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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第七章 『表裏』
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第八十五話




 ライナスが暗殺されてしまい、新たな姿で現れたシアンはルヲーグの用意した魔者の種を発芽させることで、クスタヴィを魔者へと変貌させた。そして、カカイでの遊びは終わりとばかりに、クスタヴィを連れて姿を消したのだった。


 もちろん、そんな事など知らないレオとエルザは、ハイデランド王国の暑い砂漠を進み、ヒグラン遺跡と思われる遺跡を遠目に見える場所までやってきた。

 余り遺跡に詳しくない二人が、そこが目的地だと分かった理由は、遺跡の近くに巨大な砂船が泊めてあったからだ。イヴ達巫女一行が砂船に乗って移動していることは、最初の村で聞いて知っている。そして、経費の問題で砂船自体が運航されていないことも。


「つまり、あの砂船はイヴさんが乗ってる船ってわけね」

「おそらくな」


 さすがのエルザも砂漠越えには体力を奪われ、道中で拾った枯れ枝を杖代わりにして、はしゃぐ事は少なくなっていた。

 彼らが牽いているソリは当初よりかなり軽くなっている。それは重量の大半を担っていた水が減っているからだが、今すぐ無くなるという程ではない。砂漠に生える希少な植物を見つけては、そこから水分を取っていたのである。


 とりあえず二人は、遺跡に入る前に砂船へと向かった。既にイヴ達が遺跡を調べ終え、出航する前だったら置いて行かれてしまうからだ。

 そして、二人が常に降ろされているタラップの前までやって来ると、こちらを監視していたのか、直ぐに船員の一人が降りて来る。


「何の御用でしょうか」


 言葉遣いこそ丁寧だが口を真一文字にした堅い表情で、客商売の対応というよりも、軍人の対応といった方が近い。

 そんな船員に臆することなく一歩踏み出したのは、今回の交渉役であるレオ。イヴや近衛師団長のサラサなどは別枠だが、ここハイデランド王国は男性が仕事、女性が家庭という意識が強い国なのだ。


「私の名はレオ・テスティと申します。クロノセイドで学生をしております。実は砂漠を越えたいと思っていたのですが、恥ずかしながら想定以上に厳しい環境。よろしければ、こちらの船に乗せてはもらえないでしょうか。お金が足りない分は働いてでもお返しします」


 疲労となるべく食料を温存して移動する為、砂漠入り時よりも少しばかり頬は痩けているが、それでも確りとした足取りである。

 レオが砂漠を越える学生としたのは、いきなり巫女のことを出しては警戒される恐れがあり、弱い立場で同情を買うためでもあった。そして何より、嘘は言っていないのだ。


「申し訳ありませんが、現在この船は特殊な任務下にあり、一般の方の乗船はお断りさせて頂きます」


 しかし、船員から返って来た言葉は、二人の望むものではない。とは言え、納得できないかというとそうではなく、むしろイヴという顧客の情報を無闇に出さないことに、好感を持てるほどだ。


 レオは軽く考える振りをして小さく頷く。


「分かりました。では今日は無理ですが、後日何か獲物を取ってきた場合、それと何かを交換してはもらえないでしょうか。水も心許なくなってきましたので」

「ん、船長に聞いてみなければ分かりませんが、それ位なら大丈夫だと思います。そちらの望む物と交換できる保障は有りませんが」

「はい、十分です。ありがとうございます」


 砂漠という厳しい環境を熟知し、そこに学生を放っておくということに罪悪感があるのか、船員の独断ではあるが取引に応じる許可が出た。


 船員に礼を告げたレオ達はその場を離れ、船から見える範囲の遺跡の端にまでやって来る。周囲が砂漠である以上、そこに陣取るのは普通のことであり、わざわざ船から見やすい端を拠点としたのだ。

