三三話︰いつだって
総護が世界魔術連盟から帰ってきた次の日の午前中。
「……ねぇ、詩織ちゃん、なんで呼ばれたと思う?」
「『今日暇なら二人で来てくれねぇか?』って文面だけじゃなんとも言えないわね」
スマホを眺めながら道路を歩く詩織と陽南。
朝起きたら短文かつ分かりやすいメッセージが総護から届いていた。
『二人で』という部分にほんの少しだけがっかりした陽南と詩織だったが、行動は早かった。
互いに連絡を取り合い、集合時間と場所を決めたのが二、三時間前。
「取り敢えず、会えば分かるんじゃない?……お邪魔します」
「こ、こんにちわ〜」
そして現在、夏らしい薄着とスカート姿の詩織と陽南は最上家へとやってきていた。
「あら二人とも、いらっしゃい」
外出する直前だったのだろうか、普段より着飾った鳴子と玄関で出会う。
「お出かけですか?」
「そうなの、人と会う約束をしていてねぇ。総護ちゃんは多分部屋にいるはずだから、ゆっくりしていってちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあね、鳴子さん」
鳴子と入れ違いになる様に玄関から入る少女達。
二人がサンダルを脱いでいると、誰かの足音が近づいて来る。
「来たよ〜、総ちゃん」
「おう、悪ぃな急に呼び出して」
足音の主は半袖半ズボンのラフな格好の総護だ。
「いいわよ、学校休んで暇だったから」
そう、今日は平日。
普段なら学校に行っている時間だが、総護は面倒くさかったから、詩織と陽南は念の為という名目で休んでいた。
「先に俺の部屋行って待っててくれや、茶とか持ってくからよ」
そう言うと、総護は足早にリビングの方向へ歩いて行ってしまう。
「あ〜、今日は超涼しいわ〜」
「この間は冷房つける余裕なんてなかったもの」
そのまま総護の部屋へと移動した詩織と陽南。少しの間快適な室内に感動していた。
「……何で突っ立ってんだ、お前ら?」
いつの間にか冷えたお茶などの一式を持った総護が戻ってきていた。
「流石は『エアコン』、何と素晴らしいものだろうか。盟友、君もそう思わないか?」
「陽南、悪ぃがちょっと持っててくれねぇか? テーブル出すからよ」
「おっけー」
「無視っ!?」
いつも通りの詩織をスルーした総護は陽南にお茶などを渡すと、押し入れへと向かっていく。
そして、襖に右手で触れながら、
「〝解除〟」
一言だけ呟くと、カチリという音が響く。
そのまま襖を開けた総護は、現れた黒い壁面に手を突っ込むと「っお、あったあった」と言って座布団三枚と折り畳み式の小さな丸テーブルを取り出した。
「――それは『空間魔術』!?」
「ん? あぁ、そうだけど?」
「さ、さ、触ってもいいっ!?」
その光景を見た詩織は目を輝やかせて総護に迫る。
「ダメだ。危ねぇもんも結構入ってっからな」
「『見せるだけ』なんて、なんていう生殺し……っ!!」
しかしサラリと拒否され、恨みがましそうに総護を睨む。
「もう隠さんのだね、総ちゃん」
「あぁ、もう隠す必要が無ぇからな」
テーブルにコップを並べながら答える総護。
「陽南ちゃん、今の聞いた?」
「うん、ちゃんと聞いたよ」
返答を聞いて、何故か笑う少女達。
「と、取り敢えず、座ってくれや」
総護に促されるまま正面に座る陽南と詩織。
「ふぁ〜〜」
「……総ちゃん、寝とらんだ?」
「あぁ、ちょっと色々考えててな。まぁ問題は無ぇから」
眠そうな総護だったが、頭を振って無理矢理に意識を切り替える。
「今日、お前らに来てもらったのは新しい『お守り』を渡すためでもあるんだが――」
お茶を飲み、一呼吸置いてから総護が理由を説明する。
「――取り敢えず、『髪の毛』くれねぇか?」
その一言で少女達の空気が変わる。
主に悪い方向へ、だが。
「――変態」
「ウチ、そういうのは、ちょっと……」
――ドン引きしていた。
「ちょい待て、俺の説明不足だったからその目をやめろっ!!」
冷ややかな視線が総護の心へ突き刺さる。まるで氷の矢で心臓を射抜かれた気分だ。
「冗談よ、『お守り』に必要なんでしょ?」
「……シャレになってねぇよ」
「え? 冗談だっただ?」
