第三話
結局二人が店を出たのは、エルザがお代わりたケーキを食べ終わってからだった。
その頃にはマリア達の大広場でのお披露目は終わったらしく、そちらから移動している人の波。これからマリア達が街から出たのか、それともまだ街にいるのか探さなければならないのだが、歩く二人の表情に焦りの色は無い。
何故なら街で話してる人たちは大抵巫女の話をしているので、見かけた場所を聞いていけば今居る場所が大体分かるからだ。
「あれがそうじゃないのか」
レオが示した場所には人だかりがあった。そして一人一人と輪から離れていき、最後の女性たちが嬉しそうに笑いながら離れていく。
その中心に居たのは、やはりというか大地の巫女であるマリアの姿。
「あれなら大丈夫そうかな。よ~し、ESS(エルザちゃんの素晴らしい作戦)の発動だーーッ」
離れていく女性たちを見つめるマリアの横顔に何かを感じたのか、エルザは一人納得して笑みを零すと、ドタドタと足音を立ててマリアに向かって突進。
レオもエルザが何かミスした時の事を考えながら、遅れないようにと小走りでその後を追おうとした。
だが、その時何かに気付いたのか足を止め、暫らくその場で立ち竦んでいたかと思うと、次にしゃがんで懐から取り出した白い棒で地面に何かを書き始める。魔術に用いられる魔法陣のようにも見えるが、その周囲に書かれた文字は読み取れない。
「さて、気付くかな」
レオはそう呟くと今度こそエルザの後を追って走り出した。
「こんにちはーー、エルザ・アニエッリでーーす」
エルザは一直線にマリアの元にやって来ると、その小さな手を両手で握ると大きく上下に揺さぶる。それを見つめるイーリスたちの視線が厳しいのは妙に馴れ馴れしいからなのか……。
そして、マリア以外の人とも握手を交わし、天気の話を始めた頃にレオがやってきた。
「本当に晴れてよかったですね。んで、こっちは私のお供をしてんがっ」
「レオ・テスティです」
レオを紹介しようとしたエルザだが、途中お笑い根性を見せたことでレオに髪を引っ張られ退場することになった。
痛みで頭を抱えるエルザを無視してレオはマリアたちと握手を交わす。
だが、マリアたちはいきなりの展開に驚きと唖然と呆れなどが混ざった表情をしている。いや、グウィードだけが一人面白そうに笑っていた。
「ちょっと~、もし禿げちゃったらどうすんのさ」
「いや、オマエなら大丈夫だ。細かいことを気にしない大胆な性格、くだらないと思えば頭を切り替えて、過ぎ去ったことは振り返らないオマエなら」
引っ張られて崩れた髪型を直しながらエルザが文句を言うが、レオは特に気にすることなくそう言って頭を軽く叩く。
レオをよく知らないマリアたちは文字通りに受け取っただろうが、そこは前世からの間柄、エルザは言葉の裏に隠された真理を見事に言い当てた。
「何か『精神が図太くて、気になることしか考えない鳥頭』って聞こえるのは気のせい?」
ジト眼でレオを睨みつけるエルザだが、今まで唖然としてこのコントを見守っていたマリアたちも我慢の限界がきたらしい。
「フフフ」
一般市民の前で自然に笑うのは何年振りだろうか、イーリスがそう思うほど珍しいことにマリアが笑い声を上げる。
当然それは喜ばしい出来事であり、グウィードは元よりイーリスやタウノにも笑いが広がり始めた。
「あぁ、やっと笑ってくれましたね~」
だが、エルザの一言で全員が一瞬、不思議そうな表情を浮かべる。何故なら、先程握手をしていた時にも笑顔を浮かべていたはずだから。
「何ていうか、先のは無理してるって感じ?」
そう聞いたマリアは目を見開き地面に視線を向けた。
確かに、エルザと握手した時に浮かべていた笑顔は、ハッキリ言えば仮面の様な偽者の笑顔。今までイーリスたち以外でその仮面を見抜かれたことは無かったが、それが一般市民のエルザに知られようとしている。
エルザに対する後ろ暗さ、そして今までの巫女としてのモノが崩れるかもしれない。そんな思いからマリアは、一瞬ではあるが視線を伏せてしまったのだ。
そして、そんなマリアの心情がイーリスたちは手に取るように分かった。
