第四十七話
体調の回復したエルザは、レオとコンラドの二人と一緒に身体を動かし、魔術師のプルムは何度か身体を動かす機会はあったが、主に自分のベッドで瞑想をしていた。
しかし、テオドールとは一度も一緒になることはない。プルムよりも修練室へ行ってるようだが、わざと時間をずらしているようである。
ただ、それに関しては本人のやり易い環境もあるので、無理にでも誘うようなことはしなかった。
そして、長いようで短かった船旅も終わりが近付く。
『この船は間もなくノパに到着致します。下船の際には忘れ物などなきよう――』
アナウンスが響くと、レオ達は下船のための準備を始める。荷物をまとめて忘れ物が無いかを確認し、個室を簡単に掃除。それが終わったら、お世話になった船員への挨拶回りである。
船員にも船長や遊戯施設の係員など居るが、一番お世話になったのは食堂を切り盛りする料理人たち。
「今まで美味しい料理をありがとうございましたー」
「ありがとうございました」
食堂にやって来た二人は、厨房を覗き込んで礼を言う。厨房では下船の準備のために動き回り、レオ達に気付いた一人の料理人がカウンターへと近づく。
「おぉ、お二人さんかい。わざわざ挨拶に来るたぁー律儀な奴らだな」
厨房の道具は航海で再び使うので、片付ける必要は無い。しかし、食材となると話は別で、例え長持ちするものだろうと余った食料は廃棄となるのだ。
現在厨房で行ってるのは、食料を仕分けする作業だった。
「もったいないなー」
「まあ、最後は余った食料使って、身内の打ち上げってなるけどな」
古く痛んでいるのはその都度捨てているので、残ってるのは単なる余り物である。
そこで何か思いついたのか、話しをしていた料理人は厨房に引っ込む。そして再び現れた時には、両手で抱えるように茶色い革袋を持っていた。
「ほらよ、食いっぷりの良かった譲ちゃんに、余り物だがくれてやるよ」
「えっ、良いの」
目を輝かせて受け取ったエルザが中身を確認すると、肉や魚の干物に冷凍や乾燥させたフルーツ、それと瓶入りのジュースが数本入っていた。
思っていたよりも多く、値段もそこそこする物が入っている事にエルザは驚く。
「わっ、こんなに。ありがとっ」
「良いって、余り物だしよ」
満面の笑顔でお礼を言われた料理人は、年甲斐もなく頬を赤らめぶっきら棒な返事になり、それを見ていた厨房の人達が笑い声を上げてからかう。
レオとエルザは厨房に引っ込んでしまった料理人と、厨房の人達にももう一度礼と挨拶を言ってから食堂を出た。
丁度その頃、船が港に到着したことを伝えるアナウンスが船内に響き渡る。と、そこで何かを思い出したのか、エルザは声を上げて窓から外を見た。
「あっ、これじゃあ私が一番最初に降りられないッ」
「そんなこと考えてたのか」
そんな望みを密かに持っていたエルザだったが、挨拶回りで思わぬ時間が掛かってしまったのだ。その願いは叶いそうもない。
しかし、両手に食料一杯の革袋を抱えて、満足そうな笑顔を浮かべると、頭を切り替えて荷物を取りに自室へと戻った。
そして渡された板を下り、港町ノパへと足を踏み入れる。
「おぉ~、久しぶりの陸地だー」
「まだ、揺れてる気がするな」
人生初の長い船旅だったレオは、船に乗っている時と同じように波に揺られている感じが続いていた。そして、エルザは鼻をひくつかせながら土の匂いを嗅ぎ、新たに降り立ったノパの様子を見る。
クォムルクの港街は国の首都として栄えていたが、ノパはそれほど開発はされていない。港も客船のような大きな船は一隻しか泊まれず、住民の漁船が多くの場所を占めていた。
家の前には漁で使う網や魚などが干してあり、それを見たエルザは袋を漁り干し魚を齧りだす。見ていて食べたくなったのだろう。
エルザが乾物を齧り、レオが揺れが治まるように遠い方を眺めていると、先に船を降りていたコンラドが話しかけてきた。
「よおっ、お前らはこれからどうするんだ?」
船内とは違い武器防具を全て装着し、左肩越しには配達品を入れた白い袋を背負っている。その影に隠れるようにプルムと、さらにそれから少し離れてテオドールの姿。彼らも袋を背負っている。
「とりあえず、ギルドで何か依頼が無いか見る予定だ」
「そっか、オレらはノパからあっちの大陸に渡ったし、ギルドの場所なら案内してやれるぜっ」
自信満々に袋を掴む左手で胸を叩いたコンラドの申し出は、レオにとってありがたいことだった。
しかし、プルムはともかく、テオドールまで一緒に居ることに疑問を持つ。ギルドへの案内や別れの挨拶だけなら、町から出るまで別行動でも問題ないからだ。
「あぁ、道中が同じだったら、一緒に行きゃ楽しいだろうしなっ。もちろん、お前さん達次第だけど」
「俺は問題ないが、テオドールは良いのか?」
