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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第一章 『旅立ちと出会い』
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第六話



 昨日の就寝が早かった分早くレオは目覚めたが、グウィードとタウノはまだ夢の中。

 レオが泊まった部屋は気絶した時に寝かされた二人部屋ではなく、四人で泊まれキッチンやプールなども完備されてある、通常なら縁もゆかりもない豪華な部屋。案外、ベッドが柔らかすぎて早く目覚めたのかもしれない。


 レオが窓の外を見てみれば、太陽は一応姿を見せてはいるがまだ頭だけ。二度寝するには少し遅すぎる時間だ。

 ベッドから抜け出すといつものように身支度を整えて、気配や足音を消す事なく部屋を出て行った。気配を消さなかった理由はグウィード達を起こす為ではなく、ここでグウィード達が気付けないほどに気配を消せた方が不自然だからである。


 宿を出たレオは朝の清々しい空気で深呼吸すると、散歩がてらとある場所へ向けて歩き出した。




 ◇◇◇




 到着したのは、昨日グウィードと戦った場所。

 どうやらあの後マリア達が整備したらしく、突き出した岩槍は全て壊され、グウィードの開けた穴には近場から切り倒した木と土で埋められていた。


 レオがここに来た目的は、昨日のグウィードの地中移動。夕食時にグウィードに聞いてみたのだが、曖昧に誤魔化されてしまい、それを確認するためにやってきたのだ。


 完全に埋まりきっていない穴の側面を指でなぞると、まるで絹のように柔らかく細かい粒子の砂が指先に付く。

 それを指先で確かめながら、もう片方の手で剣を握り岩場を傷つけると、その表面をなぞりそちらの状態も確認する。


「やっぱりな、外見に似合わずかなり器用、いやエルザの言うとおり完璧なのか」


 今度は丁寧に岩場の表面をなぞると、その指先にはグウィードの開けた穴と同じように細かい砂の粒子が付いていた。

「魔力を覆っての超振動か」

 そう、グウィードの地中移動は魔力の振動によって岩を砂へと削り変えて移動していたのだ。


 魔力とは常に体外に放出されるものである。

 そして、その量を大幅に上げて放つ必要のある魔法とは違い、これは流れ出る魔力だけで物理影響を持たせるので、相手に気づかれることなく使用できる厄介な技なのだ。


 どれほど厄介かというと、あの模擬戦でこの技をグウィードが本気で使えば、スピアーズヒルは瞬間とは言わなくても砂に変えられ、殴擲や投擲の岩石は当然、直接殴りかかったエルザも削られる。という正に攻防一体な技なのだ。

 もちろん、エルザには闘気へと練り上げない魔力が防御壁となるので、魔力のない岩のように即座に削られることはないが、それでも接近戦ではやり辛い相手だろう。逆に燃えるかもしれないが。


