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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第六章 『踏み込む勇気』
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第六十一話




 時はエルザが一人で旅立った日にまで遡る。

 古都ユオスデ。大海の巫女メーリが旅立った情報が広がるや否や、あれだけ居た人の波は引いて行き、以前までの寂しい街並みに戻りつつあった。


 そこに置手紙だけを残されて置いていかれた少年、レオ・テスティは居た。宿泊先であるケクゴアの屋敷に戻って、初めて事情を知ったレオは当然怒る……ことはなかった。

 周囲の心配を余所に「そんなもんだろう」というのがレオの感想である。これが置手紙すら無かったら、エルザを放置して一人旅を続けた可能性もあったのだが、待ち合わせ場所が書かれている以上、巫女を巡る旅は二人で続く。


 ギルドから帰って来たレオは予定通りケクゴアの屋敷で一泊し、翌日ケクゴア達に見送られながら屋敷を後にした。


「さて、手紙に書いてあった町はニールか」


 レオは昨夜のうちに地図で確認し、町の位置は把握している。元々予定していたパティーバよりも遠く、本音を言えば一人で向かうには少々注意が必要なところ。

 それは自身が怪我を負った場合、やはり一人だと危険が増えるからだ。それほど強くも無いレオが、旅の途中で怪我を負うのは、エルザ以上に不味いのである。

 自然治癒を高められるエルザとは違い、レオの自然治癒はいたって普通で、回復魔法も使えず回復薬はお金が無いという状況なのだ。


「同じ方角に向かう人がいれば良いんだが」


 昨日の内に大多数の人は旅立ち、今レオが街を歩いてみても旅の支度をしている人はいるが、それでだけではどこへ向かうのか分からない。

 レオはエルザが居ないと知ってから考えた通り、先ずはギルドへ向かうことにした。そこで一緒に受けられるものや、護衛など複数人で旅をし続ける依頼を受けようと考えたのである。


 もっとも、この街のように小さく人の余り来ないギルドで、そういった依頼がある可能性は低いだろう、と考えていたのだが……。



 ◇



 二日連続でギルドは昨日と変わるはずもなく、小さな店と店の間にあるような小さな寂れた店構えである。人の流れは普段通り皆無なのだが、珍しいことにレオはギルドに入る前に見覚えのある人物と鉢合わせになった。


「ありゃ、少年とは縁があるね」

「どうも」


 少しくすんだオレンジ色の髪に薄い青色の瞳を持つ三十代の男性。髪もヒゲも手入れが適当なのは昨日と同じだが、昨日と違い長剣を腰から下げて装備を整え、荷物を背負い旅支度を済ませてある。

 それはレオも同じであり、男性が言う縁とはここで出会ったことだけではなさそうだ。


「これから出発ですか?」

「そうなんだよ。急に用事が入っちゃって、ギルドの依頼も取り消さなきゃならない」


 男はやり切れなさそうに、ため息をこぼす。これは昨日、頭を働かせて書いた依頼書が無駄になるからだろう。


「そう言う少年も出発前の確認かな」

「はい、うちの連れも用事が出来たとかで先に行きまして、向かう先も変更になりましたから」


 言葉を交わしながら、二人はギルドへと入っていく。中は相変わらず狭く、暇そうにしているマスターがカウンターの奥で本を読んでいた。

 本から顔を上げて客に挨拶をすれば、昨日依頼したばかりの男が旅支度をしているのに気付き、少々驚きながら本を仕舞い込む。


「何、もう出発するのか。早いねぇ」

「まあねぇ、急な都合が悪くなってさ。それより俺の依頼だけど」

「あぁ、取り下げかい?」


 ギルドに入ってから流れるような会話がそこで止まった。

 男が顎ヒゲを摘むように撫でながら見るのは、椅子に腰掛けて男の用事が終わるのを待つレオの姿。


「んー、そのつもりだったんだけど……最後に少年に見せてくれない?」

「俺に、ですか」


 いきなり指名されたレオだが、昨日の会話から男がレオに少しは興味を持っていたことを思い出す。レオが断るよりも前に悩んだのが、男の想定していたよりもランクが低かった程度でしかない。