だからこそ俯くマリアの姿を見ないように、イーリスたちは視線を外して同じように俯くか、空を眺めてしまう。
その為、一瞬エルザがニヤッと嫌らしい笑みを浮かべたのを、隣に居るレオしか見ることが出来なかった。
「さっ、今度はこっちが自己紹介する番だな」
少しの間を開けて空気を変えるように話題を振ったのは、やはり年長のグウィード。
大きく一歩レオ達に近づくと、人懐っこそうな笑顔を浮かべて力強く胸を叩く。
「俺はグウィード・セラーノ、近衛師団の副団長をしてる。得物で分かるだろうが、バリバリの前衛の剣士で、属性は火。ランクはMだ」
「すっご~い、マスターランク何て初めて見ました」
グウィードのランクを聞いてエルザが驚きの声を上げ、尊敬の眼差しを向ける。
Mランクとはギルドが与える最高位のランクだ。世界中でも両手で数えるほどしかおらず、それも当然で昇格試験はS+の前衛と後衛二人組みに勝つこと。
大地の近衛師団最強は当然と言えるだろう。
ちなみにギルドとは、国際連合によって設立された仕事の紹介所のような所で、魔物の討伐から資料整理など多岐に亘る依頼を受ける事ができる。国連加盟国で戸籍のある人物は、生まれてすぐギルドからFランクのギルドカードをもらい、以後は身分証として使うことになるのだ。
そして、ランクとはその人がどれほどの仕事をこなせるのか、という指針。一般人のFから始まりE~Sの±と名誉ランクのM。
ただ、ギルド結成時はAが最高位だったが、それよりも強い人が現れS、そして今現在ではMが最高位になったと伝わっていて、そのうちそれ以上も出てくるのではとの憶測も流れている。
「次は僕ですね。僕はタウノ・ホルマ。属性は水、ランクはS+の魔術師で……」
「知ってますよ~、タウノさんですよね。私たちクロノセイドの生徒なんですよ~、せ・ん・ぱ・い」
タウノはエルザたちが在籍する学園、クロノセイドの卒業生。その中でも近年一の出世頭として学園でも話題になっている。だが、話題になるということは、それだけ在籍中の話にも事欠かない訳で……。
エルザの眼はそれらを知っている、と口以上に語っていた。タウノも素行の悪い問題児だった訳では無いが、それでも色々と問題を起こしたのも事実。
「そ、そんな事よりも、次はイーリスさんの番ですよ」
なので次のイーリスを促した。
これには一瞬ムッとしたエルザだが、後日色々とネタで揺さぶってやる、と今は素直に引くことにする。
これでタウノが『魔法の練習用人形ごと校舎の一部を破壊した』ことや『雷魔法の操作に失敗してクラスメート全員を痺れさせた』という逸話は、また今度ということになった。
「私はイーリス・ネルンスト、近衛師団の団長をやっている。グウィードは両親の亡くなった私を引き取って育ててくれ、養子縁組はしていないが普段は父上と呼んでいる。属性は土でランクはS、魔法剣士だ」
両親が亡くなった、という言葉にどう対応しようかと一瞬悩んだ二人だったが、イーリス本人が気にしてる様子もなかったので、特に触れることなく頷いた。
「最後は私ですね。私はマリア・ワイズ・エレット、大地の巫女をやっています。正規のランクは頂いてませんので、ランクはありません。大地の巫女で戦い方は魔術師に属します」
暖かい笑顔を浮かべて挨拶をするマリアのランクはなし。一般人ですら生後すぐにFランクでギルドからカードが交付される事を考えれば、不思議に思うかもしれない。
しかし、巫女のランク付けを人間がするようなことはどうか、という観念から『ランクなし』となっているのだ。
「じゃあ今度はこっちの番だね。私はエルザ・アニエッリ。属性は風でランクはB-、そして何と魔闘士だったりしま~す」
マリアたちの番が終わったとことで、次はエルザが片手を上げながら自己紹介をしたのだが、エルザが魔闘士ということを聞いて、マリアたちは驚いたり感心の声を上げる。
魔闘士とは体内の魔力と気の二つを『練り上げ』と呼ばれる方法で、闘気というまったく別の力に変えて戦う為、その感覚が分からないとなれず、努力よりも才能を必要とするのだ。
