第三十八話
シリーズに『話の内容』を追加しました。これは各話の内容を箇条書きしたもので、全体の話の流れを見たい時や、読みたい話を探す時にでも使ってください。
村の防衛力を高めるため、レオは柵を飛び越えて点々とアースシールドを作っていた。標魔石を地面に置き、そこを基点に発動することで、一度に五つは作れるのだ。
時間的な問題で遠くまでは行けず、強度としても今一つだが、魔物の進路妨害と目印のためである。
ある程度で作業を切り上げて村に戻ってくると、そこには弓などで武装している男連中三十人ほど集まり、防衛のための準備を行っていた。
魔物の攻めてくる北側を中心に松明を立て、火を灯すことで闇夜を赤々と照らし出す。
また、柵からはピッチフォークが刃を外に向けて並べられ、紐で結ばれた取っ手の先端部分は地面に埋められていた。他にもつっかえ棒やお鍋など、各自が使えると思ったものが無造作に置かれている。
そんな中、既に闘気を纏い臨戦態勢のエルザがレオに近付いてきた。
「準備は終わったみたいだね」
「ああ、そうだな」
そう答えたレオが周りを見回せば、既に村人達も戦闘準備が終わり、一部の人達は屋根の上や木の上での足場を調整している。
そんな二人に地上に居る部隊から、エルザの警鐘に気付いた目付きの鋭い老人が近付いてきた。手には腕ほどの太さと長さほどの弓を持ち、腰には長い鉈を着けている。
よく見れば他の男性陣もほぼ同じような格好で、違いといえば鉈の代わりに斧だったりと、この村では狩猟時にはこの武装のようだ。
「魔物の襲撃を教えてくれてありがとう。ワシは狩猟隊のリーダーを務めるムライヨだ」
「レオと言います。それより、避難はしないのですか?」
「ああ、まだ女子供の避難が終わって無くてな。それに、何もせずタダでやられるというのもワシ等は納得がいかん」
獰猛な笑みを浮かべて、弓を握る手に力が入り弓が軋む。
しかし、再びレオ達を見る時にはその笑みは消え、村の中央に向かって指差した。
「それより、君らも仲間の商人と同じように、村長の家に避難しなさい。そこも安全とは言いがたいが、ここよりは安全だろう」
「はい、分かりました……って言えるわけないですよ。私達、ここが今日の寝床なんですからー」
「それに村長から分けてもらったスープの鍋を返す必要もあります」
借りた鍋は持ってきた鍋と勘違いされたのか、今は何処に行ったかも分からない。
それは事実な冗談だが、二人が本気でこの場に残ると言っていることをムライヨは感じ取った。
「ならば好きにするが良い。もし無茶をしても放っておくぞ」
「分かってます」
「当然っ」
二人の決意に負けたのか、ムライヨは渋々ながら戦う事を了承する。
そして、ムライヨがその場を離れるよりも早く、屋根に上った一人が大声で敵の接近を知らせた。
「ムライヨ、お客さんだっ」
「いよいよか……弓隊の指示はそっちに任せたっ」
ムライヨより少し若く見える男性は、弓を軽く掲げて見せることで返事をし、慣れた様子で指示を出しながら弓隊に構えさせる。
それと同じく地上部隊も柵の近くで隊列を整えると、弓を構えて目標に狙いを付けた。
「放てッ」
「……放てッ」
先に弓隊が矢を放ち、少しの間を取って地上部隊が矢を放つ。
目標は光。強い光を持続させることは無理だが、微かに光る程度ならばライトを掛けた標魔石でも可能。アースシールドの上に置いたそれが、動いたり消えたりしている辺りに魔物は居るのだ。
「旅の少年がわざわざ射殺せるよう作ったんだ、遠慮なく数を減らせよっ」
それに加えてレオが作ったのは、人の膝少し上辺りのアースシールド。これは魔物を助ける防御壁にならないようにする為である。
