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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第六章 『踏み込む勇気』
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第六十三話




 レオとリカルドの二人旅は、相変わらずの練習と訓練の日々である。

 進境状況としては、リカルドが強い輝きで手を光らせることが出来て、紙に火を点けることには成功。ただ、ライトを球体にして宙に浮かすことまでは成功していなかった。

 そしてレオだが、こちらはほとんど進歩が見られない。というのも、レオが上手く対処しそうになると、リカルドが抑えている力を少しばかり上げるからだ。これでは、弾き飛ばされては転がされてな毎日である。


 もちろん、加減するラインを上げているのだから、強くなっていることには変わり無いのだろう。しかし、レオ本人からすれば強くなっているような、対リカルドの対処が上手くなってるだけのような気がしているのだった。


「ぐぁっ」


 今日もいつもと変わらずに、沈み始めた太陽に照らされながら剣戟の音が響き渡っていた。

 リカルドによって吹き飛ばされたレオは、背中を地面に強く打ちつけ肺に溜まった息を吐き出すと、力の入らない身体でゆっくりと起き上がる。


「よーし、次でラスト。本気で掛かって来ーいっ」

「グゥァ、分かった」


 剣の訓練を始めて二時間近く。レオは大きく肩で息をしており、服も肌も土で汚れてしまっていた。更に手の握力も弱くなってしまったが、それでも両手で柄を握り締め、何十回目かの突撃を仕掛けようとする。


「遅い、いつまでも敵が待っててくれるはずないだろ」


 だが、掛かって来いと言っておきながら、リカルドは自分から攻め込んだ。ただし、本人は騙し討ちの形になったことすら気付いていないが。

 それに対して、レオも慌てる事無く息を吐き出しながら後方へ下がり、リカルドの攻撃の呼吸をずらして、再び真正面から飛び込む。意表をついたつもりかもしれないが、その程度ではリカルドの優位は変わらない。


「――、――」


 わざと呼吸をずらすことで、剣を振るうタイミングを調整し直したのだ。そして、二人の剣がぶつかり合い、レオは再び宙を舞うのだった。






 夕食とその後片付けも終わり、いつもならリカルドが魔法の練習を行うのだが、この日は少しばかり様子が違っていた。何でもレオの剣の事に対して、リカルドから話があるらしい。


 食後のお茶を飲みながら、焚き火を挟んで二人が向かい合う。


「レオってさ、もしかして接近されることに苦手意識持ってないか?」

「苦手意識?」


 そう聞かれたレオだったが、言われた本人も即座に思い当たることはなく、納得がいかなそうに眉をしかめる。その様子にリカルドは一度だけ頷くと、自分が思っていたことを話し始めた。


「最初は魔術師型だからかと思ったんだけど、俺から近付くと直ぐ後ろに引くんだよね。でも、今日の最後は正面からも突っ込んできたし、接近戦自体が苦手とか怖いってわけでも無さそうだからさ」


 後ろに引くと言われれば、レオにも直ぐ思い当たることがあった。ユオスデで別れたコンラドとの摸擬戦で敗北した後にも、同じ事を言われていたからである。

 レオ本人もその事は分かっていて、それ以後は改善しようとしていた。しかし、摸擬戦の相手がかなり格上のリカルドでは、そこまで考えながらの戦いは無理であり、結局は普段通り何も意識する事無く戦ってしまったのだ。


