第七十五話
コーフニスタにやって来たレオ達は、リカルドが帰郷した用事というのが、本人も知らないお見合い話だということを知らされる。しかも、その相手が実はソフィアの妹シーツェで、ソフィアはリカルドの素行を調べる為、旅に同行していたのだという。
まあ、それでも互いを気にしていた二人は、リカルドがその場で告白して婚約することになったのだから、結果よければ全て良しということなのだろう。
そして次の日、ソフィア達は泊まっていた宿からリカルドの実家に移り、今はリカルドの部屋で紅茶とお菓子を摘んでいた。
「凄いですわね、お姉さま。あんな面前での告白ですわよ」
「聞きました聞きました。結婚を前提にって話だそうですわ」
よほど馬が合ったのか、エルザとシーツェは直ぐに仲良くなり、リカルドの告白のことで盛り上がっていた。もちろん、本人達を目の前にしてである。
「いい加減お前らは、その話から離れろってんだっ」
「シーツェもしつこいですよ」
気恥ずかしさを大声で誤魔化そうとするリカルドと、一見落ち着いて紅茶を飲んでいるソフィアだが、カップで隠した頬が赤くなっているのを妹は見逃さない。
ただ、二人とも本気で怒っているわけではなく、やはり恥ずかしいというのが一番だろう。
「えー、別に悪口じゃないのに」
「そうそう、愛でたい……おっと、目出度い事はどんどん祝わなきゃ」
だからこそ、この二人は付け上がるのである。
リカルドも女性二人が相手では強く出ることが出来ず、苦虫を噛み潰したように表情を顰め、一人用のソファーに座るレオに視線を向けた。
「ぐぐっ、レオ後は任せた」
そして、二人を止めるようレオに頼むのだった。
今まで我関せずと紅茶を飲み、借りた本を読んでいたレオは本から視線を上げると、まだ騒いでいるエルザとシーツェを見て面倒そうにため息を吐き出す。
「いや、なんで俺に任せる」
「エルザを御せるお前なら、シーツェもいけるだろ」
似たような性格ならばと託したらしいが、いくらエルザとシーツェが仲良くなったとはいえ、出会ってまだ二日しか経ってないのだ。相手をどうやれば説得出来るかなど、レオに分かるはずも無い。
「私は馬扱いなのか」
「ひどいよ、お義兄ちゃん」
シーツェは落ち込み俯くエルザの頭を胸元に抱えて、慰めるように優しく頭を撫でる。明らかに二人の目と口元が笑っているのは、リカルドに見えるようにわざとしているのだろう。
それを見たリカルドは、疲れたとでも言いたげに大きく息を吐き出し、頭を掻きながら再びレオに頼み込む。
「あー、分かったっ。なら、この部屋にある本を一冊くれてやるから」
「……ふむ、エルザそろそろ止めないと、二人が怒って出て行くかもしれないぞ」
「はっ」
レオの説得は主にその一言だけだった。しかし、その言葉を聞いたエルザは、泣き真似を止めて顔を上げると、シーツェの耳元で何事か囁いた。すると二人は身体を離し、ニコニコと人が良さそうな笑顔を浮かべるのだった。
自分から頼んだ事とは言え、余りの豹変具合に不信感を抱くリカルドだが、それはシーツェの姉であるソフィアも同じ気持ちである。
しかし、答えは何てことは無い。怒った二人が出て行けば、これ以降数日はからかえなくなってしまうかもしれない、とエルザ達は考えたからだ。つまり今怒らせるよりも、明日明後日からかう事を選んだのである。
「ほら、二人は黙らせたぞ。さて、何を貰うか楽しみだ」
もちろんそんな事は、不敵に笑ってみせたレオも分かっている。
まあ、ここら辺りなら遊びの範囲で、リカルドがあげると言った本も余り帰ってこない実家に置いてある物。それほど大事で重要な物でなければ、こんな事で高級品を貰うレオでもなかった。
「あっ、あげると言えば」
そして、一連の会話から何かを思い出したのか、ソフィアは一旦席を外して部屋に戻ってくると、手に持っていたのは木箱。テーブルの上に置いて中身を出せば、レオから買ったガラス細工だった。
「シーツェにこれをあげようかと」
「あはっ、リカルドさんはお姉ちゃんが取っちゃったもんね」
新たな出会いを、という意味で茶化すシーツェだったが、先ほどとは違って変な演技をしていない分、ソフィアが軽く嗜めるだけで済んだ。
