第七十話
リカルドの出身国であるギニワール帝国にやって来たレオ達は、旅の途中で白滝の森を襲った邪教徒のミレイユと出会う。ただ、彼女の目的は最初から興味を持った女性、エルザにあった。
「大体一ヶ月ぶりですね。お元気だったでしょうか」
「そ、そうですね、はい」
相変わらずミレイユは邪教徒と思えない柔らかい物腰で、レオ達の中で唯一その事を知っているエルザは、どういった態度を取れば良いのか分からず、曖昧な返事になってしまう。
「なんだ、エルザの知り合いか?」
「うん、レオと別れてた時にちょっと有ったんだけど……」
敵意も見せていない相手にリカルドも警戒するはずがない。リラックスした様子で止まった馬車の荷台にやってきたエルザに話しかける。
それに対する返事もまた、歯切れの悪いものとなった。それというのも、ミレイユがここに居る理由が分からないからだ。作戦を邪魔されたことの仕返しなら、これほど穏やかな空気が流れるはずもない。
エルザは眉間に皺を寄せて頭を働かせ、レオにも視線を投げかけた。レオは先ほどのエルザの言葉で、話に聞いた邪教徒だと理解している。
「自己紹介がまだでしたわね。私、ミレイユ・セナ・ノスタリスと申します。以後お見知りおきを」
礼儀作法の行き届いた礼に思わずリカルドとレオ、エルザも頭を下げる。ソフィアは手綱を放すわけにもいかず、馬を止めて後ろの様子を窺うことしか出来ない。
「とりあえず話が長くなりそうなら、少し早いが休憩にするか」
レオの提案で早めの休憩を取る事になり馬車を路肩に止め、火を熾してお茶の準備を進める。お茶と言っても鍋に水と茶葉を入れて沸かせるだけの簡単なものだ。
カップに注いでもらったお茶をソフィアから受け取ったミレイユは、礼を言って左手に持ったカップを上品な仕種で口へと運ぶ。
「美味しいですわ」
「それは良かったです」
安物の茶葉でティーポットではなく鍋、しかもカップすら温めていない。上品な仕草から、いつもはもっと良い茶葉を飲んでいそうだが、そんな状態で作られたお茶を出されても、笑顔で二口目を飲む。
「それじゃあ本題、何でミレイユさんがここに居るの?」
「それはエルザさんを追いかけてきたからですわ」
神妙な様子で聞いたエルザだったが、ミレイユは特に溜めることもなく答えた。まあ、そこはエルザも予想はしていたこと。本題は何故、巫女メーリではなくエルザを追いかけてきたのかである。
エルザは警戒心を覚られないように抑えながら尋ねる。
「もしかして復讐、とか?」
「? いいえ、その様なこと考えておりませんわ」
白滝の森で凶行を止めたことかと尋ねてみたが、ミレイユは一瞬何の事か分からず目蓋を二度、三度瞬かせ、その事をに思い至るとクスクスと笑って否定した。
そして、素早くエルザ以外の人達の顔色を窺う。今のエルザとの会話で、白滝の森のことを知ってそうな人物に当てを付けるためだ。当然、知っているのはレオ一人だけである。
「復讐って、えらい物騒な話だな」
「エルザさんとはいつお知り合いになったんですか?」
その言葉を聞いて、思わずエルザが「あっ」と声を漏らす。口止めするのを忘れていたからだ。しかし、既に遅かった。
「はい、エルザさんがメーリ様方と一緒に居た時に偶然」
「なっ、メーリ様って大海の巫女のメーリ様かっ。エルザ、お前そんな方々と一緒に居たのか」
案の定、リカルドとソフィアは驚き目を見開いてエルザを見ている。
今、マリアからの頼まれごとを受けている最中なので、変に騒がれるのは嫌なエルザは、その部分をどうやって誤魔化すかを考えた。
「まあ、ちょっとだけね。ほら、レオとニールで再会することになってたから、そこまで送ってもらったって感じかな」
ただ、変に誤魔化す考えも思い浮かばず、結局は伝えたくない部分を隠して、真実を話す事にしたのだった。
「へぇー、どんな方だった」
「そうだね……優しくて結構鋭いところがあって、魔法の腕はさすがって感じだったよ」
