第七十二話
エルザとミレイユの戦いに介入しようとしたレオとリカルドだったが、二人の前にミレイユが呼び出したゴーレム、サジャが立ち塞がる。
細長い足の無防備な関節に一撃を喰らったにも関わらず、くすんだ白銀色の身体はビクともしなかった。リカルドは一度レオの側にまで退く。
「それでどうする」
「俺も本気を出すが、やっぱレオが頑張るしかないだろ」
作戦会議とは言え、いろいろと案を出すほど多くの手があるはずもなかった。戦力はレオとリカルドの二人で、しかも魔法の使えないリカルドは一撃を防がれているのだ。
あれが全力だったわけではないが、リカルドの言う通りレオの魔法が頼みとなってくる。しかし、それにも問題があった。
「俺は上級魔法を使えないが」
「あー、やっぱり?」
サジャに対してどの程度の魔法が有効か分からないが、レオが使える魔法は中級まで。ただ、これはレオのランクから考えれば当然のことであり、リカルドも予想はしていた。
そうこう話をしている内に、サジャが伸ばした二本の触手がレオ達に襲い掛かり、二人を叩き潰すように上からしなってくる。
「とりあえず俺は前で奴を抑える。その隙にレオは自慢の一撃を頼んだっ」
触手を剣で払いながらリカルドは再びサジャへと接近。そして、レオも触手を横に跳んで避けるが、地面を撃った触手がそのままレオを追いかける。
「――ッ」
それを鞘から抜いた剣で受け止めるものの、簡単に弾き飛ばされてしまう。リカルドとは違い、触手の力に耐えられるだけの踏ん張りがレオには出来ないのだ。
そんなレオを助けるため、リカルドはサジャに斬りかかる。触手の位置は高いので、それを払うことは難しい。ならばと本体を狙ったのだ。
大きく息を吸い込みながら、今度は試しなど無く全力で斬りかかる。
「ハアァァァッ」
だが、これも左鎌に受け止められ、呆気なく振り払われてしまった。
少しばかり自信を失いそうなリカルドだが、今はレオから気をそらさせる為、必要以上に何度も斬りかかった。
「レオッ、まだかっ」
「――】リオンルフション」
レオが最高威力を出せる魔法。それは事前に出しておいた岩槍と、回転する水球から四つの水刃が伸びる中級魔法を合わせた合成魔法。水球部分に砕いた岩が入り、回転した水球が標的にぶつかると、水刃が巻き付いて切り裂くというもの。
だが、サジャは躊躇う様子も見せずに球体の部分を人型の右手で殴りつけた。そして狙い通り、球体がぶつかって止まった事で、周りに伸びる水刃が回転しながら腕に巻き付く。
岩石の入った水球が回転しながら拳を削り、水の刃が締め上げながら切り裂くという、今のレオが扱える最高威力の魔法である。
「ッ、無駄か」
しかし、所詮は上級魔法の使えないレオが代用しているだけの魔法。拳を破壊することも、腕を切り裂くことも出来ずに、弾けて飛び散った水滴が宙を舞う。
その間にリカルドは、一旦レオの許まで下がった。
「今のが一番威力のある魔法か?」
「あぁ。ただ、アイツに他系統が効くのなら、話は違ってくるかもな」
「使う威力は低くても、あいつの弱点だったら威力は上がるってことか」
サジャから視線を外さずに確認するリカルドに、レオは肯定の返事をする。
元々、レオは高威力の魔法を覚えるよりも、色々な場面で応用出来る魔法を好んで覚えていた。それが今回は上手く働いていないのだが、それはある意味当然のことである。
何故ならレオはこの戦場で一番弱く、普通ならソフィアの護りとして後方に居るべきレベルなのだ。ただ、サジャに物理耐性があり、リカルドだけでは攻略に時間が掛かりそうという理由から戦っているに過ぎない。
「魔法のことは良く分からないから、そっちは任せた。何とかそっちには行かせないから安心してくれ」
短い作戦会議は終わり、リカルドは再びサジャに向かっていく。
普段ならばレオは頭を働かせ小細工をするのだが、その細工ごと力で破壊されてしまう可能性がある。それほどレオと他の面子との実力差は明らかだった。
ただ一つ、レオには奥の手とも呼べる魔法がある。問題は今それが使えるのかということなのだが……。
レオは周囲の状況を確認しながら軽く息を吐き出すと、魔法の詠唱に入る。