また、高さが無い代わりに分厚くして壊れ難く作り、百メートルまでは十メートル間隔、それより近くなれば五メートル間隔にすることで、魔物との距離を分かりやすくしたのだ。
「予備の弓はあるが、エルザは扱えるか?」
魔物たちの叫び声が響く中、レオは予備として置かれていた弓を手にとってエルザに見せる。当然ながら、レオは片手が使えないので弓を射ることは出来ない。
そして聞かれたエルザはと言うと、両手を腰に当てて大きく胸を反らせた。
「ふふふっ、せ、接近戦のスペシャリストは近接武器を選ばないってところをぉぉーーー」
「適当にレンガか木でも投げとけ」
胸を反らせたエルザだが、その表情は少々引きつっていた。
実はエルザと弓の相性は良くないのだ。投擲なら標的に当てることが出来ても、弓を使えば弦が切れたり、矢が上に飛んだり地面に刺さったりなど様々。
不器用という訳でもないので、やはり相性が悪いとしか言いようがない。
エルザはレオに言われた通り、レンガを砕いて手ごろな大きさにすると、アースシールドを壊さないように気を付け、魔物には特に狙いをつけず投げ続けた。
「ふっ、はっ、とぉっ……で、レオは落とし穴とか作れないの?」
「まあこの短時間で、多くの魔物が這い出せないようなのは無理だ。コバレノ討伐の時は、ダル爺さんが居たからこそ出来たやり方だな」
そしてレオは魔法の詠唱に入るが、それは攻撃魔法ではない。
今はアースシールドで足止めをしている最中であり、それを壊す可能性のある魔法を使うような時ではないのだ。
レオは手に持っていた標魔石をエルザに渡し投げさせる。
「――ライト」
行うのは発光による敵の目晦ましと味方の視覚補助である。
その輝きが見せたのは、矢が刺さり息絶えた魔物やアースシールドでもたつき、後ろから来た魔物に押し潰される様子であった。
「遊撃隊、作戦を開始します」
「分かった。お前ら狙わなくても良い、撃ちまくれッ」
馬に乗った伝令が到着し、最初からこの場に居なかった十人ほどの遊撃隊が、作戦を開始することを告げる。
その伝令が到着した後、魔物の横手から派手に魔法を打ち込む光が見え、それに併せるように弓隊、地上部隊が矢を射る速度を上げた。
狩りの時、遊撃隊の役割は獲物を釣ることであり、今現在の役割は魔物に対しての囮。
地味に厚い壁と派手で散発な横槍。これで少しでも魔物を引きつけ、敵の攻撃を散発にして時間を稼ぐ……そう、考えていたのである。
「……無駄か」
だが、魔物は遊撃隊の横槍など目もくれず、ただひたすら村を目指していた。
想定していた通りにならなかったが、ムライヨは一度鼻息を荒くするだけで、悲観に暮れることは無い。そういう時間も無ければ、そんな姿を仲間に見せるわけにはいかないからだ。
「村を滅ぼすのが狙いだろうか」
「さて、な。それだと村長の家も安全とは言えなくなるが……」
矢を放ちながらの会話。その表情からは焦った様子は見られない。
しかし、当初はかなりあった弓矢も数を減らし、今は矢尻や矢羽の付いてない物を混ぜながら放つ状態である。
「遊撃隊はどうしますか?」
「釣れないのなら、横手から数を減らしておけば良い。逃げ時を見誤らないよう伝えてくれ」
その命令に大きな声で返事をすると、伝令は仲間達の下へと駆け出していく。それとは逆に今までこの戦場に居なかった人物が、レオ達に近付いてきた。
「じょ、状況はどうなってるんだい?」
それは村長の家に避難していたはずのジャンニだった。
額からは止め処なく汗が流れ、顔色が悪く見えるのは周囲が暗いせいではないだろう。魔物の雄叫びが上がるたびに身体をビクつかせている。
「ちょっと悪いかな。相手の押しが強いのもそうだけど、矢が少なくなってるっぽい」
周囲を見渡せば、節約のために残った矢を弓隊に渡し、エルザ同様砕いたレンガを投げている人達もいた。
