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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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三五話︰宿命

 

「ほ、本当に寝るとは思わなかったわ……」


 丸テーブルを挟んで仰向けで眠っている総護を眺めながら、詩織は若干呆れていた。


「めっちゃ眠かったんだね総ちゃん。ほら突っついても全然起きんし」


 陽南は楽しそうに総護の左頬を指でムニムニと押してみるが、まったく起きる気配がない。


 こんな状況になったのには、もちろん理由があった。


 詩織と陽南は知らないが、総護は新しい『お守り』を創るため旧術式を改変したり新たな術式を構築したりと集中力と複雑な魔力操作を必要とされる作業を長時間に渡って行っていた。


 それから世界魔術連盟本部へと移動し色々と衝撃の事実を明かされた上に、ユランから『アドバイス』をもらい心中不安定な状態で帰宅。

 その後色々と考えている内に眠れなくなり、やっとの思いで覚悟を決めたが今までに無い類の緊張感に晒され続けていた為、高速で蓄積されていく心労と疲労。


 これらを統合したものがつい先程までの総護をジワジワと蝕んでいたのだ。


 少女達の返答を聞いて気が緩んだ総護を襲ったのは、



 ―――超強力な眠気。



 考える暇もなく遠のいていく意識を自覚した総護がなんとか少女達に伝えた言葉が、


『……俺、ちょっと、寝r』


 というなんとも締まりのないもので、呆れられても仕方がないだろう。


「ねぇ、陽南ちゃん」


 爆睡中の総護をよそに詩織は陽南へ、若干トーンの落ちた声をかける。


「ん、なーに?」

「陽南ちゃんは……本当に、よかったの(・・・・・)?」


『よかったの』


 その短い言葉に一体どれ程の意味が込められているのだろうか。


 少し陽南はキョトンとしていたが、考える素振りをみせた後、


「うん、いいよ〜」


 と笑った。


「詩織ちゃんは『よくない』だ?」


 今度は陽南から詩織へと同じ質問が返ってくる。


「私? 私も……いい、かな」


 詩織も陽南と同じだった。


 その場の勢いがあった事も否めないが、二人に後悔は無かった。


 正直な話、少女達は互いの想いに気付いていた。

 当たり前だ。気にならない異性の家にほぼ毎日の様に訪れる訳がないのだから。


『泣くのは自分かもしれない、彼女かもしれない。もしかしたら二人ともかもしれない』


 いつしか互いにそう思っていた。


 ――結果的に言えば、そんな考えは杞憂に終わる。


 彼女達の選択は、世間的にいえば『有り得ない選択』だろう。


 不誠実と言われるかもしれない。

 ふしだらだと言われるかもしれない。


 しかし、彼女達は『それ』を選んだ。


(あんなに……真剣に言うのはズルいわよ、総君)


『誰にも文句は言わせねぇ』


 真面目に、本気で、真剣に、総護は言った。


 ――ならば、きっと方法があるのだろう。

 ――きっと、誰も悲しまない方法が。


 直感の様なものだったが、不思議とそう思えたからこそ彼女達は決断したのだ。


「ねぇ、陽南ちゃん」

「ん? なに?」


 それに――


「これから、よろしくね」

「うん、こちらこそっ」




『大好きな総護(ひと)と、大好きな彼女(ひと)




