第三十一話
村に帰ってきたレオ達はそのまま村長の家へ。
村人が何人か体制でずっと待っていたようで、バネッサ達の到着を村長に知らせる人と、討伐のお礼を述べながら家へと案内する役に分かれる。
村長の家に着く道中も、村人が次々と現れては感謝の言葉を述べていくが、出てきたのは主に男性で、女性の姿はあまり見られなかった。
その意味にある程度の予想が立ち、少し申し訳なさを感じながら少し遅い歩みで村人の歓声に手を上げて答えて行く。
そして、やってきた村長の家。今回は家の前に村長一家だけでなく、村人もズラリと並んでお出迎えをしている。
「この村を救っていただき、誠にありがとうございました」
「ありがとーございました」
家の入り口の前に居た村長に続いて、側に居る子供達も頭を下げた。
それから周りの村人からも、次々と感謝の言葉が飛び交う状況にバネッサは慣れているのか、特に照れたり困った様子を見せることなく、満面の笑顔で端から端まで村人を見渡す。
「コバレノは私達が退治したから、もう大丈夫っ」
そして大きく頷き、歓声に答えるように握り締めた右手を上げた。
それによってまた大きな歓声が湧き上がり、しばらくしてから村長が軽く手を上げて村人を静める。
「感謝の気持ちを込めまして、簡単な宴の席を用意致しました。時間はまだ昼食前ですが、旅立たれる前にどうぞ参加なさって下さい」
「ありがとう、遠慮なく参加させてもらうよ」
予想よりも速い討伐達成に、一番困ったのは再び料理を作ることになった人達。何せ昨夜に多くの料理を作ったのだ、今は必死で違う料理を作る為に、手と頭を働かせていることだろう。
村長はバネッサ達を連れて、比較的遅い速度で家の中へと向かうのであった。
宴の席に着く前に報告して欲しいとの村長の時間稼ぎにより、バネッサ達はお湯で汚れを拭き落とした後で、村長の部屋へと集まった。
「洞窟は壊してませんから、使えるはずなのですよ」
「ただ、入り口の近場は掘り返したのでな、少しばかり注意が必要かもしれぬ」
戦場となった場所に近付く場合の注意を促し、村長は頷きながら忘れないように書きとめる。
それからバネッサが当初から考えていた事を伝えた。
「確かコバレノの討伐をギルドに依頼してたって言ってたよね」
「はい、未だ取り下げておりませんので、直ぐにでも……」
「もし余裕があるなら、そのお金で修教師を呼んで洞窟の周りを清めてもらった方がいいかも」
修教師とは四聖会に所属している、女神の教えを説く人達のこと。
もちろん、それだけが仕事ではない。各属性により得意不得意がある中、役目がいろいろと異なっていて、今回頼むような清めは土属性の得意分野である。
村長もその重要性が分かっているのだが、どうするか悩むように眉を顰め難しい表情をしている。
あまりお金に余裕の無い村なので、討伐用のお金がそのまま浮けば、だいぶ助かるからだ。
「まぁ、別の魔者が死体に引き寄せられるかもしれねぇしな。やっといた方がいいだろ」
「相手がコバレノだったと言えば、近くに居らぬか調べてくれるやもしれぬしな」
フォルカーとダルマツィオも薦め、言うことが無くなったピアだがバネッサ達に同意した。
コバレノの死体を放置せずに埋めたのも、供養の為というよりも魔者が集まる二次被害を防ぐ為だった。そして、それを更にしっかりと行えるのが土の修教師の役目である。
それに、死体自体がマナを蓄えてゾンビと化す可能性もある。死体の数が多ければ、それだけ確率も上がってしまうのだ。
お金の持ち合わせも少ないが、それでも大事なのは村人達の身の安全。村長は一つ頷いて修教師を呼ぶ事を決めた。
「分かりました、そうしておいた方がよろしいでしょう」
そうこう話している内に準備は整ったらしく、ピックスがバネッサ達を呼びに来て、感謝と送別の宴は始まる。
食事の量は昨日よりも少ないが、好評だった料理は再び出して、村長が若い頃に食べたであろう遠方の料理を再現するなど、かなり工夫の色が見て取れた。
そして、宴らしく催し物も行われる。村人による神歌の合唱であったり、子供達からバネッサ達へのお礼の言葉などなど。
その心温まる交流は、実際に行われていた時間よりも長く感じられたが、その楽しい時間も終わりを迎えた。旅立ちの時である。
