第二十七話
戻ってきたレオ達に連れられ、高級宿へと向かったエルザ達。
この時、ダルマツィオが四人部屋と六人部屋を取り、レオとエルザが一緒に泊まると聞いて、エルザはもちろんマリア達もお礼を言っていた。
そして夕食時、六人部屋に集まり食事を取ることにしたが、マリアとイーリス、バネッサとピアはダグ襲来の説明と夕食に招かれ城へ。キルルキは修院に連絡し、そのまま別で食べるとのことで不参加である。
「では、全員揃っておらぬが、友との再会と新たな出会いに乾杯っ」
「おっしゃ、堅苦しぃのは抜きにしようぜ」
テーブルに並べられた豪勢な料理は、アゼラウィルの地方料理や高級食材を使った料理など、肉魚野菜果物と所狭しと並んでいる。
それは五人で食べるのは無理と思える量で、タウノが注文する時に止めたのだが、ダルマツィオが言うにはフォルカーはかなりの大食漢らしい。
現に今もかなりの速さで料理が減っている。実は、ダルマツィオが部屋のランクを落としたのも、食事にお金が掛かるからであった。
「なるほど、中々お前さんらもしっかりしておるの」
やはりというか話題の中心はレオとエルザの二人。何故マリア達と一緒に旅をしているのかを聞いて、ダルマツィオは感心したように頷いた。
「そんで修院から目ぇ付けられて、パーティーを抜ける羽目になった、と」
「ちょっと、フォルカーさん」
「まあ事実だし、そんな気使わなくても大丈夫だよ」
別に嫌味で言った訳ではないその言葉を嗜めるタウノだったが、言われた本人達は全く気にしてない。
むしろ、エルザは夕食までに仲良くなったということもあり、運ばれてきた高級料理を遠慮なくご満悦な様子で食べている。
「私は陽姫殿に仕えて長いが、やはりどこも修院との関係にさほど違いは無いか」
「そうですね。まあ、今回の件は当然と言えば当然な処置ですが」
タウノは感情で納得出来なくても、頭では理解出来ていた。
いつまでも愚痴を言うつもりは無いが、それでも不満の表情を浮かべてしまうのは仕方なく、それを見たエルザはふと思った疑問をタウノに訊ねる。
「そう言やさ、何で巫女と修院ってそこまで仲が悪いの?」
エルザの時代の修院との関係は、小言を言われて煩わしく感じるものの、今ほどギスギスした感じはなかったからだ。
それに対するタウノ達は、苦虫を噛み潰したような表情。
「文武官の対立みたいなモノじゃないのか?」
エルザよりも巫女の内部に詳しくないレオだが、その憶測は概ね当たっていた。
ため息を一つ吐き出しコップを手に取ったダルマツィオは、その中身を覗き込んで一口飲む。
「確かにそうだの。もっとも、それ以前に四聖会のトップが修院というのが、仲違いの大前提にあるじゃろう」
「まあ、これは巫女さん達の考えと言うより、俺ら周りの考えだろうな」
そこでフォルカーは突然声を上げ、頭を掻き毟った。
「ああぁぁーーーー、思い出したら腹が立ってきた。口が悪ぃ? 悪ぅござんしたね、生まれが悪いもんでよっ。大体、経費経費って煩せぇんだよジジイが、少ねぇ中でやって更に抑えろたぁどう言う料簡だぁっ。しかも、テメェらの使ってるトコばっか金掛けてんじゃねぇぞ、オラァッ」
肩で大きく息をしながら、酒を一気に呷った。子供が見たら泣き出しそうな形相だが、レオもエルザもそれに驚くことはない。
むしろ前から知り合いのタウノの方が動揺している。当然ながら、ダルマツィオは動じる事無く、静かに酒を飲みながらフォルカーを嗜めた。
「フォルカー、昔に戻っとるぞ。今は部隊長だろうに」
「ま、まあ総じて仕事が出来てプライドも高い人が多いですからね。組織のやり繰りが難しいのは分かるんですが、亀裂を生まないよう努力して欲しいです」