ソフィアはコホンと一つ咳をして話を元に戻す。
「そういう意味ではなく、家庭が上手くいけばという意味で――」
「分かってる分かってるって」
冗談だと笑いながら、シーツェはガラス細工を手にとって眺めた。彼女も商家の娘らしく、品を見つめる眼差しは自然と鋭く真剣になる。手に持った細工を回して、細部の創りを見ていく。
「ミラノニアの奴だね。んー、結構するんじゃないの、これ……」
贈り物としては少々高級だと思ったシーツェは、軽い驚きとそこまでしてくれる姉に喜びを噛み締めた。だからこそ、これは別の人物が持っていた方が相応しいと考える。
「でもさ、これはお姉ちゃんが持ってた方が良いんじゃない」
お守りとしてなら、今は縁結びよりも家庭円満の方が重要とのことらしい。テーブルに置いたガラス細工を、倒さないようにそっとソフィアに押し返した。
「それはいいかも。じゃあそれは、レオと私からってことで」
「その考えは悪くないが……お前は何勝手に自分を加えてるんだ」
エルザとレオもその意見に同意したが、あれはレオが買った物でエルザは一切関係ない。そこに便乗しようというのだから、レオも呆れて突っ込んでしまったのだろう。
ただ、エルザが言い出したのは良い提案であり、レオがそれに乗るのなら先にやっておかなければならない事がある。
「あの時のお金は返さないとな」
そう、レオが受け取った代金、それを返さずに贈り物とは呼べないだろう。
まあ、買値売値が分かっているのもどうかと思うが、あれ以上に適した贈り物を探すとなると、売ってる場所も探す時間も限られえてくるのだ。
「そんな、気にしなくても良いですよ」
妹に贈るはずだった物が自分に贈られる物に変わり、ソフィアは驚きと気恥ずかしさから断りを入れた。しかし、エルザはそれを聞かなかったことにして、レオの方へと身を乗り出す。
「じゃあ、私が半分出そう。レオもお金が入って、私も少ないお金で済んで良しっ」
「あっ、なら私も一口」
そして、それに便乗するシーツェ。こうして家庭円満のお守りとも言われる、風の精霊のガラス細工は三人からの贈り物ということに決まった。こうなってしまっては、ソフィアも無碍に断ることが難しくなり、困ったように眉を顰めながら息を吐き出す。
「ありがとう、三人とも」
そして、喜びを包み隠さない笑顔で礼を告げた。
それを受けてレオとエルザは祝いの言葉を返すのだが、一人言葉を発せなくなる女性が居た。妹のシーツェである。
「お、お姉ちゃ~~ん。お姉ちゃんの人を見る目は信じるけど……。ぅ~リカルドさんっ、お姉ちゃんを幸せしないと許さないんだからねっ」
シーツェは姉に駆け寄って抱き付くと、涙で潤んだ瞳でリカルドを睨み付けた。
妹に甘々な姉だが、妹も姉には甘々なのである。だがそれも当然のこと。共働きの両親に代わって、抜けたところのある長女と幼い弟妹の面倒を見ていたソフィアは、彼女達にとってもう一人の親なのだ。
「分かってるさ。ハル様に誓う」
「おっ、もう誓っちゃうのかー」
結婚式で四聖会の修教師の前で、女神様の名の下に愛を誓う。マリアの様に立場のある人間が、公式の場で行うよりも多少形骸化しているものの、やはり神聖な物である。
リカルドは胸を張って女神に誓った後、腕を組んで何事かを思案する。
「しかしそうなると、お返しはしないとな」
どうやら祝い品を貰ったお返しを考えていたようだ。しかし、レオとエルザからすれば、別にそれを期待したのではない。
既に読書に戻っていたレオは、リカルドの方を見ることなく断りを入れた。
「別に気にしなくていいぞ」
「いやでも二人がまだ旅続けるってんなら、結婚式に呼べないかもしれないじゃないか」
それならば、と今の内にお返しするのだという。
エルザも二人の結婚式があるのなら駆けつけたいが、マリアからの依頼はまだ大空の巫女が残っており、魔王のこともある。いつ全てが片付くのか分からない以上、参加できるとは言えなかった。
「そうだ、確か二人はこれからハイデランドの砂漠越えって言ってたな。なら、旅に必要な物を安く買えるっていうのはどうだ」
「おっ、それは嬉しいねぇー」
冒険者でもあるリカルドらしい提案であり、エルザは即座に賛同の意を示す。
