはあまりにも情報が多すぎた。


「お、王妃様で、けっと、しい? で、魔術師? えっと、つまりそのぉ、えぇっとぉ……?」


 陽南は頭から今にも湯気が出そうになっている。


「――『妖精猫(ケット・シー)』キターッ!! しかも魔術師で王妃様とか属性盛りすぎじゃないかしら!? いいの!? そんな奇跡あっていいの!?」


 詩織は興奮と歓喜に震えていた。


 その後陽南と詩織も総護を仲介役として自己紹介を済ませ、簡単な質疑応答が終わった時、


「それで、そこで伸びてる子は誰なの?」


 ――マーシーは総護の後ろへと目を向けた。


 そこにはピー助が気絶して地面の上に横たわ……いや、倒れていた。


「あ〜、こいつの名前はピー助。色々あって……『猫』が死ぬほど苦手なんスよ」

「……そうなの」

「気にしないでいいっスよ、そのうち起きるんで」

「総君、せめてなにか敷いてあげたら?」

「刺激があった方が早く起きると思うからよ、気にすんな」


 なんともスパルタな兄貴分だった。


「ねぇ、【正体不明】」

「なんスか?」


 不意に呼ばれた総護が目線を下げると、


「――あら、もうはぐらかさないの(・・・・・・・・・・)?」


 マーシーから意味ありげな笑みを向けられる。


 詩織と陽南はマーシーの質問の意図がさっぱり分からないので、揃って首を傾げる。


「……『はぐらかす』も何も、王妃のこと知ってるわ〝簡易世界(ここ)〟にいるわで否定はできないっスよ」


 片手で頭を掻きながら総護は答える。


 ――そう、この場にいるのは最上総護(・・・・)であって(・・・・)正体不明(・・・・)ではない(・・・・)


 『一般人』である最上総護は【魔煙王妃(マーシー)】の存在を知らず、もちろん面識などない。


「つーか全部聞いてんなら(・・・・・・・・)、隠す必要なんかねぇじゃないっスか」


 そう、総護が【正体不明】である事を否定しなかった理由はこれに尽きる。


 もはや必要性が無かったからだ。


 そして、そのまま視線をマーシーの右後方へと向けると――


「―――ユランさん(・・・・・)、そっからコッチ見てんの気付いてますからね? あと婆ちゃんもなぁ」


 ――そう断言した。






「――流石ですね、見つかってしまいました」

「だから言ったじゃない、『疲れていても総護ちゃんなら気付く』って」






 声が聞こえたと思うと『何も無かった』空間が揺らめき始め、二人の女性が姿を見せた。


 一人は黒色の着物姿の鳴子。


 そしてもう一人は、白と黒の若く美しい女性。

 真白い長髪にシンプルな黒いドレス。両の瞳は閉じられているが足取りに迷いも不安定さも感じられず、まるで視えている様だ。


「もう、貴女が先に行ってしまったから、出ていくタイミングを逃してしまったんですよ?」

「だからって、隠れなくてもいいじゃない。ナルコも付き合わなくていいのに」

「でも、珍しく緊張してるみたいだったから、深呼吸する時間くらいあってもいいと思ったのよねぇ」

「な、鳴子? 何を、言っているんですか? 別に私は、緊張なんて、し、していませんよ?」

「その割に全然緊張が解けてないじゃない」


 二人と一匹の会話が弾み始める。


(うっわぁ、超美人!!)

