表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第一章 『旅立ちと出会い』
3/120

第二話



 聖大神殿。世界に四棟だけ存在し、それぞれの女神を祀る総本山。各巫女たちは自分の聖大神殿で寝起きし巫女としての仕事をこなす。

 そこに国が介入することは出来ず、代々巫女が女神の代理領主として治めているが、領主としての仕事は修員と呼ばれる人達が代わりに行っている。


 洞窟の中に造られた巨大な神殿。女神を祀る聖大神殿の一つ、大地の女神であるワイズを祀る場所である。

 入り口から中央を通る様に深紅の絨毯がひかれ、その左右には茶色の長椅子が何列も置かれて、壁には明かりを灯すことの出来る魔道具。一番奥には他よりも一段高い場所があり、翼を生やし髪の長い女神ワイズの像が置かれていた。

 また、天井の一部は人工的に穴が開けられ、そこには彩色豊かなステンドグラス。幻想的な光が舞い降り、数千年という歴史を持つ聖大神殿からは大地の息吹を感じることが出来る。


 そんな神殿の中、一人の少女が熱心に祈りを捧げていた。

 栗色の腰まではある軽くウェーブの掛かった髪に、閉じられた瞼と組んでいる両手で口元が見えないが、それでも整った顔立ちだということは判る。そして、彼女の身にまとう服装が目の前のワイズ像と同じものである事に気づく。

 彼女こそ大地の巫女であるマリア・ワイズ・エレット。今年で十八歳になるマリアだが、その容姿から幼く見られるのが密かな悩みであった。


 祈りを捧げ終わり瞼をそっと開けると、若葉のような緑色の瞳が輝きを見せる。


「出立の儀の時間ですか」


 そう言って振り返るマリアの視線の先には、マリアの愛らしさとは逆の美しさを持つ女性が佇んでいた。

 彼女の名はイーリス・ネルンスト。白銀に輝くセミロングの髪と淡い紫色の瞳をもち、ドレスでも着込んでいるなら何処かの貴族令嬢と勘違いされそうな彼女だが、今は鎧に身を包み腰には細身の剣が下げられている。

 役職は大地の巫女の近衛師団の団長。近衛とはついているが軍の一部隊ではなく、国の軍という呼び方が近衛師団というだけと理解した方が早い。


「はい。グウィード、タウノの両名は既に待機しており、後はマリア様の到着で始まります」


 イーリスの真剣な視線を受け、マリアの瞳が揺らいだ。


「姉さん、これからだよね」


 俯かせるその顔は今までと違い、不安の色で染められている。

 だが、どちらかと言えばこちらの方がマリアの素顔で、いつもは巫女としての仮面を被っているに過ぎない。幼い頃から一緒に育ってきて、マリアから姉と慕われているイーリスも勿論それを知っている。


「大丈夫、私たちも居るから」


 だから、マリアが巫女の仮面を外した時はイーリスも姉という立場に変わる。イーリスにとってもマリアは幼い頃から一緒に育った妹だからだ。

 イーリスはマリアを安心させる様に微笑みを見せた。イーリスの慈しむような笑顔、ただそれだけでマリアの心の霧は払われる。


「うん。……イーリス、参りましょう」


 一つ頷いてから上げたマリアの顔からは先程までの不安は消え去り、自信と信頼に満ち溢れ、イーリスを引き連れると光の差し込む巨大な扉に向かって歩み始める。






 マリアの到着と共に『出立の儀』は始まった。

 出立の儀の内容はそれほど特別なことも無く、修員の祝辞やら今の世界の状況などを話す程度。ここに集まっている人達も、出立の儀の内容よりマリアやイーリスを見る事の方が優先事項のようである。


 そして、遂に最後のマリアの聖誓の時、マリアは豪華な装飾が施された舞台へと向かう。聖誓が終わった時点で全ては動き出す。一緒に旅立つグウィード、タウノの両名は乗り込む馬車の両脇を固め、イーリスはマリアの隣で佇む。


「皆さん、悲しい事に二百年の時を経て、魔王が我々の世界にやってきました。昨年のラシィルの災害で悲しみ暮れた皆さんも未だ元の生活に戻っておらず、不安と苦しみ恐怖の中を過ごされていることでしょう。我々が倒すべき魔王はそんな皆さんを再び、そして人類のみならず生物全てを悲しみや絶望に突き落とす存在です。ですが皆さん、恐れる事も嘆く事もありません。平和を望み天に祈りを捧げれば、その願いは女神ワイズ様に届き、私たちに力を与え必ずや魔王を退治てみせましょう」