 レオは紐で柱と柱を繋ぎ、そこにマントを掛けて日陰を大きくする。同様にエルザもマントを掛け、日陰に腰を下ろす。


「それで、数日は船が動かないってことで良いのかな」

「多分な」


 結局、物々交換などを持ちかけた理由は、後日の取引に応じる気があるのかを調べるための物だった。

 相手も新鮮な肉は欲しいだろうし、出航予定が無ければ応じる素振りを見せるだろう、という考えである。逆に出航予定があれば、断るか日時を限定するだろうとも。


「イヴさんが遺跡に居るのか、それとも船内で何かしてるのかは分からないけどな」

「まあ、遺跡を見終わってこれから出航っ、じゃないって分かっただけマシでしょ」


 結局、レオが回りくどい手を打ったのは、エルザと作戦会議を開く余裕が欲しかったからなのだ。二人は水を飲みつつ、これからの事について話し合う。

 船に乗り込んでイヴと話しをするだけなら、マリアからの手紙を船員に見せれば済む話。ただ、今まで関係の無い人に知られないよう行動しており、他にも何点か問題があったのである。


「それで正面から行って船員さんに事情を話す? それとも潜入する?」

「ここまで来れば、秀院からの嫌がらせも妨害もないだろうし、話してしまってもいいかもな」


 伝えるべき相手が最後ということもあり、気楽さを示すようにレオは身体の力を抜いて大きく伸びをする。


 二人がマリアからの勅命を受けていることを広げたくなかったのは、それが主な理由だった。つまり、もう他人に話してしまっても、邪魔をされる心配はないということである。

 ただ、今の状態でマリアからの使者だと船員に伝えるのは、主にエルザに抵抗があった。それというのも、砂漠越えをしている最中で髪もボサボサなのだ。少しは身嗜みを整えないと、マリアからの使いだと名乗れ無いという思いである。


 そして、話し合った末に二人が出した結論は――


「確実に伝えるのが一番だな」

「砂漠で置いていかれちゃったら、だいぶ離されるだろうしね」


 マリアのサイン入り手紙を船員に見せ、イヴと話しをさせてもらう事にしたのだった。もちろん、その為にはきちんと前準備をすることも決めてある。


「ってな訳で、早く獲物を捕って、身嗜みを整えられるような物と交換せねばっ」


 勢い良く立ち上がったエルザは両手を強く握りしめ、何か良い獲物がいないか周囲に視線を走らせるのだった。



 ◇



 翌日、レオが交換してもらった水と石鹸、新品のタオルとハサミや剃刀などで身嗜みを整えると、再び二人で砂船の許へと向かう。


「先ほどはありがとうございました」

「いえ、こちらにも得のあることでしたので」


 やって来たレオとエルザを見て驚いた船員は、何も二人が小奇麗になったからではない。最初は交換したことの礼でも言って旅立つのかと思っていたのだが、話し方や雰囲気などが引き締まり、初対面の時の学生とは思えなかったからである。


「実は私達も特殊な任務を帯びていまして、先ずは船長に御目通りを願いたいのです」

「申し訳ありませんが、如何様な理由が有ろうともお断りさせて頂きます」

「はい、ですのでこちらを船長にお見せしようと思いまして。私達の依頼主――」


 レオは懐から高級な布に包まれた手紙を取り出し、船員にサインが見えるよう布を丁寧に開く。


「大地の巫女マリア様から、大空の巫女イヴェッタ様へ宛てたお手紙です。サインの確認をして頂いても構いません」

「なっ」


 依頼主だという人物は予想だにしない相手。船員は目を見開いて、レオの持つマリアからの手紙を穴が開くほど見つめた。だが、彼自身マリアのサインを見たことが無く、本物かどうかの見分けは付かない。

 一度、気持ちを落ち着かせる為に大きく深呼吸をすると、手紙を受け取ろうと手を差し伸べた。しかし、それを拒否するようにレオは静かに胸元に寄せ、再び布に包ませてしまう。