村人総出のお見送りは、集まった人数以上の熱気と想いが、バネッサはもちろんレオ達にも伝わってきていた。
「皆様、本当にありがとうございました。魔王討伐と皆様のご無事を祈らせて頂きます」
「ありがとう。その想いのおかげで、私達も戦えるよ」
そう言ってバネッサが視線を巡らせると、村中の子供達が固まっていて、村長の奥さんが子供達を促している姿が目に入る。
感謝の言葉なら宴の席でもらったので、何事だろうかとバネッサは頭を捻るが出てこない。
ようやく決心がついたのか、子供を代表して村長の孫であるアムがバネッサの前に出て、後ろ手に持っていた物を差し出す。
「ば、バネッサさまにお守りを作りたくて……その、でも間に合わなくて、これを……」
差し出されたのは、小指ほどの大きさの長方形に切られた木が四本。両端を通った赤い糸で縦に繋がれ、板の真ん中には文字が彫られていた。
刻まれているのは女神の名前で、それを緑と青と赤と茶の糸で作られた編み物に入れたお守り。
首から下げられるように紐まで付いていて、これで間に合わなかったとは思えない出来栄えである。
「ありがとう、上手に出来てるみたいだけど?」
「これは、前に作ったやつで、バネッサさまたちに、つくれ、なくて」
個人のために送るというのなら、板の数は六本で送る相手と送る側の名前を入れ、女神もその二人に合わせて変えるのだという。
バネッサに感謝を込めて作りたい。それが出来なかった事が悔しいのか、アムは瞳を潤ませて声を震わす。
そして、それに釣られる様に後ろの子供達の中からも、何人か泣き始める子が出てきてしまう。
「どこまで出来てたの?」
その気持ちを嬉しく感じ、バネッサはなるべく優しい声色を意識して声を掛けると、アムは俯いてポケットからバラバラの木の板を取り出した。
全ての板に名前は彫られていて、どうやら間に合わなかったのは、糸で結ぶことと編み物の部分なようだ。とはいえ、そこは女神に倣った色を用いてるので大事な部分である。
「何回か、しっぱいして」
アムの母は失敗しても気持ちがこもってるから大丈夫と言ったが、子供達はそれで納得せずに最初から作り直していたらしい。
小さい頃に自分も同じように意地を張ったのを思い出し、バネッサは思わず笑みが零れる。
「それじゃあ、こうしようか。持って行くのは私の為に作ってくれた方。でも魔王を倒してまたこの村に来るまでに、編み物は完成させておくこと」
「えっ……う、うんっ」
バネッサの言葉にアムは驚きながらも、元気に返事をして差し出された手にお守りを渡す。
それを受け取ったバネッサは、お守りをそっと握り締めると子供達にも同じように課題を出した。
「私だけじゃダメだからな。ちゃんとピアやダル爺とフォルカー、それにこっちのレオ兄ちゃんとエルザ姉ちゃんの分も作るんだよ」
「はぁーーーい」
涙を拭う子供達にも笑顔が戻り、バネッサはそれに見て満足げに頷く。そして、お守りを持った右手を掲げて、最後に村人達を見回す。
「それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃーーい」
「お気をつけてーー」
いつまでも止まない村人達の声援を背に受けながら、バネッサ達はイッチの村を後にした。
◇◇◇
見通しの悪い森を抜けて前日に通った道へ出ると、バネッサは太陽の下で大きく背伸び。
そして、貰ったお守りを取り出すと嬉しそうに眺める。
「ふふっ、上手に彫れてるね」
「何かに入れて首からでも下げますか?」
「んーー、ダル爺の提案も良いけど、それはあの子達が完成させてからのお楽しみってことで」
そう言って笑うともう一度見つめて、布に包んで大事そうに懐に仕舞い込んだ。
それを横目に見ながら、エルザはちょっと拗ねたように唇を尖らせる。
「いーなー、バネッサはお守り貰ってレオは何か後継者だとか言われて、私も頑張ったのになーー」
「そうだな、エルザも頑張ってたし……巫女候補になりたいなら紹介するけど?」
現役の巫女や大師聖母による紹介なら、審査などはされずに面接を受けて大体は合格出来る。レオと同等かそれ以上の褒美と言ってもいいだろう。普通なら喜んで受けるような話だ。
「それは要らない」
