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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第八章 『再会と旅立ち』
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第九十六話




 闘技場の下見に向かう当日。今日の夜、キルルキや秀員を説得すると心に決めたマリアにとって、晴れ晴れとした心を映したような、雲一つない晴れ渡った天気になっていた。

 職務のあるヤヤンとモニファの代わりの人に案内され、一行は闘技場へと向かう。闘技場は街の中心に昔からある巨大建築物で、始めてみるマリアにとって非常に雄大であり、悠久の時の流れを感じさせる一つの巨石のようにも感じられた。


「大きいですね……」


 中に入ったマリアは、天蓋があり閉じられた空間だというのにその広さに驚く。目を閉じてみれば、微かに感じるヒンヤリとした冷たく懐かしい空気。大地の聖大神殿が岩の中にあることもあってか、それと同じような気配を感じているのだろう。


「どうです、何か良い言葉は浮かびましたか」

「うん、やっぱりここに来てよかった」


 昨日は挨拶文の作成に加わらなかったタウノが話しかけ、マリアはこの場に来て思いついた言葉をメモしていく。


「選手はここで戦うのか」


 一行は一枚の岩を削って作られた円形のリングに上る。

 リングにはマリアや市長達が挨拶する時に使う簡単な舞台や、選手が入場して並ぶ時の印など、明日の為の準備は整っていた。


「……っ」


 その時、微かな変化を最初に感じ取ったのは、タウノとキルルキの二人。街の入り口の方向へと顔を向けるが、その表情はまだ何かを感じ取った程度。

 次に気付いたのはマリアとイーリス。即座にタウノ、キルルキに視線を送ると、二人は頷いていつでも魔法を放てるように魔力を高める。


 そして、最後に地面が揺れ、この時になってこの場に居る四人以外の人も異変に気付く。だが、それは地震が起こったと思う程度、揺れの原因が徐々に闘技場に近付いて来ていることも気付かない。


「こちらに向かっていますっ、皆さん我々の後ろに避難をッ」


 闘技場内にはマリア達を案内した人以外にも、何人か明日の為に最終確認をしている人達がいる。それらを瞬時に集めることは難しいだろうが、タウノは全員に聞こえるよう大声で呼びかけた。

 その間、キルルキとマリアは四人の前面を護るように結界を張る。向かってくる方角が分かっていれば、周囲を庇うようりも範囲を狭めて耐久力を増やそうというのだ。


 しかし、その結界が役割を果たすことは無かった。何故なら地を裂きながら向かってきた衝撃波は、彼女達より前、闘技場の半分より手前で消え去ってしまったのである。


「そ、そんな、こんな簡単に闘技場(ここ)が壊れるなんて」


 だが、その事に関係者が安堵することは無かった。

 地下には緻密な魔法陣が描かれ、強固な結界によって護られている闘技場は、幾万もの戦いが行われ、街が魔者に襲われた時や自然災害時の避難所にもなっている。そして、今まで一撃だけで破壊された記録は残っていない。魔者が襲ってきた時もである。


 だからこそ、たった一撃で破壊されたという事実が恐ろしく感じるのだ。


「何が起こるか分かりません。皆さんは避難路の確認を」


 幸い、今ので闘技場内に死傷者は出ていない。イーリスの言葉を聞いた関係者は、焦ったように首を左右に振って、見慣れているはずの通路を確認していく。


 マリア達は気付いている。何者かがこちらに向かってきていることを。それがこの状態を引き起こした張本人なのかはまだ分からないが、この規模の衝撃波が街を縦断すれば、外の被害はかなりの規模になっているだろう。

 その事も考えながら警戒していると、崩れて岩の折り重なった場所を押し込みながら、降り注ぐ石にもビクともせず男は現れた。


 前に突き出した左手や全身には青色の鱗が連なり、爪は鋭く長い。ギョロリと大きな目は瞳孔が縦に割れ、右手には尻尾よりも馬鹿でかい剣が引き摺られている。


「魔族か」


 ポツリとキルルキが呟く。その言葉にどんな考えが込められているのかマリアには分からないが、警戒を強めたことだけは空気で感じ取ることが出来た。


「なるほど、最後の障害はお前たちか」


 男はマリア達が目的ではなかったのか、最初は闘技場内に視線を彷徨わせていたが、臨戦態勢のマリア達を見つけると口元を緩めてニヤリと笑った。瞬間、魔族の纏う空気が変わる。戦うことを決めたのだ。


