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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第七章 『表裏』
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第八十三話




 防壁を挟んで一進一退の攻防。それを打破するため、後詰の第三、第四軍団から混成された部隊が壁を越え、門を目指して地を駆けた。だが、開門までもう少しというところで失敗に終わり、壁と守備隊の攻撃に挟まれ命を散らす。

 彼らの悲鳴は門を壊そうとしていた突入部隊の耳にも届き、防ぎきった守備隊の歓喜の雄叫びは遠くで弓を射掛ける騎士、そしてライナスにまで届いたのだった。


「どうやら失敗したようだな」

「そのようです」


 第三、第四軍団から連絡があり、突入することを知っていたライナスは失敗を察知すると、クスタヴィとミドガを本陣に呼び寄せた。

 本陣とはいっても、ライナス直属の部隊はそれほど数が多くなく、戦闘では王を護ることだけが任務である。ライナスも最初から戦力としては期待していないのか、連れてきている騎士の中には、まだ少年と呼べる年齢で鎧も着れず、腕章だけ付けている子供まで見かけた。


 三人はライナスの天幕に集まりテーブルを囲み、これからどうすべきかの軍議を開いている。


「しかし、両軍の数で押せば何れは落ちます」

「おそらくは伏兵を用いたのでしょうが、苦肉の策でしょう」

「であろうな。兵数が少ないということは、それだけで戦い方が絞られる」


 門を落とせず守備隊の士気が上がっていても、この三人は特に気にしていなかった。

 いくら最初の混成部隊が誘い込まれて全滅したとは言え、本当に護りが万全ならそんなことをする必要はない。わざわざ敵を懐に招き入れなければならないほど、守備隊は出せる手がないのだ。


「せめてあと半分ほど守備隊の人員が多ければ、話は違っただろうがな」


 ライナス達の第一陣を、一大隊だけで抑えているのだ。監視を強化して後詰の部隊にも張り付けさせれば、ジリ貧になるだろうが本国からの援軍を待つ時間ぐらいは稼げたかもしれない。

 もっとも、そうなったらライナスは戦い方を変えていただろう。暗殺未遂のセゾ達から情報を聞き出し、守備隊が少ないと分かったからこその攻勢である。


「それよりも兵達の動きはどうだ。小競り合いや山賊などとは違い、他国への侵略など始めてであろう」

「ライナス様のお言葉が効いているようで、変な意識をすることなく戦闘に臨めました」


 これはクスタヴィの世辞という訳ではなく、実際にライナスの言葉で士気が上がっていたのだ。それを聞いたライナスは満足そうに頷く。

 戦闘中でありながら緩みかけた空気を引き締めたのは、ミドガの無表情でありながら神妙そうな表情と、発せられた問いによってだった。


「陛下、守備隊が森の中に姿を隠した場合の処置はどうなさいますか」

「確かにここは奴らの庭も同然。聖王国からの増援が到着した時、内部に不穏分子を抱えたくはないな」


 まだ勝敗は決していないが、彼らは大方の流れは掴んでおり、自分たちが勝つ事を確信していた。もちろんそれは、戦闘が始まる前に決めた作戦通りに事が進んでいるからでもある。

 だからこそ、ライナスもその辺のことは考えていたので、特に考える素振りを見せずに答えを返す。


「その時は両軍団を交互で探索に出し、一方は周囲の監視を行いながら休息を取らせ、第三、第四軍団はこちらに向かいながら、探索をするよう指示を出す予定だ」

「それだと広範囲の探索は難しくなりますが」

「探索も大事だが、先ずは疲弊した兵達を休ませる方が優先だ。それに、何の準備も無く探索を進められるほど、兵達の魔力は多く無かろう」


 ライナスの言葉にクスタヴィは深刻な面持ちで頷いた。彼自身、魔力の量は多くなく、おそらくは神聖樹に近付くと動きが鈍くなるだろうと思っていたからだ。

 そしてもう一人、ミドガも同じように表情を引き締めて頷いている。表情の分かりにくい彼からすれば、クスタヴィでも気付けるほど動いた表情は、今後の難しさを予想出来たからだろう。