品物が安く買えるというのは、事前にリカルドが幾分かのお金を払うということ。これでロイバル家も地元商人に良い顔ができ、商人も商品が売れてレオ達も安く買え、そのお金はロイバル家の土地に入るという寸法である。
リカルドがそこまで計算していたのかは分からないが、当然レオも有り難くその話を受け入れるのだった。
◇◇◇
リカルドに紹介された店はいくつかあるが、レオ達が最初にやって来たのは衣服店である。種類はそれほど多くはないが、砂漠前の最後の都市ということもあって、そこその種類は置いてある。
「お話は伺っております。どうぞご自由にご覧くださいませ」
レオ達が店内に入ると、身形の整った初老の店長直々に向かい入れられた。英雄でもあるリカルドからの依頼だが、そのリカルド本人とソフィアの姿は無い。
お金を出して口利きをした人物が、買う人の傍に居るのは余り好ましく見られないので、今は家で待っているところだ。おそらくシーツェにからかわれるか、姉の素晴らしさを説かれているのかもしれない。
「えっと、金属が肌に当たって火傷しないよう、布とかで部分的に覆うことって出来ます?」
「はい、可能ですよ」
「それじゃあ、お願いします。その間、私達は中を見てますから」
戦闘など予期せぬ動きなどで金属に触れてしまい、火傷を負ってしまわないようにする為である。これは何の素材が良いのか分からないので、武具を店に預けてレオ達は店内を見ていくことにした。
店長には相談する時に来てもらうよう話をつけ、二人は目的の商品を目指して店内を進む。
「場所によりけりだけど、砂漠って昼は暑くて夜は寒いからねー」
前世での経験から、エルザは砂漠に必要な物が分かっている。一応、リカルドやソフィア達とも相談し、買うものは決めてあった。
「やっぱり旅の必需品マントの買い替えだっ」
二人は今まで学園で至急されている、薄茶色の袖なし外套を使用していた。制服の肩口にある学園の紋章でマントを留められ、着用すれば背中にマントが靡く。
使わない時はリュックなどに結び付けて補強布とし、今の季節なら主に寝る時や雨の時などしか使うことはなかった。
「全身を包むフード付きの外套か」
「昼間は直射日光から肌を守って、夜は防寒になるってわけ」
そして、色は汚れても目立たない色をエルザが選んだ。レオは黒く見えるほど深い青色、エルザも同じく黒に見えるほど深い緑色に、落ちついた黄色のライン入り。
値段は安物過ぎても通気性や丈夫さに問題がある。かと言って汚れて破れる前提の物に、高いお金は掛けられない。ここで店長とも相談しつつ、適切な物を決めていく。
「お待たせ致しました。こちらでよろしいでしょうか」
「……はい、ありがとうございます」
「似た色合いを選んでくれたんですね。ありがとうございましたっ」
最初に預けておいた武具を受け取る。店長曰く、特殊粘着液で貼り付けているので、雨に濡れても問題ないとのこと。ただ、外す為には同じように衣類店に頼む必要があるとのことだ。
二人は衣服店を後にして、次の店へと向かう。
「後は水と食料、塩分の利いた保存食だね」
「魔法で大気中から集めるのは無理か」
「だろうねー」
衣類装備も大事だが、水や食料は直に命に係わる問題である。
ただ、かつてハイデランドと戦争をしていたコーフニスタだからこそ、そういった遠征する為の術は残っている。
二人が次に訪れた道具屋では、水を多く含む素材を利用した水筒を購入。これは水を大量に運ぶことが出来るようで、リカルドの家にあった物を試したところ、手の平に納まる物に一リットルほど入っていた。
「でも、やっぱ大きい方が良いよね」
「まあ当然だな」
人が一日に必要とされる水分は最低二リットルほど。水源がどこにあるのか分からない以上、腐ってしまわない程度には多く持っておきたいものである。
エルザが今見ているのは三十リットル入るもので、リュックの様に背負う必要がある。
当然、水筒の重さと中に入れる水の重さも加わり、かなりの重量となってしまう。移動するのにもかなりの労力を必要とするだろうが、飲み水が掛かっている以上、これは必要な物だった。
「……やっぱりこれを背負うのは」
「任せた」
