第三十二話
レオ達がディベニアに着いたのは、イッチの村旅立って数日後の昼前。
バネッサ達は予定に無い訪問で騒動を起こす可能性があるので、事前に市長と面会するために屋敷へ。レオとエルザは審査を受けて街に入った。
この場は別行動だが、後で宿屋に集まる予定である。
「うわぁー、人が多い」
門を潜ったエルザの第一声はそれだった。入街審査を受ける人の多さから予想出来ていたが、門から繋がる大通りには人の山。
活気の良い声や喧騒が通り中に響き渡っている。
「こっち方面の出入国はここを通る必要があるからな」
キョロキョロと見回すエルザは落ち着きがなく、道端の露店を覗いては冷やかしを行う。
「何か王都よりも活気があるんじゃない?」
「そうだな。まあ、王様のお膝元じゃ騒ぎにくいだろ」
悪い事をしていなくとも、権力者の側だと大人しくしてしまうものである。レオの言葉に納得したエルザは再び露店の冷やかしに戻った。
「で、どうする? 宿の名前と大体の場所も分かってるし、ここは別行動にするか?」
「そうだね、うん分かった」
商品を眺めながらの素っ気無く返すエルザだが、これでもちゃんと理解して返事しているのは、これまでの付き合いで分かっていること。
レオは再び確認するような事無くその場を離れた。
◇
特に目的も無く見て回るレオは、早めの昼食を取ることに。
バネッサ達が市長から誘われる可能性があるので、昼食までは別々に取ることにして、三時頃に宿屋に集まる事になっている。
人の多いこの都市で、食べ物を売っている場所はたくさん在り、値段も安い物から高い物まで様々。
もっとも、レオは安い物しか選べない懐事情だが。
そんな中、立ち昇る湯気と威勢のいい声に引かれ、レオが覗き込んだ屋台には蒸篭がいくつも重ねられ蒸されていた。
「すみません、ここは何を売ってるんですか?」
「いらっしゃい。これは小麦粉なんかをこねた皮で、お肉とかを包んだものだよ」
恰幅のいい中年の女性が、豪快に笑いながら話したのはざっくりとした内容である。
自分でも説明が雑だと分かっているのか、苦笑しながら一番上の蒸篭から白く棒状のものを取り出した。大きさは握り拳を二つ縦に繋げたほど。
おばちゃんが包丁で真ん中から斜めに切ると、中身はとろとろに煮込まれたお肉。内側の皮は肉汁やタレを吸って色を変えている。
そして、一口ほどの大きさに切った物を試しにということでレオに勧め、屋台から出ると通行人にも渡していく。
「おっ、美味い」
レオは感想を一言だけ零し、後は味を楽しむ。
皮はモチモチとしていて中の肉はとろとろ。一口噛めば煮込まれた肉が解れて、溶け出す脂身が肉と皮とタレを一つにしている。
甘口のタレの中にある刺激は生姜。味を引き締め微かに残る香りで、甘いタレには付き物のしつこさを緩和させていた。
「中身は三種類、それ以外か他の料理が食べたかったらお店に寄っとくれ」
試食を配り終え屋台に戻る途中、おばちゃんがそう言って指差したのは屋台の正面。そこには地図が描かれた紙、その横には三種類のメニュー表が張られていた。
甘いタレの角煮と辛口のひき肉、それと日替わりで今日は野菜炒めと書いてある。
「それじゃあ、角煮と日替わりを下さい」
「まいど、どうも……って、お兄ちゃん片っぽうの腕使えないみたいだし、一つに纏めておくわね」
この食べ物は手に持って歩きながら食べるのだが、今のレオは左腕を吊っていて使えない。
そこでおばちゃんはそれぞれを包装紙で包むと、二つを併せて袋に入れて袋に穴を開ける。
そしてそこに紐を通して、落としにくいように手首に通せる輪を作ったのである。
「わざわざ、ありがとうございます。それと一、二時間ぐらい見て回るなら、どこか良い場所はありますか?」
「観光かしら、この都市に来たのは転移装置?」
「いえ、王都から歩きですけど」
代金を払って商品を受け取ったレオがそう答えると、それならと言いながらおばちゃんは通りに出た。そして、レオ達が入ってきた門とは反対方向を指差す。
「この都市には各地からの転移装置を集めた場所、スターシナトがあるから、先ずはそれを見てくるといいわ。そこにはいろんなお店が出てて、そこを見て回るだけでも楽しいのよ」
