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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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二七話︰踏み込む

 月明かりの照らす薄暗い部屋の中で規則正しい寝息だけが聞こえてくる。


 その部屋のほぼ中央、布団の上で仰向けに眠っているのは灰色のシャツと青色の下着姿の最上総護だ。


 (……あ…っぢぃ…)


 今が夏場だからだろうか。とても暑く、寝苦しい。

 お陰で目が覚めてしまった。


 (……寝て、た? つか、何でこんなに暑ぃんだ?)


 自身が眠る――いわゆる寝落ち――前の記憶を辿ろうとしたが、それよりも寝起きの頭には暑さが気になった。


 背中が暑いのは分かる、布団が敷いて有るからだ。


 では、左右から感じる熱は何なのか?


 「―――は?」


 その《・・》熱源を確認した直後、総護の口からはなんとも間抜けな声が出てくると、同時に思考も一時停止(ストップ)


 無理も無い、何故なら、


 ――総護の右側に、木乃町陽南がいた。

 ――総護の左側に、幸原詩織がいた。


 総護の肩を枕にして、密着する様な姿勢で眠っていた。それも浴衣姿で、だ。


 (―――は? ハァ!? なん、え? ちょっ、ま、はぁ!?)


 これまで歩んできた人生の中で、間違い無く最大級の困惑だった。戦闘中ですらここまで動揺したことは無い。

 むしろ声を出さなかった事を褒めて欲しいぐらいだった。


 (と、取り敢えず、この状態はいろいろヤベェ(・・・)!!)


 総護はなんとか動揺を鎮め行動に移る。素早く自身の状態の確認し、周囲の状態の把握。すぐさま脱出をはかる。


 が、両腕は少女達の頭が肩付近に乗っているせいか痺れて動かない。

 左右の脚も片方づつ少女達の脚が絡んでいて動かせない。

 結論――


 (う、動けねぇ)


 ――現状では脱出は不可能に近かった。


 (マジで何なんだよこの状況はっ!? 何にも心当たりがねぇぞ!?)


 必死に頭を捻るが、寝起きだからかあまりよく思い出せない。


 (あぁああああああいろいろクッソ柔らけぇし!! いい香りもするし!! だぁあああクッソ可愛いなオイィイイイッ!!)


 総護の身体にしっとりとしていて、熱を持つ柔らかい肌の触感が伝わってくる。


 無防備な寝顔に、はだけかけている浴衣姿に、急速に理性が削られ、緊張と興奮で体温が急激に上昇し始める。


 (落ち着け、俺。煩悩退散っ!! 退散っ!! 退さ……って無理だろボケェッ!!)


 思春期の男子には刺激の強い状態だ。既に、胸の内は台風の夜の日本海の如く荒ぶっていた。


 「………んぅ?」

 「……ぁつ……」


 そんなこんなで総護がモゾモゾと動いていたからか、それとも総護の体温が急上昇し始めた為か、詩織と陽南が起きてしまった。


 「っ!? 総ちゃ――」

 「――待った」


 起きてすぐに総護が目覚めた事を理解した陽南は総護へ声をかけたが、途中で少し焦った様な総護に止められる。


 「ど、どこも触って、ねぇから、マジで。二人共、一旦離れてくんねぇか? 俺が動くと、い、いろいろマズい、だろ?」

 「「〜〜〜〜ッ!?」」


 平静を装ってはいるがぎこちない総護の喋り方で現在どういう体勢なのか思い出した少女達は、顔を紅くしながらも無言で素早く総護から離れていく。


 「………」

 「………」

 (き、気まずい……!)


