番外 発掘物
番外 発掘物
文明の遺跡。
大戦争で滅びた文明の面影を残す場所。
殆どが朽ち果てた場所で発掘される物は、時に大きな騒動を起こす事がある。
これは今の族長が、まだ幼い頃の話だ。
●
東の空に竜が舞っている。
未踏破地帯で戦士達が訓練を行っている。
今代の族長の邸宅には、引っ切り無しに荷物が届いている。
天使達の襲撃は無く、また、こちらから攻め込む予定は無い。
やる事が無い今、暇を持て余している。
「ゼウス様ー、ゼウス様ー?」
名前を呼ぶ声が聞こえた。
本を持った少年が邸宅の廊下を走っている。
「どうした少年。私に用があるのか」
「!」
音も無く現れたゼウスに少年が挨拶をする。
うむ、とゼウスは少年を抱え上げ目を合わせる。
「遺跡で発掘された本が今、届きまして……」
「ふむ?」
手に持っている本がそれだろうか。
察するに解説をして欲しいという事だろう。
だが、この少年の教育はディヤウスが一任していた筈だ。
「何故、私が? ディヤウスは留守なのか?」
「だってギリシャ神話ってゼウス様のお話でしょ?」
「え」
ギリシャ神話。
非常に人間臭い神々が織りなす英雄譚であり官能小説。
大体の悲劇は――後世の創作であったり、文化の変遷の影響はあるが――ゼウスの浮気のせいである。
「だから教えて下さい!」
明らかに子供向けに翻訳された物では無いであろう装丁の本を抱えながら少年がこちらを見た。
ゼウスは冷や汗を流しながら現状を整理する。
執筆者の性格や本の分類にもよるが、如何様に書かれようとも浮気や寝取りが日常茶飯事。
どう足掻いても、そのような描写はある、絶対にある。
ぬちょぬちょである。
それを、この少年に、読み聞かせ教える。
無理だ。
間違いなくディヤウスに――殺されはしないだろうが――酷い目に遭わされる。
「そ、そうか。ならばまず、どの様な内容であるか私が検分しておこう」
「?」
「ギリシャ神話は英雄譚である故……、恐ろしい怪物の話で夜に厠に行けぬのは困るだろう?」
「!」
流石は素直な少年、ゼウスが声を潜めながら言うと急いで本を渡してきた。
すぐに終わらせるからな、と少年と別れ手近な部屋に入る。
丁寧に、しかし素早く中身を確認すると、予想通りに登場人物は痴態を晒していた。
火鉢に投げ入れたい衝動を堪え、問題が無さそうな場所を探す。
「命拾いしたな、種馬が」
「黙れ過保護が……!」
いつの間にか背後に立っていたディヤウスが低い声で吐き捨てた。
ゼウスは振り返り思い切り睨みつけるが、涼しい顔で流された。
溜息を吐きながらディヤウスが鼻で笑う。
「雨に化けてまで孕ますような真似を恥ずかし気も無くするから、こんな事になる」
「全身に女性器を生やされた間男に言われたくはないな!」
「それは息子の話だ!」
●
「テュール様、まだ駄目?」
「うむ、暫し待て」
何という会話を大声でしているのか。
テュールは廊下を歩いていた少年を別室へと連れて行く。
2人は本の事などすっかり忘れ、互いに罵り合っている。
その内、誰かがあの破廉恥な会話を止めに入るだろう。
「まだかなー……」
とは言え、このまま放っておくのが忍びないのも事実。
「王やブラギのようにはいかぬが、昔話でも聞くか?」
「!」
目を輝かせた少年がテュールの膝に座る。
怒り狂った干城が2人の会話を止めるべく、部屋に乱入した音が聞こえたのはすぐの事だ。