第四十六話
出港したその日の夕方、木の机と椅子が並べられただけの食堂で、レオとエルザは早めの夕食を取っていた。
当然、食事代は船のチケットに含まれておらず、ここで個別に支払う必要がある。レオは比較的安めの魚料理を、エルザは自分の食べたい肉料理をそれぞれ注文した。
「へぇー、やっぱりあの三人が仕事を受けてたんだ。それで面白そうな人達だった?」
食事時の会話は、修練室で出会ったコンラド達三人のことだった。
既にエルザにはそれぞれの特徴と、話した時の印象を伝えてある。ただ、レオもコンラド以外の二人とはそれほど話しておらず、それほど話すような内容はなかった。
「まあ、面白くはあるが、遠くで見る分にはな」
「あはは、熱血系の人が居るんだっけ? 別にそんなの、一緒に騒いじゃえば結構楽しいよ」
そう言って笑うが、これは相性の問題だろう。エルザは一緒に燃え上がって楽しみ、レオは外で良い場を作ってより燃え上がらせて楽しむタイプなのだ。
話すだけなら敬語を使わなくなったが、実際にどの程度までぞんざいに扱ってもいいのか分からない。そんな微妙な関係がレオにとっては扱いにくくなっているのである。
「どうする、挨拶しておくか?」
「そだね、レオが迷惑をかけそうだから、よろしく言っておかないと」
出港初日ということもあって、持ち込んだ食事で済ませているのか、食堂の利用者はそれほど多くはない。ただ、食事できる場所は決まっていて、食堂か甲板か個室、遊戯室だけである。
コンラド達が食事をどうするのかは聞いてないが、修練室で大部屋を取っていることは聞いていた。なので食堂からそちらへ向かっていれば、会える可能性は高い。
そう考えた二人は食事を済ませた後、しばらく世間話で盛り上がってから大部屋へと向かうのだった。
◇
食堂から教えられた大部屋までの通路では、すれ違うことなくたどり着いた。
大部屋は一つの部屋に十二個のベッドが並び、それぞれの空間を保てるよう、仕切り布で目隠しが出来るようになっている。個人の空間というだけなら、個室よりも広いかもしれない。
レオは部屋の中を覗き、コンラド達が居るかを探す。いくつか布で隠されているベッドもあるが、左奥から二番目のベッドで寝転がりながら本を読むコンラドの姿を見つけた。
しかし、プルムとテオドールの姿は見当たらず、コンラドの手前のベッドは空で奥のベッドは布で隠されている。二人のうちのどちらかは、奥のベッドを使用している可能性は高い。
「ちょっといいか?」
レオがコンラドに話しかけると、本から顔を上げる。そして、軽く手を上げて挨拶をすると、身体を起こして奥のベッドへと呼びかけた。
「プルム、お客さんが来たぞ。瞑想止めて出て来いっ」
「……えっ、あ、はい」
「悪いなレオ、テオは食事持ってどっかに行ったままだ。いつ帰ってくるかは分からないぜ」
そう言ってコンラドが隣の空のベッドを指差す。荷物はベッドの脇に置かれているが、使われた形跡のないベッドには当然誰の姿もない。
そして逆隣の布が開かれて、プルムが遅れた事を誤りながら出てきた。
「まあ、今回はこいつの顔見せだけだからな」
レオが身体を退かすのと同じタイミングで、エルザがレオを押しのけるように前へ出た。そしてコンラド、プルムと交互に顔を見て笑顔で元気に挨拶をする。
「どうもー、エルザ・アニエッリです。レオと同じく、二人とは同年代ってことで仲良くやっていきたいって思ってるんで、よろしくねっ」
「おう、コンラド・パルラモンだ。短い間だろうが、よろしくなっ」
「ぷ、プルム・キュトラです。よろしく、お願いします」
エルザの挨拶にコンラドはベッドから立ち上がり、それぞれ握手を交わす。コンラドは強くがっしりと、プルムは恐る恐る静かに。
「二人ともアディルガンの生徒なんだって? 凄いねー」
「で、でも私の場合は、たまたま受かったようなもので……」