「レオ・テスティ、風属性の魔法剣士でランクはC+です」
魔闘士で驚いてる内に、とでも思ったのか、最後のレオは必要最低限のことだけを話すだけだった。
あれからしばらくレオたちは話し込んでいた。主に話していたのはエルザで、それをマリアとイーリスが楽しそうに聞き、男性陣は壁に寄りかかって聞いているという状態だ。
マリアは巫女と関わりのない、同じ年頃の友達が少ないということもあって、更にはマリア個人を見てくれる二人を気に入っていたし、それはイーリスたちも同じ気持ちである。
「ところで、レオさんたちは何故ここへ? 今の時期、学園は休みじゃないですし、ギルドの仕事ですか?」
ふと疑問に思ったのか、学校の先輩であるタウノが尋ねてきた。
レオたちの在籍するクロノセイドは実戦第一を主に置いている。その為、ある程度ならギルドの仕事で休んでも、単位に影響が出ないようになっていて、仕事で外に出ている学生は結構多い。
だからタウノがそう思っても仕方なかった。
「イヤイヤ、ちょっと休学出して中央にあるお城までバカンスしにね」
「邪魔な奴が居るだろうから、追い払う必要はあるだろうけどな」
中央の城、邪魔な奴を追い払う……マリアたちはその言い方にハッと息を呑むが、それは自分たちが必要以上に過敏になっているだけなのかもしれない、と気持ちを落ち着かせようとした。
だが、エルザの一言で全てが繋がる。
「そういや、マリアも同じ場所目指すんだっけ」
「ま、待って下さい。エルザさん、何を言ってるんですかっ」
普段では考えられない程に声を荒げるマリア。
邪魔な奴とは魔王のこと、そして中央の城とは各地にある聖大神殿のほぼ中央に現れる魔王の城。あまりに無謀なエルザたちの行動に心配し、怒りを感じてるのだ。
「そうだ、そういうことは私たちに任せてだな」
イーリスも声を荒げはしないがマリアと同意見で、冷静な眼差しがレオとエルザを貫く。
しかし、この発言にエルザは食い付いた。
「そう、それが可笑しいと思った訳よ」
そしてマリアたちの方に一歩踏み込む。
「魔王の出現に憂えているのは皆同じはずでしょ。それが魔王討伐は巫女さんたちに任せて、自分は祝賀会の酒代を心配ってのは違うはずよ。それにマリアには悪いけど、巫女って言っても無敵でも最強でもないんだし、魔王に負けるかもしれない……私たちと同じ人間なんだから」
そう言われマリアは口を歪めて俯いてしまう。それはエルザの発言が、自身が出立の儀の時に思っていたことと同じだからだ。
出立の儀の時にマリアが嫌悪を感じた人達は魔王の出現を『他人事』のように思い、エルザは『自分の事』だと認識している。「自分と同じ気持ちの人が現れた」普通ならばそれで嬉しいはずなのだが、感情がそれを否定する。
マリアは初めて自分の考えと感情の間で揺れていた。
「二百年前の巫女も亡くなったしな」
「ええ、魔王を滅ぼしてね」
挑発するようにレオが口を開き、エルザもそれに嫌味ったらしい笑みをプラスして返す。
意気消沈するマリアたちとは違い、こちらは色々と盛り上がってるようだ。
「命を落とすかもしれないんですよ、死ぬんですよっ」
「分かってるわよそれぐらい。本当に、これは冗談じゃないのマリア」
「……っ」
エルザはマリアの両肩に手を置き、真正面から決意の眼差しを向ける。エルザとて巫女の近くにいれば、命を落とす可能性がある事は当然理解している。そこに嘘や偽り演技はない。
「エルザさんの言いたいことは分かります。でも……もう一度、もう一度考え直してくれませんか。魔王は私たちが倒しますからっ」
目に涙を浮かべるほど必死なマリア。それは、同年代で出来た一般人での初めての友達であり、出会って直ぐに自分の地をさらけ出せる雰囲気を持つ二人をむざむざ殺させたくないからであった。
だが、エルザはそんなマリアの視線から逃れるように背を向ける。
「マリア……。もしね、マリアたちが一緒で戦う力も持ってて、それで同じこと言われたら納得して諦める? もちろん巫女云々は抜きにしてね」