 マリアの聖誓が終わると、人々からはマリアとワイズを称える声が聞こえてきた。

 その歓声の中、イーリスを背後に従えと馬車へと向かう。そして、グウィード、タウノと視線を合わせ民衆の方に振り返り一礼すると、先に乗ったイーリスに続いて馬車に乗り込む。


「素晴らしい聖誓でした」


 マリアの後に乗り込んだ優男の名はタウノ・ホルマ。焦茶色の髪に同色の瞳をしているのだが、それは目が細すぎて確認し難い。一見すると戦いには向いてなさそうだが、覚えている魔法は攻撃系に特化していて、近衛師団の魔法部隊の総括長である。


「しかし、ワイズ様の名を使っちまったんだな」


 最後に乗り込んだのは赤茶色の髪を刈り上げ、海の様に深く蒼い瞳を持った筋骨隆々の男。

 タウノのより身長の高いイーリスですらすっぽりと隠れそうな身体を持つ彼はグウィード・セラーノ。近衛師団の副団長でありながら、その実力は団長であるイーリスより強く近衛師団一。

 また、自身の親友であるイーリスの両親が亡くなった際には、少女だったイーリスを引き取って育てた義理の親でもある。


 約束事に女神の名を使うという行為は、『必ずそれを決行し叶わなければ自らの命を絶つ』と、いう暗黙の誓いがある。

 マリアはグウィードの複雑そうな視線に頷いて答えると、動き出した馬車の外に視線を移した。そこには馬車の通る道の左右に楽しそうに笑い騒ぐ民衆の姿。


「……皆はもう他人事のように思ってる」


 笑顔で手を振りながら外を眺めるマリアの視線には、何処か物悲しさや冷たい物が含まれていた。

 馬車の中に居るのは素顔のマリアを知る人ばかり。その為、いつもの様に砕けた口調になっている。


「そうですね、まるで既に全てが終わったかのよう。僕たちからすれば、これからが始まりだというのに」


 タウノとイーリスの顔にも影が落ち、車内に重苦しい雰囲気が漂う。


「アホかお前ら。何、出立して直ぐに暗くなってんだ。俺たちはただ大切な物を守る為に、笑っていられるように戦うだけだろうが」


 だが、そんな空気を振り払ったのは年長者であるグウィード。その台詞にそれぞれ思うところがあるのだろう、一様にハッと顔を上げた。


「マリア、父上の言う通りだ。マリアには私が、私たちが付いてる」


 マリアの横に座っているイーリスは、そっとマリアを抱きしめる。

 世界に四人しかいない巫女、マリアはその内の一人なのだ。常に言動には注目され、さまざまなプレッシャーの中で生きてきた。巫女になって初めの頃は、期待に応えようと頑張り過ぎて結果を出せなかったり、前夜には中々寝付けないこともあった。


 巫女とは常にプレッシャーと共に生きている。それらを和らげ補助する為の近衛師団であり、代々団長が女性ということも同性にしか話せない事もあるからだ。


「うん、分かってる。私には皆が居る……大丈夫だよ」


 マリアが笑う。

 貼り付けの笑顔とは違い本当の笑顔。ただそれだけで、車内は朗らかな優しい雰囲気に包まれた。

 マリアには巫女というものを抜きにしても、周囲を和ませる力がある。イーリスたちはそんなマリアだからこそ守りたいのかもしれない。




 ◇◇◇




 マリア達が旅立ち少したった頃、途中泊めてもらった家の小母さんが、レオとエルザを恋人だと勘違いしたこと以外は何事もなく、無事オークリィルに辿り着いた。

 大きな街であるオークリィルの入り口には門が置かれ、常時二人以上の門番がそこに居て、街に入る場合は身分証を提示しなければならない。


「ようこそオークリィルへ。ここには巫女様を見にいらしたんで?」

「はい、そんなもんですよ。といっても私たちも旅の途中何で、すれ違ってたら直ぐ出て行くと思うんですけどね」

「巫女様方はもう到着されましたか?」


 長い行列がようやく進んで自分たちの番になり、門番にギルドから発行されている身分証を見せ、一人が確認作業している間に巫女たちの情報を聞く。

 現在ここに居る門番は十人以上で、目視のみでなく魔道具を使う確認作業。いつもより多い人の出入りと厳重な警戒が、巫女の訪れが確実なのと未だ到着していないことを示していた。


「いや、まだだよ。巫女様は聖大神殿側の門から馬車で入って大広場に、そこで街長から花束を受け取る予定。そうそう、大広場は警備するから見学する時はちゃんと言うこと聞いてくれよ」

