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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第六章 『踏み込む勇気』
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第七十四話




 エルザとミレイユの戦いから始まり、レオとリカルドもサジャというゴーレムとの戦い。相性の悪いもの同士の戦いではあったが、無事戦闘を終わらせることの出来た一行は、急遽その場で一夜を過ごし、リカルドの生まれ故郷コーフニスタへと向かっていた。


「人間同士の命を取り合う戦いを始めてみました」


 今、馬を引いているのはソフィア。御者台に座っているのではなく、歩いて馬を先導しているのだ。それというのも、戦闘の疲労から倒れてしまった面子が荷台で横になっているからである。


「まあ、戦争やそういった場所でもない限り、見る機会は無いだろうな」


 戦闘を行なった中で、唯一歩いていられるのはレオだけだった。それはレオの回復が早いのではなく、単に受けた傷の多さと深さの問題である。

 その結果、レオとソフィアの二人だけで歩く時間は増え、レオも彼女に対して普段通りの言葉遣いで話しかけるほどに打ち解けていたのだった。


「ちょっと荷台の様子を見てくる」

「お願いしますね」


 荷台の人達の様子を見るのは、主にレオの役割だった。後方に回り込んで荷台の中を覗き込む。荷物は可能な限り端へと詰められ、余り広くない荷台には薄い敷物の上で三人が横になっていた。


「どうだ、元気になったか」

「んなわけないだろ」


 心配している表情でも声色でもないのは、彼らの容態が落ち着いているからである。ただそれは、荷台で休んでいるエルザ達の答えも、前と同じく変わりのないものということだ。


 端に積み上げられた木箱の上で横になっているリカルドは、不機嫌そうにそっぽを向く。リカルドは全身の多くを打撲、骨折した上に、慣れない魔法を使った事で意識が混濁。それに加えて、治療の為に使った強力な回復薬の副作用で、苦痛を味わっている最中だ。


「あ、ソフィアさん」

「元気に決まっでっでででぐる」


 それを茶化すのは、リカルドの反対側の隅で横になっているエルザ。彼女の怪我は軽度の火傷や打撲、巻きついたコアを闘気で吹き飛ばした時のものだけである。ただ、疲労が酷く、戦闘から三日は眠り続けていた。

 今も身体を動かすのが億劫らしく、ほとんど寝たきりの旅が続いているが、これはある意味しかたのないこと。闘気とは気と魔力から成るものなので、闘気を使えば肉体、精神共に疲れてしまうのだ。


「ミレイユさんはまだ目覚めないか」

「うん」


 そして、荷台の真ん中で眠り続けるのは、邪教徒であるミレイユ。外傷らしい外傷はなく、エルザの最後の一撃も腹に喰らわせた一撃なので、素人判断ではあるが脳への影響もないと考えていた。

 だが、彼女は戦闘から既に一週間近く経ったにも関わらず、一度として目覚めることはなかった。身体は徐々に衰弱していき、症状に適する回復薬も持ち合わせていない以上、急いでコーフニスタへ向かうことしか出来ない。


「何か必要な物は?」

「特に無いかな」

「あー、水をくれないか」


 リカルドの要望もあり、馬車を路肩に停めて少しの休憩に入る。休憩の数は前よりも多いが、重い荷物を轢く馬の疲労も考えなければならない。

 ただ、コーフニスタまではもう直ぐ。これからも一緒に旅をしないのであれば、リカルド達との旅もそこで終わりを告げるだろう。それを理解しているからこそ、しみじみとこの時間を楽しむレオ達であった。



 ◇◇◇



 コーフニスタは隣国ハイデランドの一番近くにある都市である。ただ、都市とは言っても経済的にはそこまで大きくなく、もし戦争になれば防衛の要となるため、巨大な防壁で囲まれた囲郭都市である。

 何せ都市から一番離れたところには高さ十メートルほどある高い防壁に、中間には一.五メートルの物、そして一番近場にも五メートルと三重の防壁に囲まれているのだ。


 大外の防壁には監視台があり、遠くまで見ることも弓や魔法で攻撃することも出来る。リカルドが言うには大昔に戦争があったそうで、昔には小競り合い、今は特に何もないそうだ。