最初に思い浮かんだのは、地面を転がり走るメーリの姿。ただ、その姿は一般人に見せないようにしていた以上言えるはずもなく、それに「天然でちょっと抜けてる」なども言えなかった。
流れる一滴の汗を拭いつつ、結局は無難な賛辞を伝えたエルザである。
「どっちかって言うと、アロイスさんのお世話になったかな」
「あぁ、あの人面倒見が良いらしいしな」
アロイスの面倒見の良さは、一度も面識のないリカルドでも知っていることらしい。メーリから話題を逸らそうとしたエルザの思惑通り、腕組みをして頷きながら話に乗ってきた。
レオとの摸擬戦で使った技がアロイスから教わったことを教えていると、何かが引っかかったのか、ソフィアはレオとエルザの顔を交互に見つめる。
「そう言えば、何故お二人は別れて行動などしていたんですか?」
その質問にエルザは思わず身体を一度大きく跳ねさせ、ぎこちない動きでソフィアに身体を向けた。
「うぇっ、そ、それはあの、レオが私の――」
「誤解されるような言い方をするな。……単に事故で着替えを覗いただけだろ」
予想通りいつもの様に慌てるエルザを、レオが頭を叩きながらフォローするが、その言い訳ではどう考えてもレオの立場が悪くなるだろう。
「いや、それはレオが悪い」
「そうですね」
「あら、まあ」
案の定、冷たい眼差しというほどでもないが、リカルドとソフィアは呆れたように見つめ、ミレイユは仕方ない子とでも思っていそうである。
「ま、まあ私もあの時は動転しただけだから、気にして無いし。そんなことよりミレイユさんは何しに来たのっ」
エルザはレオの助け船に乗って、これ以上攻められないように話題を変える。
「何をしにと聞かれましても、エルザさんとお話しをしに来たとしか言いようがありませんわ」
「お話しって」
「興味深い対象でしたので、もう少し詳しく知りたくなりましたの」
そう言ってニコリと微笑みかける。だが、対するエルザは逆に表情が引き締まり、真剣な眼差しをミレイユに向けた。
「……具体的には?」
「はい、しばらくご一緒させて頂きたいのです」
他の面子が納得したように頷く中、エルザだけは眉間に皺を寄せながら、不満げな表情を抑えようとしていた。
エルザが納得しない理由は、彼女の言葉が嘘だと感じたというわけではなく、別の問題だった。
「悪いけど、お断りします」
ミレイユが邪教徒だと知っているエルザだが、そんな事はハッキリ言ってどうでも良かった。そんな事を気にしているのなら、元魔王のレオとは今の様な関係になれていないだろう。
それに巫女だった頃には、表では善人でも裏であくどい事をしている人を、沢山見てきた経験もある。
ただ、その事をわざわざリカルド達に伝えるつもりも無かった。邪教徒は迫害を受ける事が多いので、あまり言い触らすような事はしたくないのだ。
「何かあったんですか、エルザさん」
しかし、事情を知らないソフィアとリカルドからすれば、エルザが重たい雰囲気をまとったことしか分からない。もちろん、それだけでもエルザにとって嫌な事があったと予想出来ているが、話してみたところミレイユがそんな事を仕出かすとは思えないのだ。
だが、エルザはその質問に答えることなく、鋭い視線をミレイユへと向けた。
「ミレイユさん。あの子、今捕まってるんだけど」
エルザがミレイユの同行を受け入れられない理由。それは白滝の森で出会い、エルザと戦って捕まったナザリオの存在。
少しだけだが「弟」とも錯覚した少年は、最初から媒介だったミレイユとは違い、一人だけ捕まり修院へと引き渡されたのだ。エルザも全ての責任が彼女にあるとは思っていないが、ナザリオだけが罰を受けるのは納得がいかないのである。
「それはあの子も分かっていた事ですわ。事が失敗すれば、私があの場から去るということも含めて……」
少年ということもあってか、ナザリオという名前を出さない配慮をするエルザに副って、ミレイユも彼の名を口にしなかった。
