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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第七章 『表裏』
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第八十八話




 久しぶりに全力で戦ったレオとエルザの模擬戦は、イヴの思惑でシルフィンスの操作権をサラサが奪い、彼女が横槍を入れるという場面もあったが、エルザの勝利で決着がついた。

 戦いの中でエルザのモヤモヤとした物も晴れたのか、模擬戦の最後の方になると普段通りの口調に戻り、最後には晴れやかな笑顔を見せたのだった。


「レオー、大丈夫?」

「大丈夫、じゃないな。どれだけ恨みを込めたんだ」

「あははー、ごめんごめん。一気にいろいろ聞いて、頭がこんがらがってたみたい」


 珍しいシリアスをやってしまい、気恥ずかしさを誤魔化す為に陽気に笑ってみせる。ただ、ダナトが現れた時はレオ一人だけだったが、今回はイヴ達もいた事がエルザの心に重く圧し掛かっているのだった。

 その笑顔を見ながらレオがポツリと呟く。


「悪かったな」

「ん、何か言った?」

「……いや、何でもない」


 確実に聞こえたであろう声。普段のエルザなら聞こえなかった場合、もう一度位は聞き返しただろう。聞こえていて、あえて聞こえない振りをしたのだ。

 その気遣いに感謝しつつ、レオは再び身体を起こす。確かにエルザの一撃はレオに深いダメージを残したが、暫く休めば上半身を起こせるぐらいには鍛えてある。


 少しばかり気合を入れてレオが上半身を起こし、服の中に入った砂を払い落としていると、物見台から降りてきたイヴ達が近付いて来た。


「二人ともご苦労さん。中々楽しい見世物だったぜ」


 二人の戦いが面白かったのか、それとも狙い通りに事を進められたのが良かったのか、イヴの表情には笑みが浮かんでいる。そして、二人の表情を見ると納得したように頷いた。


「どうやらそっちも落ち着いたらしいねぇ」

「お蔭さまでな」

「そんなことより、変な横槍入れないでよねっ」


 シリアスを行った恥ずかしさを隠すように、エルザは声を大きくして先ほどの横槍に文句をつけるのだった。


「あぁ、悪い悪い。余りにも二人の実力差が有りすぎたからな、ちょいとしたハンデのつもりだったのさ」


 しかし、ケケケと漏れ出る愉快そうな笑い声を聞けば、イヴが本当に二人のために考えていたとは思えず、ましてや本気で悪いとも思っていなさそうである。

 ただ、文句を言ったところでもう終わったこと。エルザは不貞腐れたように外方を向いた。


「ま、条件は満たしたんだ。こっちも約束は守るさ」


 それもどこまで信頼できるのか。エルザは不審そうに横目でチラリとイヴを見るが、彼女はそれに気付いていながら言い繕う事はしなかった。約束を守ると言った以上、他に言葉を重ねても意味が無く、後は行動して示すと考えていたからだ。


 そして、歩みの遅いリュリュが最後に到着した頃、モイセスの背負うリュックの中から何らかの音が響き渡る。秀院との連絡をする水晶が通信を知らせる音である。

 モイセスは不可思議そうに眉を顰めながらリュックを地面に下ろすと、水晶を取り出してイヴに放って渡す。


「まだ定時の時間じゃねぇぞ、耄碌したかジジイ」


 通信に出たイヴは飾ることなく、普段通り横柄な態度だった。秀院に対しても、巫女となってしまえばこちらのもの、とばかりに普段通りの性格を出していたのである。


『申し訳ありません、イヴ様。至急お耳に入れて頂きたい事がございまして』


 しかし、通信に出た老人はそれを不満に思ってはいない。それどころか彼だけではなく、大陽大神殿に務めている秀員の多くは、イヴを秀院の上役だと認めていたのだ。

 口調や態度は悪くとも、秀院に指示を出せる頭と腕があり、功績をまともに賞するのなら上役としては十分である。本来の性格などを鑑みて、巫女としては及第点だろうが、イヴという個人に好感を持っているのだ。


