二五話:一面
静寂に包まれた山中の廃墟。その横の荒れ果てた駐車場へ、空中から一つの影が降り立った。
「――こいつぁ、随分と酷ぇやられようじゃねぇか」
影は血溜まりの近くで片腕を失い、崩れる様に倒れている総護へ近付く。
「……よく頑張ったなぁ、総護」
場違いな程に、優しい声。
影は片膝をつき一枚の札を総護へと貼り付け、ポケットから取り出した包帯を巻いていく。
「取り敢えず、今はゆっくり休め。後始末ぐれぇはやってやらぁ」
包帯を巻き終え立ち上がった影は木に引っかかっていた総護の腕を回収すると、総護と共にどこかへ消えてしまう。
後は、ただ静寂が残るのみだった。
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総護と男の死闘が始まった頃、鳴子は意識を失った詩織と陽南を神力で浮かべながら自宅へと跳び、自室へと向う。
「ピー助、お風呂を沸かしてきてちょうだい」
「うっス、任されたっス!」
途中ピー助に指示を出すと、すぐさま自室で二人の少女を布団に横たわらせて傷を癒し始める。
暖かく、優しく、癒しの波動が少女達を包み込む。少女達の傷が段々と癒えていくが、鳴子の表情は優れない。
(……やっぱり、器より中身の損傷が激しいねぇ)
既に少女達の外傷は完治している。だが、問題なのは内側。
(……なんて惨い事を。生きたまま魂を引き剥がされるだなんて、痛かっただろうに)
【魂喰い】が喰らうのは名の通り魂だ、肉体に用はない。
だから通常、器を破壊してから中身を奪っていく。肉体と魂の双方は強く結び付いているため、目的の為には邪魔にしかならないのだ。
今回は不幸中の幸いと言えばいいのか、男は【魂喰い】でも例外な部類に入った。
だからこそ、陽南と詩織は絶大な苦痛を味わい。
だからこそ、総護の助けが間に合った。
(今、治してあげるからねぇ)
鳴子が力を込めていく。そうすると詩織と陽南を包む光が徐々に濃くなる。
優しく、優しく。鳴子は二人の剥がれかけた魂を元に戻していく。
二〇分程かけて詩織と陽南の魂をゆっくりと癒していく鳴子。
「ふぅ、これでよし」
一段落着いた所で鳴子は神力の放出を止め自分の汗を近くのハンカチで拭いていく。
もう二人の傷は自然治癒力のみで回復出来る状態だ。現に今も呼吸も規則正しく、顔色も随分と良くなっている。
もうすぐ目を覚ますだろうと鳴子は考えていた。
ふと鳴子が壁掛けの時計を見ると、とっくに日をまたいでいるではないか。
「あらもうこんな時間。早く電話しないと、大騒ぎになってそうだねぇ。ピー助、ちょっとおいで」
「ハイハーイ、何スか?」
「私の代わりに二人を看ててちょうだい」
「任せるっス!」
鳴子は素早く立ち上がるとピー助を呼び、入れ替わる様に部屋を出ていく。
「……ん」
「…ぅ?」
五分程ピー助が二人の頭元でゴロゴロとしているとほぼ同時に詩織と陽南が目を覚ました。
「二人とも、おはようっス」
「え? ピー助? 何で……って、ここは」
「……何で、ウチら鳴子さんの部屋におるだ?」
いまだ状況が飲み込めていないのだろう。二人して首を傾げている。
「――よかった、目が覚めたんだねぇ」
部屋に鳴子が入ってくる。そして鳴子は二人を正面から抱きしめる。
「な、鳴子さん? 何を」
「ちょ、え?何で」
余計に困惑し始めた二人を抱きしめながら、鳴子は囁く。
「――大丈夫、もう大丈夫だからねぇ」
一瞬遅れて、少女達の体が震え始める。
「痛かったねぇ、怖かったねぇ。でも、もう大丈夫。大丈夫だよ」
堰を切ったように涙が溢れ、嗚咽が漏れる。
それから一〇分程少女達は泣き続けた。