そこに出店できるのは人気のある店ばかりで、おばちゃんが働いている所の店長も、そこに店を出すのが夢だと言っているらしい。
「あとは、そこの近くにある大時計台とかホロの泉を回れば、時間的にもいい感じじゃないかしら」
「スターシナトと時計台と泉ですね、ありがとうございました」
「良いわよこれくらい。それよりも、ディベニアを楽しんできなさいな」
レオは背中越しにおばちゃんの威勢のいい呼び声を聞きつつ、スターシナトを目指して昼食を片手に食べながら歩き出す。
◇◇◇
スターシナトに向かう途中、正確な場所は人に聞こうと考えていたレオだったが、その必要はなく目的地は簡単に見つかった。
それはレオが想像していた以上に大きく、国の玄関口に相応しいほど綺麗に造られた建物で、遠くから見ても分かるほどに目を惹いたからである。
都市の中央から少し離れた場所にあるスターシナトは、その大きさが王都にあった城より小さいものの、比べる事が出来るほど広大な敷地に建てられていた。
外装も宝飾などはされておらず、絢爛というわけではないが、綺麗で上品な造りから落ち着きがあった。
ここに住んでいる人が、一番最初に勧めるのが分かるほど見事な建物である。
「ここも人が多いな」
建物の中に入ると、先ず手前に食べ物や土産物などを売っているお店が並び、先に進むと円状のカウンターの中に座る女性達。
どうやら、そこで転移装置に乗るためのチケットを買うようで、傭兵や商人、学生など一般人も利用している。
「買い物は……いいか」
おばちゃんが勧めてくれたお店巡りだが、持ち合わせのないレオには見て回る気がなかった。これがエルザなら冷やかしででも寄っただろう。
「利用者と見送りか」
転移装置の利用者はチケットを買い、カウンターのある場所から四方にある扉へと入って行っていく。
そして、見送りをする人には二階へ進むよう案内がされていて、レオも見学するために二階へと上がる。
二階に上るとそこにあるのは、数々のお店と床が丸く抜かれた場所、そこには一階に落ちないよう柵がされている。
それ以外は一階から天井までを貫いている、大きさの違う円柱の装置がいくつも見える。
レオは上って直ぐ近くにある吹き抜けから下を覗く。
すると、一番大きく透明な円柱の下には床よりも高くなった土台があり、その大きさは家一軒入るほどの大きさ。
そして土台から少し離れた場所に、土台の周りを囲むように白色の六本の柱が、これも天井まで伸びていた。
また、透明な円柱にも二階があり、客が用意されている椅子に座って転移を待てるようになっている。
「立派な物だな」
ヨーセフの家にあった物とは比べ物にならない大きく立派な転移装置を見て、レオは感心したように頷いて言葉を漏らす。
これほど巨大な転移装置を、レオが見える範囲で六個設置しているのだ。建物も敷地も広大になるのは当然と言えるだろう。
レオは客がまだ入ってない装置から離れ適当に歩き回っていると、惹かれるように一つの転移装置に視線を送った。
そこには既に椅子のほとんどが埋まるように老若男女が席に座り、思い思いのまま寛いでいる。
『まもなく、第三転移場、サンスクレイ王国行きの転移を行います。お見送りの際は身体を乗り出さないよう――』
場内に女性の声が響くと、元から居た見送りの人達が装置に向かって手を振り、円柱の中からも何人かが手を振っている。
一階では、本体を囲む六本の柱に同じ服を来た人が一本につき四人、手をかざして魔力を込め始めた。
すると柱が輝き始め、その光は根元から天井へと伝わっていき、上までたどり着くと本体も白く輝きだす。
眩しく目を覆い隠す必要のある光ではなく、ずっと見ていられるような温かい光。
その光が土台にまで伝わると、今度は強く瞬いて光が弾ける。
「サンスクレイに跳んだのか」
そして、光は綿毛のようにふわふわと落ちていく。転移装置に居た人達の姿はどこにも見当たらない。
レオの言うとおり、今の一瞬で別大陸にある国にまで跳んだのである。
演出か装置に必要なのか分からないが、光が舞い降りる幻想的な光景を見送りに来た人達はもちろん、レオもしばらくその場から動かず見続けるのだった。
◇◇◇
その後、約束の時間となり宿屋の前にやってきたレオ。まだ予定の時間よりも早いが、宿屋の前に造られた露台には全員が集まっている。