「自分の間で戦いたいっていうか……まあ、それは普通の事なんだけど、ん~」


 お茶で喉を潤しながら、何と言えば良いのか考えながら視線を彷徨わせる。そして、言葉が思い浮かんだらしく、レオへと視線を戻した。


「相手に引っ付かれるのを嫌がってるっていうかさ」

「……あー」


 何も考えずに行う自身の行動も、そこまで言われれば理由に思い当たる。レオは納得したように頷きながらも、どこか嫌そうに表情を歪めていた。


「何か分かった?」

「あー、凄く接近戦が得意な奴がいてな。前戦った時に必要以上に引っ付かれて、引き離す為に下がりながら戦った記憶がある」


 疲れたようにレオは深いため息をこぼす。その様子を見ただけでも、レオにとって疲労の溜まる嫌な戦いだったことが分かるだろう。


 このレオに苦手意識を持たせた人物こそ、エルザの前世リアである。

 素手で戦うエルザは、レオの剣よりも更に近い距離でこそ全力で戦える位置。当然、その距離を保とうと必死に喰らい付いていたのだ。


「もしかしたら、その事が刷り込まれていたのかもしれないな」


 本当に嫌そうに、面倒くさそうに深いため息を吐き、力なく首を左右に振った。

 ある意味トラウマとも呼べるものを、エルザに刻まれたのが嫌なのだろう。そして、それをエルザが知れば自慢気に胸を張り、からかってくるであろうことも予想できた。


「それって、一緒に旅してるっていう女の子?」

「ん……あぁ、そうだ」


 同じ人であり、別の人でもある。いっそ架空の人物にしようかとも考えたレオだったが、どこでボロが出るか分からないので、ここは素直に頷くことにした。


「チッ、それだけ女の子に引っ付かれて嫌がるとかっ」

「お前、分かってて言ってるだろ」


 悔しそうにしながらもどこか笑っているリカルドに対し、レオは冷めた視線を向けて魔法の練習を始めさせる。そして、今日はいつもより夜遅くまで魔法の練習を続けさせるのだった。



 ◇



 翌朝、旅を再開したレオとリカルドは街道を東へと進む。

 ユオスデはどうでもいいとして、巨大な港街ミラノニアに続く道だが、今レオ達の歩いている道はそれほど人通りが多くない。それはこの道が本道ではないから。

 それでも何人かすれ違う人もいて、挨拶を交わしながらの旅路である。


「おい、馬車が来たぞ」


 二人の後方から馬車が近づいてきて、レオとリカルドは脇に逸れて追い越すのを待つ。そして、近付いた御者が二人に対してお辞儀をする。

 レオは軽く頭を下げるだけだったが、その御者が女性だった為、リカルドは背筋を伸ばすと妙に堂に入ったお辞儀を返した。


 そして、馬車を見送り再び歩き出す。だが、しばらくすると道の先から微かな悲鳴が耳に届いてきた。


「きゃあっ」


 一直線の見通しの良い道の先では、先ほど追い越していった馬車が道の脇へと逸れていくところだった。


「さっきの女性の悲鳴だ。何かあったのかもしれない、急ぐぞレオっ」

「……えらく反応が早いな」


 即座に反応して馬車に向かってリカルドは走り出し、レオはその素早さに素直に関心しながらその後を追いかけた。

 馬車は道から逸れていくものの、緩やかに速度を落としていく。どうやら何かに足を取られてしまっただけのようだ。


「大丈夫ですか」


 馬車に追いついたリカルドが、横に回って御者台に話しかけ、手を差し伸べた。その手に捕まった女性が、肩口からクリーム色の髪をはらりと流しながら降りてくる。

 見たところ三十歳前後。一般の女性よりは引き締まった身体つきだが、鍛え抜かれた冒険者というよりも、重い荷物や馬などを扱うことで自然と鍛えられた身体つきである。


「ありがとうございました」

「いえ、怪我がなくてほっとしてます」


 格好つけているのか、妙に表情を引き締めたリカルドが笑っていると、そこに遅れてレオが到着。女性は少し垂れた目の中にある、芯の強さを感じさせる金色の瞳をレオに向け、目礼で挨拶を交わす。