 その時はレオの旅にエルザと、もしかしたらメーリ達とも一緒に旅をしたかもしれなかったので断っていたのだ。


 マスターはカウンターから真新しい用紙に書かれた依頼書を取り出し、それを受け取ったレオは依頼書に目を通す。


「……なるほど魔法を教えて欲しい、と」

「そうなんだよ」


 依頼内容はレオの言った通り、魔法の指導者を募集。依頼書には素人に基礎を教えて欲しいということと、希望はBランク以上と書いてある。

 希望ランクとしては、ギルドでそこそこ経験と実績、実力を持っているランクなので、基礎を習うだけだとしてもそれ位は欲しいのだろう。


「昨日も言いましたが、俺のランクはC+ですよ」

「もちろん覚えてるんだけど、まあ希望だから。それに、この街で偶然会うにしても、最初は依頼を出す時で二回目は取り消す直前だ。こりゃ、ハル様の御導きだって思ったわけさ」


 男はレオの隣の椅子に座り、マスターにリンゴジュースを頼む。さすがに朝からお酒は飲まないらしく、ついでにレオも同じ物を頼んだ。飲み物は直ぐに出され、レオはそれを飲みながら依頼書に視線を戻す。

 教える期間は最初に二週間。その後は相談とのことで、報酬はお金に余裕があるのか、他の同じような依頼よりも高い。


「それにさっきも言いましたけど、目的地がニールに代わりました。最初話した時の感じからすれば、貴方の目的地はパティーバの方向ですよね」

「向かう方角は同じなんだし、大丈夫大丈夫。ちょっと寄り道しても問題ないないから」


 能天気に笑うリカルドを見て心配になったレオだが、結局は自己責任ということで、それ以上は考えないようにした。そうなると次に気になるのは、教える側のことである。


「もっとお金を払ってランクが上の人に教えてもらった方が良いんじゃないですか?」


 当然だが、ランクが上の人の方が様々な依頼もこなし、多くの出会いや経験をしているだろう。それに、理論として知っているだけよりも、実際に自分で扱える魔術師の方に教わりたいと願うのが普通だと考えたのだ。


 その意見には男も同意見なのだろう、黙って一度だけ頷いて見せた。しかし、その後の表情は冴えないまま口を開く。


「いやー、知り合いに教えてもらおうとしたんだけど、魔道全書を写せとか瞑想してる時に殴るけど無視しろとか言われてねぇ。さすがは高ランクの魔術師、そんなに厳しい修行をしていたとは……」


 そして腕組みをすると、感慨深げに大きく頷いている。

 ただ、レオとマスターは「教えるのが嫌だから無茶を言っただけ」と思ったが、男自身が納得しているようなので、あえて伝えることはしなかった。それよりも、マスターには他に聞いておきたいことがあるのだ。


「昨日も思ったんだけど、何で今さら魔法を覚えようと思ったんだ?」

「あぁ、魔法剣士になろうかと思ってね」


 これは多少ながら起こりうることで、自らの壁にぶち当たった時、他の道を習おうとする人は居る。特に年老いても名の馳せる人が多い魔術師は、体力の落ち始めた戦士系からすれば羨ましく思えるのだろう。


 ただ、この男はそのような悩みから魔法を習うつもりではなかった。


「だって、格好良いし女性にもモテるんだろ」

「マスター、何か良い依頼はありますか?」

「うーん、ニール方面ねぇ」


 男の言葉を聞かなかったことにして、レオとマスターは他の依頼書を探し始める。しかし、男は冗談で言ったつもりはなく、椅子から立ち上がるとカウンターに手を置き、必死に言葉を続けた。


