近衛隊士 深森陽太 その1
SF、ロボットとタグをつけたけど、一切出てこないです。まずった。
「ねえ、あいつ、なんなの?」
落ち着きなく、ガムを噛みながら、折原・アルジュナがはき捨てるように言った。アルジュナの言動は、隊舎の雰囲気が、ここ一ヶ月日増しに悪くなっていく原因を指すもので、ほとんどの隊員達の気持ちの代弁でもあった。
アルジュナは、近衛隊序列第五位の実力者である。序列といっても指揮系統の序列ではなく、近衛隊内における戦闘力の順位のようなものである。近衛隊内では、常日頃技能向上と士気向上のためという名目のもと、隊員同士のランク戦と呼ばれる順付け試合が定期的に組まれており、第五位というのはその結果である。順位が高ければ、それだけ昇進も早く、彼女も二十代前半であるが尉官となっていた。
「まあ、そういわないで。大目に見ましょうよ。彼の今までの壮絶な人生からすれば、ここでの暮らしは退屈でたまらないのでしょうから。」
「うっさいわ、変態。」
アルジュナの悪態に応えたのは、吾妻清五郎であった。彼は、皇王国一の槍使い、序列第三位の武芸の達人である。アルジュナに変態と罵られる通りの人間性を持つ男である。つまり、戦いに美学を見出す戦闘狂なのだ。
「粗野な君が私を妬むのは、わかりますが、そのような物言いは君の品位を貶めていますよ。」
何食わぬ顔で言い返す清五郎はナルシストでもあった。気障ったらしく、話題の張本人の前に立つと炊事場で淹れてきた紅茶を置いた。
「どうぞ、おいしい茶菓子もありますよ。ささ、皆さんもティータイムとしましょう。」
その様子をアルジュナは呆れて眺める。この吾妻清五郎こそが、問題の男、深森陽太ともっとも再戦を望む近衛隊士だ。にもかかわらず、清五郎は、どんなに邪険にされようとも、陽太をまるで賓客のように扱う。いわく、ライバルと認めたからには最大の誠意と敬意をもって付き合うのだそうだ。
再戦したいのなら、嫌がらせなり脅すなりして、陽太を挑発すればいいものを、間逆のことをするのだから分からない。アルジュナが清五郎をよりいっそうの変態だと思う所以である。清五郎には、自身の目的を果たすよりも優先される矜持といえるものがあって、アルジュナにはそれが理解できないのである。
近衛隊士達は一様に、新参の陽太という男を扱いかねている。先の第八都防衛基地事件でぽっと出て湧いた深森陽太という男が、そのときのみの実績で配属されたという出来事は、近衛隊に入るために研鑽を積み、入ってからも弛まぬ努力を続けてきた隊士達にとって晴天の霹靂であった。では、その男の実力がどうかというと、それがいまいちどうもよくわからないというものである。そして、陽太は城塞内の暮らしと近衛隊の仕事に疎いということからつけられた世話係に仕事の一切を押し付けて昼行灯を決め込んでいる有様だから、隊士達に不満が募るのも当然である。
陽太の様子を観察していると、仕事をしないというよりもできないと言った方が正しい。まず、字が読めない。会議前に書類を渡しておいても、読まずに世話係に読ませて説明してもらっているのだ。陽太自身は悪びれる様子もなくふんぞり返っているから、えらそうにしているだけと思っている者が多いようだが、アルジュナはわかっていた。それに、服が着れない。さすがに、陽太が好んで着ている戦闘作業服は着慣れているが、常装制服はいつも着崩れているし、いつも世話係に直されている。要するに、アルジュナにしてみれば、まともな軍人とはいえないのだ。
「ねえ、あんた。たまには隊士の教練に参加したらどう?」
いつものごとく、応接セットでふんぞり返る陽太にアルジュナは言った。このとき陽太は、漫画誌を読んでいた。どうやら、こういう類の書物は読めるようだ。
陽太は漫画誌を置いて面を上げた。意外そうな顔で、脇に立ったアルジュナを見上げる。
「面白そうだな。そういうのに参加しろって言われなかったから、しちゃいけないものと思っていたけど。」
足の反動で飛び起きると体を伸ばす。が、そのままだ。一向に教練上に向かおうとしない。
「何してんのよ。」痺れを切らしてアルジュナが訊く。
「いや、何処へ行ったらいいかも何したらいいかも知らんし。案内してくれんだろ?」
やり取りを聞いていたらしい清五郎がくっくっと忍び笑いをもらし、つられて部屋にいた隊士達が笑い出した。