お酒の手伝いもあってか、タウノからも愚痴が零れ落ちた。もっとも、フォルカーとて組織の上層にいる人物である。
「悪ぃ悪ぃ、飯時の話じゃねぇーな」
料理を頬張り酒を呷ると、レオ達に謝り話題を変えた。
「んで、俺らに会ったって事は、次は大海の巫女メーリさんトコだよな」
「そうだねー。……でも、その巫女さんは今何処に居るんだろ?」
はたと思ったエルザはレオに視線を送るが、当然レオが知るはずもなく肩をすくめる。
ただ、レオとすれば、聖大神殿から出発するのは分かっているので、マリアの時と同じく予想を立てながら移動するつもりでいた。
距離が近くなれば、噂話から新たな予想を立てることも出来る。
「確か姐さんがナイドリス村の報告した時に、モニチ辺りって言ってなかったすか?」
「うむ、正当に大きな街を移動しておるようだ」
「人の多い場所を移動中ということは、依頼があるのはもう少し後でしょうか」
壁の世界地図を見ながら、大海の巫女とレオ達が出会える場所を予想していく。
しかし、地図を眺めていたフォルカーが何かに気付いたのか、料理を摘みながらレオ達に話しかけた。
「おっ、もしかしたら、しばらく俺らと道中一緒かもな」
「確かに、アゼラウィルからの道は二つしか無いしの」
「へっ?」
そこでエルザが門の外から繋がる道を思い出すと、ダルマツィオの言った数と違い、思わず小首を傾げる。
「でも、門の前の道は三つあったよね」
「あの一つは神聖樹への道なんですよ。そして、そこから先は続いていません」
タウノが言うには、他国から神聖樹アゼラウィルを奪取され難いように、王都以外からそこに繋がる道は無いらしい。つまり、神聖樹へ向かう道を選んでも、その先は森や山の補整されてない道なのだ。
「タウノ達はどの道を行くんだ?」
「おそらく北に進む道でしょう。次の依頼場所へ向かいますから」
タウノによると東、中央へと向かう道の方が整備されているらしく、レオやバネッサ達はそちらを進んだ方が都合が良いとのこと。
マリア達もそちらから依頼者の所へ、レオ達も北への道からメーリの所へ行くことが出来るらしいが……。
「どちらにせよキルルキが別の道を選ぶでしょうから、二人は便利な道を進んだ方がマリアさんも安心するでしょう」
予想しやすい展開に、タウノはため息を零し首を左右に振った。フォルカーもそれが分かっているから、同じ道を行くかもと言ったのだ。
「フォルカー達は転移魔法を使って元の場所……は無理でも、近くの町に行かないのか?」
「それはダメだの。こちらに来たのは緊急事態でしかなく、基本転移系は禁止されとる」
レオの疑問もダルマツィオが直ぐに否定する。また、転移には修院の許可が必要だと言い、それをタウノが補足した。
「僕らが許可されたのも、魔獣という国軍が動くほどの事態で、詳細な報告が必要なこと。それと多額の寄付をして下さった、ヨーセフ氏の頼みというのが大きいでしょう」
そう聞いたエルザはうんざりしたように食べ物を口へと放り込む。
「まーた、お金か。でも、バネッサさんと一緒に行けたら楽しいかもね」
「ま、本当に一緒になるかは、姐さん次第だろうな」
会話をしながらも食べる手を止めない二人。いつの間にかテーブルの料理は半分以上無くなっていたが、そのほとんどはフォルカーが一人で食べたのだった。
◇◇◇
魔者襲撃の経緯を話し、王族との食事会を終えたマリアとイーリス、バネッサにピアの四人は、揃って宿に帰ろうと城の廊下を歩いていた。
しかし、背後からマリア達を呼び止める声。振り返れば、そこにはメロディ王女と近衛兵のトマーゾとバレンティナの三人の姿。
メロディはいつも通り優しく微笑み、トマーゾはどこか楽しげに、そしてバレンティナは気落ちしているように見える。