「偶然は無いと思うが、あったとしても受かったこと自体凄いと思うぞ」
レオとエルザの褒め言葉に照れているというよりも、プルムは本当にそう思っているらしく、申し訳なさそうに身体を縮こませてしまう。
そんなプルムを元気付けるように、エルザは両肩に手を当てて身体を起こさせる。
「そうだよねー。よく知らないけど、アディルガンの受験を合格したんなら凄いんだろうし、もっと自信持たなきゃ」
「す、すみません」
しかし、再び顔を俯かせて謝ってしまうプルム。これではエルザも強く言うのは逆効果だと感じ、話を変える為にコンラドへと話しかけた。
そのコンラドは再びベッドに座り、食堂で買った手土産のリンゴを丸のまま、我関せずと頬張っている。
「そうそうコンラドって前衛らしいけど、武器ってそれ?」
エルザが指差す先にあるのは、コンラドの半分を覆い隠す大きさの盾と、白い布でグルグル巻きにされている武器。枕近くの壁に立てかけられている。
武器は中身を見るまでもなく、特徴的な形から斧であろうことが分かる。
「おうっ、製作科のダチの作品だ。まあ、切れ味はいまいちだが、丈夫にだけは出来てるからな」
そう言って布を外すと、コンラドの身体つきと比べて小さく柄も短いことが分かる。前衛が一人である以上、振り回すことよりも扱いやすさを重視しているとのこと。
コンラドは再び布に巻いて壁に立てかけると、今度はエルザに話を振った。
「レオから聞いたんだが、エルザは魔闘士なんだって。すげーなっ」
「ま、魔闘士なんですか、凄いです。アディルガンでも、五人しか、いませんよね」
話題を変えたのは良かったらしくプルムも自然と話しに加わり、才能の代名詞でもある魔闘士のエルザを、瞳を輝かせて見ている。
そして、レオはコンラドのエルザはプルムのベッドに腰掛け話をしていると、食事を終えたテオドールが帰って来た。
この場にレオが居ることに、一瞬眉を顰めたが気にしないことにしたらしく、挨拶する事無く背を向けるようにベッドに腰掛ける。その予想出来た対応に、コンラドは呆れながら話しかける。
「おいテオ、挨拶ぐらいしたらどうだ」
「うるさいな。君らが誰と付き合おうと気にしないが、それを僕にまで押し付けるなよ」
「分かった分かった。だけど、名前ぐらいは伝えとくぞ。エルザ・アニエッリ、オレと同じくB-の魔闘士だってよ」
コンラドが笑いを浮かべてそう告げると、靴を脱ごうと屈んでいたテオドールは動きを止めて振り返る。そしてエルザに向けるのは、驚きと少しばかり馬鹿にしたような眼差し。
「へぇ、魔闘士……でも、それでそのランクは低過ぎやしないか」
「ごめんねー、クロノセイドってど田舎だから、昇格試験を受けるためにわざわざ首都にまで出ないといけないのよ」
エルザはそう言うが、田舎というよりも奥地の広大な敷地を持っていると言った方が正しい。
何せ学園都市のいろいろな品揃えは、本当の田舎と比べて充実しているのだから。しかし、わざわざ首都まで行く必要があるのも、それが面倒だと思っていたのも事実である。
「ふん、何も考えないで無駄に大きな土地に創るだけなんて、いかにも田舎者らしい発想だな。その点アディルガンは、ギルド支部の位置も考えた上で創られたんだ」
「他にも転移装置を纏めてあるスターシナトがある街とかな」
「で、でも転移装置の使用は、お金が掛かるから、港の近くじゃないとだめ、だから……」
テオドールに追随するように、コンラドとプルムもアディルガンの良いところを上げていき、それを聞くレオは素直に関心し、エルザは次第に身体が震えていく。
「それだけの条件なら、いろいろとお金も掛かるだろうな」
「ふ、ふんっ、こっちには森や川に武器屋、洋服屋さんからお菓子屋さんにお花屋さんまでいろいろあるんだからねっ」
「それはそれで、すげーなっ」
