四〇話:【龍殺者】VS【正体不明】(下)
「……うっそぉ」
視線の先、目で追えない程の勢いで吹き飛ぶ誠一と剛。
それを見て、陽南の声が思わず声が漏れた。
まぁ人が吹き飛ぶ場面など普通はお目にかかれないので、陽南の反応は当然ものだろう。
「―――っあ!?」
〝結界〟の中に陽南の声が響く。総護の体の異変に気が付いたからだ。
総護の肌、主に上半身の大半が黒く変色して――いや、あれは、
「こ、焦げ、とる……!?」
そう、火傷というレベルでは無く――焦げていた。遠目から見ても特に両手から両肩にかけて、首筋や背中、腰辺りまでもが黒くなっている。
「え? 総ちゃん大丈夫だ!? いや、絶対大丈夫じゃないがん!! めっちゃヤバいがん!?」
どう見ても重傷、今すぐ病院に行くべきだ。
そう思った陽南はスマホを手に持とうとして、持ってきていない事に気が付く。
「ねぇピー助。……総君は、『アンノウン』だったかしら?」
そんな慌てふためく陽南とは対照的に、詩織は落ち着いていた。
「詩織ちゃん!? そ、そんな事言っとる場合じゃな――」
「――陽南ちゃん、総君をよく見て」
「そんな何回も見たって変わら――あ、れ?」
――重度の火傷が既に治りつつあった。
「……え、うそ、治っと、る?」
白と青の魔法陣の下。総護の肌は未だに赤く腫れているが、それでも黒く焼け焦げた部分はもう無くなっている。
「あの魔法陣は『回復魔法』、いや『治癒魔術』かしら?」
「そうっス、アニキが使ったのは〝白天翼の愛涙〟 『光属性』と『水属性』の回復系混合魔術で、効果は見ての通りの『超再生』と『超回復』っス」
もう一度陽南が総護を見ると、もう火傷の負傷は綺麗さっぱり無くなっていた。
すると総護は足元の地面から『日本風の槍』を二本引き抜くと、己の前後へ向けて突きを放つ。
何も無い空中を高速で突くと思われた『槍』は、しかし途中で砕け散る。
そこに、誠一と剛がいたのだ。
『緑色の光』に包まれた総護は足元からあらゆる武器を創り出し、誠一と剛の猛攻を凌いでいる――と、思われる。
何故なら、彼らの攻防は詩織と陽南の目では捉える事ができない程の凄まじい速さだからだ。
猛る炎の魔人に、荒ぶる雷の魔人。
そして武器を振るい、魔術を行使し、正面から魔人に立ち向かう一人の少年。
――ああ、夢にまで見た光景だ。
――心から願った世界だ。
詩織の前には待ち望んだ『非日常』が溢れている。思いを馳せた『超常』が今、この瞬間も現実として動いている。
――こんなに嬉しい事は無い。
――こんなに興奮する事は無い。
詩織は今、幸せの頂点に立って――
(……全然、楽しくも嬉しくもないわね)
――いなかった。
最初の興奮はどこへやら。詩織の心には暗い影が差していた。
確かに始めはワクワクしていた。でも、長くは続かなかった。興奮も喜びも、同じくだ。
(なんで、なんでこんなに、苦しいの?)