ただエルザは素っ気無く断り、そう答えるだろうと予想していたバネッサは微かに笑みを零した。
そもそも巫女に憧れているような人は、巫女に対してエルザの様に気さくで飾らない話し方はしないのだ。
そういったごく稀に居る人と話すのは楽しく、レオとエルザはバネッサにとっても嬉しい存在なのである。
「だったら、次のディベニアで何か買って上げるよ。そこでレオとエルザともお別れだしね」
「あぁ、そういやぁそうだったな」
「せっかく仲良くなれたのに、残念なのです」
ディベニアはアゼラウィルの玄関口とも呼ばれる交通の要所で、様々な場所に道が繋がっている。つまり、レオ達とバネッサ達が一緒に行動出来るのはそこまでということ。
ピアはその事を思い出して悲しげに俯き、その様子を見たエルザが思わず抱きつく。
「また会えるから大丈夫だよ。それと、さっきのおねだりは冗談だから別に気にしないで」
先ほどのやり取りを本気で取られたと思い、エルザはピアを抱きしめながら苦笑している。
しかし、バネッサは頭を傾げて腕組みをすると、静かに首を左右に振った。
「……いや、マリアからお守りを貰ってただろ」
バネッサの視線の先、エルザの首元にはマリアから貰った、厄払いされた銀色のネックレスが輝いている。
「それと同じ餞別……それと、お礼かな」
「お礼?」
「そ、ダナトやルヲーグのことを他の巫女に伝えてくれるからね」
それを聞いたピアはエルザの腕の中から抜け出すと、嬉しそうに笑顔を浮かべて両手を軽く叩き合わせた。
「それならリボンはどうなのですか? マリア様に差し上げていたので、一本少なくなっているのです」
「うーん、なら甘えちゃおうかな」
ピアの提案を受けて、エルザもそれ位ならと受け入れる。
エルザは感謝されての贈り物は嬉しいが、照れ笑いを浮かべてしまい、それを誤魔化すように話を進めるのだった。
女性陣がリボンの色などで盛り上がる中、男性陣の会話も餞別で貰う物の話。
「餞別で貰って嬉しいモノねぇ……食い物か」
「それが楽と言えば楽だな。なら、ディベニアでの送別会はフォルカーの奢りで」
「うむ、それならば私らの懐も痛まぬぞ」
別に男性陣までレオに何かを贈るとは決まっていないが、夕食をフォルカーが奢ることに賛成なダルマツィオ。とは言え顔が笑っているので、明らかに冗談だろう。
「ちょっ、ダル爺さん。姐さん達の分はともかく、せめて俺の分だけでも払ってくれませんっすか」
「それが一番金掛かるだろ」
フォルカーもそれに乗るように、少し大げさにダルマツィオに縋り、レオが呆気なく切り捨てる。
そんな話しを交わしつつ、一行はディベニアへと向かうのであった。
◇◇◇
その頃、巫女との対面を果たしたルヲーグはというと、本や紙などが乱雑に置かれた部屋で机に向かい、ナイドリスから持ち帰ったダグのデータを検証していた。
「やっぱり脆いなぁ、今度は種を植えるだけじゃなくて細胞も変えてみようか」
腕を組んで身体を左右に振りながら、ぶつぶつと呟いている。
今、ルヲーグが欲しいのは強い被験者ではない。植える魔者の種と見事に適応する身体。
だが、どの種にどの身体が適合するのかは、今のところ植えた後の結果を見てからでしか分からないのだ。
「でも細胞まで弄っちゃうと、最初っから創るのと違いがないし」
紙に考え付くことを纏めつつ、次の紙束を取り出して捲り始める。
しかし、読み進めるほどに紙を捲る速さが遅くなり、遂には先ほどよりも悩ましげにため息を零す。
「それにおバカさんになるのがなー。言うことは聞くけど命令しないと何もしないし、人間だった頃の記憶と知識が無くなってるのが原因かな?」
思った事を書きとめて一つ大きく伸びをすると、机に置かれたココアを一口飲んでほっと一息つく。
「ん、美味し。まぁ、時間はあるから問題ないけどね」
だらけ気味になったルヲーグは、両手を投げ出して机に突っ伏する。
「あぁーあ、こんなことダナトに聞いても無駄だろうしなぁ。アイツにでも聞いて……やっぱり要らないっ」
しかし、よっぽど嫌なことが頭を過ぎったのか、顰めた表情で勢い良く身体を起こすと、ココアをもう一口二口飲む。
どうやらこれで気分転換は終わりらしく、ルヲーグは大きく伸びをすると、再び紙束を眺めると考え付いたことを書き留めていくのだった。