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番外 サンタクロース

帝国文官物語、本編の方から移動しました

内容に変更はありません


 番外 サンタクロース

 

 救世主。

 文明が起こる遥か前、福音を説き、人類の原罪を自らの磔刑によって濯いだ男。

 

 明日は彼の生誕日であり、天使の国では大きな祭りが開催される日である。

 教会では荘厳な儀式が執り行われ、全ての天使達が主に祈りを捧げるのだ。

  

 だが文官には関係の無い話である。

 仕事が大量にあるからだけでは無い。

 帝国というのは基本、天使の国から異端認定された連中が集まる国である。

  

 エルフやドワーフは自然崇拝者とされ異端とされるし、ましてや悪魔人間、

そして主と敵対していた――今も尚――武神が帝国に居る以上、天使の国の行事など行える筈も無く。


 明日は部屋の片隅で祈りだけを済ませようと文官は床に就いた。

 

「今日の我はサンタクロースである。そのように敬うが良い」


 そんな配慮は日も昇りきらぬ朝、枕元で粉砕された。


 ●

 

 急いで火を起こし、部屋を温め、白湯を用意する。

 ついでに身支度も整える。


 日も昇りきっていない様な時間、当然、誰も起きていない。

 宮殿の中は静まり返っていた。

 

 部屋に戻ると、黄金の鎧が火の光を反射していた。

 何も言わずに暖炉の側へと誘われる。

  

「ユールであるな」

「ユール……?」

 

 かつて武神が治めていた国の冬至祭であると語られた。

 夜が最も長くなり、外が吹雪く頃、武神や故人に供物を捧げる祭りであるそうだ。

 

「それで、サンタクロースとは」 

  

 かつての聖人の逸話から端を発する人物と記憶していたが何故、武神がその名を名乗るのか。

 首を傾げた文官に武神が得意気に答える。 

  

「ユールは死者が現世に現れる時期。我はエインヘリヤルを率いて嵐を起こしながら幼子に贈り物をするのだ」

「成程」 

 

 それでサンタクロース、と返せば武神が頷く。

 事情は判った。

 ならば、と文官は武神の用事を聞く。 

 

「贈り物を配るのを手伝えばよろしいので?」

「いや、卿に届けに来た」 

「もう成人してるんですが」

「我から見れば18なぞまだ幼子よ」 

 

 神の寿命と人間の寿命を一緒くたにしないで頂きたい。

 やなこった。

 

 まるで皇帝のような――否、順序が逆か――表情で断られ、思わず頬を突こうとするも、事も無さ気に避けられた。 

 小癪な表情で武神が言葉を続ける。

 

「今日は幼子達に贈り物を配るだけでは無い」

  

 恐らく話の主題は見習い達の事であろう。

 感謝を、と返すと武神が白湯で口を濡らしながら話を続ける。 

 

「ユールの馳走の手配を我直々に執り行う。男も女も厨房で忙しいだろう」 

「でしょうね」 

 

 皇帝が即位する前、集落であったこの場を取り仕切っていたのは武神であった。

 そのような人物が声をかければさぞ、大きな話になるだろう。

 突然の出費なれど、娯楽が増えるのは良い事だ、と文官は頷く。

  

「皇帝達も借りるぞ。1人では骨が折れる」

「え? ええ、本人達がよろしければ」

 

 何をさせるつもりなのだろうか。

 取り敢えず、問題さえ起きなければ何でもいい、と少しだけ現実逃避をする。

 

「その後、竜の戦士や他の戦士達と手合わせだ。多少本気を出す故、今日はここに来るまい」

「……」 

 

 それは今日だけの話で済むのだろうか。

 怪我さえなければ何でもいい、と文官は引き攣った笑いを浮かべた。

 

 今日は忙しくなりそうだ、と手順を組み立てていると視線を感じた。

 武神がじっとこちらを見ている。 


「……」

「何か?」 

 

 何か粗相をしただろうかと、思ったが、武神の表情に怒りは無い。

 感情が読めず戸惑っていると、宣言をするような厳かで重厚な声が耳を揺らした。

 

「誰憚る事無く祈るが良い」 

 

 武神が文官の頭を撫で、文官の目が見開かれる。

 戸惑うように武神の顔を見上げれば鉄面皮が文官を見下ろしていた。


「……よろしいので?」

「何故だ」

 

 隻眼が僅かに緩められる。

 

「かつての大戦争、勇敢なる戦士達の中には、嗚呼、そうだ。

忌々しき奴の信徒も存在したのだ」

 

 そう言って武神が握った手を差し出す。

 くれてやる、と中から出てきたのは金の十字架であった。

 

 おずおずと受け取り、礼を言おうと顔を上げると、そこに武神の姿はなく。

 文官は十字架を握り、何も言わず祈り始めた。

  

 ●


「やり過ぎです」

「雪崩さえ起きなければ良いと雷を放った事は反省している」 

『俺は悪くねぇ』

「うるせぇ馬鹿共! 3人共、国境警備だ!」 

 

 日が昇り、料理の良い匂いが漂い始め、戦士達の雄叫びが阿鼻叫喚へと変わる頃。

 戦神によって地に伏された戦士達――国境警備の交代要員――を尻目に、祈りを済ませた文官の説教が帝国に響き渡った。


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