陽太はグラウンドに出ると、丁度、整列していた訓練中の隊士達の列の後ろに加わった。教官は余所を向いていたし、隊士達は全員、教官の方を見ていたので陽太が加わったことに誰も気づかなかった。しかし、陽太と一緒に来て後ろから様子を見ていたアルジュナには、お世辞にも陽太が彼らに溶け込んでいるようには見えなかった。
「貴様!何だ、その態度は!!」
いきなり教官に睨まれて怒声を浴びて傍目からわかるほどに飛び上がった陽太に、アルジュナは思わず吹き出した。陽太自身は、周りのまねをして上手く溶け込んでいるつもりなのだろうが、彼の立ち姿がどことなくよれているのだ。陽太は、必死に背筋を伸ばすが、アルジュナにはその姿が滑稽でならない。
ヘルメットを目深にかぶった陽太は、周りに陽太とばれずに、教官に怒鳴られつつ訓練をこなしていく。やがて、二人組みになって、組み手の練習となる。
「なんで、一人余っているんだ?」
教官はとげとげしい声で隊員たちに詰問した。そう聞かれても、ちゃっかり組を作った陽太を除いて隊員達は右往左往するばかりだ。
泡を食ったのアルジュナだ。その間に、隊員達はヘルメットを脱ぎ始める。陽太のイタズラに加担していたと思われたくないので、彼女はくるりと向きを変えたが、時すでに遅く、陽太から呼ばれてしまった。
「すまない、訓練の邪魔をしてしまって。この深森中尉がどうしても、訓練に参加したいと言ってな。こっそり加わらせてもらったが、逆に混乱させてしまった。」
「いえ、深森中尉に訓練の様子を見ていただいて光栄であります。」
屹立してそう叫ぶ教官は、アルジュナよりも、そして陽太よりも階級は下がる曹長である。階級の上では、二つ下がるものであるが、その隔たりは大きく、この教官はアルジュナ、陽太よりもずっと年上でこの階級のまま軍役を終えるだろう。
陽太が、愛想よく訓練を続けるように言うと、散々怒鳴ってしまった手前、目を合わせられないのか曹長は伏し目がちに返事をすると訓練を再開した。しかし、そこに再び加わっている陽太。うろたえる曹長を見ていられず、アルジュナは陽太を離脱させようとした。
「隊員が一人あぶれているだろ!お前、抜けろよ!」
「なんだ、そんなことか。それじゃあ、お前も加わればいいだろ。」
きょとんと見つめる陽太の瞳の奥にアルジュナは嫌なものを感じた。ここで参加を拒否すると何か致命的なことをのたまいそうな目である。
「わ、私は今日スカートだから・・・。」
言いかけて、これも失言であったことを瞬時に悟る。
「軍人たるもの、いついかなる時にも有事に対処しなければならないことを見せなきゃいけないんじゃないかな。」
そうつぶやいた陽太にアルジュナは、反論できずに、あっさり観念した。同時に、こいつはこの組み手でギタギタに伸してやると、固く誓ったアルジュナである。
「あっはっはっは、それでアルジュナはそんなに汗みどろなのですか。陽太の方もかなりこっぴどくやり込められたようですね。」
教練に案内するだけのはずだったアルジュナがだいぶ時間が経ってから、陽太と仲良くヘロヘロになって帰ってきたの清五郎に理由を聞かれ、しぶしぶアルジュナは経緯を話した。その話は、清五郎のツボにすっぽりはまったらしく、始終笑いどうしだ。
かなり偏屈で大して笑うこともなかった清五郎が、陽太が近衛隊に配属されてからというものこの調子である。学のないわりに小賢しい知恵ばかりよく働く陽太が、ますます嫌いになった。
どうしてこう、近衛隊の上級隊員には、変人ばかりあつまるのだろうかと、思わずにはいられないかった。
陽太との組み手の結果といえば、逃げ回って防戦一方の陽太に対して、アルジュナの圧勝である。十本目のころには圧倒的に陽太をやり込めるアルジュナに声援が飛ぶほどであった。アルジュナ自身は、夢中になりすぎて自分がスカートのまま、その中が見えるのもかまわず、飛び回った。アルジュナとの組み手でヘロヘロになった陽太は他の隊員達にもぼろ負けで、そんな陽太の様子を見て大層、気分の良かったアルジュナであった。
おしまい
続編とかシリーズものであるとかにしたいけどやり方がわからないです。もう少し、この世界観で書けて沢山書けるようになったら、シリーズにしようと思います。