陽南と会話をしても、ピー助に話しかけても何も変わらなかった。
興奮などの代わりに詩織の胸の内にあるのは、ジワジワと締め付ける様な苦しさだけ。
「――総ちゃんっ!!」
すぐ横で陽南が叫んだ。
それはとても悲痛な声。
(……そっか、私――)
陽南の横顔を見て、詩織はこの『苦しさ』の正体が分かった。
そのまま総護達へと視線を向ける詩織。どうやら何かが爆発したのか、煙に包まれている。
しかし、突然霧が吹き飛び、ボロボロの総護をめがけ一撃を加えんとする誠一と剛の姿が歪む視界に映る。
「総君っ……!!」
自分の喉から出てきた声は、詩織の想像以上に震えていた。
**********
(――クッソ、マジかっ)
誠一と剛を吹き飛ばした総護は二つの意味で驚愕していた。
――まず、自身の負傷について。
〝A・D・G〟は効果が薄い事は分かっていた。しかし、〝反射・倍加〟を噛ませてなお、重傷を負ったからだ。
〝反射・倍加〟
攻撃を吸収し跳ね返す〝反射〟の魔法陣に、〝倍加〟の魔法陣を組み込んだ汎用性の高い防御魔術だ。
もちろん万能では無く込められた魔力量によって性能が変動するもので、込める魔力が少なければ吸収どころか砕け散ってしまうのだ。
だから総護は自身の約五割――並の魔術師など比べ物にならない程膨大な――の魔力を注ぎ込んだ。
しかし、それでも魔法陣は半壊。
結果、吸収しきれず、もちろん〝倍加〟など発動せず、貫通した余波が総護の体を焼き焦がしたのだ。
――次に、吹き飛んだ誠一と剛の攻撃について。
〝反射・倍加〟はその効果を発揮しなかった。
そう、効果を発揮しなかったのだ。
〝反射〟すら発動したかどうかも怪しく、せいぜい半分の衝撃を反せていればいい方だ。
つまり、誠一も剛も自身の二倍を受けていない。半分程度の衝撃ですら彼方へ吹き飛んでいったのだ。
一体どれほどの威力だったのか、想像すらしたく無い。
――〝白天翼の愛涙〟
さらに大量に魔力を消費するが、短時間で劇的に『再生』、『回復』するにはこの魔術しか無かった。
(どうする?)
回復している最中、〝身体強化・流烈〟を解かずに総護は高速で思考する。
(魔力は四割ちょい、気も〝身体強化〟解けねぇから半分ぐれぇか? あ〜〝反射・倍加〟使うんじゃなかったなぁおい)
我ながら笑えてくる。これでは一泡吹かせるどころか自身の生存すら怪しいものだ。
(はぁ、どうす――っ!?)
限りなく希薄。しかし、確実に感じたのは――二つの殺気。
――〝錬成・土槍〟
――〝物体強化〟
地面から引き抜いた槍を総護は、全力で自身の前後へと突き刺す。
が、〝土剣〟と同じくまたもや砕ける。
「お、いい反応だ」
「なんだ、まだ元気そうだね」
――二人の武人の攻撃によって。
「今にも倒れそうなんスけど、ねっ!!」
誠一と剛の攻撃が迫ってきた時。総護が選んだのは防では無く、攻。
【龍殺者】の相手に長時間に渡って距離を取るのは不可能に近い。先程も吹き飛ばしたにも関わらず容易く距離を詰めてきたのだから、魔術主体の戦闘はできない。
だから、
――〝陽光の癒し〟
直剣を、槍を、棍棒を、手斧を、鎖鎌を、あらゆる武器を〝錬成〟し、全力で治癒し続けながら攻める。
斬りかかり、突き、殴り、叩き付け、投げ放つ。肌や喉や眼球が焼けようが、全身が感電しようが構わず攻め続ける。
――その姿、修羅の如し。
(……おいおい、こいつはまた凄いな)
(……人のこと言える立場じゃないけどね)
総護の猛攻を砕きながら、なんとも言えない気分になる誠一と剛。
(――ここっ!!)
ほんの僅かな、気の緩み。総護はそれを見逃さなかった。
――〝水弾〟
それは拳大の水の玉。初歩的な『水属性』の攻撃魔術で、けっして高威力の攻撃魔術では無い。
が、その数が尋常ではなかった。
三人の周囲の空間を埋め尽くさんばかりに出現、三人に向け射出された。
――〝水の子の守り〟
総護は〝水弾〟と同時に、これから起こるであろう衝撃に備え、『水属性』の防御魔術を展開する。
それは『大量の水』が『高温の存在』に接触して、瞬間的に『気化』する事によって発生する『爆発現象』
――名前を、『水蒸気爆発』と言う。
再び感じる衝撃に、白く染まる視界。
まさか日に二度も吹き飛ぶとは想像していなかった誠一と剛は、濡れた衣服の感触に顔を顰める。
(目眩しと撹乱、か)
周囲はすぐ先も見えない程の白い濃霧に包まれている。
(でも、この程度じゃ僕らは欺けないよ? 例え『分身』してもね)
――〝霧の幻人〟
『水蒸気爆発』はただの下準備に過ぎず、発生した霧と霧の分身によって姿を眩ませる事が総護の本命だった。
〝身体強化・流烈〟を解き、気配と息を殺し、魔力を抑えながら次の行動に移ろうとしていた総護だったが、
「ハッ!!」
「せいっ!!」
(今のうち―――っ!?)
