第五十四話
メーリ達がケクゴアの屋敷を後にして、残ったのは脱力した住人達である。
急な依頼や強敵との戦いなどとは、比べ物にならないほどの疲れがどっと押し寄せて、様々な場所で力なく座り込んでいるのだった。
現在、ダイニングにはレオ達五人の客人しかいない。ケクゴアは自室に戻り、レイドはメーリ達を案内した順番に場所を回り、何か失礼がなかったかを確認している最中だ。
時間にしてほんの二、三時間。それを知った時には、メーリ達が何らかの魔法を使ったのかと思ったほどである。
「あー疲れたー」
特に偉い人と言えば校長ぐらいしか面識のないコンラドは、完全に脱力しきって硬めのソファーに身を投げ出している。
プルムやテオドールも同じように疲れてはいたが、プルムは椅子に腰掛けて再びアロイスに言われていたことを考え、テオドールは面前でだらしない格好はしない。
そして、レオは休んでいたテルヒのために淹れられた紅茶を飲み、エルザはそれに加えて残った茶菓子まで食べるなど、すっかり寛いだ様子である。
「いやな疲れか?」
「……そんなわけないだろ、すげーよ。まだ心臓バクバクいってるぜ」
いつものような大声ではなく、どこか気の抜けたような締まりのない声だったが、いつも以上に感情は伝わってきた。感動と興奮である。
そして、感動に震えていたのは彼だけではなく、テオドールはだらしなく寝そべるコンラドに礼を述べた。
「僕は初めて君に感謝するよ。よく今回の依頼を受けてくれた」
「初めてって、おい……ま、いいか」
どうやら怒る気もないようで、コンラドは身体を起こそうとしたが、再びソファーに身体を沈めた。それほど余韻に浸っていたいのだろう。
思い返せばアディルガンで課題として出された、別大陸へ向かう依頼。お金のやり繰りや忘れ物、病気など心配な出来事ばかりだった。
しかし、行きの依頼を達成するとユオスデへの配達をこなし、同じ街にやって来た巫女を間近で見ることが出来た。さらに最後は見るどころか、直接話しをすることまで出来たのだ。
旅立った当初では、予想も出来ないほど有意義なものである。
「これでコンラド達の用事は終わったな」
そして、それらが達成されたことで、彼らがユオスデの街に留まる理由は無くなり、これはレオ達との別れを意味していた。
「今日出発?」
「あぁ、このまま寝たい気持ちもあるんだがなー」
「好きにすればいいさ、僕は直ぐにでもアディルガンに帰る」
何も言わなくともやる気に満ち溢れたテオドールの声で、もっと学びたいと思っているのがありありと伝わる。現金なもので、メーリの別れ際の応援が効いているのだ。
しかし、それを笑う人も茶化す人もこの場には居ない。
テオドールは椅子から立ち上がると、出発の準備を始めるためにダイニングから出て行った。それを横目に見ていたコンラドは、気合を入れるために太股を両手で叩く。
「さーて、そろそろ準備を進めるかっ」
そして、勢いをつけてソファーから起き上がると、少しは考え事がまとまったのか身体を解しているプルムに声を掛けた。
「はい、分かりました」
プルムも素直に頷くと、静かに椅子から立ち上がり部屋を出て行く。返事はいつもより若干大きな声だった。
◇
コンラド達の準備も終わり、ケクゴア達にお世話になった別れの挨拶をした後、レオとエルザと一緒に街の外を歩いていた。
当初は街の入り口での別れと考えていたのだが、メーリが滞在中ということもあり、何時もよりも人の出入りの多い街の入り口では邪魔になる。なので、臨時の入街審査を通って街の外での別れの挨拶をすることにしたのだ。
「見送りご苦労さんっ」
「まあ、ここまでだけどな」
街の入り口から少し外れた場所で、それぞれが最後の別れの言葉を交わす。ただ、テオドールは今までと変わらず、少し離れた木陰で我関せずと魔術書を読んでいた。