「申し訳ありませんが、これは大切な物ですので余り多くの人には触れて欲しくないのです」

「……分かりました。しかしその場合、監視は厳しくなりますが」

「当然でしょう。何の問題もありません。武器もお預け致します」


 巫女から巫女への手紙を持参、しかしそれを船員には渡さずに船長には会わせて欲しい。レオがしているのは、そんな無茶な要求であり、船員が警戒するのは分かっていたことである。

 だが、預けた時に失くしたり中身を見られたり、最悪掠め取られる危険がある以上、あまり他人に任せる気にはなれないのだ。


「では、船長室にご案内致します」


 この不審な使者に対し、態度を軟化させるか硬化させるか悩んだ末、今までと同じ対応を取った船員は、タラップの上で監視をしていたもう一人の船員を呼び寄せる。そして、二人の武器を預かって、監視する人員を呼んでくるように指示を出した。


 しばらくして、やって来た船員の数は五名。レオとエルザの背後に二人づつの船員が付き、先導する最初の人物をもう一人が護衛しながら、船長室へと向かうのだった。




 当然、二人が暴れることもなければ、マリアのサインが偽物なわけでもなく確認を終えた今、船長と男二人だけで向かい合っていた。それというのもレオが人払いを頼んだので、船長室に近付く人が居ないよう、エルザが外で監視役をしているのだ。

 ここまでする必要はないのだが、この国では交渉の場に女性がいないのは当然という考えから、船長が言い出す前にレオがエルザに退席するよう言ったのだ。もちろん事前に話してあるので、エルザがごねるようなことはない。


「イヴ様が乗られるとのことで、検査用の魔道具を乗せていて助かりました」

「偽造書類をイヴ様が認めた、と船員が言い出した場合ですか? 今までの対応を受けた限り、そのような事を仕出かしそうな方は見当たりませんでしたが」

「もちろん私も船員を信頼していますが、確認出来うる環境を作るのは当然です」


 軽い世間話は終わり、二人で出された紅茶を口にしてから本題に入る。とは言え、既にイヴに伝言があると目的は伝えてあるので、それ以外の細かな点の話しである。


「部屋は多くありますので、イヴ様方が遺跡から出てこられるまで滞在して頂いて結構です」

「ありがとうございます。生憎持ち合わせがないので、足りない分は掃除などで自由に使って下さい」


 レオが依頼したことは、イヴと接触することを上に伝えないことと、この件に関して何も聞かず調査も行わないということだけである。

 最初の報告は多少渋ったものの、結局受け入れた船長はイヴと接触出来るまでの滞在の許可を出した。これは巫女の使者に恩を売るという目的と、完全に信用していない人物を手元で監視する目的もあった。


 例え本物のサインが入った封筒だろうと、オークションにでも出されていれば簡単に用意することも出来る。巫女が年若い二人を使いに出した理由も分からず、巫女を乗せる砂船の長として、表に出すことなく二人の滞在中の警戒を緩めることはなかった。



 ◇



 それからレオとエルザは、最初陣取っていた遺跡の端で日中を過ごし、イヴ達が出てくるのを待っていた。遺跡の出入り口近くで待たないのはイヴ達に配慮が無く思い、船で待たないのは船員に話を聞かれないよう、外で会話をするためである。


 そして二日後、ついに地下へと続く入り口からイヴ達四人が姿を現した。


「そこの二人、止まりなさい。イヴ様に何か御用ですか?」


 イヴに近付く二人を遮るように、立ち塞がったのは近衛師団長のサラサ。目を閉じていても、確りと二人の接近と位置を把握しているようで、前を歩いて近付くレオに顔を向けて、つま先から頭の先を見るように顔を動かして警戒を示す。