 タウノは魔族から視線を外すことなく、背後に居るはずの関係者に話しかけた。


「あいつは僕達で抑えておきます。皆さんは外に出て、市民を避難させて下さい。なるべく遠くへ」

「わ、分かりました」


 通路へと走っていく彼らを最初から意識していないのか、魔族は後を追うことも追撃することもなかった。どちらにせよ闘技場内の市民を逃がせたことで、マリア達は一旦気を落ち着かせることが出来た。


「外はどうしましたか」

「外? 別に何も無かったな。俺は街の入り口から真っ直ぐここに来ただけだ」


 何てことなく答える魔族に、タウノは強く奥歯を噛み締める。その物言いから、外はやはり先ほど考えていた通りの惨劇となっているだろう、と予想出来たからである。


「俺の前にある障害は倒していく。覚えておけ、俺の名はヘイム――」


 魔族が名乗り終える前に、どこからか一筋の赤い閃光が走る。それを左手で受け止めたヘイムだったが、直後に発火。身体全体が轟々と赤い炎に包まれるのだった。


「敵と語り合う必要は無いと思いますが」


 一撃を放ったのはキルルキ。冷たく鋭い視線はヘイムに向けた後、マリア達にも向けられた。それは確認というよりも断言。

 マリア達もその事は理解しているが、さすがに不意打ちは、と微かに脳裏を過ぎる。だが、キルルキに同意する声は、味方からではなく敵側から返ってくるのだった。


「確かに一理ある」


 以前ダグを一撃で葬った魔法だったが、ヘイムは全くの無傷。それを受けて、キルルキは戦闘に使う符のランクを引き上げる。


「俺とお前らが対峙した以上、ここは既に戦場だ」


 良いこと言った、とでも言いたげに、ヘイムの頬は微かに緩んでいる。が、そんな様子を察するよりも早くキルルキが動く。

 普段は相手の出方を待ち、後の先を取る戦術が多い彼が、今回の魔族との戦いになると積極的に動いていた。これはマリア達の与り知らないところだが、魔族から魔王の真実が漏れさせない為である。


 キルルキは左手で腰につけたホルダーから符を取り出し、人差し指と中指で挟んでヘイムに向けた。


「符源バクジョーノショウラク」


 そして短いワードと共に魔力を流し、魔法が発動。先ほどと同じような赤い閃光が走り、ヘイムも同じように手をかざして受け止めようとする。が、接触する直前に光が曲がると、ヘイムの身体に何重にも巻きついて自由を奪っていく。


 既に詠唱を始めていたタウノとマリアだが、それよりも速くキルルキの第二射。燃え尽きた符の代わりに、左右の手には書かれてある紋様の違う新しい符が一枚ずつ。


「符源オルノアクローズムムルガン。符源リノハクジョウルウルトハクジョ」


 左手の符からは渦巻く暴風を圧縮したような巨大な玉が生まれ、右手の符から生まれた轟々と燃え盛る巨大な炎の龍がそれを銜え込み、身体をうねらせながらヘイムへと向かう。

 そして、今度もそのままぶつかるのではなく、爆発が逃げないよう炎の身体で周りを囲み、ヘイムの頭上から玉を銜えた炎頭が襲い掛かる。


「……っ」


 接触した瞬間、暴風を圧縮された玉が破裂すると、炎龍よりも巨大な球体になり、気流が乱れる空間で炎がより燃え盛る。内へ内へと力が働くことで、範囲外には一切影響を与えないが、それでも闘技場内の気温が一気に上がった。


