第九十一話
イヴ達と簡単な別れを交わして砂船を降りたレオとエルザは、レオと精霊が契約をした時の話しを聞きながら、サンスクレイ王国までの旅路を進む。ただ、語られた契約の内容よりも、精霊の見た目のことが気になるエルザであった。
サンスクレイ王国は海に突き出た半島で、ハイデランド王国からそれ程離れていないのもあるが、向かう途中に通る国は全てが国連に加盟しており、レオ達も久しぶりにライセンスを扱う事が出来たのである。
「便利だな」
「まぁ、無いなら無いでも楽しかったけどね。身分を証明する大変さとか、お金の重さとか分かるもん。……不便だけど」
砂漠越えの為に用意したソリや道具は既に売り払い、今まで通り荷物一つで二人は旅を続けていた。重い荷物が無くなり身軽になったエルザも、何だかんだ言いつつライセンスのある国連の方が楽で良いと考えているようだ。
「そしてやって来ましたサンスクレイ王国」
そして既に国境を越えてサンスクレイに入国している二人は、そこそこ大きい港街にまでやって来ていた。ここがミーナと思われる人物が、現在所在地として書いていた街である。
エルザは両手を大きく伸ばして全身で潮風を受ける。国としては余り大きくはないが、船の中継点としてや海に豊富な資源があるため、比較的豊かで国民ものんびりとしたお国柄だった。
「場所はここでいいんだよな」
「うん、まあ私達が感じられるのって、精々姿が見える範囲だからね」
元巫女と同じ街にまでやって来たとは言え、エルザの言う通りレオ達が互いの存在を感じ取れるようになるのは、距離が数キロほどに縮まってからでしかない。街に着いて直ぐに居場所が分かるということはなかった。
「とりあえず街を歩きながら、ご飯の食べられる場所でも捜そっか」
「飯にはちょっと早いが、それでいいか」
今は夕食というにはちょっと早い時間帯。もうしばらくすれば、日は落ちて街の色合いもオレンジ色に染まり始めるという頃である。とは言え、どこになにが在るのか分からない、初めての街では少し早めの行動が良いだろう。
レオもエルザの意見に同意し、二人は街を歩きながら食事の出来る場所を探すことにしたのだった。
しかし、赤道近くのサンスクレイは非常に暑く、しかも周囲が海なので非常に蒸し暑い。街を出歩く地元の人達の服装も、通気性の良い薄着な格好の人ばかりである。一先ず近くの人に何かいい店がないかを尋ねるのだった。
「飯なら、この道を真っ直ぐ進んで海沿いに向かえば、珍しい魚介類を出してる店があるんだ。見た目が残念だが味は美味いんで、ちょっとした有名な店だよ」
「へぇー、面白そう。レオそこで良い?」
特に拒否する理由もなく、今日の夕食をそこに決めると、二人は教えられた通り海沿いに進む道を歩く。そして勾配のある坂が長々と続き、そこを上りきると広大な海が少し遠いが姿を見せる。
潮の匂いを運ぶ強い海風が二人の身体に当たり、坂へと押し返そうとするのを踏ん張りながら、エルザは景色を楽しむ。
「いやー、絶景だぁー。上り坂だから、上りきってから海が見えるってのも良いよね」
美しい景色に思わずエルザの声も自然と大きくなる。見える景色はまるで一枚の絵画のように、どこまでも続く広くて青い空と海、そして真っ白な砂浜。少し離れているからこそ、それらを一つとして楽しめているのだ。
「潮の匂いと波の音が聞こえていたのもあるだろう」
「そうだよね。そのお陰で期待が――」
二人が一望出来る景色に関心しながら歩みを進めていると、どちらからともなく足を止めた。目の前に何かが現れた訳ではない、何かが感知出来る範囲に入ったのだ。そしてそれは一つしかない。
「これっ」
「どうやら正解だったみたいだな」
エルザは歓喜で笑顔のままレオに振り向くと、同意を示すようにレオが頷いてみせた。
まだ距離が遠くぼやけた感じではあるが、相手のいる大体の方向は分かる。今向かっているまま海へ、教えられた店とは方向は少し違うが、どちらを優先すべきかは言うまでも無い。
「ミーナさんかー、今どんなんだろ」
「俺は詳しく知らないが、何か言ったら拙いことはあるか?」
「う~ん、基本的には優しくて良い人だよ」
腕を組んで答えるエルザだが、奥歯に物が挟まったような言い方である。表情も余り晴れ晴れとしてないが、これは別にミーナを嫌っているというわけでもなかった。