 この様にかなり便利な技だが、魔力そのものを物質に影響させることは非常に難しく、魔力を大量に放出すればいいというわけでもない。

 魔力を余り込めずにレオが岩場の表面を試した時のように、どちらかというと技術を必要とするので「外見に似合わず」とレオは言ったのだ。


「グウウゥゥゥーー」


 技の正体も分かり、散歩の続きをしながら宿に帰ろうとレオが考えていると、背後から獣の様な唸り声が聞こえてきた。

 レオがそちらを向くと、森の木の影から狼型の魔物ライオウルフが一匹で警戒する様に、琥珀のように艶かしい色の毛を逆立てて睨み付けている。

 通常、ライオウルフはそれほど獰猛な魔物ではなく、警戒心は強いものの人間を見ると大抵は離れていくはずであった。


「ライオウルフ? お前、仲間はどうした?」


 警戒心を剥き出しにするライオウルフに動じる事無くレオが話しかけられたのは、最初から魔物の接近に気付いていたからである。

 ただ、相手が様子を伺っていた上に、チラリと見えた姿がライオウルフだったので、干渉することなく離れていくだろうと考えたのだ。


 レオに敵対心が無いと感じたのか、警戒は解いてないものの逆立っていた毛は落ち着き、鼻に寄せていたしわもなくなる。


「グウウゥゥ」

「いや、少し調べ物をしていただけだ」


 レオはライオウルフの言葉を理解しているのか、そんなことを言いながら立ち上がると、手とお尻についた砂を払う。


 レオは前世が魔王、魔族だ。魔物や魔獣とは種族が違うものの、関係が全く無い訳でもない。

 人型の魔族、獣型の魔物、巨大な魔獣。魔族は魔界にしか住んでいないが、人間界にいる魔物や魔獣も元を辿れば魔界に住んでいたと言われており、人間はこれら三種をまとめて魔者と呼ぶ。

 そして、それはある意味正しい。彼らは人間よりも魔法や魔術、魔力など『魔の扱いに長けている者』なのだから。


 魔者は魔力の波長を合わせる事で言語の壁を越えて会話をすることが出来る。

 実際は会話というより相手のニュアンスを感じ取り、それを自分の知る言語で変換して理解してるのが正しいが、そこに誤差は生まれていない。

 しかし、これは言葉を一方的に理解させるのはかなりの技術と力が必要で、大抵は会話をしようとお互いで魔力を操作しなければならず、魔者はこれを意識して行えるが人間にはそれが出来ないのだ。


『そうか、ならば早々に立ち去るのだな。今この場は危険なのだ』


 周囲を警戒しつつライオウルフが言うには、近頃他所からやってきた体長三メートルはある魔物グラフィットが現れ、ここら辺りで好き勝手に暴れているらしい。

 群れの仲間も数匹やられており、彼は群れのリーダーとして見回りの最中だという。


「そうか、ならさっさと帰りたい……と言いたい所だがっ」


 レオとライオウルフは瞬時に森の一点に体の向きを変える。すると、そこから木々を悠々と吹き飛ばし、胸元に傷のあるグラフィットが姿を現した。

 グラフィットは血走った目を岩場の周囲に巡らせると、その場に居たのがレオとライオウルフだけだと気づき、落胆の言葉を口にする。


『チッ、何だ人間と雄狼かよ』


 グラフィットは凶暴な性格と腕力、体格には不釣合いな俊敏性を兼ね備えた魔物で、四本足で突進した体当たりは先ほどの木々を吹き飛ばす破壊力を持っている。

 普通のライオウルフなら十頭で囲まれても余裕で倒せてしまうだろう。


『人間は骨と皮だけで食う所がねえし、雄狼は筋肉ばっか硬くていけねえな。昨日食おうとしたテメェと同種のヨボヨボのジジイなんざ、咥えた瞬間に吐き出しちまった。やっぱ食うなら肉の軟らかい子供ガキに限る。まあ、近くに巣でも有んだろ、この辺りでも探せば直ぐに分かるさ』

 グラフィットは食べるときを想像しているのか、汚らしく涎を垂らしながら興奮気味に話す。


『キサマッ、よくも老を』


 だが、これに憤怒したのはライオウルフのリーダーだ。

 仲間が食べられた事に対しては、仕方が無いと諦めもつくが、それを侮辱されたのは許せなかった。

 毛を逆立たせ四脚に力をいれると、直ぐにでも飛びかかれるよう構えを取る。


「おい、お前はリーダー何だろ。怒るのも良いが、ちゃんと考えて行動しろよ」


 そう告げるとレオは街に向かって歩き出してしまう。

 ライオウルフ同様レオもグラフィットの言い分は気に入らないが、凶暴な魔物が暴れるのは至極当然なことであり、そこに関わらず離れるのも当然な行動と言えるだろう。特に今は文字通り壁となるエルザもいないのだ。


 しかし、そんなレオの目の前を猛スピードで木が横切る。

『おい、待てよ。誰が逃がしてやるって言った?』

 先ほど吹き飛んでいなかった木の一つを掴み、グラフィットが投げ飛ばしたのだ。


『人間は旨くねぇが、面白れぇ。殺されそうになると三つに分かれるからな。最後まで戦おうとする奴か怯えて逃げ出そうとする奴、それか諦めて喰われる奴。クククッ、テメェはどいつだろうなぁ』