 そんな中で、ゴクリと喉を鳴らしたのはタウノ。キルルキの強さを知っている彼からすれば、その最たる物こそ符を使うことによる高速の魔法発動。

 もちろん下準備やストック、携帯の必要性、普通の魔法より魔力消費が激しいなど不便な点もあるが、それを補うほどの利便性である。ここら辺りがアジャストアームズの元になった技術と言われる所以だろう。


「エアーショット」

「本当に魔法の使い方が上手くなったな」


 そんなキルルキに追従するように、マリアは最初唱えていた詠唱を途中で止め、風を送り込んで魔法の補助を行う。

 それを褒めたのは、術者三人の前で防衛に専念するイーリス。前衛として戦えるメンバーが一人になり、迂闊に前へと飛び出すことが出来ず、後衛を護ることに専念するようになったのだ。


「俺はルヲーグじゃないから、こんなもん出されても喰えねぇよ」


 だが、ヘイムは巨剣を真上から振り下ろし、平然と炎を風の結界ごと切り裂く。炎の中から現れた身体には、傷も火傷の跡も煤けた様子すら見られない。詠唱こそないが、キルルキの炎は上級魔法ほどの威力があるにも係わらずだ。

 違いがあるとすれば、先ほど身体を縛っていた赤い紐状の物を口に銜えている位だろう。彼の言葉通り、食べられるか本当に試してみたようだ。


 しかし、何時でも魔法を放てるように、詠唱までを終わらせて待機していたタウノが即座に発動させる。


「タイダルウェーブッ」


 壁のように高く大量の水がヘイムに襲い掛かり、高さ十メートルはある壁際まで押し流し、さらに四方から水が雪崩れ込んで複雑な流れの渦を発生させる。

 そしてマリアの補助。水流をさらにかき乱すように、ヘイムをぶつけさせて傷つけるように、壁や地面から岩が突き出し、無秩序に枝を伸ばしていく。


 だが、ヘイムを捕らえている水の量が目に見えて減ると、それと反比例するように水中のヘイムのお腹が大きく膨らむ。そして地面にぶつかった瞬間、両足で強く地面を蹴りつけて水の牢獄から脱出する。


「こいつは返すぜっ」


 すぼめられた口から吐き出された水は細く、自力で出されたとは思えないほど勢いが強い。

 前に立てば貫かれるであろうことは簡単に想像出来るが、それに恐れる様子すら見せずにイーリスが立ち塞がる。迫り来る水流を鋭く睨みつけ、水平に構えた愛剣を両手で強く握り締めた。


「『氷柱よ貫け』」


 そして、小さく尖った氷が幾つも重なり合いながら、氷柱は剣の倍以上の太さで伸びて行き、水と真正面からぶつかる。

 結果は……ヘイムの放った水がエルザの創る氷を削り押し勝った。が、氷柱を削って氷の容器に入ったことで、水は冷え固まり新たな氷柱の一部となってしまう。


 一進一退の攻防は、ヘイムから吐き出された水が切れることで決着がついた。


「ぐぐっ、ちょっと喉渇いてたから、全部は吐き出せないな」


 そのままその場に居ては氷柱が一気に襲い掛かるので、ヘイムは悔しそうに表情を歪めながら、空中へと跳び上がって逃げるのだった。

 もちろん、その動きを追ってイーリスが剣先を宙へと向けるが、ヘイムは剣を持たない左手を上空に突き上げたかと思うと、ドンという大きな音と共に空中で方向転換して地上へと降りる。


 ただ、イーリスも追撃の手を止めることはない。空中に伸びていた氷柱を破裂させ、地上に向かって殺意の雨を降り注がせる。


「はははっ、こんなもんっ」


 だが、小さくなった氷柱に対し、ヘイムは片手で巨剣を一閃。剣の軌跡上にいた氷柱は粉々になり、周囲の物は破片に砕かれながら風に乗ってイーリス達に襲い掛かった。

 だがこれも、再び出現させた氷柱を盾にすることで仲間を護るのだった。


「やっぱさっきのザコとは違うな」


 そう言って笑うヘイムを見ながら、マリア達はチリチリとした物を首筋に感じていた。今回の旅で様々な強敵と出会っていたからこそ気付く、ヘイムはエンザーグドラゴンはもちろん、ダナトにも劣らぬ実力者であることを。