「いや本当だってっ。前の街で行き着けだった店のミーちゃんが、新しい男作ったんだけど、彼氏の魔法剣士がどれだけ格好良いかって惚気るんだよ」

「それは魔法剣士だからモテるんじゃなくて、単に彼氏自慢ですよね」


 そんなことを聞かされれば、確かに教えようという気になるはずもない。レオは彼に教えを乞われたという魔術師が、適当にあしらったことに賛同した。

 ただ、男がどんなに下らない理由で依頼を出そうが、レオが受けないと決める理由にまでは至らない。


 未だに魔法剣士がモテる理由を語っている男に視線を送りレオは考える。当初の予定通り複数人で旅が出来て、魔法を教えることが出来れば実績と報酬も入り、そして何より――


「――前衛後衛好きな方で戦えるから、目当ての女性とも――」

「一つお願いがあるんですが……」


 熱心に語っているのを途中で遮ったが、男は気分を害した様子も無くレオの方へと身体を向けた。


「旅の途中、剣の訓練を手伝ってくれませんか」

「あぁ、いいよ」


 そして、レオの提案を呆気ないほどに了承した。

 マスターが魔法を覚えようとする彼に疑問を持ったのも、レオがこのような提案をした理由は単純。剣士としての彼が強いからだ。


「じゃあ、自己紹介といこう。俺はリカルド・ロイバル。今のところ、S+の剣士だ」

「レオ・テスティ、C+の魔法剣士です」


 リカルドが差し出した手を握り返し、依頼を受けることが決定した。こうして教え教わる関係の、新たな旅の仲間が出来たのである。




 出発の準備も済ませてある二人は、このままユオスデから旅立つことも可能だろう。

 しかし、新しく組むことになった以上、情報の共有と依頼に関する話は必要とのことで、午前中はこのままギルドでの話し合い。その後昼食を食べ、必要な物があれば買い足して出発ということになった。


 先ずはレオが扱うことのできる魔法を教えていく。


「大体こんなところです。リカルドさんは何か使えますか?」

「全然、全く、ちっとも……それよりさ、その言葉遣い止めない? 魔法は俺が教わる立場なんだし、師匠って呼んだ方が良いかね」


 肩を竦めて首を左右に振った後で、一つ提案をした。その時、楽しそうに目を輝かせていることから、どちらかと言えば「師匠」と呼びたいのかもしれない。


「……口調は分かった。ただ、基礎を教えるだけで師匠ってわけじゃないし、俺も呼ばない」

「えぇー、男だったら普通憧れるでしょ、師匠と弟子って関係」


 レオが拒否したことで、傍目に見ても分かりやすいほどに肩を落とす。自分が師匠と呼ばれたかったのかもしれない。


「それは別の人にでも頼むんだな。そんな事より、リカルドの属性は火でいいのか?」


 レオとの再開を「ハル様の御導き」と言っていたからそう推測し、それは間違いではなかった。リカルドは胸を張って大きく頷く。

 これで属性は分かった。やはり、自分の属性の方が魔法の覚えも威力も高くなるので、教える指針となるだろう。


 だが、火属性は攻撃に突出しているので、教えるというのであれば人間性も鑑みて教える必要がある。危険思考の人物に危険な魔法は教えられないのだ。とは言え、基礎を教えるだけなら、それほど問題はない。


「聞いておきたいんだが、教材費何かはどうするんだ」

「必要っていうなら、俺がお金を出すよ。ちゃんと説明はしてもらうけどさ」


 リカルドほどのランクになれば、その程度のお金には不自由しないだろう。


「魔道具は扱えるな」

「当然っ」

「なら、魔力を消費し過ぎたことは?」


 リカルドの長い訓練や実戦を思い返しても、そのような経験は無かった。大抵スタミナが切れて息切れする方が速いのだ。

 それに、生まれてこの方魔法を使ってこなかったリカルドには、魔力を消費し過ぎた時の状態など分からない。小首を傾げながらレオに尋ねた。


「なぁ、気と魔力を消費した時の感覚って違うのか?」

「そうだな。気は身的疲労、ずっと走り続けるようなもの。そして魔力は心的疲労、無意味な言葉の羅列を書き写し続けるようなものだ。その二つを鍛えるのなら、限界まで使ってやれば徐々に増えていく」