「大丈夫でしたか?」

「はい、石か何かに乗り上げたようで、着地の衝撃で手綱を引いてしまったようです」


 レオの言葉に女性は再びお礼を告げて、馬の首を撫でながら怪我をしてないか見ると、荷台の横に回って車輪が故障していないかを確かめる。

 無事であることを確認すると、女性は二人にもう一度頭を下げて名を名乗った。


「助けて頂いてありがとうございました。私、ソフィア・メイクピースと申します」

「いや、無事で何より。俺はリカルド・ロイバル、こっちは俺の弟子兼師匠の……」

「レオ・テスティです。弟子でも師匠でもありませんが」


 レオとリカルドの異なる言い分に、ソフィアは少し困惑した表情で二人を見比べる。


「それはどういう……?」

「実は今、俺がレオに魔法を教えてもらっていて、俺からレオには剣術を教えているんですよ」

「互いに初歩ですので、師弟というほどの間柄ではありません。それに、俺には他に剣技を習った人がいますので」


 そこでソフィアは納得がいったように頷く。確かに師弟の間柄だとも言えるし、そこまで深いものではないとも言えるだろう。


「リカルドさんは強そうなのですが、今頃になって何故魔法を?」

「……人生とは勉学であると思います。即ち学び続ける姿勢こそが、えー大事だと思った次第なのです」


 実際は女性にモテたいからである。そのことを知っているレオは、呆れた眼差しをリカルドに向けるが、それを口に出すほど野暮ではなかった。

 ただ、妙に格好付けているというのは、傍から見ても何となく分かるもの。ソフィアも特に感銘を受けた様子は無く、一つ頷くとお礼も兼ねてある提案をした。


「私はこれからコーフニスタへ向かうのですが、良ければ途中までご一緒なさいますか?」

「うわっ、その目的地って俺と一緒。何だか、凄く運命を感じますね」


 感激したようにリカルドは瞳を輝かせ、胸の前で手を組む。当然、レオとしても有り難い申し出なのだが、少なからずの疑問が浮かぶ。

 それは、女性の一人旅に出合ったばかりの男二人を加えることもそうだが、目的地がリカルドと同じならこのルートは遠回りになってしまうのだ。


 レオはそのことを尋ねてみる。


「一人旅は何かと物騒なので、その護衛になってもらえれば、と。出会ってそれほど経っていませんが、リカルドさんは女性の嫌がることはしそうにありませんし――」

「当然です」

「そのことを心配してくれるレオ君なら問題ないと思います」


 胸を張って堂々と頷くリカルドを軽く流しながら、視線はレオへと移っていた。そして、馬の牽いている白い荷台をチラリと見れば、丁度陽射しが差し込み荷台の中が見えている。


「それと、今はいろいろと見て回りながら、最終的にコーフニスタへ向かっていますので」


 レオもつられるように中を覗けば、そこには少量の箱が積まれているだけ。以前、一緒に旅をした行商人のジャンニとは、荷台の大きさも小さく、積荷の量もかなり少ない。

 それに木箱の大きさもバラバラで、一つとして同じ物は扱っていないのではと思えてしまう。そこから思い当たることは一つ。


「商品の買い付けですか」

「そこまでのことではありませんね。ただの品定めです」


 荷台から二人に視線を移して、ソフィアはクスリと笑う。その笑みを受けて、リカルドは胸を押さえて一回転。レオの方へと崩れ落ちるが、荷台に向かって蹴り出されてしまった。


「それじゃあ、少しの間お世話になります」

「あっ、俺も馬を操れますのでご一緒――」

「あら、なら交代で休み休み進めますね」


 結局、レオとリカルドは荷台へ、先ずはソフィアが御者台に座って旅は続く。移動速度は上がり、リカルドは魔法の練習に集中出来るが、御者をする以上、時間そのものは減ってしまうだろう。


「……あれ、もしかして俺とソフィアさん、すれ違いっぱなし?」




 ◇◇◇




 レオが新たな旅の仲間を加え、馬車で移動しながらリカルドの依頼をこなしている頃。大陽の巫女であるバネッサもまた、修院からの依頼をこなしていた。

 リーダーであるバネッサの性格からも分かる通り、大陽の巫女一行は戦闘が得意で、修院からもそういった依頼を回されることが多かった。


 しかし、今回の依頼は退治ではなく捕縛。しかも普通の魔物や逃げてばかりの魔物ではなく、空を自由に飛びまわる凶悪な魔獣だった。


「ハァハァ、ピアッ」

「了解なのです。これでっ」


 頭から血を流すバネッサが、待機していたピアに合図を送る。

 今回の作戦はダルマツィオの魔法で低空に押さえつけ、バネッサの大剣とフォルカーの槍の投擲で翼に傷を与える。そして、最後はピアが配合した麻痺薬を取り込んだ魔弾を撃ち出すというもの。