ただ、柵を飛び越えて距離を縮めて投げているが、エルザほど効果があるとは思えない。
「ジャンニさんは何しに来たんだ?」
「ぼ、僕は商品を……」
そう言って荷台を探すように視線を走らせる。荷台のあった場所は松明から少し離れていて、薄暗くなっているが直ぐに見つかった。
そして、ジャンニが思っていた通りの状況に、両手を握り締めて決意の眼差しで荷台を貫きながら頷く。
「武器を皆に使ってもらえればと思ったんだ」
柵の側には荷物が積まれ、荷台には盾が立てかけたまま。防衛の準備で忙しく、全く触られていない荷物がそこにはあった。
レオとエルザも荷台から降ろしたことを思い出すが、それらは売り物である。しかも品質の良い物を揃えているジャンニの店では、それを無料で差し出せばかなりの損失になるだろう。
「壊れるかもしれないが、本当に良いのか?」
「もちろん。僕には君達みたいに直接戦うことは出来ないからね」
レオの言葉にも全く動じる気配は無い。
その決意を見てエルザは満面の笑顔で頷き、両掌に付いた砂を叩いて落とす。
「よしっ、じゃあさっさと使える武器を運んじゃおう」
その言葉を合図に三人は荷台へと駆け寄り、先ずは荷台にある盾や剣。それに箱の中に入れられた大量の矢を外に出す。
「矢は消耗品だから、結構売れるんだ」
「さすがっ、偉いっ、この行商人っ」
エルザの褒め言葉に、ようやくジャンニも固まった顔が綻んだ。
そして三人は武器防具を並べ、矢を狩猟隊の人達に渡していく。
「ジャンニさんが商品を分けてくれました。皆さん頑張りましょーう」
「剣や盾は柵の近くに並べておきます。使いたかったら取っていってください」
少しでも良く覚えてもらおうと、エルザはわざわざジャンニの名前を言いながら矢を渡し、受け取る面々はジャンニに礼を言って受け取る。
また、狩猟隊もこのままでは拙いと気付いていた中での補給は士気を高め、その雰囲気を感じたジャンニは精力的に動き出す。
「次は木を削って矢とか杭を作ってくるよ。今にも飛び出しそうだった、お爺さん達も喜んで手伝ってくれるだろうし」
「それなら母ちゃん達に飯を作ってくれるよう伝えてくれ。片手で簡単に食べられる奴」
「分かりましたっ」
ジャンニは適当に置かれたつっかえ棒などを集めると、両腕で抱えるように持って村長の家へと走る。
今にも転びそうで移動も速くないが、ジャンニなりにやれる事を考えて一所懸命に行う。前線で戦うだけが戦の全てではなかった。
◇
魔物の襲撃を察知してから、既に二時間近く経っている。これまでに倒した魔物の数は、明らかに百体を超えていた。
レオ達が当初目撃した後ろからも魔物の群れは続いていて、今も後から後から増援が続いているのである。
また、村との距離はもう百メートルを切り、五メートル間隔に設置されたアースシールドも幾つか壊されていた。
「退却か攻勢か。どうするムライヨ?」
今のまま矢を射続けてもジリ貧でしかない。
この後の行動は二つに絞られていて、魔法を使う事までは決まっている。その後で柵を飛び越えて攻めに入るか、村長の家に避難するのかである。
避難を開始するのであれば、そろそろ行動に移らなければならない。そう考えていたムライヨの耳に、村の中央から近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。
先ほど食料を差し入れたジャンニが、再び何か持ってきたのかと思ったムライヨ達だったが、物陰から現れた男達の顔には見覚えがない。
しかし、彼らが誰であるかは格好を見れば理解できた。
「カカイ騎士団の分隊長クルトだ。撃ちあがった魔法を見て来た、誰か現状を説明してくれ」
手足と胸を護る金属の鎧。胸元に刻み込まれているのは、騎士団の証である剣と杖が重なった紋章。