「一つ宜しいでしょうか。ここの守備隊は魔法国家の聖王国の中でも精鋭部隊ですが、それでも一年ほどで全員を入れ替えるそうです。我が国には長期に守備を任せられる人材は少なく、陛下は今後この地をどうなされるおつもりなのか、お聞かせ願えないでしょうか」


 確かに神聖樹(ここ)の土地を持っていても、護れるだけの人材が居ないのでは、聖王国に呆気なく奪い返されてしまうだろう。ミドガの懸念はクスタヴィも感じていたことであり、同意を示すように頷きライナスに視線を向けた。


 団長二人から強い眼差しを向けられ、ライナスは一瞬の間を取った後、天幕の中に控えている直属の騎士たちを下がらせた。そして彼らの気配が離れた後「内密に」と強く口にして話し始める。


「不審な動きをする国に神聖樹を任せられない、と言った以上、潔癖かどうかを調べる調査団を派遣するだろう。これは第三者でも良いが、その結果次第では……」

神聖樹(ここ)を聖王国に返還なされると?」


 ライナスの言葉にクスタヴィは口を開き目を大きく広げ、ミドガは良く見なければ分からない程度に眼を広げて驚きを示す。今も戦死者が出ている戦いで得た物を、もう返すつもりでいるというのだ。驚いても致し方ないだろう。

 この事が兵達の耳に入れば、士気にも係わる重大な内容である。例え直属の騎士だろうと、聞かせられるはずも無かった。


 しかし、言葉を発せ無くなる二人の団長を他所に、ライナスは自信有り気に笑い、力強く頷いて見せるのだった。



 ◇



 この会談より一時間後、門が開いたとの報せが飛び込んできた。落としたのは第三、第四の混成部隊。守備隊が第一部隊を退けたとしても、波状のように次々遅い来る攻撃を防ぎきれなかったのである。

 勝ち鬨を上げる騎士たちに向かい入れられ、ライナスは巨大な防壁を潜り神聖樹アゼラウィルの地域へと足を踏み入れた。


 朝に戦闘を始めて六時間、夏は日が長く傾いた太陽はまだ激しい戦場を照らす。地面に血の跡は見えるが、ライナスが来る前に死体は退かされてあった。


「良く守備隊を倒し門を開けた、褒めて遣わす。それで守備隊はどうなった」

「はっ、ありがとうございます。守備隊ですが、隊長のウィルザーは捕獲前に自ら命を絶ち、幾人かが森の中へと逃げ込んでしまいました。申し訳ありません」


 門を開けた三回目の混成部隊の隊長は、誇らしげに礼を告げた後、悔しそうに手を握り締めた。ライナスの手前、表情に出さないようにしたのだろうが、ライナスは直ぐに気付き、その意を汲んで無視するのだった。


 守備隊が森に逃げ込んだことは、最悪とまではいかないが、事前にクスタヴィ達と話していた通り、嫌な展開になってしまった。

 だが、ライナスはそれを面に出すことなく、堂々と胸を張り満足そうに笑みを浮かべる。


「皆、よく頑張ってくれた。余がここに足を踏み入れられたのも、貴君らの勇戦あってこそである。そして、数多の勇者たちも勇敢に戦い、血を流し命を落としていった。先ずは亡くなった彼らに哀悼の意を表したい」


 馬から降り直属の兵士に馬を任せると、握り締めた右手を胸に当て、俯き加減で黙祷を奉げる。ライナスに続くよう他の騎士たち黙祷を奉げ、辺りを静寂が包み込む。

 そして、一分ほどの沈黙の後、ライナスの力強い指示が飛んだ。


「では、これより森へと逃げ込んだ守備隊の捜索に移る。北方はこちらに向かっている第三、第四軍団が担当。第一、第二軍団は負傷者の治療と部隊再編した後、南方の探索を行え。初日は第一軍団が捜索、第二軍団が周囲の見張りだ。疲労も考え、今日は日が落ちる前には戻ってくること」