上目遣いで眼差しをレオに向けるエルザだったが、レオは躊躇うことなく即答で返す。肉体労働はエルザの役目と決まってるわけではないが、二人の役割はほぼ決まっているのだ。
「で、でも何かあった時、私が直ぐに動けた方がいいよねっ」
なのでエルザも否定する事は無かったが、手をあたふたと動かしながら言い放つ。とはいえ、別に肉体労働が嫌な訳ではなく、この場の単なるノリである。
しかしそれは、レオが再考するのに十分な言葉だった。
「確かにそうだな……なら、ソリでも用意して牽いていくか」
「おっ、それは良いかも。で、牽くのはやっぱり」
「まあ、二人交互にだろうな」
物を牽く力もそうだが、単純な戦闘力もエルザの方が高い以上、無駄に疲れさせるわけにもいかない。レオが考え直したのも、エルザだけに持たせるという部分ではなく、『動き』という部分である。
「店員さーん、ちょっといいですかー」
遊びは終わりなようで、エルザ店員を呼びここにソリが売ってあるかの確認。用途や乗せる予定の物などを伝えて話し合い、大きさなどを決めてここでの買い物を済ませた。
とりあえず大きな買い物の終わった二人は、一旦リカルドの家に戻って荷物を置き、再び街へと繰り出した。この都市最後の用事であり、重要な用事である。
「さってと、最後は……はぁ、面倒くさい」
「気持ちは分からなくはないが、俺たちも国連の思惑通りに染まってるな」
最後に残していた用事。それは国連非加盟であるハイデランドに行くに当たって、ライセンスで出来る国籍を証明する身分証を正式に作成し、バンクに入れているお金を下ろしておかなければならないのだ。
どちらもギルド支部に行けば出来るのだが、普段やらないような事をいざやろうとすると、面倒に感じてしまうのだった。
二人はリカルドに教えられた通り道を進み、見慣れたギルドの支部へと入っていく。ギルド支部は、外装も中身も同じように設計されているので、見つけ難いことや中で迷うことは無い。
「すみません、身分証を発行して欲しいんですが」
「期限は一年、外装とかは一番安い奴でお願いしまーす」
レオ達の国では余り使うことがないだろうが、ここはハイデランド王国近くの最後ギルド支部。窓口にはそこそこの利用者の姿が見えた。
ただ、待つほど込み合っている訳でも無く、二人は空いている一つの窓口に座って、女性職員に話しかける。
「畏まりました、ライセンスを預からせて頂きます。ライセンスの確認や各所への連絡等で時間が掛かりますので、その間あちらで必要書類にご記入下さい」
職員に言われるがままライセンスを渡し、書類と番号札を受け取って待合用の椅子に腰掛けて待つ。書類には本名など本人を確認出来る物から、身分証が必要な理由や目的地とそこへ行く理由などがある。
二人は早々に書類を書き終えると、エルザはカウンターの奥を落ち着きのない様子で眺め、レオも同じように興味深そうに見つめている。
それというのも、ギルドで身分証の発行が出来ることは教わっているが、実際に二人がこれを行うのはこれが始めてだったのだ。まだ若い年齢ということもあるが、年配になっても国連以外の国に好き好んで行く人は少ないのである。
「やっぱり時間掛かるね」
国連が人を外に出さない為に作業を面倒で遅くしている。そんな噂もあるが、皮肉でははなく純粋にそう思ったエルザがポツリと呟く。
いくらライセンスに偽造防止があるとはいえ、本人確認の為に二人の出身国に連絡を入れる必要がある。そして、犯罪暦がないかどうか等を調べ、先ほど書いた書類なども確認し、国からの許可が出れば身分証が発行されるのだ。
四十分ほど経った頃、書類と一緒に貰った札の番号が呼ばれ、二人は窓口へと向かう。
「身分証は三日ほどで出来ると思います。届き次第連絡を入れますので、宿泊先の確認をさせて……え」
受付の女性は書類に書かれてある宿泊先に驚き、思わず書類を凝視する。その事を密かに期待していたエルザは、にっこりと素晴らしいまで清々しい笑顔を受付に向けた。
「間違いじゃないですよ。リカルドさんの知り合いですから」
「あ、失礼致しました。では、こちらがお預かりしたライセンスです」
「ありがとうございます。さあ、後はお金を下ろせば一応の準備は完了だーー」
