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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第四章 『繋がれていく絆』
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第三十九話




 時はルヲーグとライナスの話し合いが終わった頃にまで遡る。


 ルヲーグは依頼を受けた後、研究のことを相談し終えると城を飛び出し、真っ直ぐ北を目指し飛んでいた。

 既に人里離れた場所を飛んでいる上に、姿や気配は消してあるので、よほどの事が無い限り人に見つかる心配はない。


 現在ルヲーグが北を目指している理由は、ラザシールの居場所が「北の方」と聞いたから。情報はそれだけしかない。

 気配を読めば位置は直ぐに分かるとは言え、あまりに大雑把なライナスの言い方に、ルヲーグは少しばかりイラついていたのだ。


 それ故に意趣返しを思いつく。


「ラザシールに王都を襲わせろって言ったけど、魔物が国を襲っても問題ないよね」


 ふっふっふっ、とどこかはっちゃけた笑い声を上げ、ルヲーグは周囲を見回し魔物の居そうな森の中へと入っていく。


 森に入ると魔法の詠唱を行う。唱えているのは人間には理解できない言葉、魔族特有の魔法である。

 詠唱を終えると、向かい合わせた両手の間に黄色い球体が現れた。


 綺麗な球体というより少しざらついた球体。ルヲーグはそれを両手で挟んで押しつぶす。

 すると黄色い球体は胞子の様に細かく飛び散り、さらにルヲーグが両腕を開きながらクルリと回転。粒子を遠くまで飛ばしたのである。


 粒子は遠くにまで流され、魔物達に付着するとそのまま消えてしまう。


「【近くの村を滅ぼしながら南下し、王都を壊滅させろ】」


 そして、城で見た地図から村の位置を思い出しながら、言葉と場所を魔物の脳裏に刻み込ませた。

 粒子を身体に植えつけられた魔物達は一度動きが止まり、言葉を理解すると視線を南を向けて移動を開始する。


「壊滅的な被害で泣きを見ればいいのさっ」


 ルヲーグは同じような事を何度か続けながら北を目指したのだった。






 高い潜在魔力を探しながら北へと進んでいたルヲーグは、その途中でほのかに輝く緑色の煙を見かけた。

 気になって見に行くと、そこには数十人の人たちが集まり、次々と指示されながら何処かへと移動していたのである。


 情報を共有するための拠点と考えたルヲーグだったが、それだと不自然に感じる部分がある。

 それは話を聞いた分隊の十人が、両手足の防具を脱いで一メートルほどの盾を受け取り、移動を始めたことだ。


「んー、もうラザシールを見つけたのかな」


 高い魔力を保有するラザシールだが、それが体外に出るようなことはない。人間で言えば魔闘士と同じように、魔力を闘気に変えているようなものだからだ。

 そして闘気と同じく近くでなら肌で感じ取れるが、離れた場所からそれを感知する技術は今のところ無いのである。だからこそ強靭な力を扱える割りに、ラザシールの発見は難しいのだ。