 そう言い終えると、グラフィットは半身のレオ目掛けて突進する。その速さは巨体から想像出来ないほど速く、明らかに昨日のレオよりも速い。そして、爪を立てながら風を切って振り下ろされる豪腕。

 レオは右足で地面を蹴りグラフィットから離れると、敵を正面に入れるよう左足で後方に跳び、もう一度右足で跳んで距離を取る。


 振り下ろされたグラフィットの爪はレオが避けた事で地面に当たるが、爪が折れる所か逆に岩を貫き、そのまま止まる事無く指を捻りこむと、距離を開けたレオ目掛けて岩を抉り飛ばす。

 予想外の攻撃にレオはその場から退避し、結局はライオウルフの傍まで戻ってきた。


「どうやら見逃してはもらえんらしいな」


 獰猛な笑みを浮かべるグラフィットに見られても動じることはなく、仕方ないといった感じでため息を零しながら、腰から下げたロングソードを抜いて構える。

 この剣はどこにでも売ってある安物の剣で、クロノセイドに入学した時に学校から普及された代物なのだが、レオとこの剣の付き合いは一年とちょっと。だいぶ手に馴染み愛剣と呼べるだろう。


『人間、戦えるか?』

「まあ、そこそこには」


 視線をグラフィットから外す事無くライオウルフが訊ね、レオも油断することなく剣を握りなおしながら答えを返す。

 この場にエルザがいればグラフィットは倒せるだろうが、今はレオ一人とライオウルフ一匹。急ごしらえの共闘で連係は取れるのか、実力がどれだけなのか、間合いはどれだけなのか、相手の事が分からず不安になる材料は多い。