 ちなみに、他の二人はイヴの後ろで護ろうという気すら見せず、気の抜けるような欠伸をしていた。


「はい、大地の巫女マリア様からの使いで参りました、レオ・テスティと申します。マリア様からお手紙を預かっております」


 マリアの名を出した瞬間、無表情を装っていたイヴの目が微かに開く。

 そして、レオが懐から取り出した手紙をサラサが受け取り、イヴがそれを読み終えた後には今までの無関心な冷めた表情ではなく、普段通りの荒々しい本性を現す。


「へぇ、あのアマちゃんからねぇ。で、詳しい内容はお前らに聞けってことらしいんだけど?」


 ニヤリと人が悪そうな笑みを浮かべ、ガラの悪そうな態度と言葉遣い。その変貌を始めてみれば、驚きから口を開閉して立ち直るのに時間が必要だろうが、レオもエルザから性格が変わるらしいと聞いていたので即座に話題に入る。


「ダナトという強い魔者が現れたので、巫女様方が一丸となって戦おうという提案を持って参りました。既にバネッサ様、メーリ様の協力は取り付けておりますので、イヴ様に許諾して頂けますと、前回の魔王討伐以来の巫女協力体制が作られることになります」


 レオの説明に耳を貸すイヴは、悩むように軽く上の方に視線を送った。が、それも一瞬のことで、直ぐにレオを見つめ返して口を開く。


「断る」


 単純明快で非常に分かりやすい答え。だからこそ、レオも返す言葉は決まっていた。


「理由をお聞かせ願えないでしょうか」

「良いぜ。その七面倒な口調を止めるってんならな」

「分かったイヴ、これで良いんだな。それで理由は?」


 イヴからすれば意地悪をしたつもりだろうが、彼女の性格からそちらの方が良いと判断したレオは、即座に口調と態度を切り替える。

 これには言った本人であるイヴも、即座に改めるとは思っていなかったようで、驚きから少し目を大きく広げるが、直ぐに楽しそうに口元を歪めた。


「理由何て簡単さ。弱い奴と強い奴が一緒に戦えば、強い奴の負担が増える。ウチにはもう、リュリュとモイセスって足引っ張る輩が二人もいるからな」

「誰だ、その俺様と同じ名前の奴は。イヴの脳内住人か?」

「幾らリュリュの見た目が可憐で儚げで可愛いからって、嫉妬に狂って変なこと口走らないでよね」


 今までの流れで、イヴを含めた大空の巫女パーティーの性格が大体分かった。

 他の巫女たちと比べて、かなり個性的な面子が集まっていることに、表には出さないがレオは多少面食らっている。そして、エルザも何か思うことがあるのか、見開いた目で瞬きを何度かしていた。


「まあ、グウィードとダル爺とアロイスをアタシに預けて、他が帰るってんなら話は別……あぁ、グウィードはくたばったんだっけ? 足手まといの性で」

「何をッ――」

「援護ってのは息が合わないか、合わせる実力がないと前衛を危険に晒すだけだ。そして前衛も、その二つが無けりゃ後衛の邪魔になるだけ」


 イヴの言うことは極当たり前のことで、反論の余地は無い。

 一度激昂しそうになった気持ちを落ち着け、何とか説得しようと試みるエルザだったが、イヴはまるで雲のように掴み所がなく、のらりくらりとかわしては挑発を続けていく。


「そんな訳さ、御守は御免なんでね」

「今はまだ一緒に戦おうっていう話じゃないよ。とりあえず連絡を取り合って、魔城に攻め込む日を同じにしようって位だし」

「そこはこれからの話し合い次第なんだが」


 説得させるのはエルザに任せつつ、レオはイヴの様子を探っていた。確かにイヴは御守を嫌がってはいるだろうが、レオからすればどちらかというと、魔王討伐自体にやる気が無さそうに見える。


「ま、実際のとこ、そこまでして魔王を倒す意味があるのかねぇ。いっそ放っておきゃ良いんじゃない?」


 そしてそれは的を射ていた。

 イヴのやる気の無い言葉を聞いて、エルザがレオを押し退けて前に出る。浮かぶ表情は怒りと悲しみ。


「何でそんなこと言うのさ。イヴさん巫女でしょ、大空の巫女でしょ。ダナトって奴が強くて、ルヲーグって奴が実験で村人を魔者に変貌させて、それで他の巫女仲間が一緒に戦おうって言ってるのに……どうしてそんな事言えるのッ」