「オレは今、やる気に満ち溢れてるぜ。アディルガンに帰ったら、武器から何から見直して次のランクへ上がってやるぞっ」
「そうか頑張れ」
燃える気持ちを吐き出すように、両拳を握って空へと吠えるコンラドの声は非常に大きく、両耳を塞いだレオはその場から離れる。
向かう先は木に背中を預けているテオドール。レオが近付いてくるのに気付いても、魔術書から目は離さない。
「何の用だい」
「別れの挨拶とお節介だ。派手な魔法を好んでいるが、地味でも堅実な魔法も覚えた方が幅が広がっていいぞ」
そこで本を見ていた顔を上げてレオを見る。表情に浮かんでいる感情は、いつもの見下しでも要らぬお節介に対する怒りでも無い。ただの呆れ。
「君もコンラドと一緒でバカだろ」
ため息と共に本を閉じると、地面に手を向けて呪文を唱える。すると、普通の土だった地面がどろどろの沼地になっていく。
土属性における初歩の妨害魔法。練習中に自分の服が汚れやすく、余程練習しないと深い沼地にならないので、他の属性の人はあまり習得しない魔法である。
「僕がこの程度の魔法を覚えてないわけないだろ。道中は使う相手が居なかっただけだ」
魔力を止めると徐々に水分が抜けて、普通の土へと戻っっていく。魔力を消費し続ける必要があるのも、使われない理由の一つだった。
「それより僕に助言をする君の方が、いろいろと足りてないね。基礎能力と基礎魔力……剣も扱うのなら、もっと鍛えるべきだよ」
「あぁ、互いにな」
最後に視線が合わさり、そして同時に離れる。レオはコンラドの元へと移動し、テオドールは再び本を開いて視線を落とす。
最後まで特に会話の続かない二人だったが、当人同士は余り気にしていなかった。むしろこれ位が丁度良い距離感なのかもしれない。
男連中の極端な二つの別れを横目に、エルザとプルムは無言のまま向かい合っていた。
結局、エルザは何を伝えるべきか思い至らず、対してプルムは考え事をしていた先ほどまでと違い、少し晴れやかな表情である。
「エルザさん」
「は、はいっ」
先に話しかけてきたのはプルムだった。予想していなかったエルザは、思わず背筋を伸ばして返事をする。その様子に驚きながらも、プルムは落ち着いた調子で話し始めた。
「私、エルザさんのことが羨ましかったです。私と違って才能があって、明るく元気でハキハキと喋っていて……」
目を伏せて地面に移る自分の影を見る。以前はエルザの影と比べて、不思議と自分の影の方が暗く見えていたのだ。
「んー、まあ私も羨ましいんだけどね」
「えっ」
その言葉で顔を上げると、そこには苦笑いを隠して笑うエルザの姿。
「ちょっと前に知り合いが死に掛けて、その時にほとんど何も出来なかったからね。プルムみたいに回復とか探知魔法が使えれば、傷を治す手伝いも出来たと思うんだ」
「私の魔法だと瀕死の人は……」
「意味が無かったとしても手伝いたいでしょ。まあ、回復魔法とか苦手だから、今も使えないんだけど」
グウィードが倒れてから、少しは回復魔法の練習をしたエルザだったが、どうにも上手くいかなかったのだ。自己治癒が高まり無意識で回復する魔闘士の弊害と言える。
そもそも回復魔法は医学的な知識も必要なので、エルザが勉強しても覚えられる可能性は低い。タウノの助言である。
「結局、アロイスさんの言うとおり、無い者ねだりなんでしょうね」
「そうだね、ならどうするか決めた?」
「……はい、無い物を見続けるよりは、自分に有る物を伸ばせば良いんです。レオさんみたいに、いろいろと手を出す方法もあるんでしょうけど」
そう言ってコンラドと話しをしているレオを見る。魔法を使ったところを見てはいないが、剣よりも魔法が得意なら魔術師に専念した方が良いと、プルムも思っていたのだ。