『さぁて、テメェ等はどうやって殺されてぇか? 噛み殺しか引き裂きか、好きな方を選ばせてやるぜ』

『どちらも御免被る』

「同じく」

『へっ、じゃあ俺の好きな方で――』


 先ほどレオへ行った奇襲のお返しなのか、グラフィットが喋っている間にもライオウルフは駆け出し、レオも剣を胸の前で掲げると呪文を唱え始めた。

「【汝らは姿無き演舞者、汝らは音無き演奏者、汝らは声無き演歌者、皇翠なる精風よ汝らの力を貸して欲しい、我が手に納まりしものは汝らの道先にありて】シルフィンス」


 剣とレオの手に何かが纏わる様に風が流れ、それを感じたレオは剣を宙へと放る。

 普通なら剣は重力にしたがって落ちるだけだが、レオが何も無い空間で左手を握り締めると、まるで剣が掴まれたかのように空中で動きを止めた。


 それを確認したレオは、空中の剣を今度は直接右手で握り締めグラフィットの横手に回りこむ様に駆け出す。

 これはレオの隠し技、オリジナル魔法『シルフィンス』である。これによって凄まじい威力の斬撃になる、訳ではなく、ただ単に柄が延長した程度の補助魔法。


『弱っちいザコが群れようが、俺に勝てる道理はねぇ』

『黙れ、キサマは……老を愚弄したキサマは決して許さぬッ』


 振り下ろされるグラフィットの右腕を掻い潜り、すれ違い様にわき腹を切りつけようとライオウルフが腕を振り上げた。

 だが、それよりも早く振り下ろされたグラフィットの一撃が再び大地を揺るがし、足を一つ上げた不安定な状態のライオウルフは簡単にバランスを崩してしまう。

 最初からそれを狙っていたのか、既にグラフィットの左手はライオウルフに狙いを定めて振り上げられている。


 しかし、そうはさせじとレオは右手に持つ剣をグラフィット目掛け投げつけた。

 唯一の武器を投げるという異常にも思える行動、しかもこのまま進んでも剣はグラフィットに当たりそうもない最悪な状況。

 だが、それは先ほどのシルフィンスによって問題はなくなる。


 レオは右手で投げた剣を左手で掴み、薙ぐ。

 この時、シルフィンスはレオの手と柄を繋げているので、例え背を向けて手を地面に向けていても必ず柄を掴めるのだ。そして、そこから手の動き通りに剣は動く。

 空中で剣が止まり切りかかるという事態に驚いた隙を突き、グラフィットの太い二の腕を切りつけた。


『へっ、今のは驚いたが、小手先ばっかで力がねぇなぁ』


 確かに斬り付けたとはいえ、その傷は戦闘に支障が出ない程度。

 ただ、その隙にライオウルフはグラフィットから離れ、レオも剣を手元に引き寄せる。


『どうする、人間。我には一撃の重みはないぞ』


 武器は己の爪と牙、噛み付く事で深い傷は負わせられるが、グラフィット相手に動きを止めると自身の致命傷になりかねない。

それを聞いてレオは一拍目を閉じる。


「一つ考えてる事はある、だがその為には……」


 二人の話し合いを止めるかのように、地面を抉ってグラフィットが岩を投げ飛ばし、この場所では分が悪いと感じたのか、岩を避けたレオがライオウルフに森を指差す。


「【―――】アブスタクルウインド」


 それを理解し即座にライオウルフは駆け出すラ。

 そして、敵の進攻を邪魔する本来の使い方で魔法を使用したレオは、急いでライオウルフの後を追う。


『チッ、逃げやがったか。だけどなぁ、テメェらの臭いは覚えてんだよ』


 両腕で顔面を庇いながら強風の壁を抜けたグラフィットは、レオ達が逃げた方向に鼻をひくつかせながら四足歩行で進んでいく。






 先ほどまでの岩場と違い、樹木が立ち並び視界を遮る森の中。グラフィットは地面に鼻を近づけレオ達の臭いを辿り、迷う事無くその距離を縮めていく。

(あちこち動き回っても無駄なんだよ)

 そして、少しばかり時間はかかったが、遂にライオウルフを見つけた。グラフィットに気づいて重心を低くし、前足で地面を掻き警戒しているが、そこにレオの姿はない。


『おいおい、あの野郎は逃げちまったのかよッ』


 馬鹿にしたように言い放つと、四足で突進し右腕を振り上げる。

 木々をも吹き飛ばす突進と硬い爪による攻撃は、ライオウルフなど一瞬で粉砕する自信があり、現にライオウルフも逃げるようにその場を飛び退く。


 だが、その程度では避けたうちに入らない。

 グラフィットは振り上げた右腕で地面を叩くことで新たな推進力とし、今度は左腕を振り上げる。


『それで避けたつもり……か?』


 そこでグラフィットは不思議なものを見た。

 森から剣が生えてきたのだ。

 いや、違う。ライオウルフのいた場所に剣が立ったのだ、切先をグラフィットに向けて。

 木々を吹き飛ばす突進の勢いは止まる事無く、そのまま自らの力によって腹に剣を突き刺した。


『グアアァァァアァァーーー』

 森全体を揺らすかのようにグラフィットの声が轟く、がまだ終わらない。突き刺さった剣は傷口を抉るように、更には上下にも動く。

『ググウウゥゥゥ、あの野郎め、あの人間め、あのゴミ屑がああぁぁぁーーー』


 いまだ動き続ける剣を引き抜くと、力いっぱい地面に突き刺す。そして、近くの木をへし折ると力任せにぶん回した。

 周囲の木々は折り重なるように倒れ、回った勢いのまま放り投げられた木は空を飛んで遠い彼方へ。


 グラフィットは血走った目で周囲を見るが、そこにはレオもライオウルフもいない。

 すると倒れた木を踏み台にし、少し離れた樹木を蹴って森の中へ。行ったと見せかけて、実際には空に跳ぶ。


(さあ、姿を見せろゴミ屑)