 ルヲーグはそれでも発見した人海戦術に関心しながら、地図を見て歩く分隊に付いていくことを決めた。


「作戦か何かだろうけど……」


 すると、それほど時間は掛からずに歩みを止める。

 他の分隊は遠くに見えるが、これでは陣形と呼べるようなものではない。離れ離れに一個分隊が固まっているだけである。


 ラザシールが逃げた場合の監視役かと思いきや、その視線は鋭く森を貫き、盾を前面に構えての臨戦態勢。


「確かにあっちの方角に居るっぽい」


 少しの疑問と多くの好奇心を刺激され、ルヲーグは騎士達の視線の先にある森へと向かった。




 森の中は木々が生い茂り、この時間帯では人間なら少し肌寒いと感じるほど。ただ、日の当たりは良いのか、ジメジメとした嫌な感じはしていない。


 そして、狭い範囲に木が重なっている場所で、隠れるように簡易の机を用意して話し合っている集団を発見する。

 あまり大きくない机には、かすかな光を放つ魔道具と地図が広げられ、地図上には大きな駒が一つと、それを囲うように多数の駒が置かれていた。


 机を囲う一人の小さな女性は、ライナスが勝手に喋り捲っていたアイナの特徴と一致する。

 彼女達の様子が気になったルヲーグは、上空で立ち止まると両手で輪を作って覗き見て、聞き耳を立てた。


『アイナ様、第三部隊より伝達です。今のところ赤色の狼煙が見えたのは、三十七分隊より北側とのことです』

『そうですか。では、それより南にいる部隊には第三陣に入るよう指示を』


 机を挟んでアイナの正面に立つ男性が、部下から受け取った紙をかすかな光に近づけて読み上げた。

 彼は第一部隊の隊長、この場ではアイナの次に命令権を持っている。


 それを受けてアイナは次々と指示を出し、それを受ける騎士達も即座に動いてく。


『第二陣が完了したなら作戦を開始します。ラザシールが眠っている今が好機です』


 魔物とは言え、全てが夜行性というわけではない。

 ラザシールも夜になれば眠り、分隊が発見した時は穴を掘って、寝床の準備をしている時だったのである。


「どうやって戦うのかは興味があるけど、それでやられちゃったら約束を守れないなー」


 いつものルヲーグなら、興味が勝ってアイナ達の作戦を見ようとするだろう。しかし今回は事情もあって、黙って待つようなことは出来ない。

 ただそこで、はたと気付く。


「あっ、殺されそうになったら助ければ良いのか」


 良い考えだと笑顔で頷き、音が出ないよう指先を静かに合わせる。


 そう決断すると、余程遅くならない限り作戦の開始を待つ事に決めた。とは言え、近いうちに動きはあると確信しているが……。

 その理由は先ほど見つけた騎士達。ラザシールとの距離が離れていたにも関わらず、既に戦闘状態と言ってもいいほど緊張していたからだ。


『最後の分隊が配置に就きました』

『分かりました。では、始めてください』


 そして、ルヲーグが考えていた通り、それほど時間は掛からずにラザシール討伐の作戦が始まる。


 最初に動いたのはアイナの近くに居た騎士。静かに目蓋を閉じると、魔力を高め呪文を唱えていく。

 ただ、騎士と言っても身体の線が細く、手に杖を持っていることから魔術師なのだろう。


 その魔術師が魔力を高め始めると、足下から線が流れ近くに居た騎士へと繋がる。また、その騎士も魔力を高めることで線は別の騎士へと……。


「なるほど魔法陣ね」


 上空から見ていたルヲーグは、その線が次々と繋がり魔法陣を描いていることに気付いた。

 簡易術印で使用する魔力のある道具の代わりを、人間が行っているのである。


『結界発動します』


 あっという間に魔力は大地を駆け巡り、巨大な結界を発動させる。結界の外から見れば、薄青色の膜に覆われている状態。

 ルヲーグは周囲を見回した後、手を見つめて握ったり開いたりを繰り返す。


「ちょっと重いかな」


 破邪の結界と呼ばれるこの結果は、魔者の動きを鈍らせる事が出来るのだ。

 しかし、発動するのに必要な魔力の量や、効果が強くなるのに時間が掛かる不便な結界なのである。また、結界の広さによっても効果が薄くなり、今発動しているのは十数キロを覆うほどに巨大。