「まあレオの場合は、選択肢を増やすことが有る物を伸ばすことになるから」
「アディルガンだと魔法剣士になるには、一年の内に魔術師か前衛のランクがBで、もう一つの授業内容が良ければ勧められるって感じです。そこにまで達していないと、結局は中途半端になるからって」
「うちの学風が自由ってのもあるけど、もしダメだったらダメでレオは研究畑にでも進むんじゃないの」
一応、ダルマツィオに後継者として認められているが、まだレオが受けるとも限らず、受けたとしてもダルマツィオもどちらかと言えば研究畑な人間。歳の差など関係なさそうに仲良く研究をしそうだ、と思わずエルザの表情に笑みがこぼれる。
その笑顔を見てプルムは若干羨ましそうに笑った。
「よく分かってるんですね」
「まあ、腐れ縁だし」
やや迷惑そうに顔を顰めて肩を窄め、それを見たプルムが再び笑う。
「プルム、話は終わったかっ」
「は、はいっ、もう行けます」
会話の一段落した時を見計らって、コンラドが笑いながら声を掛けた。このままでは、いつまで経っても話が尽きないと思ったのかもしれない。
プルムはエルザと握手をして離れるとコンラドの右隣へ、左隣には背中を向けたテオドールがいる。
「レオにエルザ、二人とも元気でなっ」
「あぁ、三人も」
「お二人と一緒に居られて、楽しかったです。私にとって、すごく意味のある旅でした」
「そう言ってくれると嬉しいねー。私も楽しかったよ」
四人で言葉を交わし終えると、全員の視線が背中を向けるテオドールに向けられる。しかし、無言で突き刺さる視線を浴びても、テオドールは何も言わなかった。
「あっ、背中で語るってやつ? えーと、なになに『二人と別れちゃうなんて悲しいよー、テオ泣いちゃいそ――」
「気持ち悪くなるから止めろ」
そう言葉にしたのはレオだったが、コンラドも胸元を押さえて気持ち悪そうにして、プルムも表情を歪めて明後日の方向を見ている。
いつも見ているテオの顔で、先ほどの言葉が脳内再現されたのだろう。普段と脳内の様子が違いすぎて、笑う以前に気持ち悪くなってしまったのだ。
しかし、このままではいつまで経っても旅立たないと思ったのか、大きく深いため息をこれ見よがしに吐いて、テオドールはゆっくりと振り返る。
「僕は最初に言ったはずだ、『君達との会話が実になるとは思えない』と。そして、実際その通りだった。今度会う時はもう少し勉強してくるんだね」
「それでお前よりも進歩がなかったら、成長してないって言んだろ」
「当然のことじゃないか」
気持ちで二人を正面から見下ろし鼻で笑うと、今度は背を向けて一人で歩き出してしまった。
「お、おい……ったく、じゃあな二人とも。今度はお前らの学校が見てみたいぜっ」
「それでは、またお会いしましょう」
コンラドとプルムは慌てて二人に別れを告げると、テオドールの後を追ってアディルガンへの帰路を進む。何度か振り返るコンラド達を手を振りながら見送るエルザは、その後姿が見えなくなるまで続けるのだった。
「行っちゃった、ね」
「見送るのに慣れてないか?」
自分が動くことの多いエルザを予想しての発言は正解だった。今回の旅でも素顔を隠していたウィズや女性騎士アイナ、行商人ジャンニとの別れがあった。しかし、何れもエルザは見送られる立場だったのだ。
しかも、ギルドの依頼を受けた友人が旅立つのとは違い、会おうと思って行動に移さなければ、ほぼ会える機会の無い別れである。
エルザは微かに浮かんだ涙を隠すように顔ごと両手で覆い、そのまま顔全体を揉み解す。
「よぉしっ、ケクゴアさんの屋敷に戻ろうっ。今晩の食事も手伝わなきゃいけないし」
「俺はギルドに寄ってから帰る」
「そっか、付いてった方がいい?」