 頭に血が上りすぎて逆に冷静になっていたグラフィットは、空から木々の影を注意深く観察する。

 周囲の木々を倒したのは空から見やすくするため。剣を地面に突き刺したのは剣を引き抜こうと動くか、手元に引き寄せられない剣の様子を見るレオを見つけるため。


 そしてそれは成功し、木の影から剣を刺した場所を覗き見ているレオを見つけた。

(ゴミグズガアアァァァーーー)

 その姿を見たことで煮えくり返る腸にズキズキと痛みを感じ、冷静に怒っていたグラフィットは冷静さをなくし怒り狂う。

 身体をレオに向けて丸めると、縦に回転しながら両手に怒りを込めて握りこむ。

『ツブレロ』




 貫かれるような殺気を感じてレオが空を見上げると、グラフィットが身体を丸めて降ってくるところだった。

 嫌な予感が走ったレオは急いで木の影から飛び出し、先ほどみた剣の突き刺さっている場所へと向かう。

 だが、高さと回転、グラフィットの筋力と体重、それに怒り。

 これらが加わった両拳の一撃は、文字通り大地を震撼させ、周囲の樹木は地中からの衝撃で根ごと倒され、地面は沈み込んだ。


 背後からその衝撃を受けてレオはバランスを崩し倒れこむが、受身を取りながら振り返り腰から鞘を外して構えると、比較的冷静なグラフィットの声が聞こえてくる。

『漸く見つけたぜ。影でコソコソしやがって、このゴミ屑』

 勢いで突っ込んではまた逃げられるだけと考えたのだろう。両手を大きく広げてじりじりと距離を縮め、レオを睨み付ける瞳は一瞬の動きも見逃さないように煌かせていた。


 もう直ぐ勝敗は決する。場の空気から両者ともそれを感じ、互いに動く一瞬の隙を狙う……。


 そして動いた。

『ガァッ、誰だッ』

 レオに神経を集中していたグラフィットの背後からライオウルフが近づき、背中を駆け上って太い首に噛み付いたのだ。

『放しやがれっ、このッ』

「ググウゥゥ」


 身体を揺さぶりライオウルフを振り落とそうと動くが、ライオウルフとて意地でも放すつもりはない。前足を肩に、後ろ足を背中に当てて爪を食い込ませた。

 苦痛に顔を歪めるグラフィットは、ライオウルフの頭を潰そうと腕を動かそうとするが、そんなことをさせるはずもなく横手から妨害が入る。


「「ガウゥゥゥッ」」


 左右から別のライオウルフが跳びかかり、グラフィットの両腕を噛み付けた。そして、それを皮切りに何頭ものライオウルフが現れては両腕、両足に噛み付いていく。

『頭を下げろ、人間っ』

 そしてリーダーのライオウルフ。

 レオは言われたとおりに頭を下げると、次の瞬間背中に決して軽くはない衝撃。


『これで仕舞いだ、グラフィットォォッ』

『雄狼がぁぁーーー』


 宙を舞い口を大きく開けたライオウルフ、それに対し身体を噛み付かれながらも意地で身体を前に倒し、逆に噛み殺そうとするグラフィット。

 だが、胸に衝撃。ライオウルフの下を通って飛んできた鞘が、グラフィットの胸に当たったのだ。

 そして、落下することなく空中に止まると、それ以上いかせないように押し止め、その間にライオウルフがグラフィットの喉元に鋭い牙を突き立てた。


 突進を受けても倒れなかったグラフィットだが、しばらくすると肢体に力はなくなり、足元には大量の血が流れ出している。


『これが、老とこの森で愚弄した者達の代償だ』

「グ、ア、ゴフッ」

『さらば』


 そして思い切り喉を噛み千切った。

 ここに暴君グラフィットの脅威は払拭されたのだ。






 突き刺さった剣を何とか掘り返し、全身の土埃を払い落とすと、レオは手をかざして昇りきった太陽に視線を送る。

「さて、俺は街に帰るかな」

 当初の予定より随分と遅くなってしまい、遅くなった理由を聞かれた時の為の言い訳を考えていると、ライオウルフから話しかけられた。


『そうか、済まぬな人間。これでだいぶ落ち着ける』

 仲間達がグラフィットを引きずって行くのを見て、ライオウルフはレオに頭を垂れる。

「ワフワウ」

