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0章(本編の3年前)


 0章 アザゼル


 最初に人間に産ませた子は化生の者であった。

 山よりも高く、そして尽きぬ食欲を持っていた。

 神に封印されている間に大洪水で死んだ。

 再びこの世に現れて産ませた子も化生の者であった。

 姿形こそまだ人に近い。

 だが、ある程度の年齢まで生きるか、または我々の前に立った途端、

それは人形に変わった。

 尊き者も、下賤な者も、臆病な者も、勇猛な物も皆、人形に変わった。

 所詮、我々はまともな命など生み出せぬ運命なのだと改めて突きつけられた。

 美しい世界があり、美しい女達がいて、技術を貪欲に学ぶ人間達が居た。

 だがそれも全て洪水に沈むか、戦争で灰になった。

 今ではかつて程の熱意も無く、人形を着飾る遊びに興じている。

 新たな人形が生まれる気配がする。

 そして今日もまた、アザゼルは我が子を迎えに行く。


 ●


 今日、この地が帝国となった。

 15歳で成人を迎え、それと同時に彼が皇帝に即位した。

 幼き頃から見守ってきた彼の晴れ舞台だ。

 騎士は遠くからそれを見守っている。

 その顔は全てをやり遂げたような、満足した表情であった。

 課題は山のようにある。

 成人したとは言え、未だ若い少年。

 だが彼ならばそれすらも乗り越えて立派な国を作るだろう。

 それを自分が見る事は決して叶わない。

 もう限界であった。

 夜に悪夢を見る事が増えた。

 昼に悪魔の囁きが聞こえるようになった。

 じわじわと、誰かが侵食してくる気配がした。

 剣を振っていると突如、意識が消え、体の力が抜けるようになった。

 今は何者かに縛られているかのように動かない体を無理矢理、動かしている。

 それらを皆に隠し通すのが限界であった。

 騎士は森を抜け、声の聞こえるままに進む。

 山頂の国境を超え、悪魔の国に入るとそこに1人の悪魔が立っていた。

 普通ならば身が竦む所だが、最早、恐怖すら無かった。

 騎士はその顔を見上げる。

 7つの蛇の頭、14の人の顔、12の翼を持つ悪魔

 騎士はその悪魔の名前を知っていた。

「アザゼル……」

 視界はもう既に暗くなっていた。

 意識は朦朧とし、目の前の悪魔に服従する事だけを考えさせられていた。

「迎えに来たぞ、我が子よ」

 その声で騎士の意識は閉じ込められ、

体の支配が奪われる。

 目から光が消え、騎士はアザゼルに侍る。


 ●


「よう」

 月の夜、悪魔の国の荒野にその少年は立っていた。

 白いヴェールで顔を覆った、先程、皇帝として即位した少年だ。

 傍には黄金の鎧を来た男が控えている。

 だがその男は皇帝を一瞥した後、馬に乗り姿を消した。

 従者にしてはやけに高い身分を思わせる男の存在に身を竦め、

去った事に安堵する。

 アザゼルは人形を見ている皇帝に説明してやる。

「もう遅い、こやつは我の支配下に下った。

所有権は我にある」

「ボケたかお前、何の為にここまで来たと思ってる」 

 この国じゃあ勝者が全てなんだろう、

皇帝が笑いながら言った。

 よくぞまあ言ったものだと、アザゼルは驚く。

 正義感か、哀れみか、何にしてもこの小僧、

このアザゼルに勝つつもりらしい。

 その性根が皇帝と慕われる所以だろうか。

 愉快であったので更に問答を続ける。

「力で強引に奪いに来たか」

「奪うも何も」

 俺の側に騎士がいる事が正しいのだ。

 皇帝は尊大にもそう言ってのけた。

 愚かな、とアザゼルは口元を歪めた。

 こんな小僧に何が出来るとせせら笑った。

「いいだろう」

 アザゼルの周りを炎が取り巻く。

「貴様の魂を人形と共に愛でよう」

 幾つもの炎の玉が皇帝に襲いかかる。