「【汝らは姿無き演舞者、汝らは音無き演奏者、汝らは声無き演歌者、皇翠なる精風よ汝らの力を貸して欲しい、我が手に納まりしものは汝らの道先にありて】シルフィンス」
以前、グラフィットとの戦いで使った魔法。今度は剣ではなく標魔石を握って唱えたが、手と石を掴む感覚が普段通りで成功した感覚はない。
実際、手の平から標魔石を落として空中で手を握ってみても、一瞬ふわりと速度が落ちたかと思いきや、完全に石を捕まえることは出来ず、そのまま地面に落ちて転がってしまった。
「……今は状況が悪いか」
レオは頭を切り替えると、標魔石を拾ってサジャに狙いをつけながら、爆属性の魔法ディンクスロアの詠唱に入る。
前線に向かったリカルドは、レオに宣言した通り魔法のことは一切考えることなく、今度は様子見なしの全力でサジャにぶつかった。だが、それも右腕の鎌で簡単に受け止められてしまう。
さすがにこれには動揺するかと思われたが、リカルドは焦る事無く注意深くサジャを観察していた。
「空間固定ってことは無いよなァ」
むしろピクリとも動かない状態が、逆にリカルドを冷静にさせていたのだ。
冒険者を生業にしているリカルドから見ても、サジャを生み出した宝玉はかなりの代物であることは分かる。だが、幾ら宝玉が凄くても、普通の土からそこまでのゴーレムを創り出すことは不可能だと感じていたのである。
だからこそ、いつ他の五本の腕が攻撃してくるか分からない状況でも、気を配りながら剣を受け止めた右鎌の状態を注視する。
「先端が地面に埋まってるからって……ん?」
地面にキラリと光るものを見つけたリカルドだったが、それが何であるのかを確認する前に、下から左拳が突き上げられ後退を余儀なくされた。
だが、下がったところを左鎌で切り付けられ、剣で受けると上から触手が襲い掛かる。
「ちっ」
「リカルドッ」
レオの合図と横を通過した標魔石から、魔法の発動を理解したリカルドは、襲ってくる二つの触手を切り払いながら後退する。
「ディンクスロア」
標的の周囲を広範囲に攻撃するディンクスロアだが、事前に標魔石を投げたことで余り広がらず、なるべくそこに集まろうとしながら爆発を繰り返す。
先ほどの切り裂く水魔法とは違い、衝撃と熱を与える爆魔法。しかし爆発が収まった場所には、何事もなかったかのようにサジャが平然と立つ。予想できた結果である。
「レオ、奴の鎌が俺の剣を受け止めたら、その先端が刺さった地面を掘ってくれ」
リカルドは落胆することなく、先ほど思いついた事を確認するためレオに魔法の発動を頼み、返事を聞く事無く駆け出す。
何が狙いなのか分からないレオだが、直接やり合ったリカルドの言葉に疑問を感じることなく、魔法の詠唱に入る。
「ハアアァァァッ」
そして先端を地面に突き刺し、リカルドの剣を受け止めた左鎌に水の渦が巻きつく。それは鎌の先端に向かって進み、土を湿らせて余り大きくはない穴を掘る。離れた場所を狙って掘るには、この魔法しかなかったのだ。
ただ、リカルドの要望には応えられたようで、あらわになった地中に視線を向けて納得したのか頷く。
「やっぱりか」
鎌の先端から地中に向かっていたのは、ゴーレムの骨組みとなった白銀色の物体。それが根を張るように地中に広がっていたので、リカルドの一撃を受けても弾かれることなく受け止められたのだった。
「つまりこの御大層な鎌は、盾ってことでいいんだな」
わざわざ受け止める為の細工があるということは、それを前提に創られた物なのだろう。
これによって分かることは、物理耐性があるとは言え防御対策をしていること。そして、鎌が防具であるのなら、他の場所よりも強固に作られているということである。
「なら、別の場所を思いっきりブッ叩いてやる」
柄を深く握り直し競合う鎌を無視して懐に踏み込むが、その下からは人型の腕が懐に入らせまいと手を広げて掴み掛かった。
それをリカルドは剣で受け流すことも出来た。しかし、先ほどの予想が正しいかを確かめる為、あえて強く剣で殴りつける。
金属同士がぶつかったような鈍い音が響いた後、サジャの右腕が大きく弾かれた。
「やっぱ空間固定じゃ無いみたいだなっ」
空間を固定しているのなら、右腕は弾かれることなくその場で留まるはずである。
