第三十四話
バネッサ達と別れたレオとエルザは、カカイへと続く道を歩いていた。
今歩いている道は特に整えられていないデコボコ道。これは向かっているカカイとアゼラウィルとの交流が、それほど密でないことを表している。
アゼラウィルという大国と隣接するカカイは、そこに寄り添うことはせず、別の道を歩み続けていた。
例えば神聖樹を用いて儀式的、魔術的な発展をしてきたアゼラウィルに対して、カカイは剣を用いて礼儀的、武術的な発展をしてきたのである。
「良い天気だねー」
大きく伸びをしながら歩くエルザは、太陽の光を全身で受け止めてご満悦な様子。
周りに視線をやれば、青々とした草木が風に揺れ季節の巡りを感じさせていた。
「勝負をするにも丁度いいんだけど……」
「ん、何かやるか?」
レオの腕は折れたまま、まだ治ってはいない。吊られた左腕をチラリと見て、エルザは小さくため息を零す。
そして、他よりも膨らんでいる部分を探し、跳び跳びに移動を始めた。
「んー、いいや。無理にやって治るのが遅くなると面倒だしね」
二人は身体を動かさない勝負、しりとりなどの言葉遊びもいろいろとやってきた。
しかし、どうやら今のエルザはその気分ではないらしく、少し離れた場所にある大きめの石に向かって跳ぶ。
その行動を見て、身体を動かしたかったのはレオにも分かる。
今のエルザはバネッサ達との別れによって、やる気が満ち溢れている状態なのだろう。
「それで今のカカイって状況悪いんだよね」
石に跳び乗り片足で体勢を整えながら、器用に後ろにいるレオへと振り向く。
「表立って争ってる訳じゃ無いが……ピアの家に厄介になると、王側から目を付けられるかもな」
別れ際、ピアが手紙のことを中々言い出せなかった理由はそこにあった。
反乱を起こしそうな人物の家に手紙を持って行き、そこで一泊させてもらうなど疑われても仕方の無い行動である。
ただ、バネッサは手紙を渡してもレオがそこに気付き、行くか行かないかの判断が出来ると信頼し、ピアに渡すように言ったのだ。
レオはエルザに視線を送りこれからどうするのかを尋ね、聞かれたエルザは嫌らしい笑みを浮かべる。
「もっちろん、家に泊まらせてもらって、ピアちゃんのお部屋はーいけん……って言いたいところだけど、今回はナシかな」
しかし、一転して真面目な顔つきになると、石から跳び降りて両足を大地に着け、レオを真正面から見るように身体を向けた。
エルザも家に立ち寄る行為は、それだけ拙い行動だと分かっているのだろう。
「でも、手紙は渡してあげたいな。ピアの性格からして、自分の近況とかも書いてそうだし」
そして、レオがわざわざ尋ねた理由の答えも返ってくる。
王側に目を付けられたくないのなら、王都には寄らず直ぐにカカイを抜ければいいだけの話。
ただ、ピアから預かった手紙に、レオ達の紹介だけでなくピアの近況や旅の話などが書かれていたら、と考えたのだ。
エルザの答えはレオの予想していた通り、さすがに家を訪問するという行動は自重したようなので、手紙を渡すだけなら方法は思いつく。
「それはカカイから抜ける時にでも、配達を頼めばいい」
「おぉー、なるほど。それならご家族さんにも手紙は届くね」
安心したエルザは再び進行方向へ身体を向けて歩き出す。
手紙という懸念が無くなったからか、その表情は晴れ晴れとしていて鼻歌交じりである。
「そういや、お前は家族に手紙とか出してるのか?」
その後を追いながら、ふと思ったレオがそう尋ねる。聞いた本人はと言うと、頻繁にではないが既に何通か出していた。
もちろん、魔王の討伐や巫女達のことは伏せていて、今の旅は見聞の旅ということになっている。
ただエルザはというと、能天気な声で笑い出す。
「あははー、出してないよ。ってか、出したところで家に居るかも分かんないし」
「……お前の両親って何やってるんだ」
レオはエルザ曰く、両親が武器屋で値引きをしていたことを思い出していた。