 だから魔道全書を写す訓練も効果的だ、とレオが教えると、リカルドはあからさまに嫌そうに表情を歪めてしまう。やはりというか、じっと机に向かうことよりも、身体を動かす方が好きなのだろう。


「そういった練習の魔道具もあるんだが……」

「この街にそんなのは無いだろうね」


 レオがマスターに視線を送るが、予想通りの答えが返ってきた。


 練習用の魔道具にはさまざまな種類があるが、それらを一言で言ってしまえば『粗悪な魔道具』である。照明用で説明するなら、明かりを灯すのに魔力が多く必要で、あまり明るくもならない品物。

 元は製作失敗品を練習用として使い出した人が居たらしく、それを商品化したのが今の練習用の魔道具である。そんな一般の商品として扱われない物は、魔法を教える学校のある街かよほど大きな街でなければ扱っていないだろう。


 レオからそのような説明を受けたリカルドは、納得がいったように頷き、購入品リストに書き込んでいく。


「まあ、実際鍛えようと思ったら、二、三日は身体の調子が悪いぐらい鍛えなきゃ意味は無い。旅をしながら出来るのは、本当に微々たる物だろうけどな」


 他にも魔法が使いやすいように補助されている杖や、子供向けの魔法教材などを上げていくと、リストに書き込むリカルドの手が止まり、やり切れなさそうにため息をこぼす。


「俺ってこれでも三十なんだけどなー」

「習うのが始めてなら同じことだろ。それに子供向けは噛み砕いた説明や、意味の注釈なんかも書いてあって分かりやすい。まあ、その分抜かしてる部分も多いから、基礎の基礎だな」


 買う品物などを話しながら書き留めていけば、気がつけば既にお昼近く。昼食はリカルドの奢りということになった。場所はここギルド。ただ、ここで出される料理は酒の肴かスパゲッティぐらいしかない。


「ほら、当ギルド一のスパゲッティだ」

「ミートスパしか置いてないからな」

「うん、素朴な味わい」


 少し固めの麺に質素でありふれた具材。二人は感想もそこそこに、余り腹が満たされなかったのかお代わりを頼むのだった。



 ◇



 昼食を済ませた二人がこの街で買い足す物は特に無く、直ぐにユオスデから旅立った。天気は快晴、ときおり吹く風は優しく頬を撫で、絶好の旅日和である。鼻歌交じりでレオの先を進むリカルドの足取りは軽い。


 道中の会話はたわいも無いことで、まだ互いをよく知らない二人はそれぞれの気になることを聞いていく事が多い。


「前に魔法を習おうとしたっていう魔術師は一緒じゃないのか?」

「あぁ、あいつは前の街で別れたよ。何か調べ物があるって」


 そう言った後で何かに思い至ったのか、突然リカルドは大きな笑い声を上げた。


「まあお互い、野郎と別れてまた野郎との二人旅ってのもどうかと思うよな」

「いや、俺のは……」


 だが、レオがそう言い淀むと、空を見上げたまま笑っていたリカルドが固まる。そして、ネジ巻き人形が止まる直前のように、硬い動きで引きつった笑みをレオへと向けた。


「も、もしかして、レオの相方って……女?」

「ああ、同じ学校に通っている」


 特に何を思うでもないレオは、エルザの事を隠す事無く告げた。しかし、それを聞いたリカルドは再び空を仰ぎ見ながらも両手で顔面を覆う。


「やっぱり、魔法剣士っ。恋人かっ」

「いや、あいつとはそんな関係じゃ無いぞ」

「バカかっ、学生の女の子が好きでもない男と二人旅なんてするもんかっ」


 学生と付けている辺り、仕事で男女二人組みがいることは理解しているらしい。

 まあ学生である内の、特に男女関係ではリカルドが言うような事も少なくないので、案外間違っているとも言い切れない。


「ぬぉぉーー、俺も早く魔法を覚えるぞーー」


 決意を天に誓うように大声で叫ぶリカルドを、レオは他人の振りをしながら追い抜いて進む。こうして新たな二人組みの旅は始まったのである。






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