鳴子もまた、彼女達を抱きしめ続けた。
その後泣き止んだ少女達に風呂へ入るように促し、ピー助は汚れた洋服を洗濯に向かい、鳴子は着替えの浴衣を準備する。
「まず、二人に謝っておかなくちゃいけない事があるの」
自室で浴衣に着替えた詩織と陽南の正面に鳴子は座っていた。その左肩にはピー助が乗っている。
少女達は揃って顔を見合わせる。
陽南と詩織が鳴子の部屋にいるのは、色々と説明をしてもらう為だ。風呂場へと向う前に二人はそう聞いていたので少し予想外だった。
「ごめんなさい。二人には、ちょっとした催眠術みたいなものをかけていたの」
「催眠術、ですか?」
「ええ、それを今解くよ」
そう言うと、鳴子はパンと両手を目の前で叩く。
「これで解けたはずだよ」
「え? でも……」
「うん、何も変わっとらんよ?」
だが、詩織も陽南も特に変化は無い。しかし、続く鳴子の言葉で変化が起こる。
「じゃあ一つ質問。ピー助って何だい?」
「何って、……え…?」
「あ、ぇ? な、何で?」
少女達は目に見え困惑する。何故ならば――
「――分からないんだろう?」
その言葉通り、詩織も陽南も分からなくなっていた。
二人とも小学生の頃から知っているはずなのに、今までさんざん喋って、触ってきたはずなのに。
――あんな生物は他に知らない。
――今、鳴子の肩に乗っているモノの正体は何だ?
「そういう事だよ。催眠術の内容は『ピー助の事を疑問に思わず、その存在をこの家の敷地外で他言しない』。つまりピー助はピー助、そういうモノだと納得する様にしてあったんだよ」
鳴子としても出来れば小学生に使いたくは無かった。
しかし、いつ何処で彼女達が口を滑らせるか分からなかったので仕方なく術をかける事にしたのだ。
「この子の正体は【精霊】なんだよ」
「【精霊】!?」
ピー助の正体にいち早く反応したのは詩織だ。しかも目が輝きを放っている。
「【精霊】ってあの人に加護を授けたり、魔法が使える様にしたり、相棒になってくれたりするあの【精霊】!?」
「し、詩織ちゃん?」
直前までの重たい空気も何のその。爆発的に高まった詩織のテンションは鳴子ですら驚く程だ。
「あ、ご、ゴメンなさい。ちょっと興奮してしまったわ」
「あ〜、詩織ちゃんきゃんやつ大好きだったね。良かったがん本物に会えて」
「……陽南ちゃん、私ちょっと泣いてもいいかしら? グスッ、感動で涙が出てきそうなの」
「泣くほど嬉しかっただ!?」
「いや〜、そんな反応をされるとオイラも照れるっス」
詩織の反応を見た鳴子は少し困ってしまう。
(この調子だと、私の説明なんかしたら、どうなるのかしらねぇ)
鳴子が元雷神だと言ったら、その上この世界の裏側を説明したら、一体詩織はどんな反応はするだろうか?陽南も驚かずにはいられないだろう。
そこで鳴子は以前、総護が言っていた言葉を二人に告げる。
「陽南ちゃん、詩織ちゃん、落ち着いて聞いてちょうだい。この世界はね、総護ちゃん曰く『意外とファンタジー』らしいの。だから――」
困った様な表情の鳴子の言葉に、詩織は全てを察したらしい。
「――分かったわ鳴子さん。つまり『魔法等の想像上の技術』、『想像上の生物』、『秘密結社や組織』なんかが実際に存在している、ということでしょ?」
「ま、まぁ、そういう認識でかまわないよ」
キリッとした顔の詩織の返答に若干の不安を覚える鳴子。
詩織が小声で「どうしよう、本当に『知ってしまった女』になってしまったわ」と言っているのは、聞かなかった事にした。
「陽南ちゃんは、そんなに驚かないんだねぇ」
「驚かんというか、まだ頭が追い付いとらんだけだけんね。アハハハハ……」
