第二十八話
ティナとの別れ門の外に出たレオ達だが、ここでマリア達とも別れることになっている。
レオ達は中央への道を進んで大海の巫女に会いに行き、マリア達は北への道を進んで次の依頼者に会いに行く。
「じゃあ、マリア」
「……うん」
ここに来てエルザとマリアの様子が変わっていた。エルザの方が明るく、マリアの方が落ち込んでいるのだ。
今にも涙が零れ落ちそうなほど瞳を潤ませ、マリアはエルザの右手とレオの左手を両手で包み込む。
「二人とも無理はしないでね」
「分かってる」
「マリアも元気でね」
握っていたマリアの両手が解けると、レオとエルザはイーリス達に向かって一礼し、バネッサ達と一緒に歩き出す。
それを見送るマリアの髪型は昨日と違っていた。両側面から後ろで一つに纏めていて、結ぶのは当然エルザから貰った白いリボンである。
「バネッサさん達と一緒なら安心ですね」
「途中までだけどね。でも、何で一緒に行ってくれたんだろう? バネッサさん達まで修院からいろいろと言われそうなのに」
何も一緒に旅立たなくとも、出発時間をずらせば良いだけのこと。
そうしなかったバネッサに疑問を感じ、マリアは小首を傾げるが、その答えは直ぐ近くから返ってきた。
「まあ、ただの好奇心だろう。父上が模擬戦で何も出来なかった事を話したからな」
離れていくレオ達の背中を見ながら、小耳に入ってきた言葉に頷いていたマリアとタウノだったが、その言葉の意味を理解すると凄い勢いでイーリスの方へと振り向く。
「ちょ、ちょっと姉さん、それは……」
「完全に戦う気、満々じゃないですか」
尊敬する父グウィードが何も出来なかったと聞かされ、その悔しさを晴らす為に戦う……のが三割。残りはそんな二人と戦ってみたい、という気持ちだろう。
そう、何を隠さずともバネッサは戦う事が好きな、バトルマニアなのだ。
マリア達に言われるまでもなく、イーリスもバネッサの性格からそうなるだろうと思っている。
模擬戦の事を話したのを多少後悔しつつ、レオとエルザの道中の無事を祈るのであった。主に、自分のせいで行われるであろう戦いの為に。
◇◇◇
イーリスに祈りが届いたのかはともかく、マリア達との別れから既に数日が経っていた。
やたら周囲を気にしているバネッサを誰もが不審に思っていたが、その答えは直ぐに分かった。戦いに適当な場所を見つけると、バネッサがレオとエルザに模擬戦の事を切り出したからである。
「それで、お姉様はお二人と戦ってみたいのですか?」
またか、と呆れた様子のピアとは対照的に、楽しそうに瞳を輝かせるのはバネッサ。
「もちろんだ、二人は父さんと良い戦いをしたと義姉さんから聞いたんだ。そう思うのは、戦いに身を置くものとして当然の感情だろ」
胸を張って言い切るが、その意見に頷いたのはフォルカーのみ。
味方が少ないことにやや憮然としながら、バネッサはエルザに詰め寄る。
「だから、やってみないか。条件は父さんの時と同じで、私一人対そっち二人だ」
「う~ん……どうしよっか?」
グウィードという人間の最強クラスと違い、バネッサはただ強いだけである。その為、エルザからすればどちらでも良く、結局はレオに丸投げした。
「良いんじゃないか、新しい剣の具合も試したいしな」
「レオは話しが分かるな。よっし行こう」
不満げだった表情は満面の笑顔に変わり、ダルマツィオに結界を頼むと、一人でさっさと走り出す。
そして、ある程度レオ達と離れると振り返り、レオとエルザの二人と向かい合う。
場所は平地で障害物の無い広場、周囲には木々が生えている。地面が岩ではなく土だが、それ以外ではグウィードと戦った場所と似ていた。
「それじゃあ、楽しもうか」
「……グウィードと似ているな」
背負っていた大剣を鞘ごと構えたバネッサは、楽しそうな雰囲気や二人を見つめる挑戦的な青い瞳だけでなく、その大剣を構えて立つ姿まで似ていた。
「父がグウィードで、幼少の頃から習った剣の師もグウィード。私以上に父さんの剣技を扱える者、そして越えられる者は居ないと自負している」
そう言い放つバネッサの瞳は、絶対の自信と熱意で輝いて見える。
レオはその姿を見て楽しそうに笑みを浮かべた。
「エルザ、今回は俺が前に出る」
「うわっ、相手がバネッサだからって事故を装って――」
