人間にモテないオレはモンスターを嫁に迎えることにしました(短編)
鬱蒼と生い茂る森の中、この場所に似つかわしくない紅色の髪の長い女性達が泉の周りを囲むように座り込んでいる。遠目で見ているとそう思ってもしかたないだろう。
実際にオレも奴らの下半身を気にしないならば、あの胸と腰を見た瞬間にルパンダイブをしたいくらいだ。いや、あの下半身はそれはそれでイケるが…
「しめしめ、こっちを見ていないな。すらっとした美しい首筋とうなじ。うん、いいね。実にいい。オレのハートはドクドクだ。おっと、ヨダレ、よだれ!」
オレは口元から勝手に漏れるヨダレを手でぬぐってあたりを見渡す。幸いなことにまだ誰もオレの存在に気がついていないようだ。
「フフフ、こうやって見ると爽快だ。泉の水を一心不乱に飲む美女の群れ。堪らないね!!」
おっと、嬉しさの余りに声が勝手に漏れていたようだ。それよりも、自己紹介がまだったか。オレはあの美女たちを森の陰からこっそりと覗く伝説のハンター・サイゾウだ。これでも、ここらで名を馳せているんだ。
───モンスター狂いのサイゾウとね。
なんで、オレがそんな風に呼ばれるようになったかって? それは長い話になる。実はオレはこことは違う世界の地球という場所で生活をしていたんだ。
地球でのオレは見た目がパッとしない。どこにでもいるような奴だった。いや、今も変わんなくパッとしない男だけどな。そんなオレはもちろん彼女なんてできなかった。
さらに最悪なことにオレは自分の性格と容姿を棚に上げて、彼女ができないのはオレが悪いんじゃなくて、女がクソなんだ。そう言っていたものだ。
もちろん、そんなオレだから妻はおろか彼女なんてできやしない。そして、当然の成り行きで魔法使にジョブチェンジした。
…ああ、その後の人生を思い出すだけで吐き気がするよ。親は最後に孫が見たかったと言って天寿を全うし、家庭を持った友人たちとは疎遠になったオレと仲良くしようとする奴なんて誰もいなかった。そして、孤独死。
「焦るな。集団でいる女は強敵だ。今、襲えばこちらが喰われる。奴らの独占欲という習性を利用して、孤立させなければな」
前世なんて糞食らえだ。今日、オレは嫁をゲットして幸せな生活をしてやるのだ!! 特定の場所にいる奴にだけ、オレを見えるようにしないとな。さぁ、イキのいいエサがここにいますよ。
「…!?」
あの顔は気がついたか。イヤラシく唇の周りを長い舌でぺろりと舐めてこっちを見つめてきたしな。オレは森の奥に逃げるように駆け出す。女は逃げる相手を追いかけたい習性があるのだ。追われる恋より、追う恋がしたいってね。
「もう、逃げれないわよ?」
艶かしい艶がある横目でそんなことを言われるとテンションが無駄に上がってしまうな。イカン、イカン。ここで気を引き締めないと。
「そうだね。逃げれないね」
オレはおどけるようにそう言う。
「あら? 観念したのかしら? このラミアを前にしてそんな余裕があるなんてね」
彼女の上半身は神々もかくやと言わんばかりの美女。だが、クネクネと蠢く怪しげな尻尾を持つ下半身は魔物であることを如実に示している。
「君のような美女から逃げるなんてありえないよ」
もちろん、逃げる気は最初からない。オレはこの場所にあえて逃げてきているのだから。
「ああ、恐怖で頭がイカレチャッタノネ。でも、いいわ。あなたはまるまるしておいしそうだもの!!」
「これでも前世に比べて痩せてるんだけどね」
「…もう、我慢できないわ!!」
キシャーと言って、自らの長い尾っぽを使って飛びかかってきた。オレを見ておいしそうって、夜の営みだと思うと興奮するぜ!? オレは急いで木に引っ掛けてあった縄を切る。
すると上から降ってきた木を編み込んだ箱が彼女を閉じ込める。
「キシャ〜!! なんだこれは? 出せ!?」
箱に入っている彼女は暴れる暴れる。こんな気性の荒い嫁はごめんかな。でも、あの美貌はもったいないな。ひとまず、交渉してみるか。
「うーん、オレの嫁になれば出してあげるよ?」
「バカなことを言うな!! まずは食べないことを条件に出すのが普通だろう!!」
「そうだよな。妻になる前にオレという男のことを知って、結婚を判断したいよな。オレの名前はサイゾウっていうんだ」
まさか、結婚の条件を彼女から聞いてくるなんてね。もしかして、彼女もオレに興味津々なのかな? これは嬉しいね。
「…話が通じない。まるで狂人ね。って、貴様があの有名なサイゾウなのか!?」
「そうだよ」
なんだ。オレのことを知っていたのか。驚きだ。やっぱり、イケメン伝説ハンターとしてここら辺でも有名なのかな?
「な、なんてことだ。女性型モンスターを襲っては子作りと称して悪逆の限りを尽くす真正の畜生に捕まるなんって」
「酷い言われようだな」
「助けて!! 誰か!! 助けて!!」
ああ、こんなところで助けを叫んでも誰もこないよ。仲間にオレがいることを報告せずに独り占めしようとした君が愚かなんだけど。いや、愚かでも可愛いから許せちゃうけどさ。
「可愛い子をゲットだぜ!!」
オレは可愛い女を捕まえたことに気分を良くしてそう言って両手を上げた。独身生活さようなら万歳とね。
「ギュギャ〜!!」
「や、やべぇ、森の向こう側からラミアの声が凄く聞こえてきた。仲間を呼ぶのに成功しやがったか」
鳴くのをやめろとオレがいくら叫んでも、ラミアも助かるのに一心不乱なのか全くやめない。ついに視界にラミアが大量に見えてきたぞ。やばい。いくら、美女に囲まれるハーレムルートでもデスエンドが決定しているこんな状況はごめんだ。
「こりゃ退散だ! 逃げるが勝ちだ!! うぉー、いつかオレは可愛い嫁を捕まえてやる!!」
今回は失敗したが次こそはと胸中で思いながら、オレは森を全力で駆けていくのだった。