 総護から少し離れた場所で正座をして俯いている詩織と陽南。咄嗟の動きだったとはいえ、全員正座なのは如何なものか。


 「……総ちゃん」

 「お、おうっ」


 静寂を破ったのは陽南だ。


 「怪我は、大丈夫だ?」

 「怪我? 何のこ―――っ!?」


 一瞬陽南の問の意味が分からなかった総護だが、思い出した。


 欧州支部から少女達の元まで駆けつけたこと。

 【魂喰い】と戦闘になったこと。

 結果、かなりの重症を負ったことまでを。


 「――ちょ、おい大丈夫か!? いや、婆ちゃんに頼んだから問題はねぇとは思うが、それでも結構やべぇ状態だったし。クッソようやく頭が回り始めやがった」


 鳴子に任せたのだから大丈夫だとは思ったが、それでも本人達に聞かずにはいられなかった。


 「ウチらは鳴子さんが治してくれたけん大丈夫、かな?」

 「そうね、今のところ問題ないわ」

 「……よかった」


 一安心とはまさに今の総護の心境だろう。見るからに肩の力が抜けていた。


 「――爺ちゃん、なんか言ってたか?」


 そんな総護から、独り言の様な小さな声が聞こえてくる。


 「『後の事は儂がやっとっから、重症患者はゆっくり寝てろぉ』って言ってたわよ」

 「……そっか」


 途中までしか思い出せないが、それでも想像する事は簡単だった。


 総護が自宅で寝ていたのは厳十郎が運び込んだからで、負傷が消えているのは鳴子が治療を施したからだろう。

 つまり、


 (……クッソ。負けた、のかぁ)


 ――力及ばず、総護は敗れたのだ。


 (全然ダメじゃねぇか、爺ちゃんがいなけりゃ今頃――)


 「――君、総君、大丈夫? やっぱり、まだ横になってた方が、いいんじゃない?」


 詩織の心配そうな声が聞こえる。いつの間にか下がっていた視線を上げるとこちらを見つめる二人の視線があった。


 「ん? あぁ、大丈夫、大丈夫。ちょっと考え事してただけだからよ」

 「でも、怪我、したって聞いとるよ」

 「んな大きな怪我じゃね――」

 「――嘘、つかんでよっ!! 大怪我したの、知っとるんだけんね……っ」


 ぽたりと畳へ落ちていく、雫。


 「もう、起きないんじゃ、ないかって、思ったわ」


 少女達の頬を伝い、涙が流れていく。


 「……心配かけて、悪かったな、ゴメン」


 頭を下げて総護は謝った。


 「ただまぁ、『最上総護復活』ってな!!」


 そして、総護は右手の親指を立て、明るい声で宣言する。


 「――だから、泣くんじゃねぇよ。な?」


 安心させる様な、総護の声。


 「総君っ」

 「総ちゃんっ」


 声と共に総護に抱きついた少女達。


 総護は少し困った様な表情をしながらも、詩織と陽南が泣き止むまでそのままの状態で待つのだった。




 **********




 総護は詩織と陽南が落ち着いてから改めて彼女達の疑問に答えていった。もちろんジャージのズボンを着てから、だが。


 しかし事前に鳴子から大まかな説明を受けていたらしく、説明自体はすぐに終わってしまった。


 ここで意外だったのは、詩織が食いついてこなかった事だろうか。


 陽南はともかく、普段の詩織なら絶対に中二病的な単語(この手の話題)に反応するのだが、今は静かにしていた。


 (……やっぱまだ調子が戻らねぇわな、あんだけの事があった後だしよ)


 目の当たりにした光景も、受けた痛みも、肉体が回復したとしても忘れられるものでは無いのだ。それが日常とはかけ離れたものならば尚のことだろう。


 「もう聞くことがねぇなら――」

 「総君の事が知りたいわ」


 小さく、しかしはっきりと聞こえる声で詩織が口を開いた。


 「ウチも、総ちゃんの事が聞きたい、かな」


 続けて陽南も同様に告げる。


 「俺、の事、だぁ?」

 「うん、私達は総君の事が知りたいわ」


 総護の前には詩織と陽南が座っていた。

 当たり前だ、彼女達と話しているのだから。


 しかし、『目』が違った。これは総護のよく知る『目』だ。


 ――覚悟を決めた者の『目』だ。


 「ねぇ総ちゃん。なしてそんなに強くなろうと思っただ?」

 「過去に、何があったの?」


 祖母か、祖父か。彼女達に何か吹き込んだらしい。


 「俺の事なんざ聞いても面白くねぇぞ?」

 「『面白い』とかじゃなくて、『知りたい』の。だって私達表面上(・・・)の総君しか知らないから」

 「そうそう、それに喋ってくれんとまた泣くけんね?」


 総護は一つ、大きな溜息を吐いてから語り出す。


 ――現在へと続く、最上総護の初まりを。

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