笑いながら理解を示した詩織だったが、陽南だけは違ったようだ。
「……新しい『お守り』の所有者設定に必要なんだよ。お前らの情報が入ってりゃなんでもいいんから本来なら血液が最高だけどよ、嫌だろ?」
「あ〜、そういうのことね。ごめんね総ちゃん、ウチの早とちりだったわ〜」
苦笑いしながら手を合わせる陽南。
「まぁ、俺も言葉足らずだったしな。で、今から俺調整に入るけどよ、お前らど――」
「――見ていい!?」
予想通り、間髪入れずに詩織が答える。
「……陽南はどうすんだ?」
「ウチも見たい、かな?」
「りょーかい」
陽南の返答を聞いた総護は立ち上がると、机の上から二つの『お守り』を手に取る。
そしてテーブルに置くと、詩織と陽南から髪の毛を受け取った。
『お守り』の中から折り畳まれていた紙を取り出すと、広げていく。どうやら人型の紙の様だ。
その人型の紙に髪の毛が吸い込まれていく。それをもう一回繰り返すと、紙を畳み『お守り』の中へと戻した。
「ほれ、こっちが詩織ので、こっちが陽南のだ」
「え、もう終わり?」
詩織の想像とは裏腹にあっさりと調整が終わってしまった。
「『調整』だって言ったろ、複雑なもんはとっくに終わってんだよ」
「……そう、なの」
「いや、髪の毛吸い込まれるだけでも凄いがんっ」
明らかに絶賛テンション下降中の詩織とは違い、陽南は珍しく興奮していた。
「『お守り』は今まで通り家にでも置いといてくれや、そうすりゃ勝手にお前らのピンチに反応してくれるからよ」
「『ピンチ』って、こないだみたいな時だけだ?」
手に取った『お守り』を眺めながら陽南が問う。
思い返すのはこの前の出来事。
悪夢であれと思い、今となっては本当に悪夢だったかのように実感の湧かない出来事。
「いや、『所有者の生命の危機』に反応する様に設定してあるからよ、交通事故やら災害やらも含まれてるな」
少し温くなったお茶を飲みながら総護は答える。
「『絶対』とは言えねぇ。でも今回のは自信作だからよ、よっぽどの事がねぇ限りは守ってくれるはずだ。それに――」
不意に詩織と陽南を見る総護の瞳が、真面目なものになる。
「――もしもの時は俺が助けに行くからよ。安心してくれ、な?」
そう言って、総護は優しく笑った。
「「〜〜〜っ!?」」
総護の言葉を聞いて、少女達の顔に朱が差す。
「私っ、大事に、大事にするわねっ」
「ウチも、毎日持っとくけんね!!」
本当に、心の底から嬉しそうに詩織と陽南は笑った。
(――あぁ、クッソ、やっぱり俺……)
詩織と陽南の花のような笑顔を見て、総護は腹を括る。
――もう一つの話をしよう、と。
「なぁ、本題に入ってもいいか?」
少女達の耳に総護の声が届く。
「え、『本題』? 私はてっきり『お守り』を渡す為に呼ばれたと思ってたんだけど」
「言ったろ? 『お守りを渡すためでもある』ってな」
「あ〜、確かにしゃん事も言っとったねぇ」
思い返せば、確かに総護は言っていた。直後の『髪の毛』発言であっさり有耶無耶になってはいたが。
「俺、武者修行に出ようと思ってんだ」
真剣な面持ちで旅に出る、と総護は言う。
「そう、いつ出るつもりなの?」
「まだ決まってねぇ、爺ちゃんの許可が出たらすぐだけどよぉ」
「どこ行くだ? 外国とか?」
「いや、『異世界』だ」
『異世界』という単語を聞いて、少女達の表情が驚きに包まれる。
「い、『異世界』!?」
「あ、あぁ。つってもまだ何も決まってねぇけどな」
「『異世界』とかウチには想像もできんわぁ」
どの様な世界が存在するのか。
どの様な光景が広がっているのか。
どの様な生き物が存在しているのか。
お茶を飲みながら異なる世界に思いを馳せる詩織と陽南。
「――それで、お前らに、言っとかねぇといけねぇ事が、あるんだ」
詩織と陽南の視線が総護へと向けられる。
――さぁ、決意は固まった。
――後は、伝えるだけ。
「俺さ、ずっと前からお前らの事が好きだったんだ」
――いつだって変わる事のなかった、最上総護の想いを。
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