 事前に話し合っていた通り、ライナスの命を受け双方の団長が即座に行動を開始する。

 負傷者は突入を任せられた部隊に多く、彼らの精神的疲労も鑑みて、周辺の監視という任務が与えられた。しかし、監視は第二軍団の部隊も任せられているので、実質はただの休息である。




 そして、三十分ほどして第一軍団の守備隊探索が始まった。捜索隊の指揮を取るのは、副団長であるアイナ。団長のクスタヴィは森の側に作った本陣で、情報のまとめと指示を出している。


 その間、第二軍団は比較的疲弊の少ない部隊から、防壁の外へと出していった。今一番警戒しなければならないのは、聖王国から守備隊への援軍。地の利は相手にあり、気付かない内に接近されてしまわないよう、斥候を放ったのだ。


 防壁の上で調査する地点の指示を出したミドガは、これからライナスに進行状況を伝えるため下へと降りる。

 だが、直ぐにライナスの休む天幕には向かわず、一度防壁に振り返った。そこには小屋のような物が建ち、裏路地のように入り組む巨大な壁。自分の部下たちが指示通り、監視を続けている姿。


 ミドガは何かを考えるかのように、防壁の下から上へとゆっくりと眺めていた。そこで何か思い至ったのか、息を一つ吐き出すと振り返って守備隊を捜索している森を右から左と見つめながら、ライナスの休んでいる天幕へと向かう。


「陛下、報告とは別に聞いていただきたい話があるのですが……」

「ん、ミドガか。何だ?」


 中ではライナスが勝利の祝い酒か、血のように深い赤色のワインを傾けていた。もちろん、瓶を何本も空けている訳ではなく、コップ一杯に入ったワインを少しずつ口に含む程度である。

 ライナスはミドガにも酒を勧めるが、彼はそれを丁重に断った。


「はっ、実は先ほどお聞かせ頂いた今後の件で、私なりに勘考し思うことがありまして」


 聞かせた話というと、この後の神聖樹の扱いについてである。それに気付いたライナスは、周りにいる騎士たちを下げさせようとするが、ミドガはそれを制止する。


「いえ、お時間がおありでしたら、防壁を見ながら説明させて頂きたく」

「ふむ、まあ良かろう」


 椅子から立ち上がり、最後に残ったワインを一気に飲み干し、大きく伸びをする。外に出るのに付き合うのも、座り疲れて身体を動かしたかったからだろう。

 ライナスはミドガの後を追い天幕を出ると、既に闇が一面に広がっていた。時間的にまだ日は落ちていないのだが、傾いた太陽が防壁に当たり、長い影が一面を暗がりにしていたのだ。


「今、明かりを点けます」


 既に周りには魔道具によって点灯されているが、ミドガは足元が見やすいよう手持ちの明かりを点す。そして、ライナスを先導するために身体の向きを変え、その後に付いてライナスも移動を開始しようとした。


「こちらです、足元には――ッ」


 ライナスの方に振り返り、案内しようとしたミドガはそれに気付く。天幕から出たライナスを狙うよう、正面の森の中から放たれた一本の矢。当然、正面から襲い来る物体にはライナスも気付いた。


「ライナス様ッ」

「――なッ」


 ミドガがライナスに抱き付き、その勢いのまま身体を傾かせる。しかし、それでも放たれた一矢は、引き寄せられたかのようにライナスの腹部に突き刺さってしまう。

 大声を出すような事がほとんど無いミドガの緊迫した声は、周りの騎士たちの視線を集中させ何事かと集まってくる。


 そして、暗がりでは分かりにくかったが、地面に転がったままミドガと彼に抱きかかえられたライナスの姿を見つけるのだった。


「ライナス様っ。何事ですか、ミドガ様っ」

「曲者だっ、そこの五人はあの茂みを見て来い。他の者はライナス様を護るよう周りを囲み、第二射を警戒せよッ」


 普段感情を面に出さないミドガの苛立ちや焦りの表情。それだけで緊急事態だということが伝わり、騎士たちはライナスを護る為、森の側に半円を描くように抜刀して警戒をする。