 一発撃った後、即座にピアは胸ポケットから次の麻痺薬を取り出すと、魔銃に装填して二発目を放つ。


「グ……ゥアァ――ァ」


 二発目を撃った直後に初弾が命中。身体を反らし落下を始める魔獣に二発目も当たり、絶叫を上げる事も出来ずに地面へと落下した。

 落下地点はダルマツィオが操り、バネッサとフォルカーの待ち受ける場所へ。そして、二人は空へと飛び上がり、翼に刺さったままの己の武器で翼を切り裂いた。




 依頼を達成したバネッサ達は、魔獣の失血死を防ぐために包帯でグルグル巻きにして、ピア作の回復薬を打ち込んでおく。

 そこまでの作業を終え、近くの川で汚れを流したバネッサ達は、魔獣の前で腰を下ろして迎えが来るのを待っていた。


「あぁー、疲れたなぁ」


 足を投げ出し木に身体を預けて、バネッサは大きく伸びをする。その言葉とは裏腹に、表情は満足そうな充実した笑顔がこぼれている。それに釣られて笑うフォルカーが魔獣を指差した。


「そういや姐さん、コイツを生け捕りにって事だったっすけど、これからどうなるんすか?」

「生態調査にでも使われるんじゃないか」

「確か依頼先って、ダル爺様のご子息が所長を務めている研究所なのですよね」


 ピアの問いかけというよりも確認に、ダルマツィオは黙って頷く。

 いくら近衛師団副団長の身内とは言え、修院が巫女の依頼で便宜を計ることはない。つまり、今回の魔王討伐で巫女が立ち寄るほどに寄付をしている、大きな組織の研究所の所長を務めているのだ。


 だが、そこに思い至ると、一つの疑問が出てくる。


「それだけ凄いのに、何でまたレオを後継者に指名したんだ?」


 未だにレオを後継者に選んだことは、断られる可能性がある以上、修院に伝えてはいなかった。とは言え、バネッサ達はそれを知っていて、ダルマツィオの周りにいる優秀な人達も知っているからこそ、浮かぶ疑問である。


「嬉しいことに息子達も私を手本とし、魔法の使い方もきちんと考えておる」


 本当に嬉しいのだろう、話し始めたダルマツィオの表情は誇らしげに笑っていた。だが、次に見せたのは父や祖父の顔ではなく、魔術師ダルマツィオの鋭い表情。


「じゃが、これは私の持論だがの、魔術師はやはり裏方であるべきと思っておる。うちの息子も孫も表に出たがりでの」

「私との摸擬戦じゃ剣使って前に出てたけど、本来は後ろでサポートしてるみたいだしね」


 バネッサは実際に見ていないが、姉と慕うイーリスから聞かされた話ではそうなっていたと告げる。

 ダルマツィオも表に出ようとすること事態が悪いとは考えていない。息子達の実力が無いわけでもなく、やはり考え方の違いなのだろう。


「まあ、私とレオの考え方が似通っているのが一番。それと、レオが生まれつき才能溢れておらぬことも、決め手の一つにはなったがの」

「凡人ってことっすか」


 こくりと頷いたダルマツィオが他の三人を見回す。巫女とその候補になったバネッサとピア、少し昔の素行の問題も実力で蹴散らしたフォルカー。いずれも、才能溢れた人達である。


「息子達とは違い、私も才に溢れていたわけではないからの。基礎魔力を上げ、魔法を覚えて組み合わせ、使い方を考える……まあ、結局は凡人の僻みですな」


 言葉だけを聞けば自らを卑下しているように聞こえるが、ダルマツィオの瞳は挑戦的に輝いている。育てるのなら手間の掛かる方が教え甲斐があるのだろう。

 今現在、レオが魔法の才能の余りないリカルドに魔法を教えていることからも、本当に似たもの同士なのかもしれない。






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