エルザは頬を掻きながら困ったように笑う。
「ただ、注意を聞かなかったり、あまりにもふざけ過ぎるとちょっと恐ろしいことに」
「……そんなのお前位だろ。なら問題ないな」
「お、怒られてたのは、私だけじゃないよっ」
エルザが必死に言い訳をしつつ、二人はとりあえず海に向かって歩き出す。エルザにとっては旧友との、レオにとっては殺し合いをした人物との再会は近い。
◇
海岸にまでやって来ると、年中暑いこの地域では夏という時期は余り関係なく、水着姿や服のまま海で泳いでいる人達の姿が見られた。ただ、人が混雑しているという程ではない。もっと観光に適した街が他にあるのだろう。
二人は周囲を見回しながら砂浜を歩く。旅の荷物を持ったまま、砂浜を歩く彼らの姿は目立つが、相手から見つけてもらうにはそれも良いだろうということで、そのまま捜す事にしていた。
そんな二人に近付く一人の影。
「ねぇ君、荷物重そうだね。俺が持ってあげよっか?」
優しそうな笑みを浮かべてエルザに話しかけたのは、焼けた肌と鍛えられた肉体を見せ付けるように、小さめな水着で浜辺を歩いていた男性。顔はそこそこ良いのだが、どうにも軽薄そうな印象を受ける。ナンパだ。
「いえ結構です。私達、人を捜してますから」
「あっ、なら手を貸せるかもよ。俺、この街じゃ結構顔広いからさ」
話しかけてくる男を見ようともしないエルザだったが、そんな事でへこたれる男ではないようで、エルザの横を歩きながら話題を振りまく。しかし、エルザは男を完全に無視して、周囲を見回しながらミーナと思われる人を捜し続ける。
何の手がかりも無ければ、色々と聞き込みをする必要もあるだろうが、相手の居る方角と距離が何となく分かるのだ。男の手を借りる必要はない。
様々な話題を振っても反応がないエルザに痺れを切らしたのか、男は二人の後ろを歩くレオに振り返った。
「なァ、君もさ。空気読んで離れてくれない? この子の後を付いて歩くだけよりさ、人捜しなら別の場所を調べた方が効率もいいよ」
ナンパされるエルザを助けようとしないので、レオが気弱な性格とでも判断したのか、少しばかり高圧的な態度を取る。これはレオを何処かに行かせたいという事もあるが、彼を庇ってエルザが反応するのを待っているのだ。
しかし、そんな男の思惑など知るはずも無く、レオが普通に言葉を返す。
「人探しと言いましたが、この先に居るのは分かってますから。違う場所を捜しても意味がありません」
「んじゃ、先に行って見てくるとかさ」
「先方は俺と面識のない、彼女の知り合いなので」
男がわざと不機嫌そうにしてみてもレオが気にするはずもなく、男の顔を見ることなく淡々と言葉を返していく。そんな押し問答がしばらく続き、不機嫌な演技だった男が本気で苛ついてきたのか、言葉が乱暴になり始めた頃、二人の先を進んでいたエルザが声を漏らした。
「お前なァ、いい加減にしろよっ」
だが、それをかき消すほどに大きな怒号。周囲で三人を興味深そうに見ていた人達も、慌てて目を逸らせる。さすがにレオとエルザも足を止め、周囲の喧騒は静まり痛いほどの静寂になりそうなのを、押し寄せる波音がかき消す。
「妙に騒がしいと思ったら、一体どうかしたんですか?」
一瞬の空白の後、男が怒鳴ってからそれほど経たずに、女性の声が辺りに響く。
後ろに居たレオに振り返ったので、進行方向からやってきた女性に背を向けていた男だったが、その声に聞き覚えがあったのか、背筋を震わせてから彫刻のように身体を硬直させた。
そして、ギギギと身体が錆び付いてしまったかのように、恐る恐るゆっくりと振り返る。
「ヘ、ヘルヴィさん」
「そんな、私の方が年下なんですから。さん付けしなくても良いんですよ」
どうやら話しかけてきた女性は男の顔見知りだったようで、先ほどまで張り上げていた声が途端に萎んでしまった。その様子と言葉遣いが可笑しかったのか、ヘルヴィと呼ばれた女性はくすくすと愉快そうに笑う。
レオが男性越しにその人物を見れば、短く切られた淡黄色の髪の中で、少し長めの前髪を左側に流し、同色の瞳を持つ片目を見え辛くしている、大柄な女性だった。大柄というのも『女性としては』ではなく、男性と並んでも大きい。百八十前後はあるだろう。