「ああ、うちは意見が割れると多数決ってことになってる。俺とプルムの賛成二で結果が出た以上、テオも文句は言わないぜ」
エルザがプルムに乾物を勧めるその奥で、テオドールは不満の表情を隠そうともしていない。
「愚痴と嫌味は言いそうだがな」
「はっはっはっ、ギルドはあっちだぜ」
そう呟いたレオの言葉を聞いても、コンラドは笑って誤魔化した。
◇
ノパにあるギルドはクォムルクにあった巨大な五角形の建物ではなく、木製の両開き扉がある酒場のような造り。これはここのギルドが支部ではなく、依頼が受けられるだけの細部だからだ。
細部は店舗ごとに造りが異なっており、今回の場合は酒場も同時に開いているようである。
細部の共通点は、入り口近くに吊るされているギルドのマーク入りのプレートだけだった。
「ちなみにウチのギルドも同じ、古き良き伝統の形だね。あっ、お酒はあるけど、学生には出してないよ」
「その分、普通の飲み物や食べ物なんかは充実してるけどな」
酒場というよりも喫茶店だよ、と言いながら先頭を歩くエルザが扉を開く。
店内も酒場そのままで、頑丈そうな木製の机と椅子にカウンター。壁には連絡事項や急ぎの依頼何かが張られている。
ほのかに酒の匂いが漂う店内は清潔で、利用している客から威圧や重苦しさ、険悪な雰囲気は感じられない。
当然と言えば当然の話、ギルドは国連が運営しているのだ。そこで騒ぎを起こせば良くて逮捕、最悪ライセンスの停止となってしまう。
もちろん、ギルドのライセンスが使えなくなったからといって、戸籍が無くなる訳ではない。しかし、ギルドの利用が出来なくなる上に、日常的にライセンスを使う国連の加盟国では、生活し難くなってしまうのである。
「さぁーて、何か良い依頼はあるのかなっと」
先ずは張り出された物を見る。そこには一ヶ月ほど先に行われる納涼祭りのお知らせ、尋ね人や尋ね犬、期日の近い依頼などが張られていた。
依頼にざっと目を通したレオだったが、希望通りの物は見当たらず、次にカウンターの奥に居る中年の男性に話しかけることにした。ちなみにエルザはプルムと祭りの話で盛り上がっている。
「マスター、何か依頼はありますか?」
レオはカウンターの端に置いてある黒い箱へライセンスを差し込み、一体となってる文字盤でパスワードを打ち込む。ギルドの支部に置いてあった物より大型で、少し型の古い機種である。
「ちょっと待ってくださいね」
パスワードを打ち込んだ後で何かが開く音。マスターはカウンターの中を移動し、音がした場所から紙束を取り出した。
渡された依頼書の数は十枚ぐらいで、それほど多くはない。
「ほとんどが配達依頼だな」
「レオのランクじゃ仕方ないんじゃない。それより大海の巫女のメーリ様って、今どの辺を旅してるとか知ってます?」
レオがカウンターの席に座り依頼書を見始めると、お祭りの話を切り上げたエルザが隣に座って、マスターに話しかける。
巫女、しかも四棟の聖大神殿の中で、ノパから一番近い大海の巫女の話題はよく上る。それは客に聞かれるというだけでなく、逆に客から聞いた情報もあるということ。
「そうだねぇ、昨日聞いた話だとユオスデに向かったと聞いたな」
「ユオスデならオレ達の届け先じゃないかっ」
予想していなかった町の名前を聞いて、コンラドは雑誌などが置かれた棚から、この大陸の地図を持ってくる。そして、カウンターに広げてマスターに、メーリが旅立った町の名前を尋ねた。
「そこから旅立ったとなると……おっ、急げばお会い出来るかもしれないなっ」
地図上で指を使い、巫女一行とノパの町からユオスデへ向かう距離を測る。距離的にはメーリ達の方が遠いが、昨日向かったというのならメーリ達が先に着きそうではある。
「なら、こいつか」
話を聞き地図を横目で見ながら、レオは依頼書の中からユオスデの方面へと向かう依頼を一枚引き抜く。内容は他の大陸からノパに集まった手紙を大きな街へと運ぶというもの。
配達先はユオスデの手前にあるミラノニアという街。コンラド達が散々自慢したアディルガン校の建設位置を決めた巨大な街である。
「うわっ、オレらがその依頼受けてたら、そのままアディルガンに帰れたのにっ」
「だから僕は、わざわざ別大陸で依頼を受ける必要はないと言ったんだ」
「で、でもメーリ様と、あえるかもしれないし」
ユオスデはミラノニアの先にある街。コンラド達からすれば、一度学校を通り過ぎてから、再び戻る必要があるのだ。テオドールが文句を言うのも分かる。
ただ、別の大陸を跨る依頼なので報酬は高い。レオからすれば交代して欲しいだろうが、もちろん無理である。今回は先ほどの手紙の配達の依頼書をマスターへと渡す。
「これを受けるのかい?」
「はい、お願いします」