 微かに涙を浮かべて睨みつけるエルザを、逆にイヴは真意を探ろうと目を細めて見つめ返す。そこには、今までのように受け流そうとする様子は見られない。

 そしてそれはイヴだけでなく、他の面々もエルザの言葉に真意を探ろうとする者や、驚いて見せる者、やる気を上げている者など、平然としている人は誰一人として居なかった。


 そう、として……。


「それは本当かエルザ」

「何がっ……って、何でレオが聞き返すのよ」


 発言を聞いて驚いた後、顎に手を当てて考え込むレオは、やや俯いたままエルザに話しかけた。余りに間の抜けた問いにエルザが振り返ると、そこには神妙な面持ちのレオの姿。


「ルヲーグって魔者の件は初耳だったからな」

「何言ってるの。バネッサさんに初めて会った時、聞いたじゃんっ」

「……確かあの時、俺はキルルキさんと行動を一緒にする為に、宿を取りに行ってたはずだ」


 マリア達の邪魔をさせないよう、行動を監視するためである。エルザも思い返してみれば、確かにあの場にレオの姿を思い出せなかった。


 あの時、話の内容を伝えるはずの役目はエルザだったのだが、相手が強いので他の巫女に協力を求める、という点だけしか伝えていなかったのだろう。

 そこに少しばかり思い当たりのあったエルザは、コホンと一つ咳払いをして、次に話題の出るであろう状況を上げる。


「ならメーリさんに話した時」

「それはお前が勝手に一人で付いて行って話したんだろ」


 しかし、これは先ほど以上に簡単である。白滝の森の危機だと聞いたエルザが、レオに置手紙をしてメーリ達に付いて行き、その道中で話しをしたのだ。レオが聞いている筈もない。


「じゃあじゃあ、イヴさんはっ」

「……それが今だろ」


 むきになるエルザを呆れ眼で見つめ返すレオ。

 状況を思い出したエルザがそっと振り返れば、そこには見世物でも見ているかのように、愉快そうに笑っている三人がいる。とても魔者討伐の協力を取付ける、真面目な話しをしている雰囲気では無い。


「ちょっと、これじゃあ私達が嘘吐いてるみたいに見えるじゃないっ」


 レオの方へと向き直ったエルザだが、レオは先ほど以上に眉間にシワを寄せて深刻そうに頭を巡らせていた。ここに来て、エルザも状況が芳しくないことに気付く。どういった状況なのかはサッパリ分かっていないが。


「いや、それどころじゃない。もし、そのルヲーグって魔者が、本当に村人を実験台にしているのなら、不味い事になりかねない」

「え? レオが魔王の頃に何かあった?」


 レオの語気の強さに合わせるように、エルザも近付いて小声で話す。前世の話題になるのだから、当然とも言える行動だろう。


「へぇ、面白そうな話をしてるじゃないか」


 だが、魔法を使わねば確実に耳に届かないであろう小さい声も、イヴの耳には届いていたようだ。ケケケと愉快そうに笑っている。

 魔道具を使われたというのなら話は別だが、レオもエルザも魔法の発動を感知していない。魔道具にしても、使う素振りすら見せていないのだ。聞かれた事に驚き、二人は顔を上げてイヴを見つめる。


「アンタ元魔王なのかい?」

「何を言ってるんだか。イヴも変なことを言うんだな」


 怪訝そうにしているレオを傍から見れば、イヴの発言の方が突拍子も無いことに思えるだろう。


「ま、アタシにゃ別にどうだって良いさ。それで、不味い事ってのは何だい」


 ただ、イヴは本当にレオが元魔王かどうかどうでも良さそうで、それよりも不味い事の方が気になっているようだ。他人の不幸が密の味なのか、獲物を目前にしているように目を爛々と輝かせ、ニヤリと口角を上げてレオに一歩近付く。