鍛え抜かれた身体に健康的で小麦色に焼けた肌。睨んでいる訳でも無さそうだが目付きが鋭く、ナンパ男よりも身長が高い性もあり、自然と見下ろされてしまっていた。それが威圧に感じているのか、男は少しばかり逃げ腰で周囲に視線を走らせている。
「今忙しいんで――だけど、何か用かな」
「用と言うほどのことじゃないんですが……貴方とは以前にもお話しをしたのに、分かってもらえなかったんですか?」
ヘルヴィは悲しげにそっとため息をこぼす。
そして、一歩一歩静かに三人に近寄ってくると、反対に男はじりじりと後退りをして、レオが身体を退かさなければぶつかってしまう程、周りが見えていなかった。
「こ、声を掛けること位は別に悪いことじゃない、はずです――だろ」
「えぇ、それ位なら多少大目には見ます。ただ、相手に断られていながら、しつこく続けるのはどうかと……それにそちらのお連れさんには、だいぶ厳しく接していましたよね」
「ぐっ」
最初からかどうかは分からないが、ナンパしている事とレオに厳しく当たったことを見られていた。男は思わず顔をしかめて声を飲み込んでしまう。その表情は血の気が引き、この暑さでは仕方ないのだろうか、だらだらと汗が滴り落ちていく。
そんな彼の様子が可笑しいのか、くすくすと笑いながら近付くヘルヴィは、何故か男から少し離れた場所で足と……笑い声を止めた。
「何度言っても聞き入れない、自分の言った言葉すら守れない。街中に恥を晒し続ける気ですか、貴方は」
そして冷たい眼差しが男を貫く。その声は先ほどまでの優しそうな声色ではなく、何かを抑えているかのように低い声。地面から響いてくるような声に、レオも思わず視界が歪んだかのように感じる。
レオが気持ちを落ち着かせる為に周囲に視線を送れば、いつの間にか地元民と思われる人達の姿は見えなくなっていた。遅れ馳せながら、観光客もそそくさと逃げ出す。
男も彼女とのやり取りは、これが始めてではないのだろう。必死に言い訳の言葉を並べるのだった。
「い、いや少し位は計算というか、駆け引きという奴でして」
「少し、少しねぇ。貴方が初めて私と出会った時のことを覚えてます?」
浮かんでいる表情は笑顔、しかし目は笑っていない。日が落ち始めるのと比例するように、辺りを底冷えさせるような雰囲気。その静かな冷気はナンパ男にだけ向けられているが、意図しない所で巻き込まれている人物がいた。
「へ、ヘルミーナさんが健在だよー」
「……何、お前まで怖がってるんだ」
昔のことを思い出しているのか、男同様エルザはヘルヴィから離れるように後退ると、表情を青くしながら身体を縮ませて震わせている。
レオも感覚的に分かってはいたが、エルザの言葉で確信する。彼女が元大海の巫女、ヴィルヘルミーナであると。
「友人が泣いて私に相談しに来たのが始まりでしたね。その時に『二度とこんなことはしない』と約束したと思ったのですが……」
「だ、だからまだ単に声を掛けただけですからっ。ね、ねぇ、そうだったよねっ」
男は目に涙を浮かべ、必死にエルザに取り成してもらうよう頼む。ナンパした女性に助けを求めるなど、男としての外聞も恥も捨て去ったようなものだが、幸運なのはエルザもヘルヴィの恐ろしさを知る一人だったということだ。
エルザは即座に立ち上がって、ナンパ男に同意を示す。
「そ、そうだよ。きっとナンパさんも反省して心を入れ替えるって」
「おおおおう」
二人の必死な声を受けたヘルヴィは、彼の処遇を考えるように頬に手を当てながら、チラリとレオを見る。元魔王であることは感覚的に分かっているだろう。レオを試しているのか、観察しているのか。
しかし、レオがそう考えたところで行動を変える理由もなく、ただ黙ってため息を吐きながら頷いた。面倒になったともいう。
「分かりました、その言葉を信じましょう。ほら早く帰らないと、可愛い奥さんが心配しますよ。私の友人を泣かせたら許しませんからね」
「あああぁあぁ、分かってる。ありがとう二人とも」
「って、既婚者なのっ」
既婚者でありながらナンパなんか、とエルザが文句を言う前に、男は脱兎の如く逃げ出していた。他の人達もヘルヴィの登場から直ぐに居なくなり、浜辺にはレオ達三人だけが取り残される。
ヘルヴィは引き締めていた表情を緩めると、子供を見守る母のように優しい眼差しでエルザに近寄った。元から鋭い目付きなのは変わらないが、それでもエルザは安心したかのようにため息を吐くと、ミーナに近付いて二人は抱き合って再会を喜ぶ。