受付から手渡されたライセンスを胸に抱き、喜びを表すようにその場でクルリと一回転。そのままギルド内にあるバンクの方向に身体を向けて止まった。
「えっと、下ろす金額は一ヶ月分ぐらいで良いかな」
「とりあえずはそうだな」
レオは下ろすお金もほとんど無いが、エルザはまだまだ余裕である。食事代や宿代などを考えて、金貨五十枚を下ろす。これは一ヶ月と考えれば多い金額だが、ハイデランドで下ろせる場所が無い以上、万が一を考えてのことだった。
これでこの都市での用事は全て済んだ。新しく買った道具の点検も済ませて、問題が無ければ明日にでも旅立つ予定である。余り観光などしなかった街並みを眺めつつ、二人は帰路へと着いた。
◇◇◇
翌日、レオとエルザがコーフニスタから旅立つ日。屋敷の前にはリカルドとソフィア、それとシーツェと少し離れた場所ではサクが控えている。
既にいくつか言葉を交わした彼らの間には、悲しみから湿っぽい空気は漂っていない。二人の門出を祝う明るい雰囲気だった。
「レオ途中でバテるんじゃないぞ」
リカルドが意味あり気にニヤリと笑ったのには意味がある。それは太めの皮で固定されたレオの腰に、太く丈夫な紐で繋がる白いソリの存在。どうやら最初に牽くのはレオの役目となったようだ。
ソリの上には水が入って重量を増した水筒とレオの荷物、そして何故かシーツェからの選別である幾日かの食料が乗せられていた。
実際にはこれはリカルドからの選別なのだが、買い物の代金を出した以上レオ達が受け取らない可能性があったので、彼女からとしたのだ。
もちろん、二人はそれに気付いていて、あえて何も言わずに受け入れたのだった。直接渡されても、素直に受け入れていた可能性は高いが。
「バテたらエルザの牽くソリで休ませてもらうさ」
「なんとっ」
驚いてみせたエルザだったが、直ぐに表情を引き締めると真剣な眼差しをリカルドに向ける。しかし、その口から出たのは彼女らしからぬ、歯切れの悪い物言いだった。
「それで、ミレイユさんの事だけど」
あの戦闘から眠り続ける彼女は、結局エルザが滞在中に目覚めることは無かった。歯切れの悪さは、エルザ自身が彼女をどうすべきか、未だ結論が出ていないからだろう。
「んー、回復したら話しでもして、それから兵士さんに引き渡しておいて」
「そんなに悪そうな人には見えなかったけど、まあエルザが言うならそうするさ」
「まあ、強制ってわけじゃないし、そこは任せるよ」
リカルドもエルザも理解している。邪教徒であるミレイユが犯罪を犯して捕まった場合、死刑になる可能性が高いと。
少しばかり落ち込みそうになる重たい空気が漂い始め、それを感じ取ったエルザはわざとらしく笑い声を上げると、空気を切り替えるように両手を叩く。
「はいっ、暗っぽい話はここでおしまい。別れの挨拶と行きましょうっ」
最後の言葉はレオに向けられた物で、目が何か言えと物語っている。レオとしても特に乗らない理由もなく、軽く息を吐き出してリカルドに身体を向ける。
「それじゃあ、リカルドは魔法の練習忘れるなよ」
「おうっ、レオも剣の訓練忘れるなっ」
リカルドは魔法の練習で紙を握っていた右手をじっと見つめた後、レオの腰に下げられた剣を指差す。教え教わりの関係であり、そんな二人の様子を見ながら、女性陣はくすくすと楽しそうに笑う。
「何か面白い関係だよね、あの二人。それじゃあソフィアさん、お幸せに」
「はい、ありがとうございます」
そしてエルザとソフィアも言葉を交わし、空気を読んだのかシーツェはサクと同じく少し離れて手を振っている。
今まで旅を続けていた四人の視線が交わり、最初に歩き出したのはレオからだった。
「それじゃ、二人とも元気で」
「ソフィアさんを幸せにしないと、またシーツェさんとで困らせちゃうよ」
「問題ないなっ」
「その時はお願いしますね」
エルザの含み笑いに対し、リカルドは張った胸を力強く叩く。だが、茶目っ気な笑顔でソフィアがそれに乗ったことで、リカルドは咳き込んでしまいそれを笑い合う。
そんな彼らに見送られながら、レオとエルザは大空の巫女が向かったとされるハイデランド王国を目指して旅立つのだった。