そして、ナザリオの性格を考えれば、エルザはその言葉を否定することは出来ずに同意する。
「まあ、そうかもね……でも、さすがにアレを無かった事には出来ないでしょ」
「なら、どう致しますの?」
好意的ではない視線を送られても、ミレイユの微笑みが崩れる事は無い。
彼女の目的はエルザという人物の観察。どのような感情を向けられても、それは観察対象の一つでしかないのだ。もっとも、エルザ以外の人に向けられても、表情を変えるとも思えないが……。
「本体なら捕まえて引き渡す」
「なら丁度良かった、今の私は本物ですわ」
カップを置いてソフィアにお茶の礼を告げると、横に置いてあった杖を持って静かに立ち上がる。
「ただ……だからこそ、今は普通に戦えますのよ」
ふわりと後方へと跳んで静かに着地する。それは普通のジャンプと違い、魔法を使ったものだろうが、詠唱などの気配は全く感じられなかった。もしかしたら魔道具を持っているのかもしれない。
戦闘になる、それだけは誰もが分かり、エルザも食器などが並ぶリカルド達から離れようとするが、その後姿に声を掛けたのはレオ。
「手伝うか?」
「ううん、大丈夫」
振り返る事無く断り、少し離れた場所でエルザとミレイユの二人が対峙する。
エルザは無言で構え、ミレイユは自然体で立ったまま。右手には先端を地面に付けても胸辺りまである長い杖。見た目は白滝の森で使った杖と違い、少々捻り曲がっていること以外は、至って普通の木の棒である。
「悪いけど即効で終わらせるよ」
「確かにエルザさんに詰められてしまえば、私など直ぐに負けてしまいそうです……ので」
素早く口を動かし、持ち上げた杖で地面を一度だけ叩く。それだけで駆け出そうとしたエルザは一旦止まった。
これは相手の情報が無いから警戒したということもあるが、ミレイユは呪術師であり相手を妨害する魔法を覚えているので、下手に突っ込むのは危険だと思ったからだ。
その動きを見てミレイユはクスリと笑うと、先ほどと同じようにふわりと跳び上がり、エルザとの距離をさらに取る。
「――」
そして再び非常に小さな声、口の中だけで呪文を唱える。それは邪教徒だけしか理解し得ない言葉で、レオが何度か使っていた魔族の呪文とも異なる。
エルザは今唱えている呪文と先ほど地面を叩いた場所を警戒しながら、ミレイユの横へと回って距離を詰めて行く。しかし、それよりも早く呪文は完成した。
「グルブルスファーズ」
杖の先端を向けられたエルザは、どのような効果の魔法なのか分からないので、警戒してその場を飛び退く。だが、それを見てミレイユは笑みを深めた。
「――オン」
一度地面を蹴り、宙にいるエルザに向かって半透明の球体が打ち込まれる。大きさは人の頭ほどあるが見え辛く、何よりも速度が速い。
宙にいようが直ぐに方向転換出来るよう、地面すれすれを跳んだエルザだったが、それを行なうよりも早く喰らってしまう。
「くぅっ」
「このように聞き覚えの無い魔法では、どこで発動するか分かりませんから、皆さんが引っ掛かって下さる手ですわ」
発動する前に杖を向け、いかにもな名前を叫んで発動させると思わせたのだ。エルザは見事にそれに引っ掛かってしまったのである。ミレイユは悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑う。
しかし、魔法を喰らったはずのエルザだったが、腕をクロスさせて魔弾を受けたままの姿。弾かれるわけでもなければ、何か怪我を負った様子も見られない。
「……なに、これ」
だが、エルザは不快そうに眉を顰ると、クロスした腕を下げて不可思議な魔法の詳細を、敵であるミレイユに尋ねた。
「そうですね、鳥もちのようなものですわ。腕が離れないでしょう?」
「なるほど、納得」
腕を下げたエルザだったが、実はクロスした腕はそのままだった。ミレイユの言うとおり、左右の腕が離れないのだ。
