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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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一八話:届く先


立ち竦んでいる詩織と陽南を観察するように数秒見つめた男は突然背を向け歩き出すと、少し離れた位置にあった座れそうな椅子に腰掛け、もう一度二人へと視線を向けた。


 「さて―――後は君達の出番です。ああ、程々にお願いしますよ?前回の様に、死んでしまったら(・・・・・・・・)意味が無いんですから」


 詩織でも陽南でもなく、明らかに第三者へと向けて指示が飛ばされる。

 直後、二人の背後からガラスを踏み割る音が聞えた。

 そしてこちらへとゆっくり近づいてくる、二つの足音。



 八メートル。

 ―――鼻を突く腐臭が漂い始めた。



 五メートル。

 ―――徐々に背後に感じる気配が明確になっていく。



 三メートル。

 ―――音と動きが、加速。



  一メートル。

 ―――接触まで凡そ、一秒。










 不幸な事に、彼女達は強かった(・・・・)


 だからこそ男の狂気に当てられても失神できず、恐怖に延々と蝕まれている。

 もしこの場にいたのが同年代の少女なら、とうの昔に白目を剥いて倒れていただろう。










  零メートル。

 ―――二人の体に、触れる。









 幸運な事に、彼女達は強かった(・・・・)


 恐怖心が消えたわけではない。

 寧ろ体が動かなかった状況だからだろう、考えてからの行動ではない。


 それは短いながらも確かに積み上げ、身についた護身の技。


 「「イヤァアアアアアア!!」」


 背後から触れたナニカへ絶叫をあげながらも陽南は回し蹴りで蹴り飛ばし、詩織は腕を掴み勢いそのまま投げ飛ばした。


 吹き飛んで行ったモノの正体を確認する事無く、二人は全速力で出口へと駆け出した。


 こんな場所にもう一秒だっていたくはなかったからだ。


 幸いな事に未だ体は重たいが、一度動いた為かどうにか言うことを聞く様にはなったようだ。


 「―――ッ!?詩織ちゃん!!」


 走っている最中、突然に陽南が右隣の詩織引き寄せた。

 急に引き寄せられ少しよろめいた詩織だったが、何とか体勢を立て直し何事かと陽南の方を見る。


  ―――ビダンッ!!


 その直後、今まで詩織が走っていた場所へナニカが肉を叩き付ける様な音を立てて着地した。


 ソレは両手両足を床につける四つば這いの姿勢からムクリと起き上がると、二人へ顔を向ける。


 「……う、そでしょ」

 「ハハ、……もぅヤダぁ」


 人、ではあった。


 ただ致命的に、いや、どうしようも無く絶命的なまでに―――壊れ過ぎている(・・・・・・・)


 もとの顔が分からない程にズタズタに切り刻まれた顔面。

 傷だらけの肌に、左肩からは白いものが顔を出している。

 そして腹部には物が貫通した様な穴が三つ空いていた。


 生きている訳が無い。

 だが動いている、二人に向かって来ている。


 そして、襲いかかってくる。

 握り拳を振り上げ、不規則な歩幅で、一直線に。


 その姿、まさに動く屍(アンデット)