 ――その隣を歩けるのなら、後悔なんてしない。




 そんな確信が彼女達にはあったのだから。





 **********





「なんだって?」


 少し間を開けてから男性が口を開く。


「言い間違いじゃ、ないんだな?」


 その横に座っているもう一人の男性も含め、その表情は到底笑顔とはいえなかった。


「はい」


 そんな二人を前にして、総護はもう一度同じ内容を伝える。


「この度、娘さん達(・・・・)と結婚を前提にお付き合いさせていただくことに、なりました」


 頭を上げながら、総護は事実を伝える。


 時刻は午後二時を少し過ぎた頃。総護は自宅の客室で正装の誠一、剛と対面していた。


 少し前。爆睡によって気力体力がある程度回復した総護は、詩織と陽南の顔を見て思い出す。


 ――今日が彼女達の父親が尋ねてくる日だった事を。


 そこからの総護の行動は迅速だった。


 陽南と詩織にこれからの予定を手短に伝えると自身は顔を洗いに洗面所へと移動。

 顔を洗ってからはテキパキと来客の準備を進めていった。


 そして現在、


「本気、なんだね?」

「はい」

「……冗談でもないな?」

「はい」


 詩織と陽南の父親の正面に座っていた。


 淡々と質問に答える総護をみて、顔を合わせる誠一と剛。


「詩織ちゃんも本気かい?」

「ええ、本気よ」

「陽南もか?」

「うん」


 愛娘達も迷わず答える。それを見届けた誠一と剛は同時にため息をつく。


「はっ、冗談も大概にするんだな。そんな事が通ると思――」

「――通します」


 剛の言葉を遮る形で、総護は強く言い切る。


「どうやって通すつもりだい?」

「『お願い』してみます」

「……誰に『お願い』するって?」

「誠一さん達は当然なんスけど」

「『けど』?」

「国に、『お願い』するつもりです」


 もう一度、迷いの無い瞳で総護は言い切る。


「ジュニア、そんな個人の勝手を国が通すとでもお――」

「――通ります。だってうちの爺ちゃんがそう(・・)なんスから」


 厳十郎は言っていた。


 厳十郎と総護は同じなのだと。

 総護のお願いなら通ると。


 厳十郎の言葉が冗談ではない事は身をもって理解した。なら二つの問題の内、一つはほぼ解決したと言える。


 そして、もう一つの問題は――






「……で、僕達がそんな事を許すと思ったかい?」






 ――厳十郎と鳴子(祖父母)は了承するだろうが、相手方が同じだとは限らないという問題だった。


「―――っ。お願いします」


 突き刺さる様な視線と気迫の籠った声に少し驚きながらも、総護は再び頭を下げる。


「「お願いします」」


 総護の左右で少女達も同じく頭を下げる。


 これは懇願であり、けじめだ。


 報告しないという手もあった。しかしそれは卑怯だろう、胸を張る事もできない。


 だから話すと決めた。

 堂々と誇れる様に、と。


 時計の秒針の音だけがいやに大きく響く中、


「はぁ……まさかこんな事になるとはね。――でも予想通り、かな?」


 ――長い沈黙を破ったのは誠一だった。


「あぁ、意外と早かったがな」

「そう? 僕としては遅いぐらいだと思ったんだけど」


 先程とは打って変わって口調が軽くなった剛と誠一。


「あ〜、三人とも頭上げていいぞ」


 剛の言葉で恐る恐る顔を上げる総護達。


「さてジュニア。聞きたい事がある」

「……なんスか?」


 顔を上げた総護へ剛が声をかける。


「お前は、何者だ(・・・)?」


 投げかけられたのは、あまりにも当然の質問。


「この前は瑠璃さん達も一緒だったから詳しくは聞かなかったんだけど、今は答えてくれるんだろう?」

「俺達の前で大口叩いたんだ、さぞかし有名なんだろうな?」

「「――っ!?」」


 総護に向けられている視線がより鋭くなる。同時に少女達の体が驚きに震えた。


 詩織と陽南はこんな雰囲気の父親を見た事がなかったのだろう。

 割と本気でビックリしている。


 その視線に込められている疑問は父親としてのものなのか、あるいは戦士(・・)としてのものなのか総護には分からなかった。


「俺は最上厳十郎の弟子で、周りは―――【正体不明(アンノウン)】って呼んでます」


 だからこそ総護はそのどちらにも応えられる様に、自信を持ってハッキリと答えた。


 例え自ら名乗り始めた訳ではなくとも【正体不明】という名が示すのは、ただ一人に他ならないのだから。


 総護の口から出た名前を聞いた誠一と剛は一瞬驚くと、


「……ク、クフ」

「クハッ」

「「ハハハハハハハハハハハッ」」


 ――盛大に笑い始めた。


「ちょ、なんで笑うんスか!?」


 予想外の大爆笑に、大真面目に答えた総護は少し恥ずかしくなってきた。


「くくく、悪いジュニア。しかし、これは上手く騙されたなぁ(・・・・・・・・)?」

「そうだね。総護君、役者とか向いてると思うよ」


 二人が驚くのも当然だ。


 ――ついさっきまでの総護は、いや普段の総護はいたって『平凡』なのだ。


 強者特有の気配や存在感など、全く持ち合わせてない。

 身体の重心もブレていて、定まっていない。

 つい先ほどまでの緊張で固まっている姿は『普通の少年』そのもの。


 どこをどう見ても、戦いとは無縁の生活を謳歌している様にしか見えなかった。


「『人を見る目』にはそれなりに自信があったんだが、俺も歳をとったかな」

「まぁ否定はしないけど、普通に凄いと思うよ。総護君の『演技力』は」

「『演技』というか、もはや『擬態』だろ」

「……確かに」


 どうやら反対はされていない様な雰囲気だ。


「【正体不明(アンノウン)】としてのお願いなら、国としても無視できないよね。というか一回痛い目(・・・・・)見てるし(・・・・)

「あの前例(・・)があるからな。それにジュニアなら問題無いだろう」

「実際のところ理想的だよ。超優良物件だね」


 いつの間にか雑談に入った剛と誠一を三人はただ黙って見ていた。


「ん? どうしたお前らポカンとして?」

「……反対、せんの?」


 陽南の口から漏れたのは率直な疑問だった。


「なんだ、反対して欲しかったのか?」

「そうじゃなくて!! ウチが言いたいのは――」

「分かってる分かってる。まぁ聞け陽南」


 ゴホンと咳払いをした剛は誠一と視線を感じ交えた後、目の前の少年達を見据える。


「お前達の気持ちは分かった、隠さずに正直に俺達に報告したのも偉いと思う」

「結論から言えば――僕らは反対しないよ」


 その言葉を聞いて詩織と陽南、そして総護の顔から笑みが零れる。

 正直なところ反対されるだろうと思っていたからだ。


 しかし、


「――だが、覚悟はあるんだろうな、ジュニア?」

「……どういう、事っスか?」


 続く言葉に、彼らの顔から笑みが消え去る。








「僕達の娘と付き合いたいと言うのなら」








 総護の目の前に、








「その覚悟、示してみせろ。ジュニア」







 高すぎる父親()が立ち塞がる。

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