「本当久しぶりね、リアちゃん……じゃあないのよね」
「あはは、えっとエルザ・アニエッリです」
「私はヘルヴィ・サンプサよ」
最初の挨拶ではあるが、二人の会話にレオが加わることはなかった。肩の力を抜いてはいても、レオを意識して警戒しているのが分かったからだ。少し離れた所で話しの行方を窺っている。
エルザも彼女が警戒する理由も分かるので、レオには特に触れず、先ずは再会の会話を楽しむことにした。
「想像はしていたけど、ミーナさん……じゃない、ヘルヴィさんはずいぶん変わりましたね。髪を短くしたとか、そんな話じゃなくて」
「当たり前でしょう。前の私とは血も繋がってないのよ。でもリ、エルザちゃんは余り変わってないわね」
「えぇー、そうですか? 全然違うと思うんですけど」
「見た目はね。私とは逆に髪を伸ばしてるし。うーん、印象とか雰囲気が同じだからかしら」
すっかり見た目も変わってしまい、その事や今の生活、学校の様子などを笑いながら話し合う。そして会話が一段落すると、ヘルヴィが笑顔のままレオの方へと振り返る。
にこやかな笑み。だが、向けられるのは先ほどの男に向けたのと同じように、心の奥底まで見透かすような鋭く冷たい眼差し。
「それでそっちの彼はやっぱり……」
「あっ、だ、大丈夫ですよ。レオは良い人……いや、性格は良くないか。悪い奴じゃないですから」
レオに被害が及ばないようエルザは擁護するが、特にレオから何かを言うことはなかった。しばらく二人の視線が交じり合い、それが突然に終わる。ヘルヴィが目蓋を閉じたのだ。
そして目蓋を開けると、優しい普段通りの眼差しに戻る。目付きは相変わらず鋭いが。
「分かったわ。エルザちゃんが言うのなら、信じましょう」
「やった、ありがとうございます。ほらレオもっ」
「ありがとうございます」
エルザに促されてレオは素直に頭を下げて礼を述べた。
普段ならヘルヴィに信じられようが信じられまいが、必要なら後の行動で信頼関係を築いていくのだが、今は元巫女達に助力を頼む立場にいる。素直に感謝を述べた方が良いと判断したのだ。
そんなレオの内心にも気付いているのか、ヘルヴィはくすくすと笑ってレオと同じく頭を下げる。
「私の方こそ、ごめんなさいね。やっぱり最後の場面っていうのは、とても印象深かったものだから」
「いえ、そのことは俺も分かります」
エルザの性で、強い相手から接近戦を挑まれると、無意識で距離を取ろうとしていたレオである。ヘルヴィの気持ちも分からないこともなかった。
しかもレオは、クロノセイド学園の入学式で再会したエルザに、問答無用で襲われているのだ。警戒心を露にした眼差しを向けられた位で動揺することも、不快な感情を抱くはずもなかった。
「そうそう、それで二人は私に一体何の用なのかしら」
そして本題を聞かれ、エルザは思わず喉を鳴らしてから言葉を紡いだ。
「えっと、その私達マリアの、巫女の魔王討伐の手伝いをしてるんです」
「あら、そうなの。まぁ、あの文章もイヴさんからの御触書っていう形だったから、そうだろうなぁとは思っていたけど」
頬に手を当てて少し困ったように微笑む。当時の苦労を思い出し、再びそれを行っているエルザに感心や呆れ、疚しさや後ろ暗さなど様々な感情が入り混じっているようだった。
そして、そんな表情を向けられたエルザは、やはり言い辛いのか言葉に詰まる。だが、それを察してヘルヴィから口を開いた。
「……また一緒に戦って欲しいの?」
「いやっ、ちが――ってなくもなくて、その……何度倒しても復活する敵を倒す方法を知らないかなーって、封印とか……ただ、それだけ」
そう言って笑うエルザだったが、近しい人が見れば無理して笑っているのが丸分かりである。つまりレオもヘルヴィも気付いていた。しかし、あえて何も言わずに続きを待つが、結局エルザはそのまま口を閉ざしてしまった。
自爆覚悟の魔法をまた使うかもしれない、一緒に来て欲しいなどと口にすることは無かったのである。
「封印ねぇ。エルザちゃん、私が使えると思ってる?」
「えっと、うん、知識ぐらいは?」
困ったように微笑んで小首を傾げるヘルヴィに対し、エルザも同じような笑みを返す。