 それらを避け皇帝がこちらに走ってくる。

 剣を蛇の頭で受け止めると、ギィン、と甲高い音がした。

 思い切り頭を振り地面に叩きつけようとするが、

皇帝は猫のようにくるりと着地し、再び走り出す。

 羽根で砂埃を巻き上げ、蛇の噛み付きで攻撃する。

 それで時間を稼いでいる間に、魔法を発動させる。

 かつて天使となる前の、太陽に火を灯す役割の名残。

 唸り、力を練り上げると周囲に光る魔法陣が現れ、

太陽と見紛うような炎球がアザゼルの上に浮かぶ。

 周囲が昼間のように照らされ、熱風が辺りを焼く。

 存在するだけで大地が乾き、ひび割れる。

 それを皇帝の方に無造作に放り投げる。

 ジュウ、と音を立て、なけなしの草木が焼け、荒れた大地が焼け、

爆発が起き、辺りに乱気流が発生する。

 大戦争の頃、何度も人間を骨ごと焼いた炎。

 その炎に恐れる事無く皇帝は剣を構え、

一直線に炎を切り裂きながら走っている。

「……!?」

 アザゼルはその姿に狼狽える。

 こんな小僧、と侮っていたのは認めよう。

 だがこれは。

「ええい、こやつ狂人か何かか!?」 

「お前ドが付く程失礼だな!?

知らねぇのか、人間はなぁ!」

 魔法くらい、たたっ斬れんだ。

 炎球が2つに割れ、爆ぜた。

 熱風が大暴れし、方向も無く無茶苦茶に吹き荒れる。

 皇帝の高笑いが響く。

 青い炎が左目から溢れている。

「まだだ、次だ、次を寄越せ!

これが俺だ、皇帝だと見せてやる!

理不尽を切り裂く様を見せてやる!

飢えぬ国を創り! 死してヴァルハラに至り! 

あの戦神と並び立つ戦士になる為に! 次を寄越せええええええええ!」 

 これの何処が狂人で無いと言うのか。

 混乱した頭では――本人は冷静なつもりであるが――こうも考えていた。 

 この男に全ての悪魔は斬り伏せられるのだ、と。

 今ここで、殺さねば。

 アザゼルは蛇の頭で皇帝を飲み込もうとする。

 ど、と体が大きく揺れる。

 アザゼルの体が倒れかかる。

「申し訳ありませんが父上」

 皇帝のものとは違う、力の入った剣筋がアザゼルの体を削ぐ。

 蛇の頭が地面に落ちた。 

「その方に手を出す事は、いくら父上でも許しかねるのです」

 場の雰囲気のそぐわない静かな声。

 そこに立っていたのは人形では無く1人の男であった。

 地に立ち、敵を見据えた1人の騎士であった。

 かつて愛した人間がそこにあった。 

 見惚れている隙を突かれ、皇帝の剣が通った。

 アザゼルの体が2つに斬られる。

「っは、あははははははは! あははははははは!」 

 アザゼルは笑う。

 嘲笑か、愚弄か、それとも喜びか。

 口を大きく開け、目を見開き、狂ったように笑っている。

「見ろ神よ、俺でも人の子を孕ませられたぞ!

ざまあみろ! ざまあみろ! ざまあみろ……!」

 体中を赤く光るヒビが覆い尽くす。

 崩れ行く体と視界で最後に見たのは大地を踏みしめる人間達であった。


 ●


 騎士は皇帝の手を借りて立ち上がる。

 先んじて重要な事を確認する。

「陛下」

「ん」

「おひとりですか」

「おう」

 そうであって欲しくないという願望は物の見事に砕け散った。

「その、負けた時の事とかは」

「何で負けるのに戦うんだ?」

 帰ろうぜ、と皇帝が騎士のマントを引っ張る。

 あんまりな言葉に騎士は眉間を揉み解す。 

 助けられた身分で言えた義理では無いが戻ったら説教をするべきだろう。

 騎士がしなくても別の人間がするかもしれないが。

 文官か、武官か、それとも別の誰かか。

 それぞれの説教の様子を思い出し騎士は皇帝に付き添う。

 朝日が2人を照らしている。


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