 円で囲う防壁には、コーフニスタに出入り出来る場所が数箇所あり、その門を通る必要がある。そこには兵士が数名詰めていた。


「ようこそ、観光かい……って、リカルドさんでしたか。お帰りなさい」

「あぁ、ただいま。何か変わったことはあったか?」

「いいえ、特には。あぁそうだ、宿屋のマナちゃんが結婚――」


 リカルドほどのランク保持者ともなれば、故郷の英雄である。その為、『寝たきりでは格好がつかない』と、少しばかり進む速度を落とすよう頼み、今も身体中に走る痛みを堪えながら世間話を続けていた。


 兵士と言葉を交わした後、門を潜って再び歩き始める。そして、門から見えない場所にまで進むと、リカルドは再び荷台へと引っ込む。ここから都市に着くまでに、三日ほど掛かるからだ。


「でも本当、この国っていろんな場所で空気が違うね」

「港町と言わず、国の中央と比べても乾燥して埃っぽいだろ」


 怪我と体力がほぼ回復したエルザは、荷台を降りて歩いている。精神的にも自分で歩いている方が、景色も楽しめて気が楽になるのだそうだ。

 エルザが胸一杯に空気を吸い込むと、確かにリカルドの言う通りである。砂漠とは少し距離はあるらしいが、それでも砂や塵などが風によってここまで運ばれてくるのだろう。


「少し速度を上げますね」


 エルザが荷台を降りた今、荷台に乗っているのは二人だけと幾分軽くなる。その為、ソフィアも歩いて馬を引かず、御者台に座って馬を御していた。

 馬のことを考えれば一緒に歩いた方が良いのだろうが、ミレイユを早く医者に診せた方が良いだろうと判断した為だ。


「まあ休憩は取りつつね」

「面目無い、俺も少しは歩くから」


 情けないと思う内心を表に出さないようにしながら、今は回復に専念するためリカルドは静かに横たわり、一行はコーフニスタへと足を進めた。



 ◇



 予定より少し遅く着いたコーフニスタでは、都市の英雄であるリカルドの帰還を盛大に歓迎し、リカルドもそれに自分の足で歩いてしっかりと答えてみせる。

 多くの街に巫女が訪れた場面を知っているレオ達からすれば、こちらの方が熱気が凄いことが分かった。それは巫女は雲の上の存在であり、失礼がないようにと緊張しながらの歓迎だからだろう。


「リカルド、今度酒飲もうぜー」

「お前の奢りでなー」

「おいっ、俺は歓迎される側じゃないのかっ」


 熱気と言うよりも、親しみの度合いだろうか。同年代の男性達に声を掛けられ、リカルドは笑いながら言葉を返している。まだ身体の痛みは残っているだろうが、それを見せるようなことはしなかった。


 楽しい雰囲気ではあるが、いつまでもそうしてはいられない。エルザはリカルドの傍に寄って話しかける。


「ねぇリカルド、お医者さんはどこかな? ミレイユさんを診せないと」

「あぁ、なら俺の実家に行こう。そこに居るはずだ」

「リカルドの親は医者だったのか?」


 楽しそうに笑って誤魔化すリカルドは、馬車の前を歩いて実家に案内する。

 すれ違う人々と挨拶を交わしながら、都市の中央へと進む。リカルドの説明によると、コーフニスタでは重要な施設は都市の中央付近にあるらしく、これも戦争時代の名残なのだろう。


 ここまで来れば、レオ達にもある程度の予想は立てられた。リカルドはこの都市の最中央にある、豪華というよりも無骨な趣向のある建物まで連れてきたのである。

 家の周りは高い塀が囲み、門の隙間から見える広い庭には果実のなる木々が植えられ、屋敷まではかなりの距離を歩く必要がありそうだ。


 リカルドは門の前でレオ達に向き直った。


「ここが俺の実家だ」

「えーと、ここで一番のお偉いさん?」

「まぁ、家はな」


 そう言って門の脇に埋め込まれた、透明の球体に手を触れる。来客を知らせる魔道具で、登録していれば魔力で誰が来たのか分かる仕組みにもなっている。

 リカルドは魔道具から聞こえる声と二、三言葉を交わし、昏睡状態の人がいることを伝えた後、閉ざされた門が勝手に開き始める。


「おぉ~、金持ちっぽい」

「茶化すな。とりあえず、玄関までよろしくお願いします」


 御者台に座るソフィアに告げ、レオ達は馬車の横を歩きながら周囲を見回す。

 広い庭には井戸や物見台などがあり、屋敷の近くには砂利が敷かれていた。音を立てさせることで侵入者に気付きやすくするなど、戦いを前提に造られた屋敷だということをリカルドが説明する。