答えは直ぐに浮かぶ、納得できないであろう。
もしマリアが巫女でなくとも、イーリスやタウノ、グウィードが傍にいて一緒に戦えるのなら、大事な人たちを守るために戦うだろうし、そもそもそう思えない人は巫女に選ばれないのだ。
自分のことを理解してくれるエルザに嬉しさを感じるものの、それは「諦めるつもりは無い」と言われたのと同じ。
「じゃ、じゃあ私たちと一緒に来ませんかっ」
その言葉に振り返ったエルザは驚きから目を見開いている。
また、イーリスたちも同様に驚いていた、これほど我が儘を言うマリアは初めてではなかろうか、と。それだけ二人を大事にしたい証なのだろうが、その意見に反対したのはエルザたちの先輩タウノだった。
「ま、待って下さい。僕たちは魔王の討伐を任されてるんですよ。エルザさんたちは足手まといになります」
まだ学生である二人、ランク、力量など色々と考えた結果、タウノは二人を足手まといだと判定した。そして、そう言われればマリアの混乱してしまっていた頭も冷える。自分たちの仕事は一個人の感情で失敗してはいけないのだ。
「私は……賛成だ」
しかし、思わぬ所からマリアに援護が来た。こういった事に一番厳しいはずのイーリスである。
イーリスはマリアに甘いところがあるが、命の掛かるような重要な決定ではそんなところは見せていない。タウノを始め、一番驚いてるのはマリア自身ではなかろうか。
「確かにレオたちは足手まといになるだろうが、徒歩移動の事を考えればマリアも素人同然。戦闘には参加させず、付き人だと思えばいい。それに、もしレオたちが別れて勝手に魔城を目指したら、マリアも二人の事が気がかりになるかもしれないからな」
自分でもそうなるだろうと予想出来たのか、マリアは恥ずかしそうに頬を染める。
だが、その表情は困惑していた。イーリスが賛同してくれた事は嬉しいが、本当に魔王討伐という任務に素人を入れて良いのか。確かに戦わせなければ、だが何が起こるか分からないのが戦場。頭の中で色々なことが浮ぶ。
そんな中で自然と向けられる眼差しの先には、経験実績と一番頼りになる年長者グウィード。
「はははっ、こりゃ決まりだな。巫女であるマリアと団長のイーリスが許可したんだ、俺たちがどうこう言っても仕方ねぇ。それに、タウノもこのまま別れたら心配はするだろ?」
「それは、まあ後輩に当たる訳ですし」
そこには大笑いをしながらマリアにウインクを送るグウィードの姿。
タウノとしてもレオたちがどうなってもいい、と思ってる訳ではない。ただ、一刻も早く魔王を退治して、普通の安心して暮らせる平和な世界に戻したいだけなのだ。
これで仲間たちの了解は得た。マリアは何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けると、エルザに真剣な眼差しを送る。
「エルザさん、もう一度言います。私たちと一緒に来ませんか……いえ、来て下さい」
右手を差し出してぎゅっと目を瞑る。その差し出された手は緊張からか小刻みに震えていた。そんなマリアを見つめていたエルザは、肩の力を抜き一つ息を零してマリアに近づく。
「マリアとも友達になれたし、私も死にたい訳じゃないから。足手まといかもしれないけど、これからよろしくね」
そして差し出された右手を握り返す。
握り返された瞬間にマリアは勢いよく顔を上げ、途端にその瞳が潤みだしてきた。
「良かった……私、わたしぃ」
そして遂に泣き出してしまう。
それはエルザの返事を待っている間に自分の我が侭をエルザが迷惑に感じているのではないか、友達になれると思っているのは自分だけだろうか、など様々な思考が頭を廻っていたから。
だが、マリアが何故泣き出したのか分からないエルザは、あわてた様子でマリアを抱きしめて髪をそっと撫でてやる。そして周囲に助けを求めるが、グウィードたちはその光景を微笑ましく見ていて、レオは明後日の方角に視線をやって無視。
太陽の光がきつくなり始めた午後、静かな路地の片隅でマリアの泣き声と、必死に泣き止まそうとするエルザの声が響いていた。