――剛と誠一の声が聞こえた直後に霧が晴れた。ついでに八人いた分身も消失した。
〝身体強化・流烈〟を発動させようとした総護だがそれより疾く、
「詰みだな、ジュニア?」
「もう逃げられないよ?」
――後頭部に寸の間を空け右縦拳が、心臓の手前の位置に右掌底が添えられていた。
「なぁ、ジュニア。もし今俺たちが敵で、俺たちを殺さないと陽南や詩織ちゃんが殺されるとしたら、お前はどうする?」
「――は? ……そうっスねぇ」
このタイミングで質問されるとは思っていなかった総護は一瞬気の抜けた声が出てくるが、少し考えると変わらぬ『覚悟』を告げる。
「なにがなんでも二人を殺します。……例え俺が死んだとしても」
――詩織と陽南を護る為なら、死すら厭わない。
総護は静かに、しかし力強く答える。
「……そうか」
総護の答えを聞いた剛は、後頭部から拳を引くと――
「バカ野郎」
ごすっ。
「イテェ!?」
――総護の脳天に拳骨を落とした。
「ちょ、いったぁ、なにするん、ス……か…?」
予想外の攻撃に総護は剛を睨むが、真剣な眼差しに黙らざるを得なかった。
「総護君、あっちを見てごらん?」
誠一の声に従いその視線の方へ目を向けると、
(……なんつぅ、顔してんだよ)
――今にも泣き出しそうな、陽南と詩織が見えた。
「なぁ、ジュニア。お前は慎護とあんな別れ方して、どう思ったんだ? どんな気分だったんだ?」
「そ、れは」
「辛かったか? 苦しかったか? 悲しかったか?」
「……当たり前じゃ、ないっスか」
――だから総護は『強くなろう』と決めた。
「じゃあお前は陽南と詩織ちゃんにも、『同じく事』をするんだな?」
「―――あ」
その瞬間、脳天から爪先までを落雷にも似た衝撃が走り抜ける。
――なんて、なんて単純な事だったのか。
「君はうちの娘に『私のせいで総護君が死んだ』なんて重たい十字架を、悲しみを一生背負わせるつもりかい?」
「そんなわけ、ないじゃないっスか」
――なるほど。それなら確かに『足りていない』
「じゃあジュニア、俺達と『約束』しろ」
総護と誠一と剛の視線が交わる。
「絶対に生きて帰ってこい、何があっても必ず帰ってこい」
「もしあの子達を悲しませる様な事があったら、例え地獄の果てだろうと追いかけて、後悔させるからね?」
――ここに新たな『約束』が生まれた。
「――はいっ」
その決意を表すようにの総護は力強く頷くのだった。
**********
「ホレ、あっち行って安心させてやれ。――もし泣かせたら、生きて帰れると思うなよ?」
「り、理不尽過ぎんだろ!? つか、言ってることが早速違うじゃないっスかっ!!」
「ダッシュだよ総護君、ダッシュ」
「分かってますって!!」
〝身体強化〟を使って走り去っていく少年。
「はぁ、これで一安心か?」
「そうだね、これで少しは総護君の『自己犠牲』がマシになるとは思うよ」
そんな総護の後ろ姿を眺めながら、ため息をつく。
「さて、俺達も行くか」
「そうだね」
そう言って二人が歩き出した時、
「お、随分と丁度よく消耗してやがるなぁ」
――背後に一人の老人が現れる。
総護の苦難は未だ終わらず、更なる死闘が近ずいていた。
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