 当然、まだ全力を出した訳ではないだろう。しかし、気を引き締めなければ、それが致命傷になりかねないと理解したのだ。


「一つ聞きたい。貴様はここに何をしに来た。目的は何だ」


 油断無く剣を構えるイーリスの脳裏に浮かぶのは、大地の巫女であるマリア。若しくは魔族にとって利益、不利益になるような物が、この街にあるかということだ。しかし、ヘイムから返ってきた言葉は予想だにしないものだった。


「いや、別に。闘技場を見に来ただけだし」


 それだけ、ただそれだけであの衝撃波を放ったというのだ。マリア達がヘイムの様子を窺うも、特に嘘を言っているようには見えなかった。だが、彼女たちがその言葉を無条件に信じることは無い。


 しかも嘘だった場合、何かを企んでいる可能性が高く、本当だった場合もそれだけの目的で破壊活動を行っているのだ。どちらにしろ危険である。


「符源バクヌノダダンシュウチ」


 会話などする気のないキルルキは問答無用で術を畳み掛けた。

 符をヘイムの足元に飛ばすと地面が軟らかくドロドロの液状になり、膝近くまで沈んだヘイムの身体や両腕に、鎖のように長く伸びた土が絡みついて束縛。色が黒く変色して固定させようとしたのである。


 だが、当然ヘイムも黙って捕まる気はない。


「こんなもの」

「やらせないっ」


 力技で引き千切ろうとするヘイムに対し、マリアが別の地面の土を利用して鎖の強度を高めていく。鎖の一つ一つが大きくなり、強化された鎖は編み込まれた一本の太い縄のようにも見える。

 しかし、それもヘイムを完全に抑えきれるだけのものではなかった。彼の身体全体が盛り上がると、強固な土の束縛をボロボロと崩し始めたのだ。


「ウオオオォォォーーーーッ」


 そして、両腕を大きく広げて束縛から解放される。ヘイムを押さえていられたのは、ほんの僅かな時間。

 だが、それでも問題はない。


「ウォルフォークドゥラン」

「ゼンプラット」


 腕を大きく広げて束縛を解いたということは、胸元を曝け出しているということ。魔法を発動させずに待機していたタウノとイーリスが、この一瞬を狙って魔法を放つ。

 タウノが放ったのはキルルキが使ったのと似ている水の龍。鱗の先端に白波を立たせながら、崩れた岩からイーリスが創った無数の棘付きの球を銜える。狙うはヘイムの心臓。岩球の大きさから、一点ではなく身体ごと面を突き刺す目的である。


「グウゥゥ」


 水龍に運ばれて壁にぶつかり、そのまま天井近くまで摺られて地面に急降下。狙うのは先ほどイーリスが放った小さな氷柱が撒かれた地面。


 速攻のキルルキが先手を打ち、マリアが補助を行い、タウノとイーリスが仕留める。グウィードがいた頃のように戦術を話すということは無いが、自然とこういう闘い方になっていったのだった。


 強く地面に叩き落され、闘技場が揺れる。水龍はさらに自らの身体で敵を押し潰すように圧迫、それは胴体だけでなく顔にまで及び、ヘイムは呼吸することすら困難となるだろう。


「あぁ、やっぱ少しは歯応えのある方が楽しいな」


 しかし、地面に大の字に叩きつけられたヘイムは、何事も無かったかのようにゆっくりと起き上がる。身体全体が濡れて泥だらけだが、変わったことと言えばそれだけで、身体には傷跡すら残っていなかった。


 ヘイムの表情や纏う空気は戦闘が始まってから変わりない。それは未だ本気を見せず、底が見えないということでもある。マリア達が先ほど首筋に感じたものは、次第に強くなっていく。


「んじゃ、今度はこっちから動いてみようか」


 そして、キルルキの魔法で闘技場の気温が上がったにも係わらず、マリアは以前感じていた寒気を再び強く感じるのだった。






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