「久しぶりに魔法連発してぶっ倒れるなよ」
相変わらずの無視っぷりに、エルザは見えない涙を流しながら練り上げた闘気を開放した。そうしないと魔法を使えないからである。
そして、バネッサに近付くレオとは反対に、少しばかり距離を取る。
「……エルザが前衛じゃないのか?」
模擬戦の内容をイーリスから聞いていたバネッサは、自分との模擬戦では本気を出さないのか、と微かに苛立ちを覚えていた。
バネッサが腹を立てているのも、ある意味仕方の無いことである。
何故ならエルザのような魔闘士は、闘気を練っていない状態であっても、剣などを用いて前衛を務める事がほとんどだからだ。
そして、それはエルザに対しても当てはまる。
魔法を使うだけなら上級も放てるエルザだが、接近戦のスペシャリストではあっても、後衛ではレオほど力を発揮する事は出来ないのだ。
「あぁ、さっきも言ったが今回はこの剣を試したいからな」
身体能力を上げるフェアルレイは既にかけてある。
レオが抜き構えた剣を見て、バネッサはそれが何であるか見抜く。
「RAAか、魔玉は無いみたいだな」
本来ならRAAの柄の部分には魔玉が填められているが、レオの剣にはその部分に蓋をしてあった。
魔玉が無いということは、不意打ちのような魔法は使えないということで、それはRAAの一番厄介な部分が無くなったということ。
レオは剣を逆手に持ち替えると、バネッサに柄が見やすい様に掲げた。
「まあ、学生身分じゃ手持ちが少なくて、なッ」
そして、いきなりの奇襲。
だが、これは模擬戦の話しを聞いていたバネッサからすれば、予想し警戒していたこと。特に焦ることもなく、二人の剣がぶつかり合う。
しかし、逆手のレオと大剣を振り回すバネッサとでは、当然圧力に差がある。
レオは剣がぶつかり合った瞬間、力を込める事無く後方へと飛び退き、さらに距離を離す。
「【風の刃よ敵を切り払え】ウインドカッター」
その後を狙ってエルザが魔法を放つが、下級の魔法では大剣を一閃することで切り払われてしまった。
そして、バネッサは笑う。
「次はスピアーズヒルでも使うか?」
二人がグウィードとの模擬戦と同じ始まり方をしているのに気付いたからだ。
もっとも、その二人は話し合って決めた訳ではなく、バネッサとの模擬戦ならグウィードと同じ始め方だろう、と同じ考えに至っただけである。
「いや、さすがにあの中で自由に動き回る何て芸当、俺には無理だな」
そう言ったレオも、もちろん岩槍に当たらないよう動いたり、壊しながら進む事は出来る。
ただ、敵の行動範囲を狭めたり自分の位置をばらさない為に壊さず、事前に生える場所を感知しながら移動。さらには迎え撃つ敵にも攻撃する、という事が出来るエルザが凄いのだ。
そんなレオの発言に、少し離れた場所でエルザは胸を張って鼻高々としている。
「だから、俺は俺のやり方でやらせてもらう」
すかさず左手をバネッサに向け、ヴァイジエアエッジを無詠唱術印で放つ。
五人はまとめて薙ぎ払えそうな大きさだが、バネッサは大剣を右肩に乗せるよう振り上げると、挑発的に笑って振り下ろした。
それによって放たれた衝撃波は、地面から吹き上がるのではなく地面を切り裂くように進む。その違いは衝撃の大きさと速さ。
バネッサが使った衝撃波はグウィードほど範囲は広くないが、突進するスピードは速い。
ヴァイジエアエッジを呆気なく切り裂き、衝撃波がレオを襲う。
「チッ」
衝撃波を放つと予想していたが、想定よりも速い速スピードに驚いたレオは、急いでその場から右に飛んで衝撃波をかわす。
そして、バネッサとの距離を縮めながら、魔法の詠唱に入る。
「【流動なる風の流れにのりて敵の懐へ誘え】オブスタクルウインド」
通常のオブスタクルウインドとは違う詠唱により、レオとバネッサの間に強風による道が出来上がった。
本来の妨害用ではない使い方にバネッサは驚き、またその効果を見て驚く。
「ッ、速――」
「遅いッ」
フェアルレイの強化と風の流れに乗ったレオは、一歩の踏み込みで五メートル近く距離を詰め、二歩でバネッサの目の前にまでやってきたのだ。そして、役目を終えた風の道は消える。
大剣を構える暇すらなくレオに斬りかかられたバネッサだが、大剣を手放し腕を交差させると、レオの一撃を受け止めた。
「今のは少し危なかったかもね」