両親のことを聞かれたエルザだったが、何故かすぐに答えることは出来ず、腕組みをしながら頭を傾かせて悩んでいる。
「んー、何だろ? 冒険者と商人で冒商人……暴走人?」
「旅をしながら商品を集めて、地元で売ってるって感じか」
つまり、商人の買い付けよりも冒険的な何かを行っているのだろう。
レオがそう答えると、エルザは合点がいったかのように両手を叩いて頷いて見せた。
「そそっ、私が居た頃は一ヶ月に何度か帰って来たけど、今は一年に何度かじゃないかな」
「そんなんで、店は大丈夫なのか?」
「まあ、お店の切り盛りは人任せだしね。そのお店もどっちかって言うと、趣味とか集めた物が多くなり過ぎたのが、始まりだったらしいし」
そこでエルザは店で売られている商品のことを思い出し、思わず吹出してしまう。
「でも面白いよー、変な物がいっぱい売ってるんだもん」
そして、次々と売られている商品を挙げて行く。
どこかの部族の彫刻、魔族が書いたとされる自画像、背中合わせに着る二人用の鎧などなど。
種類も用途もさまざまな物ばかりで、統一性などは見られない。
「中には凄い物も雑じってて、それを見つけにお偉いさんとこのお使いが来ることもあるよ」
お偉いさんが使いを出すということは、その店をたまたま知ったのかそれほど有名なのか……。
レオはそこまで考えたが、どうでも良かったので考えることを放棄した。
「そう言うレオの家は?」
「うちは兵士だな。魔物討伐にもよく出ている」
エルザが尋ねると、レオの場合は直ぐに答えが返ってきた。
魔物の被害がある以上、兵士は必要であり入団を希望する人は多いが、望んだ全員が入れるわけでもない。
「へぇー、お偉いさん?」
「いや、出世できずにずっと小隊長」
「あーいるいる、そういう人」
巫女時代、部隊の指揮を執ったことは無いが、団長からそう言った話を聞いていたエルザは、小隊長止まりの人達が居る事をしっていた。
当時の話を思い出しながら、一つ一つ理由を挙げていく。
「能力か性格、上からの受けが悪いのか、最前線が好きなのか、それとも重宝されてるのか」
同じ出世止まりでも、その理由はさまざま。
レオはエルザの上げた理由と父に当てはめて考える。
「戦うのが好きか、重宝されてるかだな。まあ中隊長になっても戦えるだろうから、おそらくは後者だろう」
「あー、そうなると上にコネが出来るか、よっぽどの成果をあげないと出世は無理っぽいかな」
重宝されていると言えば聞こえは良いが、結局のところ使い勝手の良い兵士ということである。
長年前線に居ると知っていることも気付くことも多い。そして何かあった場合のまとめ役も期待できるといったところか。
「まあ、その辺は上も考慮していて、給料は普通の小隊長より貰ってるらしい」
「でも中隊長よりは貰ってないと」
中隊長よりも小隊長が給料を貰っていたら、それはそれで問題になるのだが、納得した表情でエルザは地図を取り出す。
そして、現在位置から次に目指す国、クォムルクへどう進むのかを考える。
「それじゃあ王都に寄らずに次の国、クォムルクに抜けるルートは……」
「カカイは縦に長いから、抜けるだけなら速いだろう」
レオも地図を覗き込んで道をなぞりながら計算すると、四日もあれば抜けられる距離。
そして視線をクォムルクに移せば、その次には陸地が無く海に面している。
そう、次は船に乗って別の大陸へと渡るのだ。
「海か、今の時代なら始めて見るな」
「へーそうなんだ。私は親にいろんな所へ連れて行ってもらったから、海も何回か行ってるよ」
楽しみだと叫び、エルザは再び歩き出す。その思考は既にカカイを通り抜け、クォムルクの海へと移っていった。
しかし、この時既にカカイで騒動が起こり始めていることを、レオとエルザは当然まだ知らない。
◇◇◇
聖騎士、カカイにおける騎士の最上位。
剣技や部隊の指揮だけでなく、礼儀作法や教養、その人が纏う空気などまでもが査定の対象とされ、相応しい人物が現れない限り任命されることはない。