 もちろん、中には嫌悪を感じる人もいるが、優秀な人物ならそのまま使い、無能なら他の神殿に気付かれないように押し付けているのだった。


「ジジイ共が至急って……良い予感はしないねぇ」

『カカイがアゼラウィルに侵攻しました』

「へぇー」


 会話を楽しむ余裕すらないのか、秀員は率直に用件を伝えた。

 他国への侵攻。魔王襲来している時期であり、巫女が討伐の旅をしている最中に起こった出来事。外交にしても下手すぎる一手にレオとエルザは驚くが、イヴは楽しい事でも聞いたかのように、ニヤリと頬を緩める。


「で、ただの戦争なら、今アタシに伝えるはずないよな」

『お察しの通りです。実は――」


 情報が交錯していて詳しい事は分からないらしいが、秀員が言うにはカカイのライナス王が毒矢を受けて亡くなり、死体が消えてそこから魔者が現れたらしいのだ。さらに、第一軍団長のクスタヴィが魔者に変異、もう一人居た魔族と共に去っていったという。


 秀員の言葉は曖昧で現地の情報を確実に知る術は無いが、レオとエルザ、イヴは深く思考を巡らせる。ただ、サラサは何を考えているのか分からない無表情のままで目を瞑り、モイセスとリュリュに至っては余り興味がなさそうである。


「人が魔者にねぇ」

「レオ、何か知ってる?」

「いや、そういった事はご法度だからな。実行したのは相当頭が狂ってる奴だろう」


 レオは表情を硬くした。感情の問題だけでなく、見た目が変わっただけなのか、体内構造からして変わったのか分からないが、後者なら相当な技術と知識があるということが分かったからだ。

 そんなレオの様子を視界の端で捕らえながら、イヴは話を続ける。


「それだけでも、アタシに連絡を寄越すほどじゃないな」

『はい、そのライナス王に化けていた魔者なのですが、その後何度斬られても新たな姿で現れ、致命傷を与えることが出来なかったというのです』


 沈黙が落ちる。確かにこれから戦う相手ならば、イヴには必要となる情報だろう。ましてやその内容が戦う攻略に繋がるなら尚更である。秀員は伝えるべき内容を言い終えると、イヴからは何も無いと言われて通信を切った。


 秀員からもたらされた情報は、対策を練らなくてはならない問題であり、サラサとリュリュは変わりないが、モイセスは戦闘の事で興味を持ったのか話に加わる。


「不死者ってことか?」

「どうだろうな。それなら容姿が変わる理由にならない」

「他の命を奪って蓄えてる系かな」


 いろいろと推測を立てていくが、シアンが何故死ななかったのか、ということは情報が不足していて結論は出せない。今のところ分かっているのは、不死と思えるほど簡単には倒せない相手だということだけである。

 ただ、それだけでも十分に有益な情報で、不死者だと仮定したのならそれをどうやって倒すのか、ということが話されていく。


「毒……は一回死んで蘇ってるんだよね」

「変われなくなるまで叩き潰すってのはどうだ」

「何回斬り伏せりゃいいのか分からないのに、それ前提で作戦を組みたくは無いね」


 肩に手を当て頭を傾けるモイセスの説をイヴが鼻で笑って否定する。

 毒は一度死んで無効になったのか抗体が出来たのか、何度蘇るのかすら分かっていない。もちろん、最終的には分からないまま対峙するのだが、想定する時は無限に近い数を倒せる方法を考えておきたいのだ。


