三一話︰もう一人の
「着いたぜぇ」
(ここは……)
〝転移〟で跳んだ先は、広い部屋だ。
本棚を埋めつくし、机の上にも積み上げられた大量の本。
植物、鉱物、骨に血液など無秩序に並べてある触媒の数々。
(すげぇ部屋だな)
流石は世界魔術連盟の本拠地だ。普通なら見かけない物がゴロゴロしている。
「なんだぁ、いねぇじゃねぇか?」
厳十郎は部屋を見渡しながら呟く。
「お前はここで待ってろぉ、儂ぁちと探してくっからよぉ」
そう言うと厳十郎は慣れた手つきでドアを開け、どこかへ行ってしまう。
(おい、返事ぐらい聞けよ)
期せず訪れた自由時間。
総護は部屋の中を見て回る事にした。
(……禁書に霊草、魔鉱石に黒骨に聖紅血。危険物と貴重品のオンパレードじゃねぇかよ)
総護とて魔術師の端くれ。辺りに置いてある物の危険性や希少性を理解している。
だから、無闇に触ろうとはせずに眺めるだけにしている。
そうやって時間を潰していたが何分経っても厳十郎は帰って来ない。
(何してんだよ爺ちゃんは? いつまで待ちゃ――)
「お前は誰だ?」
突然だった。
(――ッ!?)
突然、誰もいないはずの背後から男とも女とも言えぬ声が聞こえた。
「お前は、誰だ?」
再度、総護の後ろから問われる。
勢いよく総護が振り返ると、影がいた。
うっすらと笑みを浮かべながら近付く、影。
「お前は、誰だ?」
(……何だコイツは?)
問い続ける影に対して総護は即座に臨戦態勢へと移行する。
その直後、影に変化が現れた。
「「なぁ、お前は誰だ?」」
(増えた!?)
影が分裂する様に二人になったのだ。
(――この感じは……あぁ、そういう事かよ)
どうやらいつの間にか総護はハメられたらしい。
「「キサマは、誰だ?」」
『それを答える必要があるのか?』
再度二人になった影から問われるが、総護は質問に質問で返す。
(ま、この程度ならいけそうだな)
「「「「ならその身体を引き裂いて確かめてやろうっ!!」」」」
また分裂し、四人となった影が飛びかかってくる。しかし、総護は気にせず集中する。
スゥ、と息を吸い込み力を丹田に蓄え、
――放つ。
それはさながら小爆発。同時に総護の周囲の景色が纏めて吹き飛んだ。
しかし爆発の威力に対して総護の周囲の物は動いていない。
それは何故か?
何故なら、先程までの周囲の光景は仮初のものだったのだから。
『私と貴女は初対面だと思うのだが、これは一体どういうつもりだ?』
総護は背後へと疑問を投げかける。
「やはりこの程度の〝幻術〟では足止めにもならない様ですね。それにその〝幻術破り〟の方法、実にゲンの弟子らしい力技です」
聞こえてきたのは鈴の様な声の日本語。
同時に厳十郎が出ていったドアとは別のドアから一人の女性が歩み寄って来る。
第一印象は、白い女性。
年齢は二〇代前半だろうか。
腰あたりまである新雪の様な真っ白な髪に、透き通った白すぎる程の肌。スラリとした黒いロングドレスは余計に彼女の白さを強調している。
身長は総護より低く、目鼻立ちはとても整っていて下手な女優が霞んでしまう程だ。
その両眼は閉じられているが、恐らく総護のことは視えているのだろう。足取りに迷いが無かった。
『返事になっていないのだが?』
「ご、ごめんなさい。今日は誰も訪れる予定が無かったものですから、侵入者迎撃用の魔術を解除していなかったんです。これでもマーシーから連絡が来てから急いで解除したんですよ?」
女性は頭を下げてから、少し慌てた様に現状の説明をする。
「じゃあ、こうしましょう。コホン、今のは大きくなった貴方の成長を確かめる為のちょっとしたイタズラですっ」
(いや、なんでドヤ顔決めてんだよ。つかイタズラで〝幻術〟とか笑えねぇだろ!? ――ぁ?)