騎士団と聞いた狩猟隊は、助かったと思い安堵のため息を吐くが、直ぐに分隊と聞いて呼吸が止まった。
実際、現れた集団は分隊の人数である十人。それ以外の足音は続いていなかったのだ。
「魔物が村に押し寄せています。我々はここで防衛し、女子供の避難時間を稼いでおりました。現在は攻勢に出るか撤退するかの判断を急いでする必要があります」
そんな中、特に落胆の色を見せないムライヨが説明に入った。
「なるほど、撤退しない理由はあるのか?」
「はい。襲ってきている魔物の状態が普通ではなく、村を殲滅するのが狙いだった場合、今の避難場所では心許ないのです」
魔物が普通ではない。その事を詳しく聞こうとしたクルトだったが、それよりも先に部下達へ防衛に就くよう命じる。
眠っているところを起こされ、十数キロを走って移動していた十七分隊の面々ではあるが、それ位で根を上げるような鍛え方はされていなかった。
「ああ、それと白煙と黄煙を上げといてくれ」
そう命じられた部下の一人は、荷物を下ろして筒状の物を二つ取り出すと、先端部分を捻って位置を確認し魔力を込めた。
すると暗闇の中でも分かるような、淡く輝いた白と黄の煙が空へと打ち上げられたのである。
これはカカイ騎士団の連絡手段であり、今回の作戦では白が緊急事態を黄が戦闘状態を知らせる色となっている。
また、この魔道具では他の色も出せ、ラザシールを発見した場合は赤の煙を打ち上げるように決まっていた。
そして部下達は弓隊や地上部隊に散り散りで防衛に加わる。
「いろんな魔物が横槍にも目をくれず、一緒になって村だけを狙う、か。確かに普通じゃねぇな」
その間、ムライヨから詳しい事情を聞いたクルトは、微かに眉を顰めさせた。
「それにこのままじゃ、他の部隊が来るかも分からないジリ貧状態だ。俺は攻めるべきだと思うんだが」
「……そうですな。ワシもこの村に魔物を一歩でも進入させたくはありません」
ムライヨの返答に周囲も賛同の声を上げ、それを聞いたクルトは不敵に笑う。防衛戦ともなれば、護る側の意思統一と心構えが重要になるからだ。
また、指揮はクルトが取る事が決まり、即座に突撃に移る為の隊列に組み直す。
「中級魔法を使える奴は集まれっ、突入部隊は矢を射ながら柵を飛び越えてろ。十七分隊は余った矢を弓隊に渡した後で配置に就き、弓隊は突入部隊の援護射撃だ。遊撃隊にはそのまま魔物を攻撃しつつ、周囲の状況を見張らせておけっ」
指示を出すクルトの側にはムライヨが立っている。これはクルトが頼んだ事で、村人でも粗末に扱わないという表れであり、他にもう一つ頼みがあった。
それは狩猟隊がそれぞれの持ち場へと移動している時に行われる。
「皆この一戦に村の命運が掛かっておる。この村に一歩たりとも魔物を踏み込ませてはならん。能無し魔物どもを狩りつくしてやれッ」
「オオオオォォォーーー」
奮起させるべく出されたムライヨの言葉に、狩猟隊の面々は己を鼓舞するように雄叫びを上げた。
これがクルトの依頼したこと。彼らの雄叫びを耳で聞いて気迫を肌で感じたクルトは、笑みを浮かべて彼らに負けないように声を張り上げ、自分の部下達を鼓舞する。
「お前ら、護るべき国民に先を越されるなよッ。怯えて竦んで護られるようじゃ、笑い話にもなりゃしねぇぞ。我らは騎士だ、誇りを胸に足を進めろ。分かったな十七分隊ッ」
「はっ、当然ですっ」
いつもの様に矢を渡す作業を止める事無く応答し、十七分隊もそれぞれの持ち場へと移動を開始する。
そしてレオは、ジャンニの用意した剣を眺めているエルザに近付く。左手に持った剣に向けられる視線は、戦いを前にして決意の眼差しではなく、不安や悩みなど様々な感情が入り混じった眼差しである。
そんなエルザにレオは特別な言葉を掛けることはない。ただ、去り際に右手に持っていた剣、リィズニーベルをエルザに手渡した。