リカルドは自らの予測が正しかったことを確信し、ニヤリと笑みを浮かべながら地面を蹴った。狙うのは目前のリカルドを見下ろすために引いている顎。そこを剣の柄で思いっきり叩き上げた。
「これで、どうだーーッ」
顎を叩き上げられたサジャは、空を仰ぎ見て背中を反らせる。
サジャの硬さがどこまで及ぶのかは分からない。しかし、白銀の外殻だけでなく、中身全てが硬ければ硬いほど、衝撃を逃がすことが出来ないのだ。
「グギィ」
そして、ここで初めてサジャが声らしきものを漏らす。その事にある種の達成感を持ち、笑みを浮かべるリカルドだったが、それは直ぐに引っ込むことになる。
今までは特に感情が入ることなく、戦場を見つめていた一面六つの目。その内の四つがリカルドを鋭く見つめ、右拳を突き出した。ただ、サジャは速度のあるタイプではないようで、リカルドは余裕で後方に跳んで距離を取る。
しかし、それを追いかけるようにサジャの二の腕が伸びたのだ。
「何っ、ぐぁっ」
何とか剣で受け止めるも受け流す事が出来ず、そのまま宙に持ち上げられながら後方へと押されてしまう。リカルドの胴体を覆うほど巨大な握り拳、腕はグネグネとうねりながら伸び、それと比例するように右肩の裏にある触手が短くなっていく。
「んなくそっ」
「【ヴァイジエアエッジ】」
何とか拳を横に受け流そうとするリカルドだったが、上手い具合に腕をうねらせて自由に出来ない。レオもリカルドを助ける為、伸びきった腕に真空の刃を放つが、想像通り全くの無傷。
しかし、全てがサジャの思い通りというわけでもなかった。実は先ほどから、サジャはリカルドを地面に叩きつけようと腕の軌道を調節していたのだ。
ただ、リカルドが地面を蹴ったり身体を捻らせることで、そうはさせていなかったのである。
そして、右肩の裏に付いている触手の長さが、人型の腕の長さよりも短くなる。
「ギギギギィ」
だが、サジャは前足を高く上げて体重を後ろ足に掛けると、腕と同様に三対ある内の中足が短くなり、その分前足を長く伸ばした。そして、前足を下ろしながら後ろ足の分まで前に伸ばし、両鎌も使って身体を引き寄せる。
移動速度は早くないが、地面に固定する力と引き寄せる強大な力で、一度に大きく前へと移動していた。
「おぉおおおおおぉお、いい加減、離れろって」
サジャが前に出た以上、リカルドもずっと押されたまま移動することになる。それは戦場をかなり移動させ、レオが危惧した時には既に彼女の近くまで移動していた。
「えっ、リカルドさん?」
背後から微かに聞こえた女性の声。後ろを振り向くことは無いが、リカルドは一瞬で状況を把握した。料理の準備をするため、少しばかり離れていたソフィアの近くにまで来てしまったのだ。
「……チィッ、来いよっ」
「リカルドっ」
リカルドが行なったこと、それはわざと体勢を崩すというもの。
サジャは体勢の崩れたリカルドを、狙い通り地面へと叩きつけた。土という重い物質に突進の力、そして動かない大地に挟まれたリカルドは思わず悲鳴を上げる。
「ぐああぁぁ」
万が一折れると不味いので、体勢を崩す前に拳を受け止めていた剣は抜いてあり、受け止めるのは金属の鎧のみ。それがメキメキと悲鳴を上げながら、リカルドの身体を圧迫していく。
「【オブスタクルウインド】」
レオが進行を阻む強風を吹かせ、何とか腕の位置を変えようとするが、左肩の触手で呆気なく潰されてしまう。所詮は下級魔法、しかもレオの魔力量ではどうしようもなかった。
「リカルドさん、大丈夫ですかっ」
「ご、ご安心を……それ、より危険だから」
尋常ではない状況にソフィアはリカルドの側へ近付き、身体を押さえつける腕を掴んで引き離そうとする。だが、女性の力でどうなるものでもなく、リカルドは危険だから離れているように伝えた。
「ですがっ」
「い゛いからッ、アンタに怪我されだぐないんだっ」
「は、はい……」
珍しく強い口調に驚いたソフィアは素直に後方へと下がる。それを感じ取ったリカルドは軽く笑うと、息を大きく吸い込んだ。
「ごんなのおおぉぉぉっ、ソフィアさんの前でえええぇぇぇぇーーーーッ」