 そこでレオが別方向からの手段を提案する。


「封印とかの魔法は無いのか?」

「残念だけど、アタシの知る限り使える人は居ないね。昔のそれらしい遺跡もあるけど、大抵見てくれだけの何も無い空っぽさ。そう言うレオはどうなんだい」

「俺も儀式系の魔法は覚えてないな。封印魔法自体は魔界に有るはずなんだが……。一応聞くがエルザはどうだ」

「一応って何よ、いや確かに知らない……あっ」


 知らないだろうということを前提に聞かれ、エルザは不満に思いながらも実際その通り、とため息をこぼしそうになった時、何かを思いついたのか小さな声を漏らす。そして、それを聞き逃すイヴではなく、即座に聞き返した。


「何かあるのか」

「いや……うん、もしかしたら封印魔法を知ってる人がいるかもって」


 あははと笑うエルザは、近しい人が見れば誤魔化し笑いだと気付くだろう。当然、レオもそれに気付ける一人である。そして、エルザから少し遅れて理解した、彼女が最初に思い浮かべたのは別の方法であると。


 エルザは笑いながらチラリとレオを覗き見る。そして、レオが気付いたことが分かると、黙っているよう目で語りかけるのだった。


「でも知ってそうっていうのも、私と同じ元巫女のヨハナだし……。他の二人も可能性はあるけど、今どこに居るのか分からないからな」


 神子ヨハナ、そして他の二人の巫女。エルザが真っ先に思い浮かんだシアンへの対処法とは、魔王クロウの時と同じ魔法で倒すというもの。これはレオも当事者だからこそ気付けたのだ。

 以前の模擬戦の後で話しをした、アロイスに教わった技に似た性質を持つ魔法である。アロイスのは相手に己の気を流し込んで体内から爆発させる技だが、レオの主観だとエルザ達の魔法はもっと情け容赦のない一撃だった。


 一言で言うならば、あれは『魔法を発動させた空間が、一つの生命体(せかい)になって崩壊させる』というもの。だからこそ空間に止めさせれば、防御も回避も耐えることも不可能で、前回は魔城の一定範囲を飲み込んだ魔法である。

 ただ、エルザ達もこの魔法で死んだ。だからこそ使いたくなければ、イヴに聞かせたくもないのだろう。


「他の三人か……」


 イヴも興味深そうに笑うと、どっかり腰を砂地に下ろしてバンダナを外し、頭をガシガシと掻く。そんな彼女の為に再び砂壁の影を作らせるサラサを他所に、レオは何かを思い出したのかハッと顔を上げる。


 クロノセイドでレオが近くにいると確信していたエルザ、ニール村でエルザの接近を感じたレオ。互いの場所を何となく感じ取れるのは、一度一つの生命体になったのが原因なのだろうか。脳や心の奥からざわめきが起こり、何かが居ると発しているのだ。

 そしてそれをレオはエルザ以外にも感じたことがあった。


「手掛かりと呼べるほどの物じゃないが、元巫女の一人が向かった先を知っている」

「えっ、本当っ」

「あぁ、サンスクレイ王国だ」

「そりゃ、この大陸にある国だな」


 パッと脳裏に浮かんだ地図からおおよその位置を伝えるイヴだが、エルザは余計不思議そうに小首を傾げる。船にも乗った事のないレオが、別大陸の一個人を知りうる機会があるとは思えないのだ。


「どうしてレオがそんな事知ってるのさ」

「前にバネッサ達と旅してディベニアに立ち寄った時、お前と別れて街を散策した事があっただろ。その時、スターシナトを見に行ったんだが、そこでお前と同じように感じる奴がサンスクレイに跳んだんだ」


 レオは少しばかり思い出すように、目蓋を閉じて額に手を当てる。

 ただ、サンスクレイに跳んだところで、そこが行きなのか帰りなのか、目的地なのか中継地なのか分からず、ましてや顔すらも見ていないので、エルザにも伝えていなかったのだという。

