第一章 竜の国
船旅ってのは、乗り物での移動の中でも楽しい方だと俺は思っている。
時に凶暴であり、時に妖艶なこの広い海は、まるで美女の如し。とか、どっかの人間が言っていた気がする。
俺は、水深によって異なる水の色、海底に広がる珊瑚礁や、その辺りを泳ぐ多種多様な魚介類達は、見ているだけでも面白いと思う。
もっとも、嵐に見舞われたり、船内で原因不明の乱闘が発生したり、バカが使った爆薬で船が沈みかけたりしない限りは。本当にバカなのかもしれない。
ちなみに、今の俺はその乱闘に巻き込まれ一対多の状況にある。乱闘じゃねえだろこれ。リンチだろ。
まるで美女の如し?楽しい船旅?冗談じゃない。
「袋叩きにするつもりかもしれないがさせねえぞ。全員返り討ちにしてやる」
虚勢でも張った方がいいというのは体験談。だが、残念ながら周りの奴らは皆サブマシンガンを持っているし、中央の俺は石ころ一つ持っているだけだ。どう考えたって、俺に勝ち目はない。だから、命の危機を感じていた。
その内、俺を取り囲む連中の内一人が、左手を上げて叫んだ。
「お前ら!やっちまいな!」
次の瞬間、俺の周囲から弾丸が飛んでくる。寸前で、船の後部、つまり機関室で爆発が起きて、地が揺らいだ。取り囲んでいた連中がよろけたのを見逃さず、石ころを錬金術で剣に変えて、痩せた男の腹に剣を刺した。俺に刺された痩せた男は、腹から血を噴き出して吹っ飛ぶ。
そして、俺は足元のサブマシンガンをしゃがんで拾うと、右手の剣を筋肉質の男を狙って投げ、サブマシンガンで他の連中を撃つ。
連中は状況を飲み込めていないのか、反撃する間もなく倒れていき、筋肉質の男に関しては、腹を俺の剣に切り裂かれて、うつ伏せに倒れこんだ。
「あがっ...うがっ...てめぇ...」
倒れたながらも、生きていたみたいだ。痛そうだし、ひと思いに逝かせてやろう。
迷いなく、正確にサブマシンガンで頭に二発撃ち込んだ。
今更だが、転機というものは、突然やってくるというが、今回は爆発に感謝すべきか否か、よくわからない。
そりゃ、船がかなり傾いて、警報が耳に痛いくらい鳴ってるんだからな。
曇っていて、目的地は依然、見当たらない。
次第に傾斜はキツくなっていく。このままでは沈むのも時間の問題だろう。
俺は危険を感じて、舷側に繋がれている小型ボートに乗り込み、剣でロープを切る。
次の瞬間、ボートは俺を載せて随分と近くなった水面へと落下した。なかなか強い衝撃だが、死ぬよりは幾分かマシだ。が、それにしても今日は、ツイてないのか、ツイてるのか、分からないような日だった。
いや、まだ昼過ぎだし、この後何があるかわからない。まだ注意を怠るべきではないな。
元乗っていた船が転覆して沈みゆくのを見ながら、世界地図を開いて現在地を計算した上で、一番近い陸を探してみる。
このボートには二個の予備燃料タンクがあり、元から入っている燃料も合わせれば、ある程度の距離は進めるだろう。
その航続範囲にある陸地を探す。現在地から南へ50km程度進めば島国があるらしく、当面の目的地はこの国にしよう。とりあえず、そこで船に載せてもらって、再び目的地へ向かうのが良いだろう。
俺は錬金術師だが、、今は飯を食うために錬金術よりも銃を撃っている。目的地も、傭兵としての仕事を求めているらしく、俺も傭兵として戦うつもりだ。
幸運にも、俺は無事生きて例の島国に到着できたらしい。そこは綺麗な貝殻の転がる砂浜だった。道中、ボートの想定外の燃費の悪さと、整備不良によるエンジンの故障の結果、手漕ぎボートと化したり、突如帰ってきた嵐に見舞われてボートを失ったりした気がするが意識が朦朧としていてよく覚えていない。
これって到着っていうのか?漂着の間違いなのか?