そして、置かれた椅子に腰掛けて、カットされたフルーツを思い思い手を伸ばしていた。レオが最後の到着である。
「あーら、随分とごゆっくりだったのね」
「ああ、いろいろ見て回ったからな」
両手を出してお土産を催促するエルザの手を叩いて、レオも椅子に腰掛けた。
それからしばらくはレオとエルザが観光した場所の事を話し、バネッサ達……主にフォルカーが市長から出された昼食を自慢げに話した。
そして話も一段落がつき、フルーツが無くなった頃にバネッサが椅子から立ち上がる。
「さてと、それじゃあそろそろ行こうか」
買い物と言っても、薬などはいつも買う物が決まっている。なので一番最初に見て回るのは、バネッサ達がエルザに送るリボンに決まった。
いろいろな店を見て回り、今見ているのは荷馬車に商品を積めた行商人が開いている露店。
「お姉様、これ可愛いですよね」
「確かに可愛いけど、赤色じゃエルザの髪と同じで目立たないよ」
「ならピアも髪を二つに分けてるしさ、そこを結ぶのに使う?」
女性陣はエルザだけでなく短く二つに結ぶピアも、それから短く切ってリボンを付けていないバネッサにまで、似合うかなど盛り上がっている。
当然、暇なのは男性陣。
まあそれでも、それぞれが勝手に時間を潰してるので、特に問題は起こっていない。
「なぁレオ、何読んでんだ?」
「四聖会の本」
「……んなの、俺らに聞けばいいんじゃね」
店側が出してくれた椅子に腰掛け、レオは観光してる途中に買った本を読み、フォルカーは適当に買ってきた物を摘み、ダルマツィオは孫に贈る物を見ている。
フォルカーは屈んでレオの読んでる本の表紙を見る、と思わず声を漏らしてしまった。
「げっ、しかも修院御用達の作家じゃねぇか。何でそんなの読んでんだ?」
その疑問に答えたのは、何故かダルマツィオ。
「私らの意見だけ聞いては意味が無かろう。四聖会の事を知りたければ、修院の考えも知っておかねばならんだろうて」
「そんなもんっすかねぇ」
「お主にも何度かそう言っておるが?」
少し冷たい視線と言葉にフォルカーは思わず席から立ち上がると、商品を見ているエルザ達の下へ逃げ出す。
「姐さーん、買う物は決まったっすか」
「ん、ああ決まったよ。ダル爺はどうする? もう帰るなら買っちゃうけど」
リボンを選び終え今は小物を見ていたバネッサ達は、孫への贈り物を見ていたダルマツィオに尋ねる。
「私の方は特に有りませぬな」
「分かった。じゃあ店主、さっき予約していた物を売ってくれないか」
「お買い上げ、ありがとうございます」
人の良さそうな笑顔が少し強張り、声も少し高くなった店主は、緊張しながらもいつもどおりを心がけて返事をした。
そして、荷馬車から二種類のリボンを取り出す。
一つは黄色でいつもエルザがつけるリボンよりやや幅広く、髪を結ぶだけでなくリボン自体も目立つもの。その淵には青色で刺繍がされている。
もう一つは赤色に白いラインがに入っていて、ピアが最初に手に取ったリボンである。
「あれ、エルザさんに贈るのは黄色のリボンですよね?」
「赤いリボンはピアに、ね。いつも私を助けてくれるから」
「……お姉様」
笑顔でそう言われたピアは、喜びで言葉が詰まり自然と口元がほころぶ。
そんなバネッサの粋な計らいに、エルザは思わず感嘆の声を上げるが、次の瞬間には何かを思いついたのかピアに話しかけた。
「じゃあさ、私達からもバネッサに贈り物をした方がいいんじゃない」
「あっ、それはいい考えなのです」
「いや私は別に……」
今度はバネッサが驚く番。少し気恥ずかしそうにしながら一度は断るが、そこはエルザが押し通す。
そして二人は、バネッサにも贈る事を決め再び商品に視線を送るが、その途中でピアは近くにいたフォルカーに気付く。
「日頃のお礼なら、ダルお爺様やフォルカーさんにも買いましょう」
「俺らにもか? なら俺らも買った方がいいっすよね」
「うむ、フォルカーも少しは空気が読めるようになってきたかの」
こうして、皆で贈り物をし合うために商品を見繕い始める。
この行商人の扱う商品は、種類が多く品質もよいため、他を見て回る為に歩き回ることは無かったが、それでもだいぶ時間の掛かった買い物となった。
それでも誰も文句を言うはずも無く、楽しく温かいひと時は過ぎていったのである。