「……良い籠手をしてるじゃないか」
危ないと言うバネッサだが、実際のところ表情には余裕たっぷりであり、レオもそれに気付いているからこその嫌みだ。
「話に聞いていた通り、面白い戦い方をするな。次はどんな事を見せてくれるのか、楽しみだッ」
レオを思いっきり蹴飛ばすバネッサの顔には、発言通り期待から純粋に瞳が輝き、子供のように無邪気で楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
◇
時は少しばかり遡り、レオが風に乗ってバネッサに斬りつけたところ。
レオとバネッサから少し離れた場所で、エルザは手持ち無沙汰に戦況を眺めていた。
「うーん、どうしよ。私が下手に魔法使ってレオに当たっても……それはそれで面白いか?」
まさかの身内に敵。
もっともそれは冗談だろうが、エルザはバネッサとの戦い方を前衛者として考える。
「グウィードさんもだけど、バネッサさんが手加減してくれるのは当然だし、やっぱ付け入るならそこしかないよね」
今の籠手で剣を受け止めた状況も、大剣を構えて防ぐ暇は無かったが、振り抜く事は出来たとエルザは思っている。
ただ、そんな事をすればレオの勢いもあり、レオの身体が無事では済まない。だからこそ、バネッサは武器を手放して防御に回ったのだ。
「まあ、だからどうするんだって話で【アクアショット】」
何とか左腕でバネッサの蹴りを防御したが、吹っ飛ばされるレオを見て、エルザは無詠唱術印による援護を行う。
「あの手の武器は【ファイアーボール】懐に入られるのが嫌だろうし【ストーンエッジ】私が前衛だったらなーー【ストーンブレッド】ってか私が目立てなぁーーい【エアーショット】」
影が薄いのはレオの役目なのに、と中々に失礼な事を考えるエルザであった。
レオを吹っ飛ばしたバネッサは、大剣を拾うとレオを追撃しようと足に力を入れるが、そうはさせじとエルザによる下級魔法が連続で襲い掛かる。
「ふっ、ハァッ、この程度で……ッ」
一発目のアクアショット、二発目のファイアーボールを切り払ったバネッサは、次に向かってくる魔法見て「待ってた」と言わんばかりに笑顔で舌打ちする。
襲い掛かるのは大小の石による面の攻撃。エルザが最後に放ったエアーショット、これによって直前に放たれた土魔法二つが同時に襲い掛かるのだ。
ただ、面による攻撃ではあるが奥行きは無い。つまり、石を何個か払えば問題無いのである。
バネッサは自分を襲う石にだけ注意を払い大剣を振り上げるが、それこそがエルザの罠。大剣を振り下ろそうとした瞬間、風が吹き抜けた。
「なっっ」
いや、正しくは元から吹いていた風に当たっただけである。
エアーショットとは石を揃えて運ぶ役割だけではない。目に見える石の壁に驚き、打ち落とそうと集中した時の身体を押しのける役割を持つ。
むしろ、エアーショットでバランスを崩させ、その後を小石で襲う併せ魔法である。
バネッサは驚きから身体を一瞬硬直させるが、さすがにバランスを崩す事無く剣を振るう。
「【エアーブレッド】」
だが、それでも後手に回ってしまったのは否めない。レオはすかさず術印を描き空気の弾を放つと、バネッサに向かって走り出す。
「エルザ、踏み台だっ」
「はいはい、【アースシールド】」
やる気の無い返事だが、素直にバネッサの大剣が届かない場所に土の壁を創りだした。
土属性の補助魔法をエルザは苦手としており、使ってみてもその名通り強固な盾にはならず、敵からの攻撃を防ぐことは出来ない。せいぜい、レオの言ったとおり踏み台程度にしかならないのである。
呪文を唱えながら走りレオは土壁に飛び乗ると、そこから更にジャンプ。
「サンダーボール」
そして、バネッサの頭上に黒雲を配置すると、そのまま背後を取るように着地した。
「フォールスサイクロンだったかな?」
「残念ながら違うな。【巨木をなぎ倒しあらゆる物を巻き込みし風、全てを逃さぬ渦となれ】ウィキッグ」
グウィードとの模擬戦のエルザと同じように背後を取ったレオに、バネッサはそう聞きながらレオの方へと振り返る。
だが、レオはそれを否定すると、左手に持った剣に魔法を掛けた。これにより風が剣にまとわり渦を巻く。
そんなレオの様子を見ながら、バネッサはイーリスの言っていた通りの二人の戦い方に感心していた。