 しかし、魔王だということを聞かれてもレオは慌てることなく、イヴの聞いた内容その物を否定しようとする。


「いや、それは気の性――」

「もしアタシがっ、レオ・テスティは魔王の生まれ変わりだ、ってぇ世間に公表したらどうなると思う? 賢しそうなアンタなら分かるだろぉ」


 だが、イヴはレオの言葉を遮るように、強い口調で割って入った。

 真実など関係なく、巫女から元魔王と認定されてしまえば、邪教徒とは比べ物にならないほど迫害され、それは血の繋がった両親や親戚にまで及ぶだろう。それが容易に想像出来たからこそ、レオは当然、エルザも不愉快そうに眉を顰めている。


「イヴ、それは脅迫か?」

「はっ、言ったろアタシは別にどうだって良いって。選ぶのはアンタだよ」

「聞いても意味がないと思うが」

「そりゃアタシが決めることだ」


 レオの言葉も瞬時に切り捨てる。

 説得するのが無理だと分かったレオは、これ見よがしにため息を吐いて見せた。


「……分かった、俺もそこまで黙っておく義理は無いしな。ただ、これからする話は世界の根底に係わることだ、受ける衝撃も大きいかもしれない。それと、口軽で言い触らすような奴に話す気はない」

「アタシが知れればそれで良いのさ。他の奴に話すなって条件なら守ろうじゃないか。別の話を聞く機会があるなら、こういった信頼関係は保たないとな」


 真意はどうなのか、レオはイヴの目をじっと見つめるが、嘘を言っているようには見えない。


 この短時間でレオが受けたイヴの印象は、自らの知りたいという欲求や欲望に素直で、それを周囲の為に使用したり披露することが無い、非常に利己的な人物というものだった。

 しかし、迷惑を被るのなら話は別なのだが、レオはそのような人物が嫌いではない。それに、自身もどちらかと言えばイヴと同類だと理解していた。


 次にレオはイヴの背後にいる三人の仲間に視線を移す。彼らの意思も確認して、興味がなかったり言い触らしそうなら、この場を離れてもらう必要があるからだ。


「私はイヴ様に従うのみです」

「良いからさっさと話せよ。何なら血判でも押してやろうか」

「相変わらず野蛮だねぇ。リュリュはこの綺麗な柔肌を傷つける気にはなれないよ。まあ、そんな事しなくても言い触らす気はないけどね。そんな暇があるならリュリュの可愛いところを教えてあげた方が、みんな幸せでしょ」


 リュリュの最後の方をレオは聞き流していたが、これでイヴを含めた四人が公言しないことを認めたことになる。そして次にその視線をエルザに向けた。


「えっ、私も?」


 その眼差しを受けたエルザは驚く。自分には確認するまでもなく、話し始めると勝手に思っていたからだ。つまり、それだけ重大で秘密にしておきたい話なのだ。もちろん、エルザは悩むまでも無く頷いて見せた。


「分かった。どこか日陰の座れる場所に移動しよう、少し長い話になるだろうからな」


 全員の承諾を受け、レオは場所を移動することを提案した。

 レオとしては最初に陣取っていた場所の日陰を増やし、そこで話をするつもりだったのだが、それを聞いたイヴはサラサに何事かを命じる。


「――」


 すると誰も聞き取れないほど小さな声で、ブツブツと呟いたサラサが口の動きを止めると、少し離れた場所の砂が渦を成しながら巻き上がり、それは次第に一つの塊に姿を変えた。

 それは半球体の個室。外壁も中に用意された椅子やテーブルも、全て砂を固めて生み出された物である。中は直射日光が当たらないから、という理由だけでなくヒンヤリと涼しい。使用する砂を地中深くから採掘したのだろう。


 全員が椅子に腰掛け水を配り終えると、視線が集中する中でレオは徐に口を開く。


「魔王は……魔者たちの王なんかじゃない。本来はただの掃除係だ」


 そして、この世界と魔王の一端を語り始めた。






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