エルザの親しみ易さと、同年代ということで互いの学校の話という共通の話題があって、初顔合わせは上手くいった。主に学校自慢ではあるが、何だかんだ言ってテオドールも話しには参加していたのである。
◇◇◇
レオとエルザが新たな大陸へと船で進んでいる頃、彼らと別れた大地の巫女マリアも旅を続けていた。修院からの指示は相変わらず続き、さまざまな場所を巡る遠回りな旅である。
今回の依頼は老人福祉施設を訪れて、そこに入居している人達を慰撫すること。当然その施設の代表が、四聖会に多額の寄付を行っているのは言うまでもない。
しかし、入居している老人達はそんな事を知るはずも無く、素直にマリア達の訪問を喜んで歓迎し、マリアも彼らと楽しそうに会話をして回ったのだった。
「姉さん、元気なお爺さん達だったね」
「ああ、そうだな。私も元気を分けてもらった気分だ」
妹分であるマリアの柔らかい笑顔に、イーリスも自然と笑みがこぼれながら頷く。
既に施設からは旅立ち、今は予期せぬ雨に降られたことで、マリアが土で簡易の部屋を創って雨宿りの最中。
窓が一つと出入り口、ここには板を立てかけて使用する時以外は雨や虫が入りにくいようにして、明かりは魔道具を灯している。時間的にも今日はこのまま休むことになったので、男女別の二部屋創りである。
当然、男性組みのタウノやキルルキとは壁で仕切られているので、マリアとイーリスも気楽に話しをしていた。
「お孫さんが学生で頑張ってるって、本当に楽しそうに話してくれて……」
今回聞いた老人の話の一つ。特に問題は無かったが、マリアにとっては気になる点が多かった。それはマリアだけでなく、イーリスとタウノも同じだったが、別に深刻な話ではない。
その孫が元気な活発少女という事で、聞いた失敗談からエルザを思い起こしただけである。当然、孫の名前も名字も違っているので、エルザ本人の話ではない。
マリアはどこか寂しげで、しかしある種の確信を持った微笑みを浮かべる。
「エルザさんも頑張ってるよね」
「レオも付いているんだ、大丈夫だろう。まあ、二人でふざけて騒動を起こしてる可能性はあるがな」
その光景が簡単に想像が付いたのだろう、マリアは手で口元を隠して笑う。
二人と別れた当初は、寂しさから落ち込んでいたこともあったマリアだったが、今は魔力を鍛えて身体を鍛え、魔法の使い方も柔軟にと、再会した時に恥ずかしくないよう己を鍛えていた。
もちろん、それはマリアだけでなくイーリスやタウノも同じこと。
むしろグウィードが抜けて確りしなければという思いと、マリアが頑張っている以上負けていられないという気持ちから、良い意味で競い合いが出来ているのだ。
ただ、今は身体を休ませる時。マリアとイーリスはこれまでの事やこれからの事に花を咲かせるのだった。
◇
その頃、男部屋のタウノとキルルキは特に何を話すことも無く、それぞれの時間を過ごしていた。キルルキは魔力を込めながら符に文字を書き込み、タウノは瞑想をしている。
身体を鍛えると決意したタウノだが本職は魔術師であり、そちらも鍛えなければならないのだ。
切りの良いところまで書き終えたキルルキは、筆を置いて一息つく。そして土部屋を見回し、瞑想しているタウノを見て思い出したのか、唐突に話を切り出した。
「隊長、あの二人に関していろいろと分かった事があります」
「……あの二人というと、レオ君とエルザさんですか」
瞑想に入っていたので返事は遅れたが、それでも興味を持ったタウノは目蓋を開いて瞑想を止めると体勢を崩す。
話を聞く気があると分かったキルルキは、自身の荷物から四つに折られた紙を取り出して、書かれた文字を目で追う。
「えぇ、エルザ・アニエッリ。成績は上の下、座学は何れも平均以下、実技は上位。学園でもさまざまな騒動を巻き起こす問題児。現在、学園でも対策を講じているとか」
エルザらしい評判にタウノは内心で笑ってしまい、それを誤魔化す為に表では難しい表情で頷いていた。