 詩織も陽南も少なからず噂は知っていたが、実物と遭遇するなど思ってもいなかった。


 再度の予想外すぎる事態に、足が止まる。


 ―――逃げなくちゃ。


 二人がそう思い足が動いた時は、もう遅かった。


 背後、約数メートル先に詩織と陽南が吹き飛ばした二体が迫っている。その二体も同じく、壊れていた。


 そして陽南と詩織を中心に三角形の形で囲まみ、動きを止めた。。


 二人は無言のまま互いの死角を補う様に、背中合わせの格好をとる。



 「フゥ、フゥ、フゥ」

 「ハッ、ハッ、ハッ」


 怖くてなのか、吹き出した汗が冷えて寒くなったのか、震えが止まらない。

 酸素を求める様に浅く、早くなっていく呼吸。

 脳内は再びパニック寸前で、何も考えられない。


 逃げたかった。帰りたかった。


 だが、もう逃げられないという事だけは何となく分かってしまった。


 虫の音すら聞こえない静寂の中、方や動けず、方や動かず。


 五秒だろうか、一分だろうか。時間の感覚すら怪しくなってきた。

 誰も時が止まった様に動かない。


 そして―――時が動く。


 自分達を囲んでから微動だにしていなかった屍が揃えたかの様に一斉に飛びかかってきた。


 迫り来る骨の見える拳。人の可動域を超えて開かれる顎。


 それらを叩き、払い、捌いて、躱す。

 そして拳を打込み、蹴りを放ち、投げ飛ばし、叩き付ける。


 実力差は明白だった。


 闇雲に襲い来る暴力など少女達にとって、脅威にもなりえない。

 どれだけ恐怖に震えようとも、こういう場面でこそ彼女達の才が光る。

 拙く粗削りであれ、彼女達は武術家なのだから。


 どれだけ時間が経っただろうか、迎撃していくうちに屍達の動きがぎこちなくなっている様に見える。


 いや、どうやら気のせいではなく動きが鈍っているようだ。


 詩織が投げ飛ばした一体が地に伏したままなかなか立ち上がって来ない。

 気付いた時には三体とも起き上がらなくなっていた。


 ―――これで逃げられる。


 息を切らした詩織と陽南がそう思った矢先、意識の外から拳大の何かが飛来。


 陽南の右肩と詩織の右脇腹に着弾した。


 「ッグゥ!?」

 「ッゴホ!?」


 かなりの衝撃に数歩後退する陽南と脇腹を押さえ蹲る詩織。


 「ん〜、彼等では相手になりませんね」


 目先の亡者の事で手一杯だった二人は、完全にこの男の事を失念していた。


 「さぁ、第二ラウンドといきましょうか」


 男はゆっくりと歩みを進める。


 少女達とあと数メートルという所まで近ずいた男は、徐に構えをとる。


 左拳を前に右拳を自身の顎の横へと置き、右足を後ろに引いた構え。

 オーソドックススタイルと呼ばれるこの構え。ボクシングのファイティングポーズといえば分かりやすいだろう。


 戦闘態勢(ファイティングポーズ)をとった事で男から放たれる威圧が膨れ上がる。


 その上目を引くのは、妖しい光りを宿す両拳。


 ―――アレはヤバい。


 詩織と陽南の中で、過去最大級の警報が鳴り響く。


 「今度は少し強めに当てますね。久しぶりなので手加減が出来ないかもしれませんが、どうか死なないで下さいね(・・・・・・・・・)?」


 男の左拳が、ブレた。


 二人の顔面に何かが途轍もない速さで飛んでくる。


 ―――動けない、避けられない。


 二人が避ける動作をとろうとする前に弾ける様な盛大な音を立てて、着弾。











 「―――何ですか、それは?」










 衝撃も、痛みも感じなかった。代わりに聞こえてきたのは、驚いた様な男の声。


 何故なら詩織と陽南の一人づつを覆う様に半球状で、半透明の膜がいつの間にか存在していたからだ。


 「ぇ、何、これ」


 陽南も、詩織も当然困惑していた。

 しかし詩織だけは驚きながらも膜の正体が何となく分かったらしい。


 「……結、界?」


 これは自分達を守ってくれるものであると。


 『『対二種障壁展開完了。外部カラノ魔力攻撃ヲ確認、強度修正、完了』』


 詩織と陽南の眼前に突然、白い紙の人形が現れる。


 『『魔力吸収率、出力、トモニ正常。位置情報ノ確認、完了。情報ノ送信、完了。現状ヲ維持シマス』』


 何やら一通り喋ると沈黙してしまった。


 「ハハ、ハハハハハハハハッ!」


 男が突如、笑い出す。


 「そうですか、あなた達もですか(・・・・・・・・)!!」


 そして一頻り笑った後に、納得した様な表情になる。


 「なるほど、それならその魂の輝きにも説明がつきますね。いや、これは幸運としか言い様がない。まさか私と同じ存在がいたとは、これはもはや運命と言えるのではないでしょうか?」