「普通の反応はそうなるかしらねぇ」
それから、鳴子は二人に色々な事を説明していく。
『裏』と呼ばれる世界の一面。
それを鳴子は分かりやすく簡潔に説明していくが、二人の頭は膨大な情報量と驚愕でショートしてしまった。
しかし、鳴子は説明を止めない。一度でも関わってしまったのなら知るしかないのだ。
そして、彼女達は知らねばならない。
――詩織と陽南はどの様な存在に狙われたのか。
――自分達を助けたのは一体誰だったのかを。
「……は、え?」
「ちょ、ちょっと待って鳴子さん!! なら今、総君が戦ってるってことなのっ!?」
ほんの数秒前まではどうにか鳴子の話を聞いていた詩織だが、今は困惑の色が強い。陽南に至ってはポカンと口を開けている状態だ。
「そうだよ」
「『そうだよ』って、どうしてそんなに冷静でいられるんですか!? あんなカイブツと戦って――」
「――総護ちゃんは逃げないだろうねぇ、絶対に」
淡々と、それでいてどこか悲しげに鳴子は語る。
「己の身を顧みず、削り続けてでも、総護ちゃんは戦うだろうねぇ」
「……な、なして? なして、総ちゃんは逃げんだ?」
弱々しく陽南が口を開く。
「今は、鳴子さんもおるし、厳爺だって帰って来るかもせんがん。だけん総ちゃんが今、一人で戦わんでも、いいがん」
「……そうよ、もっと戦力を集めてからでもいいはずだわ」
少女達の眼前には『元』とはつくが【雷神】だった老婆がいる。
他にも戦えるだけの力を持つ者がいるはずだ。
ならば―――たった一人で今戦う必要など無い、と少女達は言う。
「二人を襲った【魂喰い】の力は、もう人の域を完全に超えていたよ。アレに対抗できる人間は今、この街にはあの子しかいないんだよ」
鳴子は告げる、『自分には力が無い』のだと。
「それにねぇ、あの子はもう誰も失いたくないんだよ。」
続く鳴子の言葉、それは総護が『過去に誰かを失っている』という事を意味する。それに気付いてしまい詩織と陽南は言葉が出なくなってしまう。
「詳しくは私の口からは言えないけどねぇ。でもあの子が逃げたら、真っ先に狙われるのは詩織ちゃんと陽南ちゃんなんだよ? そんな事は何があっても総護ちゃんは許さないだろうねぇ、なにせ――」
鳴子は二人の少女の目を見ながら語りかける。
「――大切な人を護る為に、本当に、死に物狂いであの子は強くなったんだから」
「そ、それってどう「大丈夫ッスよ!」」
詩織の疑問を遮る様に沈黙を貫いていたピー助が勢いよく喋りだす。
「アニキは絶対に帰ってくるッス!! なんせアニキはあの最上厳十郎の唯一の弟子で、名高い【正体不明】なんスから。よく分かんない奴なんかサクッと倒してるに違いないッス!!」
鳴子の肩からフヨフヨと飛び立つと、詩織と陽南の前で自信満々に断言する。
「だから二人とも、安心して待ってるといいッス!! アニキは超超超超絶強いっスからね」
背中から伸びた蔦を器用に使い空中でドヤ顔とサムズアップを決めるピー助。
そのおかげか、室内の空気が少し軽くなる。
「なんならオイラがアニキの武勇伝を聞かせてあげるッスよ?」
詩織と陽南の周囲を移動しながら一つ、提案するピー助。そのピー助の提案に乗ろうとした少女達だが――
「それはこの後、総護ちゃんから直接聞くといいよ。帰って来たみたいだからねぇ」
「「「ッ!?」」」
――鳴子の言葉で全員の動きが止まった。
「さぁ、出迎えに行くとしましょうか」
立ち上がった鳴子の表情は、少し誇らしげであった。
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