「あんまり貴族っぽくない家だね」

「貴族って言っても、戦争時代に戦功で前線の土地を貰ったってだけだからな。金持ちってわけでもないし」

「あぁ、仕送りとか言ってたな」


 金に困っているほどでもないが、裕福でもないらしい。もちろん、お金に困ってないのは、それだけで素晴らしいことである。


「俺も三男だし、将来は兵士になるとかそんなところだった訳だ」

「それが今や名の知れた冒険者かー」


 確かに女性に対する仕種などを思い返せば、中々に堂に入っていたことをエルザ思い出す。


「作法とか女性の扱いとか様になってたけど、小さい頃からの教育だったんだね」

「いや、どうだろなぁ、城でのパーティーとかも兄貴達がほとんどだったし」


 そんな話をしている内に玄関にまで到着。玄関の前には背筋がしっかりと伸びた、髪のを薄い白髪の老人を中央に、使用人服や白衣に身を包んだ人達が居る。

 老人は顔には喜びを表す笑みが皺をより深くし、深々と頭を下げてリカルド達を出迎えた。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

「この歳で坊ちゃんは止めてくれ。それでサク爺は元気だったか」

「はい、息災でございます。しかし、頭部はますます禿げ上がってしまいまして」


 笑いながら前頭をピシャリと音を立てて叩く。自分で言っている通り、老人の白髪は前頭から頭頂部にかけて頭髪がなく、生えている場所は肩に付くほど長い。

 レオはリカルドがライトの魔法を使うときに、想像していた人物の名前であることを思い出す。リカルド曰く、子供の頃に芸で笑わされた人らしい。


「さっき伝えた通り、意識のない怪我人が居るんだ。先生、お願いします」

「はい、お任せを」


 白衣の人物は担架を持った使用人と一緒に荷台に回り、昏睡状態のミレイユを連れて屋敷の中へと入って行く。専門家に任せたということもあり、一先ずの安心感が一同に生まれた。


「そちらは仲間の方々でいらっしゃいますか」

「あぁ。ただし、レオは俺の魔法の師匠でもあるっ」


 やはりそこには拘るのか、自慢気に胸を張って紹介する。ただ、サク爺と呼ばれた人物は慣れた様子で受け流すと、レオに対して軽く会釈をして微笑を向けた。


「それはまた、難儀だったのではありませんか。幼少の頃からリカルド様は、魔法と縁遠い存在でしたので」

「確かにリカルドさんが魔法を自由に扱うことは難しいでしょうが、剣の助けや補助程度には扱えるでしょう。それに、私は師匠と呼ばれるほどの事はしていません。それよりも、リカルドさんには剣の手解きをして頂きまして――」

「レオ、さん付けとかその喋り方とか、いい加減気持ち悪いぞっ」


 背筋に走る悪寒を掻きながら、リカルドが話しに割って入った。

 もう少し砕けてはいたが、最初出会った頃は似たような話し方である。リカルドは『やはり慣れとレオの地を知っているからか』と、だいぶ長くなった付き合いを思い返しながら、両手を叩き音を響かせて話を切り替えた。


「それで、今日は泊まっていくか」

「いいのっ、やった」


 実は少しばかり期待していたエルザは喜び、断る理由のないレオもその提案を受け入れる。ただ、御者台から降りていたソフィアは申し訳なさそうに断りを入れ、それに対してエルザは残念そうに理由を尋ねた。


「えぇー、どうして」

「知り合いが来ているはずですので、合流する予定なんです」

「それなら仕方ないですね」


 エルザ同様、残念に思っているリカルドだが、それを出来るだけ表に出さないようにしながら、去り行くソフィアを見送る。レオ達もソフィアも、旅立つのは数日後ということを伝え合い、別れの挨拶はまた後日ということになった。