 これではルヲーグが呟いた通り、身体が少し重く感じる程度で動き自体に影響は無い。

 ラザシールも身体に感じた異変で目を覚ますが、起き上がるようなことはなく、周囲を見回しているだけであった。


 ただ、これは作戦通り。

 ルヲーグは結界が張られたのを知っているから、効果をよく感じることが出来ているが、普通なら少し疲れてると思う程度でしかない。


『縮進開始っ』


 アイナの声と共に魔法陣の色が赤に変わる。魔力には人それぞれの色があり、始点となる人物を変えることで、魔法陣の色を変えたのだ。

 これを合図に騎士達は訓練された通りに、決められた歩幅で歩みを進めた。その歩幅は身体に刻み込まれ、一歩一歩を確認しながらの歩みではなく普通に歩く速さ。


 今、アイナ達がやっているのは結界の縮小。結界が広くなれば効果は薄くなる、つまり狭くなれば効果は高くなるのだ。

 通常ならば狭い状態で発動させるが、今回の場合は広範囲に広がった騎士を使って発動。

 そのまま結界が本領を発揮できる時間を稼ぎつつ、兵士を集めながら範囲を狭めるという手法を取ったのである。


 それに加え徐々に負荷をかけることで、ラザシールに気付かれ難くする意味も有った。


『では、第一陣は時期を見て戦闘を開始します。逃げられないよう警戒していてください』

『はっ』


 いつでも戦闘に移れるよう、アイナも机に立てかけておいた剣を持つ。ただ、その剣は非常に長い。

 刀身だけでもアイナの肩ほどまであり、柄も含めれば身長すらも超えていた。しかし、その細くて長い長剣を危なげなく扱っている。


 そして、他の騎士達も武器を抜刀した状態で構え、二百メートルほど先で眠っているラザシールから視線を逸らさず、警戒を強めた。


「へぇー、面白いことするんだね……でも」


 作戦の内容を見たルヲーグは、思わず感心して笑みが零れる。だが当初の予定通り、ラザシールに王都を襲わせるための作業へと移った。


 アイナ達はラザシールに見つからないよう、木々に隠れて様子を見ている。それは、相手に見つかれば一気に距離を詰められ、確実に先手を取られてしまうからだ。

 だからこそ、ルヲーグはそれを邪魔するように、地表近くから魔弾を放つ。当然、標的はラザシールである。


『なっ、誰が撃ったッ』


 大柄な騎士が野太い声で叫んだ中、攻撃を受けたラザシールが立ち上がり、怒りの唸り声を上げて前足で地面を掻く。


 ルヲーグとしても、姿を見せてアイナに同情の言葉を掛けてあげたかった。ライナスの実状は伝えられないが、それでも同じ相手で苦労するのなら、一言でも言葉を掛けてあげたかったのだ。

 しかし、以前にダナトから余り目立つなと言われた以上、今回の騒動はラザシールが暴れた事で終わらせるつもりであり、優先するのは当然そちらだった。


 ルヲーグは騎士をぶっ飛ばして暴れ回るラザシールに、先ほどと同じく黄色い球体を放って、同じ言葉を脳裏に刻み込ませる。


「これでボクの役目は終わりかな。さーて、帰って研究の続きでもしよっと」


 一仕事を終えたルヲーグは大きく伸びをすると、王都襲撃の結果を見届ける事無く帰る事に決めた。

 なぜなら襲撃が成功してもライナスが喜ぶだけで、失敗した場合は悔しがる顔を見たくもあるが、口車に乗せられて次の作戦の手伝いをやらされる可能性があるからだ。


 ルヲーグは最後にもう一度、苦労仲間(アイナ)に視線を送ると胸元で両手を握り締める。


「頑張れ、シアンなんかに負けるなー」


 冗談を言ってるように見えない表情でそう応援すると、誰に気付かれること無く立ち去った。



 ◇



 破邪の結界を張る事に成功したとは言え、広大な範囲で発動しただけで、魔者に対しての効力は薄い。

 ラザシールの動きもそれほど違いは無いと考えられ、今は少しでも息を殺しながら気配を消し、緊迫する中で監視をしている状態だ。


 そんな状態だからこそ、突然の魔弾に驚き声を荒げてしまったのは、ある意味仕方の無いことかもしれない。


「なっ、誰が撃ったッ」


 そして、その声にラザシールが反応。立ち上がったかと思うと、百メートルはあった距離を一瞬で縮める。

 大柄な騎士との間にあった木々を倒しながらの突進。元居た場所には寝床以外にも穴が開き、それはラザシールの踏み込みによって出来た穴だった。


「はや――」


 構えていた盾は一回の突撃を受けて役目を終え、折れ曲がった盾と共に騎士は軽々と吹っ飛ばされる。

 第二陣が胸以外の鎧を脱いでいたのも、音を立てない以外にも余り意味がないからであった。だからこそ結界の縮小を早めるために、身軽になった方が良いと考えたのだ。


「グググウウゥゥゥォォ」

「怯むなっ、全員でか――」

「むざむざ殺されて――」


 寝ているところを襲われて機嫌が悪いのか、ラザシールは最初に吹っ飛ばした騎士の近くに居る騎士達にも、突撃や体当たり、踏みつけや投擲など好き勝手に暴れながら北へと進んでいく。