 そしてもう一頭。最初にグラフィットに襲い掛かったライオウルフも何事か言って離れて行ったが、レオには通じずリーダーに訊ねた。


『感謝しておった。戦いに参加でき嬉しい、とな。あやつはまだ若く、未だ興奮が抜けきれておらぬのだ』


 レオが森に入って最初にしたことは、味方の数を増やすことだった。

 その為、ライオウルフには森を駆け巡って時間を稼ぎながら、戦える仲間を遠吠えで呼んでもらったのだ。そして、比較的見通しの良い場所で、木の葉で隠した剣の上に陣取って囮となり、グラフィットを見つけたら前足で切っ先を相手に向ける。

 剣を軽く握った状態のレオは剣が動かされる事でグラフィットの到着を知り、剣を押さえていたライオウルフがその場を飛びのくことで、立てるタイミングが分かったのだ。


 その後は、心臓に刺されば儲けもの、そうでなくても致命傷を負ったグラフィットの周りを囲んで倒す予定だった。

 ところが、木を振り回して滅茶苦茶に暴れたので近寄ることが出来ず、レオの姿も見つかりピンチに陥ってしまう。

 これを助けたのはライオウルフ。直ぐに仲間を集めると、志願した若者に背後から襲うように命じ、残りは左右に配置。両腕と両足を噛み付いて動けなくし、自らが正面から喉を噛み千切る。そして、それは見事に成功した。


「俺も彼らに助けられた、気にしなくて良い。それに、戦わざるを得ない状況になっただけだ」


 実際、早々に街に帰ろうとしたレオである。だが、ライオウルフはそう聞いても冷たい視線を送ることはせず、ただ頷いた。

 あのように血走った目をしたグラフィットが、街へ帰ろうとしたレオを素直に帰したとは思えない。だが、もし素直に帰されたらレオは如何したのだろうか。

 二人はこの場で別れる、最後の言葉は特に無かった。




 ◇◇◇




 レオが宿の井戸を借りて身体の汚れを落としていると、従業員から皆すでに起きて食堂に集まっているとの伝言を聞いた。ついでにいつもより重めの朝食を頼むと、水を拭き取って食堂へと向かう。


 食堂で直ぐにマリア達を見つけたレオは、朝の挨拶を済ませて席に着いた。

「えらくゆっくりだったな、何処まで行ってたんだ?」

「そこまで遠くには行ってません。ちょっと身体を動かすのに夢中になってただけですので」


 結局考えていた言い訳は無難に特訓となり、それをを聞いたグウィードはすんなり納得したようだ。従業員から井戸を借りてると聞いて、エルザが言っていた予想と合っていたからもある。


「そういえば地震、レオは大丈夫だったか?」

 レオの向かいに座るイーリスが、あまり心配してなさそうに訊ねたのは、特に外傷が見当たらないからだろう。

「ああ、少し驚いたが怪我はしてない」

 そして予想通りの答えが返ってきて、マリアは安堵のため息を零す。


「さて、それじゃあレオ君も揃ったことですし、これから僕達の行動について話しますか」

 運ばれてきた朝食にレオが舌鼓を打っていると、タウノが開いてるスペースに世界地図を広げる。


「ここが大地の聖大神殿なので、オークリィルはここより少し東北ですね」

 世界地図にはそれぞれ東西南北に四つの印があり、タウノが指差したのは西の大陸にある印。そしてそれら印の中央には黒く塗りつぶされている部分。

「魔城はこの黒い部分の何処かに現れます」

 範囲はそこそこ広い。


「なら私達はこのまま東を目指すわけだから、次の目的地は……」

「そう俺達がこれから目指すのはダザンという町だ」

 グウィードから次の目的地を聞いてレオとエルザは驚く。

「えっ、でもそれってここから西の、魔城とは反対方向じゃん」


 思わず椅子から立ち上がったエルザの言うとおり、オークリィルから魔城を目指す旅路とダザンは反対方向にある。

 しかも、ダザンは近くに澄んだ湖があり避暑地としては有名な場所だが、秘薬や霊薬など珍しいアイテムなどがある場所でもなく、本当に只のんびりとした田舎町で、今目指すような場所ではないのだ。