剣を手放して右拳を身体とサジャの手の間に差し込み、思いっきり突き上げながら左手で横へと叩いた。その瞬間、風が吹く。レオがオブスタクルウインドを発動させたのだ。
風とは空を吹き抜けるものであり、別に地面を走らせる必要はない。つまり地面に転がるリカルドには影響が無いように、空中だけに発生させ腕を引っ張ったのだ。
「ダアアァァァアアァァッアアァァッ」
一度では無理でも二度、三度と殴りつけて、ようやくリカルドはサジャの圧迫から解放された。
リカルドは震える手で腰から丸薬を取り出して口に運ぶ。受けた傷による苦痛と食べた薬の苦味で、表情を歪めるリカルドの許にレオが駆け寄る。
「大丈夫、じゃなさそうだな」
「強力な回復薬じゃ、満足に戦えそうもないからな。とりあえずは軽い回復と痛み止めの効果がある奴を飲んだ」
胴体の部分がへこんだ鎧を脱ぎ捨てたリカルドは、胸元をそっと触り表情が歪む。そして、迫り来る二つの触手を切り払いながら話を続けた。
「何か手はあるか? 俺は余り長くは動けないぞ」
「……」
完全に切り払うことの出来ないレオは、勢いを受け流すことで何とか逸らさせる。ただ、受け流すだけでは切り払うよりも攻撃に移りやすく、何度も攻撃を受けてしまう。
そんな中にあってもレオには一つの案があった。というよりも、このレベルの戦いで自分が役に立たないことは予想出来たので、ほぼ最初から考えていたことである。
「リカルド、魔法は使えるな」
「ふふふっ、少しな……って、はあっ」
予想もしていない言葉に、思わず声を上げてレオを見つめてしまい、慌てて触手を切り払う作業に戻る。
「これからお前の剣に風を巻き付ける。アイツに突っ込んだら思いっきり剣を燃やせ」
「いやいや、紙は燃やせたけど剣とか。ってか実戦でやったことないし、剣を燃やしたら俺どうなるのよっ」
普通に魔法が使える人なら、刃の部分だけを燃やすことが出来る。リカルドも紙を燃やす時に指で挟んでいる部分は燃やしていない。これはその応用である。レオはそう伝えた。
「そしてこれが、お前の進むべき魔法剣の一歩だ」
「ま、魔法剣……」
「そうだ。実戦のしかも危機的状況でいきなり決めてみせろ」
格好つけたがるリカルドの心を揺さぶる言葉。レオは魔法の放出が苦手なリカルドが、魔法を使いたいというのなら、自分の能力を補助するタイプの魔法剣士だろうと考えていたのである。
その言葉を受けてふるふると身体を震わせたリカルドは、触手による攻撃を続けるサジャに強い眼差しを向けて大きく頷いた。
「分かった、決めてみせるっ」
「さすが、【――」
詠唱に入り魔法を唱えると、鍔の部分から先端に向けて螺旋状に風の渦が巻き付いた。
ただ、魔法を唱えたレオは気が抜けそうになるのを我慢し、意識を留めるように何度か頭を振る。
「おい、大丈夫か」
「あぁ、少しばかり魔力を込め過ぎただけだ。その分、マシになってるだろう」
これはある意味仕方の無い事である。レオが普通に魔力を込めただけでは、サジャに対してほとんど効果は無いだろう。だからこそ、多少無茶をしてでも多くの魔力を込めなければならなかったのだ。
「標魔石だ。こいつをサジャの足下辺りに投げてくれ、オブスタクルで補助する」
「分かった、コケないように気をつける」
レオから受け取った標魔石を右手に持ち、二本の触手を強く叩くとリカルドは駆け出す。痛みは完全に引いていないが、先ほどと遜色無い速さである。
そして触手が戻ってくるまでに一気に距離を詰めると、途中で襲ってきた触手を剣で切り払う。ただ今までとは違い、レオの補助風の渦によって外へと弾かれた。
しかし、風の巻き方は一定なので、逆側から攻撃された時は剣の向きを考えなければ、リカルドの側に巻き込んできてしまうだろう。
そんなリカルドの特攻を見つめながら、レオは懐から白い棒を取り出し地面に術印を描く。魔力が続く限り発動し続けるものだ。
「【流動なる風の流れに乗りて敵の懐へと潜り込め】オブスタクルウインド」
レオが魔法を発動させると、予告通り背後から吹いた強風にリカルドは足を取られることなく風に乗り、一気にサジャとの距離を詰めた。後は剣で突き刺すだけである。
だが、レオは気だるそうに深い息を吐き出す。そして、リカルドが標魔石を投げて転がった位置を確認すると、頬を叩いて再び詠唱に入った。