 ブツブツと一人喋っていた男がまた二人の方へと歩いて行き、二人の結界に手が届く距離まで近づき足を止めると、光の収まった両手で二つの結界に触れる。


 「あなた達はいつこのチカラを手に入れましたか?」


 ―――ミシ。


 男は優しい声音で喋りかける。


 「生まれ持ったモノですか?それとも、与えられたモノですか?」


 ―――ミシッ。


 慈しむ様な眼差しで陽南と詩織を交互に見る。


 「とても素晴らしいモノですねぇ」


 ―――ミシリ。


 言葉や態度とは裏腹に、結界に触れる手に加わる力と威圧が跳ね上がる。


 「ありがとうございます。やはり、あなた達の魂を喰らえば私は強くなれると確信しました」


 再び両拳が妖しく光だすと次の瞬間、爆発。


 そう錯覚する程の衝撃が発生する。


 乱打乱撃、宛ら拳撃の嵐。


 男の両拳が目にも留まらぬ速さで二つの結界に叩き付けられる。


 「クハハハッ、素晴らしい、素晴らしい強度ですねコレは!!四割程度の力では壊れそうもありませんよ!!」


 嗤いながらさらに回転数が上昇していく。


 ―――誰でもいいから、これは悪い夢だと言って欲しかった。


 ただ街へと出掛けただけなのに、連れ去られ、襲われ、命の危機に晒されている。


 『助けて』


 肉体的にも精神的にも削られ続けている少女達に出来ることは、もう祈る事しか残されていなかった。


 陽南も詩織もただ必死に祈った。―――しかし祈りは誰にも届かず、事態は何も好転することはなかった。



 「五割程度、ですか。いやはや、本当に素晴らしいチカラでしたよ」



 そんな言葉と共に―――結界が弾けた。守りが、消えた。


 「それで、もう、終わりですか?」


 男は問う。

 まだ何か出来ないのか、と。


 しかし、二人がその問いに答える事は無い。


 恐怖と、絶望と、諦めと、何より男の有無を言わさぬ異質な迫力。


 声も出ず、動けず、震えるしかできない二人。答える力などあるはずもなかった。


 「……そうですか。存外、精神は脆かったですねぇ。まぁ子供ならこの程度でしょうか」


 無言を肯定と受け取ったのか、少しガッカリしたような男だったが、それもつかの間。一転して顔を綻ばせる。


 「―――では、食事としましょう」


 男が詩織と陽南に手をかざす。


 「「〜〜〜〜〜ッ!!」」


 直後、少女の声にならぬ絶叫が響き渡る。


 激痛だった。体の内側から絶大な痛みが発生する。


 何か大切なモノが無理矢理に引き千切られ、強引に剥がされていく様な痛み。


 「ああ、イイですねぇその色、輝き。やはりこの出会いは運命だったのでしょうか、クフフフフッ」


 痛みに悶え苦しむ少女達を目の前に、男は動揺することなど無く、ただ喜色に顔を歪めるのみ。


 常軌を逸して痛がる少女達。

 この状況で尚、嗤う男


 何処までも異常な光景だった。















 『助けて』


 少女達は、祈る。















 『誰か、助けて』


 気が狂いそうになる痛みのなか、祈り続ける。















 可能性の無いものだとしても、希望的観測に過ぎないとしても、この状況を打破してくれる存在を求め続ける。


















 先程は終ぞ誰にも届かなかった、祈り。















 「クフフ、……ん?」















 もし、この祈りに届く先が有るならば、―――





















 「何してんだゴラアァァァッ!!」


 ―――神や仏ではなく、この少年に届くだろう。


 最上総護という、男の元へと。

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