「私達の旅はいろいろな所からお金を出してもらっている。ダザンを目指すのも、その中の一人から頼みごとがあったからだ」

「何でもダザンにある湖、蒼月湖の畔に魔獣が住み着いたらしくて、その魔獣を退治して欲しいんだそうです」


 金持ちがダザンに別荘を持っているのは良くあること、今回の以来者のその中の一人なのだろう。

 ただ、魔獣も人間界では数が少なく、またそれらの生息地も雲より高い山や海底深く、マグマの溜まり場など人の踏み込める場所ではなく、彼らもわざわざ自らの住処からでるようなことはしない。しかし、ごく稀に魔獣が街や村を襲う事案も発生している。


「まあ、下らない頼みごとだったら断るが、今回のはちょっと放っておける問題でも無いからな」

「この時期ですしね。魔王と何かしらの関係があるのかもしれませんし」


 他にも方向が全く違うにも拘らず、自分の家に寄って欲しいなどという頼みも有ったらしいが、それは丁重にお断りしたようだ。

 今現在、魔王の出現を恐れている者はほとんどおらず、大抵は対岸の火事の様に自分とは関係ない事として見ている。その為、こういった依頼をする金持ちが多くなるのだ。


「そっかぁ。じゃあ、ここからダザンまでは四日って所かな」


 エルザは納得した様に頷き、食後の紅茶を口に含んだ。

 金持ちの我が侭はエルザが巫女の時代にも良くあった事で、今と昔全く進歩しない金持ちという種族に、少しばかりの苛立ちを覚えていた。


「いや、俺達の想定では二日だ」


 この答えにレオとエルザは小首を傾けた。

 エルザの四日というのも、最短の道を何の問題が起こらなかった場合の日数で、それ以上に速く移動する手段が思いつかないからだ。

 不思議そうにしている表情で分かったのだろう、その疑問に答えたのはイーリスだった。


「ここから西の方角、父上と模擬戦を行った先に山がある。そこの坑道を使えばわざわざ山を迂回せずに済むから、普通よりも早くダザンに行く事が出来る」


 これに納得がいった二人。

 確かに山を抜ければ早いだろうが、そこは坑道と名のつく通りただの洞窟ではなく人の所有物。こういった事が出来るのも巫女の特権と言う奴か。


「そして、帰りと言いますかそれから先は、依頼者の別荘に置いてある転移装置を使わせて貰います。行き先は聖王都アゼラウィル。余程の事が無い限り、このまま進むよりも早く着ける想定ですよ」


 タウノが地図を仕舞いつつ、これからの予定をレオとエルザに聞かせた。

 転移装置とは普通、大きな都市同士を繋ぐ為に置いておく物なのだが、たまに金持ちが自分専用の装置を買って別荘などに備えていたりする。だが、その購入費や設置費、維持管理費などかなりお金掛かるらしく、普通の金持ちでも購入が難しいある種のステータスになっていた。

 それを持っているということは、これから向かう依頼者はかなりの金持ちということになる。


「さて、飯も食ったことだ。そろそろ出発するか」


 レオも朝食を取り終えたのを見て、グウィードがそう切り出し席を立って勘定を済ませると、出発の準備をするためそれぞれの部屋へと戻っていく。

 そこには少しピリピリとした緊張の空気が漂う。魔獣の話をしたからだろう、実力者でも魔獣の種類しだいでは生還するのが難しいと言われ、今回の詳しい内容もまだ聞かされていないのだ。

 姿の見えない強敵に気が高ぶるのは仕方無いことだった。








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