(……凄い、綺麗ね)


 詩織と陽南は既に鳴子達の登場の仕方よりも、白髪の女性の方へ一気に意識が持っていかれていた。


「――す、すみません。初対面の方々に挨拶もしないなんてっ」


 ハッとしたように女性が総護達へと向き直る。


「初めまして。ユラン・グラシニア・最上です」


 女性――ユランは陽南と詩織へ向けて優雅に一礼し微笑む。


「「………」」


 ユランが行ったのはただの挨拶。特別な事は何もしていない。


 ――しかし、二人の少女は魅入られる。


 頭を下げた際、零れる様に動く新雪を連想させる白髪に。

 スカートを持つ両手の、流れる様な動きに。

 自分達に向けられた、聖母の如き微笑みに。


 ――視線を、心を、彼女達のナニカを掴んで離さない強烈な美しさがあった。


「ちょっ、何で〝魅了(チャーム)〟かけたんスか!?」


 ――パンッ。


「――へぁっ!? あ、あれ?」

「……っ、ごめんなさい、ぼーっとしてしまって」


 目の前で総護が手を叩いた事で正気に戻った詩織と陽南。


「えっ、す、すみませんっ。でも、私、〝魅了〟なんて使ったつもりは無くて、ほ、本当に、ごめんなさいっ」


 そんな詩織と陽南を見て、顔を青くしながら平謝りするユラン。

 ――しかし、何故か詩織と陽南の目には余計にユランが美しく見え始めていた。


「落ち着きなさい、余計に魔力が乱れてるわよ。……この子達は魔力耐性が低いんだから、ユランの魔力に当てられたら(・・・・・・)どうなるか分かるでしょ?」


 マーシーの言葉で気落ちした様子のユランだったが、鳴子に促される形で深呼吸を始める。


 それを聞いて、総護はユランの突然の〝魅了〟に納得がいった。


 ユラン程の魔術師ともなればその魔力量は極めて膨大。総護や鳴子、マーシーはユランの魔力が多少乱れ、周囲に漏れ出た程度ではなんの影響も無い。

 魔術を扱う彼等は魔力に対して強い耐性を持っているからだ。


 だが、詩織と陽南は違う。

 一般的な生活を送る彼女達は魔力耐性が魔術師・魔法使いと比べると無いに等しい。

 だからユランの魔力を至近距離で浴びてしまい、〝魅了〟に近い状態になってしまったのだ。


「だいたい若い子がいただけで、何でそんなに緊張してるわけ?」


 呆れた様なマーシーの問に、


「――っ、そ、それは、総護君のお婆ちゃん(・・・・・)として、相応しい態度であろうと、したかった……んです…よ」


 尻すぼみになっていくユランの声。

 どうやら意気込んだはいいものの、それによって緊張した様で、今度は意気消沈といった様子だ。


 詩織と陽南はユランの言葉に引っかかりを感じた様だったが、それを気にする余裕は無かった。


「昔からそうやって変に気負うから上手くいかないんだよ。自然体でいればいいのにねぇ」

「で、ですが鳴子。『舐められたら終わりだぁ』とゲンはよく言っていましたよ?」

「それは、喧嘩とかの場合じゃないかしらねぇ」


 鳴子の言葉を聞いて、ガックリと肩を落とすユラン。


(……ユランさん(この人)、以外に残念なタイプだな)


 目の前のコントの様な光景を見て前回とは随分と印象が変わった総護だった。


「あ〜、落ち込んでるとこ悪いんスけどこっちも自己紹介いいっスか?」


 しかしこの調子だといつまでたっても話が進む気配がなかったので、こちらから切り出す事にした。


「ゆ、幸原詩織といいます」

「木乃町、陽南ですっ」


 マーシーの時と同様、緊張気味に頭を下げた詩織と陽南。先程の〝魅了〟擬きの影響もあってか、少し緊張している様だった。












 ――きっと何もなければこのまま少し会話を楽しみ、その後は総護の家で食事となったかもしれない。














「――、――んで?」














 刹那の困惑、瞬時の切り替え。















「――てめぇは、俺に『死ね』っつってんのか?」















 それを『独り言』と言うには、明確な方向性と不穏な気配を含み過ぎている。


 自然と少年の視線の先へ、その場の全員の視線が集まっていく。















 黒の着流しに同色の帯、そして草履。

 腰には艶のない黒い木刀を差した老爺が一人、こちらへと歩を進めていた。















「――師匠(・・)

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