言うなればレオは『策略型』。いくつかの流れを考えておき、状況によって使い分け相手を仕留める戦い方。
経験が物を言い、想定外の事が起こると対処が遅れるのが弱点である。
そしてエルザは『本能型』。思ったことを行動に移すため、変に考え込まない分、反応や行動が速くなる戦い方。
こちらは、その人物の癖が分かれば対処しやすいという弱点がある。
ただ、二人は互いを上手く補助し合い、さらに自分以外の型も混ぜ合わせた、まるで歴戦の戦士のような戦い方にバネッサは感心したのだ。
故に、策略型のレオが何も置かなかった左右が気にかかった。
だからこそバネッサは、何かあれば左右に逃げるのではなく、前方のレオか後方の土壁や上空の雷雲に突っ込むのが最良だ、という事を考えてしまった。
「行くぞ」
「……ッ」
レオの掛け声と共に土壁の向こうから闘気が発生し、何かが壊れる音がバネッサの耳に届く。
バネッサは急いでそちらに振り返るが、既に目の前にはエルザの姿。
最早大剣を振るう範囲ではない。バネッサは咄嗟に腹部に力を入れ、そこをエルザが容赦なく殴り飛ばす。
「やりっ、大当たり」
「グゥッ」
殴られた腹は痛むが、それよりも飛ばされた先にはレオが居る。バネッサはレオの方へと身体の正面を向けながら、いつでも大剣を扱えるよう握り込む。
案の定、エルザが土壁を壊したのを合図に駆け出していたレオは、既に剣を振りかぶっており、直ぐにバネッサ目掛けて振り下ろした。
「くっ」
だが、その一撃は大剣によって防がれる。
もっとも防いだバネッサの体勢は悪く、片膝を付いてレオに正面を向けていない、やや半身の状態。
しかも、先ほどレオが使った魔法により、剣同士が風によって引き寄せられ、多少の揺さぶりでは動きにくい強制的な鍔迫り合い状態である。
チラリとレオに視線を上げたバネッサは、一瞬違和感が頭を過ぎる……が、その答えは直ぐに分かった。
剣を持つ手が左右逆なのだ。先ほどまでは右手が上、左手が下だったのが、今のレオは左手が上、右手が下になっている。
その理由が何なのか考えるよりも前にレオが動く。
バネッサの大剣が鞘に入ったままなのを利用し、右手を放すとバネッサの大剣に手を当て、体重を乗せながら押さえ込んだのだ。
「降、参はっ」
「する、と思うのかっ」
降参する事を拒否しつつ、バネッサはエルザの位置を確認する。
二人の相性の良さは抜群である。まるで、互いが何をしたいのか理解しているかのように。
だからこそ、今レオに押し込まれようとも、先ほどのようにエルザの動きを見落とせば、今度はそちらから押し込まれてしまう。バネッサはそう理解した。
だが、レオは既に動いていた。
バネッサには見えていないが、右手の人差し指に魔力を集めると大剣に術印を描く。
「【ボルト】」
そして短くワードを唱えると、剣に掛けた魔法を解除しその場を飛び退いた。
通常、近くにいるモノに対して雷を放つサンダーボールだが、レオが描いた術印によって、そこを目指し雷が落ちる。
「やったぁっ」
爆音と共に砂塵が巻き上がり、思わず喜びの声を上げるエルザ。
だが、それとは反対にレオは急いでその場から離れる。
しかし、間に合わない。
砂塵を切り裂くように笑みを浮かべたバネッサが現れると、自慢の大剣を容赦なく振り払った。
「ぐあァッ」
剣による防御も出来ず、重く鋭い一撃を左腕に受けたレオは、地面を二転三転しようやく止まる。
その様子を見たバネッサは思わず声を上げ、急いでレオに駆け寄った。
「……あっ、す、すまない大丈夫か?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
そう返事して身体を起こすレオだが、大剣を受けた左腕は紫色に変色し、通常の倍ほどに膨れ上がっていた。
そして苦痛に顔を歪め、左腕は力無くだれ下がったまま。
怪我をしたレオだけでなく、バネッサにも左腕の骨が折れた事が分かった。
ただ、模擬戦や訓練中に骨折するのは、当然起こりえること。
後悔し落ち込んでいるバネッサを見て、レオは既に続行不可能であろう模擬戦を終わらせる為、剣先をバネッサに向けた。
「これで、俺達の勝ちか?」
「む、むぅ」
負けるのは嫌だが、続行する気の無いバネッサは渋々負けを認めるのだった。