依頼を受諾したことでマスターはライセンスに情報を書き込んでいく。これでこの依頼を成功か失敗しない限り、他の依頼は受けられない。
そして、書き込みが終わると一枚の紙を手渡した。
「はい完遂証。多分大丈夫だとは思うけど、一応」
手紙の配達はその街の役所に持っていくので、大抵は魔道具を使ってライセンスに受け取ったことを書き込む。
しかし、配達先が一般人の場合や魔道具が壊れていた場合、依頼者がギルドまで書き換えに同行することを考えて、こういった紙を一緒に渡すようになっているのだ。
レオはライセンスと一緒に完遂証をしまうと、今度は一つの品物を取り出した。
「一つ聞きたいんですが、これを売るならやっぱりミラノニアの様な、大きな街の方が良いですか?」
取り出したのは両手に納まる大きさの箱。宝石や金箔などを散りばめた物ではないが、花や文様など手彫りによる装飾がされていて、単色の中にも華やかさと明暗の輝きがある。
蓋を開ければ、楽器を持った可愛らしい三体の人形がせり出し、回りながら音を奏で始める。クォムルクで買った貿易品のオルゴールである。
「わぁ、可愛いですね」
「へぇ、珍しい音楽、南方の物かな。まあ君も考えてる通り、この町よりもミラノニアの方が高く売れるだろうね」
このオルゴールの購入を勧めたジャンニの教え通り、ここで売る事を止めたレオは、これでミラノニアまでの路銀が底を付くことが決定した。
道中は狩りに勤しみ、エルザに食料を分けてもらい、途中で宿があっても野宿するしかない。
レオは椅子から立ち上がりオルゴールをリュックに戻すと、その間にマスターが手紙の入った袋を持ってくる。コンラド達が背負う物と同じ材質の白い袋で、大きさはレオの背負うリュックよりは小さい。
依頼品を受け取ったレオは、それを見てから足下の置いてあるリュックを眺め、カウンターに座り貰ったジュースを飲んでいるエルザに話しかける。
「エルザ、こいつを結んでくれないか?」
右手で袋を持っているレオは、左手が吊った状態なので、このままだと両手が塞がってしまう。なので、リュックに袋を結ぶよう頼んだのである。
「んーー、ちょっと待って」
頼まれたエルザは嫌な顔をせず、瓶を逆さに残った分を一気飲み。飲み終わった空き瓶は処分するようマスターに頼み、袋をリュックの後ろに結びつける。
「はいよ、こんな感じ?」
「ああ、助かった。さて、じゃあ行くか」
エルザに礼を言ってリュックを背負ったレオは、マスターに礼を言ってギルドを後にしようとした。
「よーし、じゃあほいっ」
しかし、同じくマスターと別れの挨拶を交わしたエルザが、カウンターに置いていた革袋をレオに渡そうとする。食料を譲って欲しければ持て、ということだろう。
そう理解したレオだが、素直に受け取ることはない。荷物持ちが嫌だから、というだけでなく、当然理由は他にもある。
「そいつを持つと、何かあった時に戦えないんだが?」
「何を言うかと思えば、腕折ってる人が剣持って満足に戦えるわけないでしょ。ほらほら」
だが、即座にそう返されては何も言い返せない。エルザの言い分は正しく、後方で魔法支援をするだけなら、荷物を持っていても下ろせばいいだけで、それほど苦にならないからである。
ましてやこの食料は、エルザの食いっぷりが良いからという理由で料理人が送った物。これを譲ってもらいたいレオとしては、下手に出るしかない。
レオはため息をこぼしながらも、再び言い返すこともなく受け取った。
「転ばないようになっ」
「無様だな」
そんなやり込められたレオの姿を見て、コンラドは面白そうに、テオドールはバカにしたように笑う。
「わ、私が持ちましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
最後にプルムが恐る恐る申し出て、レオは礼を言いながらそれを断った。
そして、プルム手を掴んだエルザが引っ張ってギルドから出て行き、その後をテオドール、レオとコンラドとマスターに挨拶してから出て行く。
ギルドから出た五人はそのまま町の出口に向かいながら、これからの予定を話していた。
「じゃあ先ずはミラノニアに行って、レオの依頼をこなすことだね」
「その次はユオスデでオレらの依頼だぜ」
「そこで巫女さまを、御見かけ出来れば嬉しいですね」
門などで仕切られていない港町ノパ。気がつけばいつの間にか町を出ていたレオ達は、先頭にエルザがプルムと手を繋いで大きく腕を振って歩き、少し離れてレオとコンラド、そして最後尾にテオドールが歩いている。
会話の内容はやはりというか、大海の巫女メーリの話。
プルムは彼女に憧れているらしく、瞳を輝かせながら話しをして、テオドールも気のない素振りを見せながら、しっかりと聞き耳を立てているのだった。