「【流動なる風の流れに乗りて標的まで運び移せ】オブスタクルウインド」
再び同じ魔法を唱えたが、これはサジャに対しての効果。サジャの背後からリカルドに投げさせた標魔石に向かって強風が吹く。
既に魔力は底を尽きかけていて、ほとんど魔力を込められない状態である。なので気持ち程度の効果しかないだろうが、直接戦力になれないレオには、最善と思える手を打つ事しか出来ないのだ。
立っているのも億劫になり両膝を地面に着けるが、それでも視線は確りとリカルドとサジャに向けていた。
背後から感じた風に乗ったリカルドは、今風の中に居た。身体の前も後ろ、持っている愛剣ですら風に巻かれている。
そんな渦巻く風の中に居ながら、不思議とうるさくは感じなかった。風が吹き抜ければ音がするものだが、今の周囲の状況では無音。これが魔法の効果なのか、自身が極限状態なのかを疑問に思う余裕すらある。
「――――」
触手を自由に振るわせる範囲は既に抜けた。次は鎌という武器のような見た目を持つ、不動の盾。当然、武器としても使い道はあるだろうが、今のリカルドはそれすら当たるとは思っていなかった。
「――――」
腕を引いて剣を突き出すが、サジャはそれを払おうとすらしない。よほど自分の防御に自信があるのだろう。防御に使わなかった腕は、リカルドを標的として振るわれようとしている。
ドクンドクンと心臓が高鳴り、頬が熱くなる。これから行なうことに、緊張しているか興奮しているのか……結局リカルドはどちらでも良いからと、その気持ちすら剣に込めた。
「――ァァ」
もう接触する、その時になって不意にサジャの上体が前のめりになる。懐に飛び込んだリカルドを見ようと、前屈みになったタイミングで背後から強風が吹いたのだ。
「燃えろォォォーーーー」
心の底から雄叫びを上げて、今まで練習してきた魔法を発動。
それは柄の部分から始まった。目に見えない熱、そして小さな小さな火種。熱は刃全体に行き渡り、火はレオの補助もあって大きく剣全体を渦巻くほどに成長した。
「オオオォォオオオォォォォーーーー」
それでもまだ心の熱と気持ちの炎をより燃え上がらせる。
だが、サジャの白銀色の肌を貫くことは出来ない。そうこうしている間にもサジャの右拳が迫り、リカルドの左肩に振り下ろされた。続いて左拳が右脇腹を突き上げる。
しかし、リカルドは一歩も退こうとはしない。強風に背中を押されて衝撃の全てを受け止めながらも、大地を強く踏み締めてサジャを貫こうと腕を伸ばす。当然、そうはさせまいとサジャはリカルドを殴りつけ、触手で首を巻きつけて引き離そうとする。
「グ、ウゥゥオオオッ」
そして遂に剣の切っ先が、ピシという微かな音を響かせて前へと進む。雄叫びを上げながら前へ前へ。
炎は傷口からサジャの体内へと入り込み、傷口を広げていく。さすがのサジャもリカルドを攻める余裕がなくなり、悲鳴を上げながら剣を引き抜こうと掴む……が、既に遅い。
「ギイイィィッ」
「これでぇ、終わりだあぁぁーー」
背中まで届かない長さだが刃は体内に納まり、そのまま力一杯地面に向かって叩きつける。そして下まで切り裂くと、今度は跳び上がって頭までを切り裂く。
それはサジャのコアと思われる宝玉が、体内のどこにあるのか分からないからで、それを壊さない限り再生してしまう可能性があるからだ。
「ギッ、ギギ、ギ――」
そして、サジャは身体を細かく痙攣させたかと思うと、身体を覆うくすんだ白銀色の膜が消えていき、元となった黒色の土に戻ってボロボロと崩れ始める。
必死過ぎてコアを斬った感触が無かったリカルドは、そこで初めて目的を達したことに気付く。首を締め付けていた触手も土へと変わって崩れていき、リカルドは力無く二歩三歩と後退。手に持っていた剣を手放し、足腰に力が入らないのかどすんと音を立てて尻餅を着く。
「おわ゛った……おわっだぁ~」
地面に倒れ込んで両腕を投げ出す。身体はボロボロで舌も上手く回らず、触手で潰されたのか、こぼれた声はかすれて聞き取り辛かった。一度閉じてしまった目蓋を開ける力すら残っていない。
しかしそれでも、足音荒く急いで近寄ってくる女性の気配だけは、ハッキリと感じ取れているのだった。