「もう一人はレオ・テスティ。こちらは余り目立たない生徒ですね。成績は上の下、座学は平均以上で実技は平均的。特にどうこうという人物ではありませんが、アニエッリの騒動の影にはテスティがいる時もしばしばなようです」
だが、レオに対しての評価は疑問があり、率直に首を傾いだ。確かにレオが直接戦う機会はなく、高レベルの魔法を使ったこともなかったが、それでも戦いに関しては上手さがあったのである。
あれが学生の平均と言われれば、タウノは驚くか首を傾げることしか出来ない。
「それと二人は一年の頃に懸賞の掛かった魔物を倒し、報奨金を受け取っていますね。それで味を占めたのか勘違いしたのか、今回の行動に繋がった可能性もあります」
「レオ君に限ってそれは無いでしょう」
邪推とも言える言葉に対し、即座に首を横に振って否定するが、エルザに関しては何も言わないタウノである。
「どうやら貴方の後輩は将来有望のようですね」
同じ学校に在学し、同じように問題を起こしていたタウノは思わず言葉に詰まる。もちろん、キルルキもそれが分かっている上での発言だった。
タウノは反論しようと口を開くが、言葉を発する前に咳き込んでしまう。
「しかし、彼らの素行を調べてみれば、同行させなかった修院の考えは正しかったようですね」
そんな姿を冷ややかに見ながら、キルルキは呆れたようにため息をこぼして呟く。
咳を抑えるように軽く胸を叩いたタウノは、深呼吸を繰り返し呼吸を落ち着かせる。
「そ、それはある意味そうかもしれません。レオ君達と別れたことで、マリアさんも二人の分までと頑張ってますから」
本意は別のところにあるのだが、二人と再会すること自体をキルルキには伝えてない。なので、そう言って誤魔化すことにしたのである。
真実を語られていないキルルキだが、それに気付くことも怪しむこともなく、特に反応は示さなかった。どちらかと言えば、どうでも良い事と無視したのだろう。
そして、小さく開けられた窓から外を眺める。雲で月が覆われ外からの明かりは無いが、どうやらいつの間にか雨は上がったらしい。
キルルキはそれを確認すると、荷物を手に持って立ち上がる。
「どこへ行くんですか?」
「修院へ連絡を入れてきます」
監視役としての勤めだが、キルルキは特に誤魔化すことはない。最後にレオ達の報告が書かれた紙をタウノに渡し、雨でぬかるんだ外へと出て行った。
即席で創られた土部屋から出たキルルキは、少し離れた森の中で身嗜みを整えると、ここ最近の状況を伝えるために連絡用の水晶を取り出した。
しばらくして水晶に映し出されたのは、キルルキを送り出した修員の一人。ただの近況報告ならば、秘書にでも伝えておけば済む話。だが、キルルキからの連絡は手の空いた修員の誰かが出ることになっていた。
「――以上です。それと別れさせた二人が後を付けている虞もありません」
キルルキは今回の依頼である福祉施設の慰撫の内容。マリア達の鍛え方や成長具合など、個人の視点は排除され事実をそのまま伝えていく。
黙って頷きながら報告を聞いていた修員は、全ての報告が終わると姿勢を正して机の上で手を組む。まるで、これからが本番とでも言いたげに。
『なるほど……それで、あの件はどうなっておる?』
その話題になるとキルルキの表情も自然と引き締まり、軽く周囲に視線を走らせて警戒する。当然人の気配は無い。
なぜなら、周囲には既に符術を用いる東方独自の結界を張っていて、キルルキに気付かせずに進入することは、同じ技術が無いと不可能だからだ。それでも万が一の場合を想定してのことだった。
「はっ、今のところ気付いた様子は見られません」
『そうか、では引き続きたのんだぞ』
短く返事して頭を下げると、水晶は相手側から切られ映像が途切れる。報告の時よりも小さく抑えられた会話は、水晶で向かい合う二人以外に聞かれる事なく、暗がりの中へ消えていった。