 だが、当の本人からすれば少しでも昔の仲間の情報が欲しかったのか、拗ねたようにレオを半目で睨み付ける。


「なによー、教えてくれても良いじゃない」

「顔も見てなくて、手掛かりとすら言える物じゃないしな。お前も世界のどこかに居るだろう、とは思っていたんだろ」

「まあ、私もレオも居るんだし、そうかなーぐらいには」


 結局、具体的な手掛かりは無し。だが、ここには停滞しそうになる空気を吹き飛ばせる人物がいる。


「人探しなら話は簡単だろ」


 二人が声がした方を見ると、胡坐を掻いて膝の上に肘を乗せ、手の甲に顎を乗せているイヴだった。後ろに控えるサラサが扇で扇いでいるが、そこは魔法ではなく自分の手で行いたいらしい。


「えっ、イヴさんは何か手があるの?」

「はっ、アタシが何の為に巫女になったと思ってる。大抵のことなら直ぐに世界中を駆け巡って情報も集まるさ」

「俺達としては有り難いが、巫女がそんな私情で動いて良いのか?」

「バーカ、権力ってのは行使する為にあるんだぜ」


 レオの心配を他所に、イヴは全く気にする様子も無くケケケと笑う。今まで何度も権力を行使してきたのだろう。

 ただ、二人としても巫女(イヴ)の立場や力というのは有り難かった。


「巫女としてやってる報酬って奴さ。で、どうやって情報を集める。名前を出して本人が出てくりゃ一発だろうけど、関わりたくなけりゃ引っ込んだままだろうぜ」

「うーん、じゃあ私が呼んでるって分かりそうな……あっ」


 エルザはある事を思い出して顔を上げる。それは魔城で最終決戦の前に皆と話しをした、守られるはずもない約束のこと。


「何か思い浮かんだのか?」

「うん、戦いが終わったら、四人だけでパーティーでも開こうかって話があってさ。皆で料理作って、場所は……神聖樹の上でだったかな。あそこなら捜しに来ても魔力が抜けるし、大きいから隠れてる所も発見され難いだろうってことでね」


 祝勝会と息抜き、そして女神を倣ってということだろう。エルザは少し物悲しそうに目を伏せる。それは巫女四人だけでなく、彼女たちを連れ戻そうとする護衛団の団長たちを思い出したから。


 エルザの言葉を頷きながら聞いていたイヴは、他の三人が気付きそうな文言を考える。


「んじゃ『神聖な枝で開かれるはずだった晩餐会。隠れて散り散りになった、参加予定の他三羽の行方を知る人はいないか』って具合かね。一応、アンタを示唆させるような言葉も入れた方が良いと思うけど」

「うーん……じゃあ『守人』で。多分、巫女(イヴ)さんからの発信と、魔王襲来中ってことで気付くと思う」


 エルザの前世リアは白滝の森の守人であるカルリ一族だった。

 しかし、それが嫌で森を飛び出した経緯もあり、自称仲の悪かったクラリサもそれで茶化すような事はなかったが、他の三人もリアが守人だということは知っている。イヴが考えた文の内容も考えて、それが合うと感じたのだ。


「それと恐らくだが、年齢は俺達と同じ位。十七歳前後だろう」

「んー、その可能性はあるけど、絶対の基準にしないほうが良いよ。っていうか、ミーナさんが私と同い年とか、ヨハナ以上に想像が出来ないっ」


 レオは確信を持っていないように頭を掻きながら、エルザはその後で思い浮かんだ出来事に驚き身体を震わせている。二人は敢てぼかしてイヴに伝えたが、実はある程度の確信はあった。

 一つの生命として死に、そして再び産まれ落ちる。同じ生命だからこそ生まれる日も一緒、つまりレオとエルザは誕生日が同じなのである。このことから他の三人も同い年、同じ誕生日の可能性があると二人は考えていたのだ。


 ただ、絶対の確信があるわけでもなければ、全く同じ日に産まれるとも限らないので、その事まで伝えなかったのである。



 ◇



 今度は自分から秀院に連絡を入れたイヴは、先ほど決まった用件を伝える。三人の人物を捜す理由は前世の巫女などとは伝えず、シアンをどうこう出来る知識を持ってるかもしれない、という可能性の話に止めたのだった。