「エルザ、お前のやりたい様にやれ」
「……うん」
そして作戦開始の時。既に弓隊以外は弓を手放しており、魔物の進む速度は先ほどよりも上がっている状態だ。
そんな緊張感や圧迫感が伝わってくる中、クルトは静かに右手を上げた。
「魔法隊は速度重視だ、術印を使える奴でも良い。乱戦になったら味方を巻き込むなよ……放てッ」
十分に敵を引きつけてから右手を下ろす。攻撃の合図と共に魔法部隊から一斉に魔法を放たれた。
使われているのは中級魔法。属性も様々であり、間違っても相殺しないよう隊列には気を配っていた。
この一撃により、今まで防御壁として役立っていたアースシールドも壊れるが、魔物達も断末魔を爆音に消されながら次々と倒れていく。
しかし、それだけで倒せてしまうほど敵の数は少なくはない。
「弓隊はそのまま射撃を続けろ、魔法隊は左右に分かれて敵中腹に集中砲火。突撃隊は抜けてくる奴を相手しろ、突撃ィィーーーッ」
「オオオオオォォォーーーー」
即座に次の行動へと移り、クルトの指揮通り突撃が始まった。一番最初に切り込んだのは十七分隊。
雄叫びと共に魔物に対して剣を一閃。仕留めたかどうかを確認する事無く、次の魔物へと剣を振るう。
「狩りは得意なんでねっ」
「俺達の村に一歩だって入れさせるものかッ」
まだ息のある魔物に止めを刺すのは狩猟隊の役割。斧や鉈を振るって確実に魔物に止めを刺していく。
これは金属の鎧を身にまとう十七分隊が最前線に立ち、少しでも魔物に傷を負わせる作戦である。
それに加えて魔法部隊が敵全体の数を減らし、弓隊が魔法の範囲に居ない敵を狙い撃つ。これも突撃部隊と当たる前に、致命傷を負わせるのが狙いだ。
そんな中、エルザはジャンニから借りた剣で魔物の腹を突き刺していた。乱戦は始まったばかりであり、それほど目立った動きはしていない。
「いやー、良い剣だわ。ロングソードだけど鍛冶師の腕が良いんだろうね」
レオから預かったリィズニーベルで胸を横切りにしながら、笑みを浮かべてロングソードを引き抜いた。
ただ、その笑みは晴れやかでも獰猛でも無い、自嘲気味な笑みだった。
「今回のでかなり赤字になるのに、自分なりに出来ることを、か。なら今の私に出来ることは……」
左手に持ったロングソードを強く握り締め、村を目指す魔物を平行に並べた両手の剣で斬る。
先ほどまでとは比べ物にならないほど闘気を高め、魔物の身体は胴体部分で切断され血が吹き出す。しかし、エルザは返り血を浴びることなく、次の魔物へと駆け出していた。
「当然、本気で戦うことっ。マリアに顔向けが出来るようにっ」
剣を預けてくれた二人の分まで、そしてこの場には居なくとも、魔物の襲撃を知れば悲しむであろうマリアの代わりに……。
その気持ちを胸に、エルザは十七分隊と同じく最前線へと躍り出る。その様は踊り出ると言っても過言ではない。
回転しながら左手のロングソードで魔物を斬りつけ、脇を抜ける隙に右手のリィズニーベルで突き刺す。そしてニーベルを抜きながら、別の魔物にロングソードで斬りかかる。
正にそれは演武であり、演舞であった。
そんなエルザを見た人は一瞬惚けてしまうが、直ぐに状況を思い出して戦いを再開する。
「あぁぁ~~もぉぉ~~~、防衛戦とか苦手なのにーーっ」
ただ戦いを決意しても中身はエルザ。口調は特に変わりは無く、敵を斬りながら愚痴を零していた。
エルザが回転しているのは、何も威力を上げたり見た目が派手だからではない。敵が抜けそうな所や味方の危機を見つけるため、周囲の状況を確認しているのだ。
「ぐううぅっ」
「村人さんへのお触りは禁止だよッ」
そして、二メートルの巨体な魔物に押し込まれている狩猟隊を見つけ、エルザは背後からニーベルを投げつけて走り出す。