密かに腕だけ闘気の量を増やして強引に引き離そうとするが、微かに動く程度で離れる気配は見られない。
「効果範囲と時間を削って、速度と粘着性を増しましたの」
「へー、って時間短いとか教えてくれていいの?」
「はい。削ったとは言っても数ヶ月ものを数時間ですから、おそらく戦闘中には外れませんわ」
相手の情報を鵜呑みにするつもりはないが、闘気を練っても強引に外せない以上、自然と外れるのを待つしかない。
エルザは力を抜いて腕を下ろしたかと思うと、上半身を捻って右腰にあるショートソードを右手で抜く。
この間買ったばかりの新品。長さは逆手に持って刃が肘まで行かず、特徴的なのは鍔の部分だろう。鍔と一体になった刃の中ほどまで伸びる、先端の尖った金属の棒。外に出ては危険な部分は、きちんと鞘に仕舞う事が出来た。
「武器破壊用ですか」
「まあね、あの時に折れちゃったから。あの子の籠手を参考に、ね」
エルザは駆け出し、短剣で斬りかかる。当然、ナザリオが反応出来なかった速度、普通の術師なら気付かずに倒されてしまうだろう。
しかし、ミレイユはそれに反応して、エルザの小剣を右手の杖で受け止めた。
「うそっ」
「ハァッ」
そして、地面に向けていた先端を回してエルザの側頭部を狙う。
だが、エルザは宙に跳ぶと回転しながら杖を跳び越え、両手で杖を思いっきり掴む。こうする事で回転の勢いが杖に伝わり、杖を持つミレイユへと伝わる寸法である。
しかし、ミレイユは掴む杖を緩める事で、杖は空しく手の中で音を立てながら回転するだけ。
「ふっ」
むしろ、エルザの着地する瞬間を見計らい、押し倒すように杖を突き出す。しかも、相手が杖から手放していようが、身体を削れるように杖をエルザの方へ押し付けながらである。
これを後方に飛び退くことでかわしたエルザは、少しばかり頬を引きつらせた。
「あれー、もしかして魔法剣士か何かかな」
「いいえ、ただの術師ですわ。術師にとって棒術は嗜みですから」
「いやいやいや、それにしても凄いって」
思わず素で褒めてしまったエルザは、気持ちを切り替えるように息を大きく吐き出す。
「ありがとうございます。ただ、やはり私は術師ですので、距離を取らせて頂きますわ」
「って、そんな事させるわけが――」
微笑んで後方へと跳び下がるミレイユを、エルザが見逃すことなく当然追いかける。
しかし、急に後方から引っ張られ、予想もしていない出来事に踏ん張るのが遅れてしまい、呆気なく後方へと跳ばされてしまう。
「にょわわぁぁぁーーー」
引っ張られた先は、先ほどミレイユが地面を叩いていた辺り。
実は先ほど地面を杖で叩いた時には、まだ魔法が発動しておらず印をつけただけで、エルザはそれを警戒してしまったのだった。
もちろん知らない魔法であり、そう思わせる演技をしたミレイユを考えれば、ある意味仕方の無い事である。
「親鳥もち、雛鳥もち。あまり離れてしまっては、可哀想ですのよ」
「って、足もッ」
当然、地面にも粘着性の物質があり、それにエルザは足を取られてしまう。ただ、地面のは幾分粘着性が低いようで、足を上げることが出来た。
エルザは一歩一歩、ミレイユに向かって歩みを進める。
「――」
そして再び、人語ではない何かで詠唱を始める。これに対しエルザは一旦歩みを止めると、両足に闘気を集中させて深く屈み、強く地面を蹴って一気に跳び上がった。
もし足下の粘着性が高ければ、最悪地面に引っ張られうつ伏せになり、全く身動きが取れなくなってしまうだろう。
しかし、相手を妨害する魔法の多い呪術師に対し、動き難いこの場で黙って待っておくことは得策とは言えなかった。
「くぅっ」
だが、やはり空中で感じる引力。それほど距離を跳べずに地面に着地したエルザは、体勢を崩してしまい手で身体を支えてしまった。
もしこれが親鳥もちの範囲なら、しゃがんだまま手も自由に動かせなくなってしまう。
「……よし、越えたっ」