ああ、やっぱりツイてねえ...。
「あの...大丈夫かい?」
後ろから甲高い声が聞こえた。悪いが振り向く気力が無い。
「ねえ?大丈夫かって聞いてるんだけど!」
俺は、突然声の主に耳元で叫ばれて、文字通り飛び上がった。
「なんだよ突然耳元で叫ぶな!」
甲高い声の主は、俺に怒鳴られて尻餅をついた。その拍子でさっきまで見てなかった顔が見える。女、それも銀髪で、美女だった。瞳は深みのあるスカーレットで、歳は十代の中盤ってところだろうか。肌は白くて、あどけなさがまだ残っている。
「なんだよ突然!はこっちの台詞だよ!」
俺は本能的に、もっと紳士的に対応しておけばとか思ってしまう。少女は、俺がそんなことを考えているとは露知らず、ぶーぶーと文句を垂れている。
「ま、いいよ。というか大丈夫そうだね。えっと、動ける?見た感じ旅人って感じだし国を案内してあげようか?」
「おお、ありがとう。助かるよ」
少女は、まるで自分の国を自慢するように、これはこうで、あれはそうで、と陽気に話す。
まとめると、「この国は島国だけれど貿易が盛んだから、技術は大陸と同等かそれ以上で、国民はみな陽気な人ばかり。また、特産品は鉱山資源と飲食物、そして軍事製品」といったところだ。
しかし、俺には幾ら考えても分からない疑問があった。
「ところで、この国ってなんで高層建築が無いんだ?」
いくら周りを見渡しても、高くて三、四階建ての建物しかない。地図で見た本土の広さを考えれば、この程度の建物ではどう考えてもここまで発展することはできないだろう。
「地上に建てると色々厄介だからね。地下を利用してるんだ」
少女と歩きながら、どこから来たとかどうして砂浜で倒れてたのとかいろいろ聞かれたので、逆に国の名前とか船はあるかとか、色々質問しあった。が、肝心なものを聞き忘れていた。
「質問と言えば名前聞いてなかったな」
「名前?アストリア、エーデルワイスだよ」
アストリアは、俺の方を向いて、ニコッと笑った。俺は、必死に自我を保って惚れてしまわないようにするので精一杯だった。
それっきり上手く表現できない無言の間が出来てしまった。
「えっと、あー、とりあえず、今日は疲れてるし、早めに宿に行きたいんだが、安くて風呂があって、清潔感があってベッドがふかふかの宿なんてあるかな」
俺が、そんなかなり難しい注文をすると、アストリアはうーん、と二、三秒思案し、
「あるよ!」
と、俺の手を取って走り出した。
しばらく走らされ、俺が必死に懇願すると、アストリアは走るのをやめてくれた。
再びぶーぶーと文句を垂れ始める。
「早めに宿に行きたいって言ったのは君じゃないかー」
「ああそうだ。言ったとも。だけど疲れてるとも言ったはずだぞ?」
「言ってたね、うん。でも、君は『だから歩いて行こう』とは言わなかったじゃないか!」
「それはそうだけどな...」
まぁ、俺だって、そこまで気を使って貰って当然なんて思っちゃいないからいいんだが。
というか、全力で走っていたのもあるだろうが、ここが地下だと気づくのに、結構な時間を要した。道の両脇には地上と同じように店が並び、大きな電灯が両脇、道路の上にあるせいで、まるで地上にいるかの様な感覚だ。しかし、上を見れば、やはりというか、空は見えねえんだな。
「なぁ、俺まだお前に名前言ってなかったな」
しかし、アストリアは、首を横に振った。
「別に、旅人さんって呼ぶから大丈夫。あと、君の眼鏡に適うか分からないけど宿だよ」
確かに、清潔感はあるし、入口の看板の下には「風呂と柔らかベッド付き!」と書かれている。
あー、地下だから安いってやつか?
「まぁそんなところかな」
「俺の心を読むんじゃねえよ。お前はこれからどうするんだ?」
「僕は自分の家があるからね。残念だけれどここでお別れ。まぁ明日の朝にはここに来て案内の続きをするつもりだから、しっかり休んでおいてね」
明日も案内してくれるのか。できれば早めにこの島を出て本来の目的地へ向かいたいんだが。
「それじゃ!また明日~」
アストリアは、手を振って元来た道を戻って行った。にしても、美人だったなぁ...。
銀髪は後頭部で縛って肩に付く程度の長さで艶やかだった。肌も白かったし、背も俺よりちょうどいいくらいで...って、何を考えてんだ俺は。煩悩を振り切って、宿の入口の扉を開けた。