エルザと一緒に行けば受けられる依頼は増えるが、報酬を折半する必要もあってレオはその申し出を断った。オルゴールを売ったお金で、大分余裕が出来たのもある。
二人は街の入り口でそのまま分かれ、レオはギルドへエルザはケクゴアの屋敷へと戻るのだった。
◇◇◇
ケクゴアの屋敷を後にしたメーリ達は、出店などを軽く見て回り買い食いをしながら宿へと戻った。丁度昼食の時間だったというのもあるが、メーリがお菓子を食べて余計にお腹が空いたからである。
宿の自分達の泊まっている離れに戻ってくると、アロイスはメーリに頼んで音消しの結界を張ってもらう。
「それでアロイスさん、手帳には何が書いてあったんですか?」
手帳を開いた時に、アロイスの目が一瞬鋭く輝いたのをメーリ以外は気付いていた。なので、お手入れ方法というのが方便であり、不味いというほどのことではないが、重要なことが書かれていたと推測していたのだ。
アロイスは懐から手帳を取り出すと、封筒が挟まっていることを伝えてテルヒに渡す。
「どうやら、あの二人はマリアちゃんと知り合いかもしれないのよね」
「そう言えば、修院の人が何か言ってたね。マリアさんが一般人をお供にしたけど、結局は別れたとか何とか。名前は……言ってなかったけど」
封筒を落とさないように手帳を開くと、テルヒの背後からメーリとセストも覗き見る。
「なるほど、マリアさん直筆のサインに巫女の判。これが偽物だったら死罪になるわね」
「確か巫女のサインは専用の用具で書き、それかどうか確認できる魔道具もあったよね」
「でも、わたし達は持ってないし……」
テルヒは手帳から封筒を取り出し、表と裏を見てそれをメーリに渡す。そして仲間の視線が集まる中、メーリは封を開けて手紙を取り出した。
香りの付けられた糊は上品な匂いを内封し、それが消える前にメーリは読んでいた手紙から顔を上げた。その表情は手紙の内容に納得したというよりも、余計に疑問の浮かんだ思案顔。
「何が書いてあったの?」
「んー、強くて許せない魔族が出たから、一緒に戦おうっていうお誘い。詳しいことはあの二人に聞いてって書いてある」
そう言って手紙をテルヒに渡す。内容は実に真面目なマリアらしく、季節の挨拶やメーリ達の体調の気遣いなどから始まり、本題はメーリの言った言葉がほぼそのまま書かれていた。
手紙の中で一番多く書かれてあるのは、レオとエルザ二人に関することで、これは用件を伝えるための手紙ではなく、レオ達を信頼してもらうための手紙と言えるだろう。
「マリアさんは彼らを信頼しているようですが……」
一応、二人の名前と容姿、それにエルザに渡したリボンと銀色のネックレスのことも書かれてあり、彼らが本物か確かめる術は書いてある。
「まあ、悪い子達には見えなかったわよね」
「アロイスさんから見たら、みんな良い子だって言いそう」
ケクゴアの屋敷で出合った二人を思い返しながら、アロイスは頬に手を当てて笑う。
実際には人を見る目が高いアロイスで、それはメーリも仲間達も分かっている。しかし、アロイスの人となりからそう思ってしまい、テルヒとセストの二人も否定する事無く頷いていた。
「うふふ、確かにどんな子でも良いところはあるものね」
結局、マリアの用件の詳しいことが分からないままで、明日レオ達が来るのを待つことに決まり、話の内容は雑談へと移っていく。
ケクゴアの屋敷の感想や街で食べた物の感想、今夜の夕食など取り留めのない話が続いていたが、それを中断させる一つの知らせがメーリ達の元に飛び込む。
「あら、修院からの連絡? 定時でもないのに珍しいわね」
連絡用の水晶が光と音を鳴らしていたのだ。自分達の仕事や時刻などはきっちりと守る彼らのこと、それを外れて連絡をしてくるという時点で、既にメーリ達には嫌な予感しかなかった。
「はいアロイスですが、何か有りましたか?」