 南側に陣取っていたアイナでは、命令を出したところで直ぐに届きはしない。


「くっ、陣形を立て直してっ。北側(あちら)から逃げないよう、第三陣から増援を――」


 それでも逃げられないよう次善の手を講じる。

 北の第一陣が抜けられるのは最早必至。そう考えていたアイナだったが、ラザシールは突然その動きを止めた。


「今だッ」

「ウオオォォォーーー」


 何が起こったのかは分からないが、それを好機と捉えた騎士達が一斉に飛び掛る。ただ、動きが止まったのは本の一瞬、騎士達が己の武器を振るう前に再び動き出す。


 周りを囲まれて襲われているのが分かると、誰を狙う事無く突進して包囲を抜ける。そして、そのまま北へ……は向かわず振り返った。


「第二陣は縮進速度を速めてっ、第三陣は被害の大きい場所から増援をッ」


 ラザシールが北側に向かった以上、アイナとの距離は最初よりも離れてしまったが、アイナは気の使い手として優秀である。


 指示を出した直後に駆け出すと、大地を蹴る度に深く足跡を残しながら進み、長剣を構えたまま一気に距離を詰める。

 だが、走り出したのはアイナだけではなかった。ラザシールもほぼ同時期に駆け出し、アイナとの距離を一気に縮めたのだ。


 しかし、二人の視線が絡むことは無く、ラザシールが向ける視線の先は森の向こう。南方でしかなかった。


「くぅっのッ」


 自身に向かってくるならまだしも、横を通り抜けようとすることで剣を振るう間がずれる。

 しかし、咄嗟に横に跳び距離を縮めて長剣を振るい、勢いで弾かれそうになる剣を力で押さえ込む。


「ガオオォォ」


 無理な体勢で剣を振るったことで、不恰好に地面を転がり反撃に対して身構えるが、力負けすることなくラザシール右前足の付け根を斬った。

 ただ傷を負わせたとは言え、血は最初に噴出した程度で直ぐに収まり、少し不自然ではあるが駆けることは可能だった。ラザシールはそのまま南へと走り去る。


「ラザシールの南下を最警戒で伝達っ。私はシンカイで後を追いますっ」


 これにはアイナも可愛らしい顔を歪めると、大声で指示を出して愛馬が来るまでに水を飲んで、呼吸と気を整える。

 そして、机の側に置かれた棒状の物を取ると、長剣から鍔を外して柄頭に噛み合わせ捻った。これで長剣は矛へと変わる。


「確かに奴は南に向かいましたが、そのまま南下するのでしょうか?」


 アイナが武器の具合を確かめていると、第一部隊の隊長が近寄って小声で話しかけてきた。


「あの時のラザシールは普通ではありませんでした。眼前の敵を蹴散らしていたのが一転、南方だけを見てこちらを無視したのは、そちらに何らかの目的があるからでしょう」

「確かに……ここより南方と言いますと、王都ですか」


 それ以外特に思い当たらない部隊長はそう言うが、目的が何か分かるはずもないアイナは首を振る。


「それは答えかねますね。ラザシールにでも聞いてください」

「アイナ様、シンカイをお連れしました」


 そして、一頭の馬が騎士に連れられてアイナの前にやってきた。

 アイナの愛馬、シンカイである。


 黒く見えるほど深い青色の毛色で、かすかな光を反射する艶やかな毛並み。その身体はアイナと比較してのことではなく、普通の馬と比べても大きい。

 ラザシールと比較すれば脆弱に見えるほど細く小さいが、筋肉は全身に無駄なく付いていて、それが一回り大きく見える要因だろう。


 そしてアイナの前に来ると、自然と身体を屈めた。

 身体の小さいアイナが乗りやすいよう屈み、アイナが矛を手に持って鞍に跨ると立ち上がる。

 シンカイは非常に頭が良く、足が速く力強い。そしてなにより、アイナとの相性が良い馬なのだ。


「私はラザシールを追いますので、第一陣の指揮は部隊長に任せます。第二陣はそのまま南下、第三陣も南へ向かわせて下さい」

「了解しました。御武運を」


 伝えるべきことは伝え、後はラザシールを追いかけるだけだが、アイナは直ぐに走り出すことはしなかった。


 静かに目蓋を閉じると、己の気をシンカイに与えていく。

 これは気による補助の技。闘気は術者本人に凄まじい力を与えるが、気はその力を他人に分け与えることが出来るのだ。


「駆けなさい、シンカイっ」


 横っ腹を叩く合図を受けて、シンカイは己の力以上のものを発揮して大地を駆ける。

 木々を避けるよう馬を操り、乗り手の意図を瞬時に理解する二人の姿は、正に人馬一体。

 アイナは愛馬と共に、南下するラザシールの後を追った。






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