当然、王族とはまた別のカカイの顔となる騎士。
真紅のマントをなびかせつつ、やや早足で城の廊下を歩くピアの姉、アイナ・ララインサル・カルレオンは将来その聖騎士になれるだろうと噂されるほどの人物である。
ピアと同じく黄金色に輝き腰まで届く長髪をなびかせ、青く澄み切った瞳は理知的な輝きを見せている。
妹と似たその見た目は、美少女三姉妹の長女という世間の評判を聞いても、何の反発もなく受け止められるだろう。
そう、似通った見た目……つまり、小さいのだ。
廊下をやや早足で歩いていても、それは普通の女性が歩く速さ。
遠目から見れば、子供がお城に迷い込んでしまい、出口を探しているのかとさえ思ってしまう光景である。
「アイナ様、国境沿いの魔物討伐へ向かわせた部隊からの詳細な報告です」
ただ、それはアイナという人物を知らず、遠目に見るか空気も読めない人の話。
アイナの前方からやって来た男性騎士は見事な一礼をすると、手に持った書類をアイナに渡しながら話しかけた。
「新たな魔物が現れ、部隊は敗れたとのことです」
「それほど難しい任務ではないと思ったのですが、当初の報告に有ったとおりラザシールが確認されているそうですね」
アイナが報告書に目を通すと、国民から依頼のあった魔物の騒動は、ラザシールが現れたことで他の魔物が活発になったのが原因。
魔物討伐の最中ラザシールとの遭遇戦を行い、敗北して部隊は半壊状態である、などの情報が書かれていた。
ラザシールとは、上半身が筋肉質な人型で、下半身は馬よりも太く確りとした四本の足を持つ魔物。
かつては魔族だったとの説もあるが、大きさの平均が人の二倍ほどと魔獣に分けるには小さく、人語を話さず行動が本能的なため魔物に認定されている。
「……次は私も出ます、その方が早く討伐出来るでしょう」
それでも魔獣に分けることが検討されるほどに強く、魔族や魔獣よりも弱い魔物だからといって侮っては危険である。
だからこそ報告書を読み終わったアイナは、そう言いながら書類を騎士に渡すのだが、受け取る騎士は表情を曇らせた。
「よろしいのですか? 今、アイナ様が王都を離れられるのは……」
「構いません。王都には団長が居られますし、何よりも国民の安全が最優先ですから」
即座に返って来た言葉と騎士を見つめる揺るがない瞳。そして、冷静で落ち着いたその声を聞くだけで、自然と背筋が伸びていくのが騎士には分かった。
カルレオン家が貴族だとか妹が近衛師団の団長だとかは関係なく、アイナ・ララインサル・カルレオンという個人を尊敬している人は多い。
「では、第一、第二、第三部隊に討伐の準備を。それと、隣国クォムルクには魔物討伐の旨を伝えなさい」
「はっ、承知致しました」
敬礼をして去っていく騎士を見つつ、アイナはそっとため息を零した。
アイナとしても今、王都を離れるのは本意ではない。
だが、ラザシールが目撃されている以上、下手に部隊を動かしても無駄に犠牲が増えるだけなのだ。
廊下の窓から城下町を見下ろすと、今日はいつもより活気があって賑わいを見せている。
「何を考えておられるのか……」
考えの読めない人物、それはもちろんライナス王のことである。
アイナやクスタヴィはピアの言っていた通り、反乱を起こす事など考えたこともない。もちろん、派閥で言えば王子側であり、ライナス王のこともある種の危惧は抱いている。
もともと、ライナス王は前王の弟としてカカイを支えていて、自身も二番手が適所であると公言していた。
ノア王子が成人するまでという王位も、それを理由に断り摂政を提案したほどだ。
それが王位を継ぐと、政治にいい意味でも悪い意味でも積極的に参加している。
アイナやクスタヴィが危惧していること。それは今は失敗した者や王子側の人間に与える罰が、無関係な人や民衆に回らないかということ。
「政敵にだけ敵意が向いてる内は、安全なのでしょうね」
内心を理解することが出来ない王に戸惑いながらも、アイナは未だ理解しようと必死に頭を働かせるのであった。