「もちろん、そんな人が多い所で騒いだら危ないじゃないですか」


 確認の終わった身分証を受け取ると、二人は門番に挨拶してオークリィルへと入っていく。

 初めて訪れたオークリィルは、いつもそうなのかマリア達が来るからなのか、街にはゴミ一つ見当たらず綺麗に掃除されている。泊めてもらった小母さんによると、オークリィルは彫刻が特産品らしく、確かに街に入って直ぐに色々な彫刻が置かれていた。

 しかし、いくら特産品とは言え、旅をする途中でそんな物を買えるはずもない。二人は少し早めの昼食を取るため、多くのお土産屋を横目に軽食の取れる喫茶店へと入った。


 喫茶店はこれから巫女が来るからだろう、早めの昼食を取ろうとした沢山のお客でごった返していたが、幸い数人の空きはあったのでレオとエルザは待つ事無く席へと通された。

 メニューを見てレオはお任せサンドとコーヒー、エルザはじゃがバターチーズパスタと食後にケーキと紅茶を頼み、二人は食事を取りながらこれからのことを話し始める。


「これからどうする?」

「そうね~。先ずはアクセサリーも見たいけど~、大胆な水着なんちゃって、きゃ~~」


 エルザは一人で頬を赤く染めてバタバタと暴れる。確りとお皿にフォークを置いておくのは、持ったまま暴れると危険だと思ったからだろう。


「そうか、じゃあ別行動だな」

「って、キレイに流さないでよねっ」


 そんなエルザとは対照的に心底どうでもいいかのように、窓の外を見ながら呟くレオは、本当にどうでもいいと思ってるのだろうが、そのことにエルザは頬をリスのように膨らませて不満の声を上げた。

 レオはため息を一つ零すと、視線を外からエルザに戻す。そこには頬にパスタを詰め込んで膨らませ、幸せそうにニコニコと笑っているエルザの姿。いつも通りの変化なのでレオは特に気にしていない。


「美味いか?」

「ほいひいよー。……ん、いや~嘗めてたわ喫茶店。ホクホクとのジャガイモと形を潰してたジャガイモの二種類がパスタに乗っかってて、それをとろけたチーズと深い味わいのバターがまとめてるの。しかも、ちょっとかかったパセリで苦味のアクセントを加え、少し芯の残ったパスタはジャガイモと違う食感を楽しませてくれる」

「一口くれ」

「サンド一個とパスタ一本ならいいよ」


 そう言いながらもパスタを食べる手を止めず、レオも元から期待もしていないので自分の頼んだお任せサンドを一口齧る。

 出てきたサンドは焼きサンド。両面に焼き目が出来ていて、中身は瑞々しいレタスとトマト、それにジェル状のドレッシングがかかっていた。食感は先ずパリパリとしたパンの焼き目、次にシャキシャキとした瑞々しいレタス、そして最後に水分を沢山含んだトマト。厚みのあるトマトは、下手すればそれだけのあっさりとした味になる可能性があったが、微かに舌に残るのはオイルと甘酸っぱいドレッシング。

 素材としてはありふれているが、それ故にここまで美味しくなる事にレオは驚いた。


 二人は出された昼食を食べ終わり、エルザは頼んだケーキと紅茶、レオはお代わりしたコーヒーを飲みながら食後をまったりと過ごす。


「それで、どうやって巫女に同行するつもりなんだ?」

「そこはこのエルザちゃんにドーンと任せなさい。私の見事な話術で騙して……もとい、説得して同行を許可させてみせようぞッ」


 まるで舞台役者のように大きな演技をして、どこかの女王様のように高らかに笑う。喫茶店に入ってる別の客からは「何事か」という視線を浴びせられるのだが、そんなことは全く気にしてない様子である。

 レオはそんなエルザと同じ目で見られたくないのか、関係ない振りをしながらまた視線を窓の外へと移と、人が次々と街の出入り口に向かって移動しているのが見える。

 その顔は嬉しそうであり、楽しそうな一種のお祭りムードが伺えた。


「どうやら巫女さんたちが着いたようだぞ」


 店の客たちもそれに気付いたのか、勘定を済ませて出て行く人たちで出入り口は溢れている。

 だが、そんな中で未だに高笑いを続けているエルザにそう告げると、ついでにケーキを一口頂いた。


「ん、巫女さんたち着いたの……ってあれ? 何かケーキが小さく???」

「気のせいだろ」


 悪気もなさそうにズバッと言い切ったレオに「そうかな~?」と多少疑問が残ってそうなエルザだったが、そのままケーキを食べ始めた。レオもコーヒーをお代わりすると、外の人の流れを見ながらのんびりと飲み始める。

 巫女に会うのが目的とはいえ、別に急ぐ必要は無い。二人はいつも以上にのんびりとした昼食を取るのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