投げた剣は見事に魔物の背中に突き刺さり胸元へ貫通。それを踏み台に左足を魔物の肩に乗せ、脳天にロングソードを突き立てた。
「た、助かったよ、ありがとう」
「怪我が無いようなら、西側に向かって。人手が足りないっぽいから」
「分かった」
息絶えた魔物が倒れないようバランスを取りながら、エルザは一息ついて周囲の状況を確認する。
魔物の数は減っているものの、相変わらず魔物の隊列は縦長に続いていて、あとどの位倒せば終わるのかすら分からない状態。
「それに、なーんか嫌な感じがするんだよね」
戦場をの空気を嗅ぐように、空に向かって鼻をひくつかせる。だが、そんなことをしても何も分からないのは、当人が一番良く知っていること。
結局は気を緩めないことだけを再確認。魔物の肩から飛び降りると、その勢いも利用して魔物の肉を引き裂きながらニーベルを抜き、戦場へと戻っていった。
エルザが不吉な事を呟いて戦場に戻った頃、クルトの元に遊撃隊からの伝令が届いていた。
内容はエルザが見た状況と同じく、敵の増援が止まりそうにないということ。それともう一つ。
「東側からも何かが駆け寄ってるってか」
その知らせはクルトが眉を顰めるのには充分な理由であった。
遊撃隊の数は少なく十数人しかいない。これがもし魔物の合流だったのなら、両方から挟み込まれた遊撃隊は壊滅、今の戦力では村を護ることは不可能と言ってもいいだろう。
また、魔物が合流するのなら西側からも行う可能性がある。こちらは遊撃隊の数が少なく見張ることは出来ていないのだ。
「クルト殿、あれはっ」
しかし、この憂いを断ったのは、天へと昇る黄と緑の二筋の煙。黄は戦闘状態、緑は到着を知らせる、カカイ騎士団の狼煙である。
しかもそれだけではない。西側や別の場所からも、離れてはいるが緑煙が次々と上がっていく。
本来なら味方の増援を知らせるはずの狼煙。だが、それを見るムライヨは訝しげに表情を歪めていた。
「クルト殿の連絡を見て移動したにしては、早過ぎやしませんか?」
「いや、ありゃ大丈夫だろ。ちゃんと昇ってるし」
ただクルトは味方だとほぼ確信しているのか、顔には喜びの笑みを浮かべている。
魔力を込めただけかと思いきや、狼煙はちゃんと手順を踏まないと発動しないのだ。その防止策には精神系の物もあるので、操作されるなどの心配も無いと言えた。
むしろ、連絡手段の秘密まで知られて罠に嵌められたのなら、クルトとしてはどうしようもない。
「まあ、偽者を疑うよりもっと簡単な答えだろうぜ」
そう言って胸元にある騎士団の紋章を指差した。
「あいつらは俺達と同じく、最初の爆発を見て駆けつけた普通の騎士だってな」
結論から言うと、クルトの意見は正しかった。
レオが村人を起こすために使ったディンクスロアを見て移動を開始したのは、十七分隊だけではなかったのだ。
そこから大勢は決したと言ってもいいだろう。
村を一直線に狙う魔物と、それらを包囲するように集まった騎士団。集まったのは各地に散っていた分隊だが、それが十も集まれば百人になるのだ。
村へと進む道を厚くして防衛に専念し、周囲から削っていく。
その作戦は予想以上に上手く行き、このままで長い長い夜も終わる……そう考えていたクルトの視界に入った、北の空に上る幾つ目かの狼煙。
それは少し離れた場所で上げられ、煙自体は細く小さく見えた。
しかし、眩いまでの点滅を繰り返すことで、遠くにまでその存在と色を知らせていたのである。
「あれは、色や輝き方が違いますがどういった意味ですか?」
「最警戒の赤と青っ。ラザシール発見と南下、こちらに向かって来ているッ」
ムライヨの言葉も聞こえておらず、クルトはこれから予想される展開に思わず歯を噛み締める。
夜は未だ明けそうにない。