 半円なのは反対側にライナスが出てきた天幕があるからで、そこから騒ぎを聞きつけた直属の騎士たちが出て来る。


「陛下ッ」

「お前達はライナス様が負傷したとクスタヴィに伝えよ。第三、第四軍団にもだ、急げッ」


 ミドガは矢継ぎ早に指示を出し、現状を把握した直属騎士は一瞬の間の後で動き出した。そして他にも、敵影が見えないか、明かりをもっと点けるようなど指示を出す。

 最初は周りの兵達だけで護衛や調査など手が足りなかったが、徐々に兵達が集まってくると多くの明かりが点され、まるで真昼のように周囲が照らされる中、ミドガの焦慮を抑えた叫びが辺りに響く。


「軍医はまだか」

「わ、私が呼んできますっ」

「ぐ、ミドガ……」

「陛下、気を確りとお持ち下さい。今刺さっている矢を抜きますので、申し訳ありませんが舌を噛みませんようこれを」


 懐から真新しい白いハンカチを取り出すと、ライナスの上体を起こして口に詰めて噛ませる。そして、背後に回り左手で胸を押さえ右手で矢を掴むと、合図を出して矢を引き抜いた。


「ぐぅうっぅ」


 苦痛でうめき声を漏らすライナスの身を気にしながら、ミドガは矢を地面に置くと、傷口から血が流れないよう包帯を用意させ、慣れた手つきで身体に何重にも巻きつける。

 そして、地面に敷いたマントの上に横たえさせていると、先ほど軍医を呼びにいった騎士が戻って来た。手を引き摺られるようにして来た軍医は、苦しそうに肩で息をしながらも、医療道具の入ったバッグを開いて診察する為にライナスに近寄る。


「っ、これは」


 だが、ライナスの顔を見て息を呑む。遠くで地面に横たわるライナスを見ただけでは分からなかったが、開かれた目は充血し真っ赤で、それとは反対に顔色は血の気が引いたように真っ青になっていたからだ。

 ミドガもライナスの顔を見て容態の変化に驚きを見せていると、ライナスの身体が最初は小刻みながら次第に大きく震えだす。


「毒」


 誰かの口から漏れた言葉は絶望からか、感情の色が見えなかった。


 軍医が急いでライナスの脇に座り込み、包帯を切って傷口を明かりの下に晒すと、そこは化膿し紫色に変色してしまっている。

 その状況に軍医は舌打ちをした後、呪文を唱えて淡く光る手の平を傷口に押し当てた。毒を吸い出そうとしているのだが、普通よりも取り出せる量が少なく、焦りから表情を歪ませる。


「回りが早い、呪術かっ」


 軍医の懸命な処置が施されている中、足音荒く周りの騎士たちを押し退けてクスタヴィが駆け寄ってきた。彼は横たわるライナスを見て唖然と口を開き、近くに居た騎士に何があったのか詳細を尋ねる。

 そして話を聞き終えたクスタヴィはミドガの許へ近寄ると、足が地面から離れそうなほど胸倉を掴み上げた。


「ミドガ、貴様が付いていながらッ」

「すまない」


 奥歯を噛み締めて口を真一文字に引き締め、ミドガは顔を俯かせ目を伏せる。口から出たのは謝罪の言葉であり、言い訳すら行おうとしない。


 クスタヴィも経緯を聞いた時に分かってはいたのだ。ミドガがライナスを護ろうとしたことや、その後即座に指示を出したことを。しかも彼自身、以前ライナスを護りきれず、腕に傷を負わせてしまう事があった。

 もし、あれに毒が塗られていたら……。そう考えるとそれ以上責めることは出来ず、締め上げている手を緩めることしか出来なかった。


 だがその時、状況が動き出す。


「グフッ、グゥ」

「ッ、いかん」


 咽たライナスを見て、軍医は口に詰められたハンカチを取ると、白いはずのそれは真っ赤に染まっていた。そして、痙攣により誤って舌を噛まないよう下顎を押し上げて気道を確保し、呼吸が問題なく行われているのが分かると、騎士の一人に顎を押さえておくよう指示を出す。