「ほらよ、こいつを貸してやる」


 そして話が終わると、イヴは秀員と話していた水晶をレオに向かって放り投げる。まだ、完全にダメージの抜け切れていないレオだが、少し離れた所から放物線を描く水晶を何とか受け取ること位は出来た。

 会話の内容を聞いていたレオは、放り投げられた水晶の理由を理解していたが、困惑の表情を浮かべている。


「聞いてた通り、アタシの権限である程度の融通を利かせた。通信に出る奴は秀員じゃなくなるだろうが、そいつに連絡が入る手筈になってる」

「いいのか? こいつも高いんだろ」

「こっちも興味有るからな。ま、貸しとは別に経過報告は聞かせてもらうぜ、手数料って奴だ」


 イヴに対する貸しというだけで嫌な予感がするレオだったが、頼りになるのもまた事実。ため息を吐き出しそうになるのを堪えて、受け取った水晶をモイセスが放り投げて渡した、自身のリュックに入れようと立ち上がる。

 しかしその時、強い地鳴りが起こり、足腰に力の入らないレオはふら付きながらも、何とか倒れることなく踏ん張ることが出来た。


 地鳴りの正体は、視界を遮る為にサラサが作った壁が壊れた衝撃だった。いや、正しくは壁を壊した物体がそのまま地面を叩いた一撃である。それは二十メートルほどの丸い巨大な球体。

 それが割れて中から頭と手足が出てくる。前の大きく平べったい手には鉤爪があり、根元が丸太のように太く短い尻尾が力強く地面を叩く。


「魔獣アグワラスか」

「雨を降らしたので、エサを求めて地中から出てきたのでしょうか」


 魔獣アグワラス。鱗状に堅く変形した体毛を持ち、爪と尻尾には強い毒がある。普段は地中で生活をしており、地表に出れば身体を丸めて転がって移動するという。魔法などは使わないが、堅い毛を逆立てて回転する一撃は攻防一体である。


 アグワラスは鼻をひくつかせて獲物であるレオ達を発見したのか、顔を向けて位置を確認すると高く飛び上がって身体を丸めた。そして、回転を掛けてレオ達目掛けて襲い掛かる。

 だが、そこに立ち塞がるのはモイセス。ハンマーを地面に叩きつけるように下ろすと、獰猛な笑みを浮かべて、エルザよりも洗練されて巨大な闘気を練り上げる。


「はっ、転がって毒撒くしか取柄のねぇ獣風情がっ」


 そして、十メートルはある襲い来る球体に、思いっきりハンマーを振り抜く。モイセスの一撃によってハンマーの柄は大きく湾曲するが、折れることなくアグワラスの突進を止め、それどころか見事に弾き返した。

 そこにパチパチと乾いた拍手をしながらリュリュが近付く。


「見事に打ち返したね。でもさ、全然ダメージ与えられて無いじゃん。やっぱりモイセスは弱いねぇ」


 確かにリュリュの言う通り、弾き飛ばされたアグワラスにダメージを与えた様子は見られない。今も丸まっていた身体を広げて、頭で周囲の様子を探っている。何かに当たったような、とでも言いたげに不可思議そうである。

 それを見て頭に来たのか、モイセスの闘気が再び膨れ上がった。


「おいリュリュ、誰に向かってそんな口を利いてやがるんだ」

「獣風情にダメージも与えられないモイセスくんにですよー。無理っぽいからリュリュに変わってみれば?」

「へっ、三下魔術師がっ。テメェはそこで見てろ」


 その言葉と同時にモイセスの姿が消える。巻き起こった砂塵から地中に潜ったのかと思えるほど、素早く移動したモイセスは、無抵抗に見える腹めがけてハンマーを下から上へと振り抜いた。ただ、それが当たるよりも前に身体を丸めたアグワラスにダメージは与えられない。