心の中でツッコミを入れる総護。だが、そこで気付く。
『……失礼。『大きくなった』とはどういう意味だ?』
『大きくなった』と、確かにこの女性は言った。しかし、総護は過去にこの女性と会った記憶が無い。
「『どういう意味』と言われても、そのままの意味なんですが。あれ?私の日本語、もしかしてどこか変でしょうか?」
そんな総護の質問に、女性は困った様に答える。
『いや、とても流暢な日本語だ。だからその、誰かと勘違いしているのでは?』
「『勘違い』? あぁ、そういう事ですか」
女性は何かに納得した様に頷くと、総護へと微笑を向ける。
「『勘違い』ではありませんよ、最上総護君?」
自信を持って女性は総護の本名を呼んだ。
『……残念ながら私は彼とは別人だ』
――またか。そう思いながらも、総護は事前に準備してある内容を語る。
『確かに私と彼は体格が近しいが、残念ながら彼は日本にいるはずだ。今、この時もな』
そう、総護が【正体不明】として活動している時は鳴子製の影武者が代わりに生活しているのだ。
その性能は完璧と言っても過言ではなく、誰が会話をしても違和感を感じない程だ。
これまでも総護の正体を暴こうとした物好きはそれなりに存在した。しかし誰もが実証を掴む事が出来ずにいた。
故に、【正体不明】なのだ。
『だから勘違い、いや人違いでは?』
――完全にこれまでと同じ流れだ。
そう思いながら総護は答える。
「いいえ、『人違い』でもありません」
だが、なおも女性は間違いではないと言い切る。
『何故そう言い――』
「――私が、大切な家族を間違える訳がありませんから」
総護の言葉は、女性の言葉に遮られる。
――今、この女性は何と言った?
『それはどういう意――』
「――何だぁ? こっちにいたのか、探したぜぇ?」
総護の言葉は今度は厳十郎に遮られる。
また別のドアから戻ってきた厳十郎は女性の横へと歩いて行く。
「どうやら入れ違いになった様ですね」
「あぁ、ここは意外と広ぇからなぁ。探すだけでも一苦労だぜぇ」
「もう、先に連絡をしてくれれば、ちゃんと準備をして待っていたんですよ?」
「そぅだなぁ、悪かった」
「だいたい、マーシーがいなかったらどうするつもりだったんですか?」
「あぁ? んなもん空間を斬って――」
「――また、この城の守りを壊滅させるつもりだったんですか? 以前どれほど私が苦労したか、分かっていますか?」
厳十郎の言葉を聞いた女性の表情が一気に氷点下へと変わる。
「ま、待て、悪かった。儂が悪かったからよぉ、その術はシャレにならねぇっ」
(……『術』? いやいやマジかよ、全然魔力の動きを感じねぇぞ!?)
とても、とても珍しい事に、厳十郎が本気で焦っている。
それはつまり、何かしら強力な魔術を女性は展開しかけているという事だが、これだけ近くにいても、総護には何の気配も感じない。
(何者だよこの女性……っ!?)
『――おい、説明しろ師匠』
「お、おう。なぁユラン、儂ぁコイツに色々説明する為に今日来たんだがよぉ」
「それなら、仕方ありませんね。ではゲンへのお仕置はまた後日ということで」
「勘弁してくれやぁ……」
ガックリと項垂れる厳十郎をよそに、女性は改めて総護へと向き直る。
「コホン、それでは改めまして。私の名前は、ユラン・グラシニア・最上。――貴方のもう一人の婆ちゃんです」
『…………………は?』
なんと間抜けな反応だろうか。
そんな総護の反応を見て、まるで『イタズラ成功!!』とでも言いたげに笑う美女。
同時に、「ブフォッ」という老人の吹き出した声が聞こえた様な気がした。
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