 悪い状況は坂を転がるように最悪な状況へと転がり落ち、そして――


「天上へ、向かわれました」


 軍医の口から宣告されたのは、非常な現実だった。

 誰もが現実を受け止められず、苛立ちや悲しみ、怒りや憎しみ、そういった感情が入り混じりながらも、無言でただ風の吹き抜ける音が耳に届くだけだった。


 その声が聞こえるまでは……。


「あははははっ」

「誰だッ」


 それは王が亡くなって気が狂った笑いではなく、無邪気で楽しそうに笑う声。女性とも違う、子供特有の辺りに響く高い笑い声。

 クスタヴィは不愉快な感情を隠そうともせず、眉と目を吊り上げて声の聞こえてきた方へ振り向き、他の騎士たちの視線も声の聞こえてきた天幕の前に集まった。


「何が可笑しい」


 そこに居たのは、ライナス直属の騎士を示す腕章をした少年。クスタヴィは声を押し殺し、唸るように問い質す。


「だって呆気なさ過ぎ。こんなところで負けるとかっ」

「何が可笑しいッ」


 抑えられない怒気は少年だけでなく周りにまで叩きつけられ、それで腰を抜かす騎士がいる中、少年は全く意に介さないようにクスクスと笑い続けた。

 そして、地面に横たわったままのライナスに声を掛ける。


「そろそろ起きたらー、もう遊びは終わりでしょ」


 最初はライナスが息を吹き返したのか、と縋りたくなるような希望でライナスに視線を向けたクスタヴィ達だったが、そこには軍医によって目蓋を閉じられ、血などの汚れを掃除され、息をせず胸が上下に動いていない、地面に横たわるライナスの遺体であった。

 だが、何もかもが先ほどと同じということではない。黒い靄のような物がライナスを包み込み、ぐにゃりと蠢きながら次第に人型へと変わっていく。


「ふぃー、参った参った。ってかルヲーグうっさい」


 そして、横たわっていたライナスの姿は無くなり、そこにいるのは誰も見たことの無い男の姿。男は頭を掻きながら上半身を起こし、身体の具合を確かめるように腕を軽く動かしながら、直属騎士に扮するルヲーグに文句を言い放つ。


 不審人物に挟まれる位置に居たミドガだが、ルヲーグを警戒することなく背を向けると、右手で剣を掴み威圧しながらシアンに話しかけた。


「誰だ、貴様」

「俺は……あーっと、ハイデル――」

「そいつの事はシアンって呼べば良いよ」


 若い男は自らの名を名乗ろうとするが、それはルヲーグに邪魔されてしまい、シアンは不満気にルヲーグを睨み付ける。もっとも、既にルヲーグは明後日の方向を向いているので、意味は無さそうだった。

 だが、そんな二人の会話など関係なしに、クスタヴィとミドガは一歩シアンに近寄り間合いを縮める。


「ライナス様をどうしたっ」

「どうしたって、たった今死んだじゃん。バカなの? あぁ、正しくは殺されたんだ。でも、すっごいよねー感心するわー。ねぇ、そう思わ――」


 一閃。ミドガの振り抜いた剣がシアンの首を刎ね飛ばす。無防備な人間の首を刎ねたというのに、ミドガの表情は眉一つ動いていない。

 普通の人、いや魔族でも首を刎ねられれば、そうそう生きてはいないだろう。だが、シアンは再び黒い靄に包まれると、新たな身体で出てくる。次は女性の身体だった。


「くす、焦っているの――」


 大人の魅力がかもし出す魅惑的な笑みだが、それも躊躇することなくミドガは首を刎ね飛ばす。だが予想通り靄に包まれ、今度は年配の男性へと姿を変えて話しを続ける。


「だろう。だがそう――なるよなぁ、テメェが下手人の一味だと――ばらされたくないもんね――」


 団長にまで上り詰めたミドガの剣撃は鋭く、骨など関係なくシアンを切り裂くが、効果があるようには見えない。年配の男性が斬られた後も、若い男性、幼い少女、妙齢の男性と次々に容姿が変わっては言葉を紡ぐ。


「ミドガァー」


 そして、シアンはどこか楽しそうな笑みと共に、自らを何度も殺す第二軍団長の名を告げた。しかし、相対するミドガは表情を変えることなく、静かに剣を構えたままだった。






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