『ああ、緊急の案件だ。今すぐ白滝の森へ向かってくれ』
「今すぐに白滝の森へ、ですか」
普段は見慣れない若干焦った様子の修員を見て、テルヒは驚き目を開いて言葉を繰り返す。
白滝の森。聖大神殿の祭壇や祭具などで使われる、木材を育てている森である。普段から一般人は立ち入りが禁止され、木々の育成や成長具合を確認する『守人』と呼ばれるカルリ一族が森の中で生活をしていた。
『守人からの連絡では森の腐食が進んでいるらしい。人型らしき影を見たとの報告もあり、人間か魔族かは分からないが、その原因をつきとめてもらいたい』
「分かりました。これから白滝の森へ向かいます」
通信は終わったが、嫌な予感が当たっても嬉しくは無い。そして、重い空気を入れ換えるようにテルヒが手を叩いて、出発の準備をするようにメーリとセストを促した。
「はいはい、じゃあ支度して」
「えっ、それじゃあ今日の晩御飯はっ」
「いやメーリさん、それどころじゃないでしょ」
こうしてメーリ達は慌しく荷物をまとめて、予定よりも早く出発することを女将に詫びると宿を後にした。また、最後の夕食は豪華になるだろうと予想ができ、メーリが非常に残念がっていたのが女将に強く印象付けられたのだった。
◇
修院からの緊急な指示を受けて、宿を後にしたメーリ達が先ず向かったのはケクゴアの屋敷。約束を反故にしてしまう謝罪と、簡単な事情をエルザに説明していたのだ。
「白滝の森が……」
「えぇ、だからアタシ達はこれから出発するから、話を聞くのはまた今度お願いね」
手帳をエルザに返す。話の内容が本当に大事なことなら、後を追ってくると思ったからだ。しかし、エルザは手帳を受け取り、屋敷の中と街の方へと視線を送ると、一つ大きく頷いた。
「あの、私も一緒に白滝の森へ行ってもいいですか」
「えっと、今レオ君居ないんだよね。呼んで来るの?」
「いえ、置手紙でも書いておけば問題ないです。どこか近くの町ででも落ち合えば」
急いでいるメーリ達を待たせるには、ギルドまで呼びいくのは時間が掛かりすぎる。そう考えての発言だろうが、メーリ達からすればそうしてまで付いてくる理由が分からない。
白滝の森までと言ったのなら、道中一緒に向かって説明して途中で引き返すつもりがないと分かったからだ。
「普段は立ち入り禁止だから、入ってみたいっていう理由なら――」
「いいんじゃないかしら」
その事をテルヒが尋ねようとしたが、アロイスは何も聞かずに賛成の意見を出した。この行為にはセストが首を捻る。誰かの言葉を遮るのは、普段の彼らしくない行動だからだ。
巫女パーティーのリーダーはもちろん巫女なのだが、実質的なリーダーというのは大抵存在していて、大海ではアロイスがそうである。彼が認めた以上、特に反対が無い場合はメーリはそれを受け入れる。
テルヒも反対というより、軽い気持ちで来られたら迷惑程度にしか思っていない。マリアの知り合いであるのなら、無下に扱うことも出来ないのだ。
「やった、それじゃあ荷物まとめてきますから、ちょっと待ってて下さい」
全員の承諾を得るとエルザは笑顔で屋敷の中へと戻っていき、その影が消える頃にセストが小声でアロイスに話しかける。
「何で理由を聞かなかったんですか?」
「んー、真剣な眼差しだったし、ちょっと訳有りっぽかったからかな。言いたくないのに無理に聞いちゃ、乙女が廃るってものでしょ」
そう言って片目を瞑ってウインクをしてみせるが、その見た目は言葉以上に突っ込みどころがあり、セストは口に出す勇気は無く人知れず胸の中で突っ込みを入れるのだった。
エルザ・アニエッリ。前世の名はリア・イシュア・カルリ。
一般人が立ち入ることの許されず、また行くことはないと思っていた里帰りは、長き時を越えて実現しようとしている。故郷の危機という形で……。