前世のヘルヴィの戦い方は、膨大な魔力を使って高威力広範囲への連続攻撃。例え相手が一人だろうと、逃げ道すら与えない、辺りが焦土とかすほどの魔法攻撃。一応回復や補助、妨害魔法も扱えるが、非常に大雑把で繊細な封印魔法などとは無縁なところに居た人物だった。
「ごめんなさいね、私じゃ力になれそうもないの」
最初に冗談めかしてみせたヘルヴィだったが、目を瞑って力なく笑う。
封印魔法は魔法陣も必要となることが多いので、魔術に分類されている。魔法と魔術、この二つは学ぶことが違うため、魔法を極めようとしたミーナには学ぶ暇がなかったとも言えるだろう。
それが分かっているからこそ、エルザは彼女に聞き返すようなことはしなかった。
「……そっか。うん、分かった。じゃあヨハナに希望を――」
「だから、一緒に行ってあげるわね。そうしないとアレも使えないし」
まるでこれから夕食を一緒に食べようと誘うように、全く気負わずに放たれた言葉であり、今度はエルザも思わず聞き返す。
「えっ」
「本当にエルザちゃんは嘘を吐くのが苦手なんだから」
前世から少女の良い所が変わっておらず嬉しいのだろう。ヘルヴィは口元に手を当てながら上品に笑った。エルザは状況がよく分からないのか、チラリとレオへと視線を送るが、レオはヘルヴィと話すよう視線で促す。
「私達が大師聖母様に選ばれたのは、単に力の才能を見出されたからだけじゃないでしょ」
「い、いや、うちはそんな話し、しなかったから」
エルザに輪を掛けて奔放な、彼女の大師聖母を知っているヘルヴィは「二人らしい」と笑う。そして膝を曲げ腰を屈めて、エルザの瞳を正面から見るのだった。
「……私達は自然や動物が好き、そして人間が好き。別に特別じゃなくて、誰もが当たり前に持つ感情を、他の人より強く持っているの。だからこそ、エルザちゃんも魔王を放っておけない、討伐の手助けをしようって考えたんでしょ」
「い、いやー、私は単に興味本位で……」
純粋に褒められたエルザは、居心地悪そうに曖昧に笑いながら頭を掻いて否定する。しかし、ヘルヴィは微笑んだまま静かに首を左右に振った。
「前回死んだのに、興味本位でまた魔王に係わるの? エルザちゃんはそこまで能天気じゃないと思うんだけどな」
「……」
「私も気にはなっていたの。今の子達は後輩なんだし民衆のこともある。危険があるのなら何とかしないと、何かをしないとってね。でも、あと一歩が踏み出せなかった」
ヘルヴィがチラリとエルザの後方にいるレオへ眼差しを向けた。先ほどの鋭い眼差しではなく、エルザに向けているのと同じく優しいものを。ヘルヴィに足りなかった後一歩を誰がもたらしたのか想像出来たからだ。
そんな眼差しを向けられたレオはというと、こちらもエルザ同様、居心地悪そうに身動ぎをする。
確かにマリア達と同行しようとした時、自分も同行させてもらおうとした人達に気分を害したり、マリアからの頼みで他の巫女の協力を何とか取り付けようとしたのだ、エルザは。
しかしレオはと言うと、魔王の真相を知っているのだから、本気で戦いになるとは思っておらず、エルザと違って最初から野次馬根性しかなかったのである。今は状況が変わって、それでも逃げ出さずに一緒に居るというのが救いだろうか。
「だから、エルザちゃんからの伝言を知った時に安心したの。これで一歩踏み出せるかもしれないって。多分、他の皆も一緒だと思うわ」
「えぇー、クラリサは違いますよー」
照れ隠しに前世で仲が悪かった巫女の名を上げるが、それもお見通しなヘルヴィはくすくすとからかうように笑っている。
「そうね、あの子と一番話していたエルザちゃんの方が、あの子のことを良く分かってるわよね」
エルザの言葉を否定せずに同意しながらも、全て見透かしているような言い方に、エルザは気恥ずかしさから外方を向く。
そして、内心ではレオに何処かへ行って欲しいと考えながら、エルザから離れて波打ち際へと移動するヘルヴィの後姿を視線で追った。
大海へと沈んでいく太陽、その輝きを受けながらヘルヴィは振り返る。
「大丈夫、今の私には私が守りたいものがあるの。だからエルザちゃんが気にすること何てないのよ」
前回の旅で他の巫女をまとめていたヘルヴィは、エルザの言付けを見てから決意を固めていたのだ。強い眦と優しい眼差しをエルザに向け、彼女を安心させるように優しく微笑むのだった。