 そして、ソフィアの姿が見えなくなると、サクが改めてレオ達に挨拶をする。


「では改めまして、サク・ルトクスアットでございます。お二方の滞在中のお世話をさせて頂くことになると思いますので、以後お見知りおき下さい」

「サク爺は俺の世話係だったんだ」


 レオ達も改めて自己紹介をした後、サクに案内されて家の中へと入って行く。

 リカルドの実家は外観通り、武を前面に出した内装だった。玄関ホールに飾られている鎧も、煌々と輝く新品の物ではなく、先祖が実戦で使っていたという傷付きの代物である。


「ま、実際はそこまで拘る金が無いから、成立ちで誤魔化しが効く内装にしてるだけだけどな」


 笑いながら言うリカルド曰く、床に敷かれた絨毯なども高くないとのことらしい。

 今、レオ達はリカルドの両親に挨拶をした後、それぞれが泊まる予定の部屋へと向かっていた。


「そうだサク爺、俺が呼ばれた急用って何なんだ?」


 帰ってきたばかりで、両親とはまだ軽く挨拶をしただけ。用事を聞きそびれていたリカルドは、廊下を歩く時間を利用してサクに尋ねた。


「後で旦那様からお話しがあると思いますが」

「いいのいいの、口止めされてないってんなら教えて欲しいんだけど」


 足を止めたサクは窓から外を眺め、リカルドの方に振り返り重々しく口を開く。


「実は……お見合いの為でございます」


 重々しい空気を切り裂くように、窓の外から光が差し込んでサクの頭が眩しく輝いた。初めての出来事にエルザは思わず噴き出してしまい、失礼だと思ったレオに頭を叩かれるが、これはサクの芸である。

 これをするということは、そこまで重要な話でないということを、長年の付き合いからリカルドは理解した。政略結婚ではないと分かり、固まりかけた表情を崩す。


「見合いって、おいおい俺の都合は無視か」

「現在お付き合いしている方は居ない、と仰っていたではないですか」

「そりゃ前連絡入れた時のことだろ」

「では、現在居られるので?」


 そう切り返され、思わず言葉に詰まってしまう。もし彼女が居るのなら、真っ先にそのことを告げるだろうと、サクも長年の付き合いから分かっているのだ。むしろ自慢と惚気で連絡を入れてきそうなことは、これまでの経験で分かっている。


 自分の行動を見透かされて、面白くなさそうにリカルドはサクに早く部屋に向かうよう促した。


「それで相手は?」

「商家のお嬢様でございます。年齢は二十一、明るく陽気な方と伺っております」

「親がここで商売でもする気かねぇ」

「確かに旦那様とその様なことを話しておいででしたが、お見合いの件は奥様から申し出されたようでして」


 それを聞いたリカルドは、納得したように頷いて重いため息を吐き出す。母親から、常々結婚の予定など聞かれていたのを思い出したからだ。


 そして、この話を聞いているレオとエルザも、茶化すことが出来ず軽く息を吐き出す。リカルドがソフィアに気がある、もしくは告白する可能性もあると分かっているからである。

 心配になったエルザが恐る恐るサクに話しかけた。


「それって断っても良いんですよね」

「はい、話が上手くいかない場合は、先方から断りが入ることになるでしょう」


 お見合いで女性が断られるよりも、男性が断られた方が後々に影響を及ぼさないだろうと言うことだ。まして、リカルドが本気で結婚を考えるのなら、相手に不自由せず直ぐにでも結婚出来るだろう。

 その辺りはリカルドも分かっていること。相手女性に下手な経歴が残らないのなら、と直ぐに納得した。


「それで日程は?」

「……実はリカルド様の到着が思いの他遅く、先方はもう到着しているのです。近日中には行われるでしょう」

「うわっ、マジか。そりゃ悪い事したな」


 上手い具合に、などとほくそ笑むようなリカルドではない。頭を掻きながら、本気で相手方に悪いと思っていた。

 だが同時に、これでお見合いが上手く行くことはないだろうとも思っていた。相手方の感情もそうだが、最初からリカルドに成功させるつもりが無いからである。



 ◇



 お見合い当日、宿屋に泊まっていた相手方がロイバル宅にやって来た。

 お見合いとは言っても、最初は軽いパーティーのような物で、後は若い者同士に席を外させるという流れらしい。この立食会には、客人として扱われているレオとエルザも、参加することになっていた。


 エルザはチーズ入りサラダを食べながら、このパーティの主役であるリカルドに話しかけた。少しばかり酸味と塩分の強いチーズが、苦味のある青葉を優しく滑らかな味わいに整え、余り苦い物が得意ではないエルザも気にせず食べられている。


「それで、お見合いの相手はまだなの」

「まあ、こういったお姫様の登場は最後って相場が決まってるんだ」


 赤ワインを傾けるリカルドは、当然ながら今までのような安物の服は着ておらず、礼装に着替えて髪型も前髪を後ろに上げて固めていた。普段より大人っぽく見える、とはエルザの談である。