 だが、それで良い。モイセスの狙いは転がる事の出来ない空中へと浮かせる事。


 モイセスはアグワラスの後を追って空高く飛び上がると、ハンマーを引っくり返す。小さな凹凸のある面ではなく、先の尖った杭の部分。それを逆立った鱗の根っこに当たるように振り下ろした。


「オラアアアアァァァァーーーー」


 いくら堅い体毛とは言え、モイセスの一撃は身体の内部にまで達する。そして、そのまま地面に強く叩きつけ、杭の先端から闘気を開放。アグワラスの身体を貫通し地面に穴を開けると、背中を蹴ってその場から飛び退く。


「確か暑いの得意なんだって? ならこれにも耐えられるのかな」


 モイセスが飛び退いた後、リュリュが放った魔法により、赤いどろりとした液体状の物がアグワラスの身体に付着する。たとえ身体を丸めたところで、完全な球体であるはずもなく、隙間から鱗の覆えない腹部へと侵入していく。

 砂漠の熱とは違う皮膚にへばり付く熱さに、アグワラスも身体を開いて液体を払い落とそうと立ち上がる。


「――ッ」


 だが、これで終わらない。痛みと熱さに悶え苦しむアグワラスに近付くのは、目蓋を閉じたままのサラサ。鞘に入った状態で接近し、すれ違い際に刀を一閃。わき腹を切り裂く。

 そして、イヴもいつの間にかアグワラスの肩に飛び乗っていた。エルザと同じように腰から下げた小さな剣二振りを抜いて、アグワラスの首筋に宛がう。


「しっかし、お前もついてないねぇ。見慣れない建物だったから襲ったんだろうけど、アタシらをエサにしようなんて……本当バカだな」


 首裏の鱗の隙間から交差するように突き刺し、腕を思いっきり振り抜く。それで終わり。

 アグワラスは悲鳴を上げる暇すらなく、首を斬り落とされてしまったのだ。魔獣に分類されているにしては呆気ない最後。いや、最後どころかまともに戦えてすらいない。


 これが今代最強と謳われる、大空の巫女イヴが率いるパーティーの実力。

 今まで他の巫女を見てきたエルザだからこそ分かる。全員が自分に自信を持ち動きに迷いが無く、そして味方がこれからやりたい事も理解しているように見えた。


「皆さん凄いですね」

「ま、俺様は天才だからな」

「くすくす、バッカみたい。その天ってのがどこにあるか知ってる? リュリュの足の裏だよ」


 エルザに褒められ鼻高々と胸を張るモイセスに、それを嘲笑うリュリュ。最早彼らにとっては何時ものお約束のようなものである。


「あっ、何言ってやがる。俺様の一撃で息も絶え絶えな、死にかけ野郎を攻撃しただけの癖によ」

「バッカじゃないの。モイセスが巻き込まないように、退くのを待っててあげてたんじゃない。そんな事も分からないのかな、このうすのろは」

「未熟者の私では倒しきれませんでした。さすがはイヴ様です」

「良いぞお前ら、もっとやれ」


 各々が好き勝手に言い放題であり、それをイヴは楽しそうに煽る。纏まりなどまるで無いかのようで、だが戦闘では確りと纏まっている。

 エルザは彼女達と出会った時と同じように、半笑いを浮かべながら普段よりも瞬きを多くしている。


「あっれー、おかしいなー。イヴさん達を見てると、懐かしい気持ちが湧いてくるのは何でだろー」

「あぁ、お前らもこんな感じだったな」

「ち、違うわよっ。さすがにここまでは……ない、はず」


 焦って否定するが、徐々にエルザの声に元気は無くなっていく。我の強い面子の集まりでありながら、戦闘では一つになれる。似ていると言えば似ているが、エルザ本人としては余り認めたくないのだろう。

 ムキになって否定するエルザの声とイヴ達の喧騒。騒々しさは止まることなく、青い空へと響き渡っていった。






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