ただ、どうやら着地した地点は親鳥もちの範囲から抜けた場所だったようで、エルザは立ち上がる。しかし、問題は親鳥もちの範囲から離れると、腕に付いた雛鳥もちが引っ張られるというもの。
何かを投げるにしても地面には、黒色の土が広がるだけで小石すら見当たらない。では小剣をとも考えるが、拳が満足に振るえない状態では、持っていた方が得策か。
そうこう考えている内にミレイユの次の魔法が発動する。
「ホルムランマークラグ」
どこに仕舞っていたのか、懐から二十センチほどの大きさの球体を二つ取り出して放ると、それは空中で縦に並んだ状態で止まった。一つは地面近くに、もう一つはミレイユの顔ほどの高さである。
そして、地面近くの球体がその場で回転を始めると、上にある球体も円を描くように回り始める。それは次第に速くなって風が巻きだし、上の球体が更に上空へと上り、高さも最初の二倍ほどにまでなった。
「お行きなさい」
竜巻はエルザに向かい、ミレイユは地面に術印を描いてその上に乗る。これであの竜巻はミレイユの魔力が続くか、球体が破壊されない限り存在し続けるのだ。
そして自身は新たな詠唱を始める。距離を取って次々と魔法を繰り出す、術師らしい戦いがそこにはあった。
対するエルザもただ手を拱いて見ていた訳ではない。じりじりとミレイユに近付き、鳥もちの範囲を調べていたのだ。
その結果、親鳥もちから大体半径四メートルは、自由に動ける事が分かった。
「とは言え……ほいっと」
迫り来る竜巻を何度か避けながら再び考える。竜巻は一定範囲を無作為に動き回っているだけのようだ。
この竜巻で地面の鳥もちが消えてないか確認したが、そんなことは無かった。というよりも、どうやらあの竜巻は地面に触れていない。地面から浮いている下の球体が根元のようである。
「でも、わざわざそういうのを使うってことは……」
エルザは小剣を仕舞いながら地面を蹴って竜巻へと向かう。そして回り込み位置を確認、クロスしたまま動かしにくい右手を引いて、アロイスから教わった技の失敗版、闘気の放出によって下の球体をミレイユに向かって弾き飛ばした。
「わざわざ武器を出してくれて、ありがとっ」
「あら、その様に使われたのは初めてですわ」
かなりの速度で放たれた球体だが、ミレイユには簡単に避けられてしまう。しかし、詠唱の妨害と竜巻を消し去ることが出来たようである。
エルザはしゃがみ込んで両足の闘気を爆発、宙に浮かぶもう一つの球体を掴むとグングン空へと昇る。だが、その範囲は決まっている。
先ほどと同じように親鳥もちの場所へと引き寄せられてしまう。だが、先ほどと違う点は、エルザがそれを狙っていたこと。
素早く球体を足裏に置くと闘気を開放し、魔法の詠唱を行ないながら落下。
「エアーショット」
地面にぶつかる直前に空気の玉を落下地点に放つ。そこに突撃すれば、風圧は周囲に広がるという寸法である。
そして闘気を練り上げ、着弾と共に球体を足場にしてミレイユへ向かって跳ぶ。もし、エアーショットで親鳥もちが取れなくても、球体を足場にすれば、足を取られる心配はないという考えだ。
「……抜けたッ」
結果、親鳥もちが吹き飛んだのか、消滅したのかは分からないが、引っ張られる四メートルを越えることが出来た。こういった問題があるからこそ、あの竜巻は、地面を滑らないようにしていたのだろう。
「さすがは」
「これで――」
驚いたと目を微かに見開いたミレイユの腹目掛けて右手を突き出す。腰の入った一撃ではないが、速度もあり威力としては充分だろう。
「どうだっ」
その一撃は防御もなく無防備なミレイユの腹へと吸い込まれ……貫通した。いや、腹だけではなくエルザの身体ごとミレイユを通り抜け、ミレイユだったモノは水面に映っていたかのように掻き消える。
「しかし、残念それは――」
驚きながらも体勢を崩さずに着地して、振り返ったエルザが見たのは、傷を負うことなく立っているミレイユの姿。
「「「幻影ですの」」」
視線の先には黒き人の群れ。無数のミレイユがエルザに微笑みかけた。