「相手の名前は知ってるのか」

「あぁ、シーツェさんって言うらしい」


 そうこう話している内に、余り時間を置かずホールの扉が開かれ、薄赤色のドレスに身を包んだシーツェが登場する。

 若さを証明するように薄い化粧と太ももまでを見せる短いスカート。セミロングのクリーム色の髪をボリュームが出るようにセットし、楽しそうに輝く金色の瞳はホール中を見回して、一番着飾っているリカルドで視線が止まった。


 そして、廊下側に振り返って付き添いに話しかけると、見合いの相手だと分かると笑みを浮かべたまま近付いて来る。


「やっほー、貴方がリカルドさんねっ」


 少々釣りあがった目で、リカルドの足元から頭の先までを見回す。

 その無遠慮な視線を向けられても、リカルド達は別に気にならなかった。というのも、シーツェの背後にいる付き添いが原因である。


「ソフィアさん、何やってるんですか?」

「……この子の付き添いです」


 そこにはシーツェ同様、薄めの化粧と薄水色のドレスに身を包んだソフィアが居たのだ。こちらは足首近くまである長いスカートに、長い髪も巻き上げてセットされ、普段の落ち着いたソフィアをより強調させる。


「申し訳ありませんでした」


 ここに来る前から決めていたのか、ソフィアは出会って直ぐに頭を下げて謝った。


 彼女が言うには、今回の見合い相手であるシーツェは彼女の妹で、見合いの話も知っていたのだそうだ。そして、リカルドの素行を調べると、女性に対してややだらしないとの噂があり、それを調べる為に旅に同行。つまり旅先で出会ったのは、偶然ではなかったというのである。


 黙って相手の素行調査。やられていたリカルドは気にしていないが、やっていた本人であるソフィアは肩を落として俯いてしまう。そんな暗い空気を払うように、シーツェがソフィアの背後から笑って抱きしめた。


「お姉ちゃんは心配性って言うか、私に甘々だからねー」


 そして、姉の背後からチラリとリカルドを覗き見る。


「でも良かったよー。お姉ちゃんより先に結婚とか嫌だし、何よりお姉ちゃんがいかず後家に――」

「シーツェっ」


 声を抑えながら荒げて言葉を遮るソフィアは、化粧でほんのりと赤い頬を更に赤くしている。シーツェはわざとらしく「おっと」と言いながら、左手で口を押さえて笑った。


 まだ好きという感情ではなく気になっている程度だろうが、それが互い同士だというのなら前へと進むだろう。そうでなくとも『その為に自分がいる』と、シーツェは思いを強くした。

 それというのも、相手は両親も付き合いが増えそうな貴族の三男。あまり金持ちではないが、そのおかげもあって相手は自由。つまり入り婿にも出来るのだ。是非ともこんな優良物件を、姉にはキチンと捕まえて欲しいと考えていたのである。


「それで、お兄さんはどうなのかな」

「んーー」


 ずいっと身体を寄せて小声で尋ねるシーツェに、リカルドは困ったように眉を顰めて見つめ返す。ソフィアに対する感情は決まっている。ただ、それをお見合いというこの場で発言していいのか、シーツェの立場や変な噂が立たないかを心配しているのだ。


 それを感じ取ったシーツェは、優しい笑みを浮かべて頷く。目付きや性格、着ている服装までも正反対だが、今の表情は似ているなと思いながら、リカルドは決心すると息を整えてソフィアに一歩踏み込む。


「えっとソフィアさん」

「はい、何でしょう」


 話しかけられたソフィアは、チラチラと二人の様子を伺っていたが、そんなことは一切表に出さず軽やかに返事をする。

 脇で見ているレオとエルザはその事に気付いているが、今は大事な場面と口を開かない。そんな二人の傍にシーツェが来て、三人一緒に二人の行方を観賞する。


「いきなりで申し訳ありません。本当ならもっと落ち着いたところ、この街にある眺めのいい場所で言いたかったんですが……」


 ソフィアはあまりこういった事に慣れていないのか、リカルドが何を言いたいのか分からず、きょとんとしながら生返事を返す。


「俺と結婚を前提にお付き合いして下さいっ」

「え……えっっ」


 言われた事を直ぐに理解出来ず驚いた後、告白だと分かって再び驚く。しばらく混乱から単語しか話せなくなったソフィアと、それを落ち着かせようとするリカルド。そんな二人を楽しそうに見つめるレオ達三人。

 お見合いはリカルドが予想していた通り破談に終わるが、対外的には成功したことになった。互いの両親が意図しないところで、将来を誓い合う二人が誕生したのである。






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