「マリア様、イーリス様、一つ申し上げたい事がございます。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
メロディにそう言われ、マリアはイーリスと相談することなく頷き、イーリスも同じく頷いた。それは、メロディの言いたい事が予想出来たから。
ただ、それを本人が言わない以上、そこには何かしらの事情があるのだろうし、マリア達から言い出す事ではないと思っていたのだ。
「ティナの、バレンティナの事です」
「……分かりました。三人で話しをしても?」
「はい。ティナ、今日はご苦労様でした、ゆっくりと話してきなさい」
メロディはバレンティナに微笑むと、マリア達に一礼して踵を返した。そして、マリアがレオ達への伝言をバネッサに頼むと、バレンティナの案内で城の中庭へと移動する。
案内された中庭には、季節の花々が美しく咲き誇っていた。ただ、手入れが行き届き花の甘い香りが漂うも、三人はその事に全く触れず、近くの木製の椅子に腰掛ける。
最初は遠慮して座らなかったバレンティナだが、マリアの勧めで座ること数分。
何度か深呼吸をして覚悟を決めて頷くと、バレンティナはベンチから立ち上がりマリア達の正面に回る。そして、勢い良く頭を下げた。
「すみませんでしたっ」
「……今のが本当の姿で良いのかな、ウィズさん」
名前や顔、髪の色が違っていても、声や仕種、闘気や戦い方。そして何より、ウィズの頃と変わりない感情を映し出す青い瞳。マリアは、いやマリア達は気付いていた。
「はい、私の本当の名はバレンティナ・ハイメス。メロディ王女の近衛兵を務めています」
後悔や申し訳なさなど色々な感情が混ざり、バレンティナの瞳は薄っすらと潤んでいる。
そんなウィズの頃と違う雰囲気を見て、マリアは少し微笑むと再び椅子に座るよう促す。
「私は全然気にしてないよ」
「当然、私もだ。しかし、城に勤める近衛兵なら、礼儀作法も仕込まれているということか」
元傭兵と言うには、礼儀作法が確りとしてたウィズ。イーリスはそれに合点がいったと頷いている。
「それで、バレンティナさんは……」
「あっ、ティナで結構です。そう、呼んで下さい」
「うん。じゃあ、ティナさんは何であんな事をしていたのか、聞いてもいいかな?」
これはただの興味本位なのだが、ある程度の予想は立てられた。
しかし、ティナは申し訳なさそうに首を横に振る。
「申し訳ありません、それは私の一存で答えられるものではありませんので」
「ううん、良いよ気にしないで」
むしろ興味本位で聞いただけで、そこまで悲しそうな顔をされると、逆に悪い事を聞いてしまった気になるマリアであった。
しかし、ティナは両手を握り締めると、二人を真剣な眼差しで見つめる。
「ただ……私達テーゼの件は、まだ片付いてないのかもしれません」
それは、ある意味正解を教えたのと変わりはない。
マリアは自分の予想が外れてないと確信し、ティナの瞳を心配しながら見つめ返すが、そこにはエンザーグ戦で見せた復讐に曇った瞳ではなかった。
過去を思いを懐かしみ決意を燃やす瞳に、マリアは安堵してイーリスと言葉を交わさずに笑いあう。
そして、二人でティナの手を握って椅子から立たせると、戸惑うティナを余所に楽しそうにレオ達の待つ宿へと向かうのだった。
◇◇◇
宿に戻ってきたマリア達は、それとなく事情を察したバネッサの計らいにより、ティナも今日は六人部屋に泊まることに決定。これで夜遅くまで話しをすることが出来た。場所は四人部屋よりも広い、マリアとイーリスの二人部屋。
開口一番ティナの謝罪に対し、薄々と気付いていたレオ達は素直に受け入れ、それからは騒ぐ事無く同僚や仕事の話しなど、どうでも良い事で盛り上がる。
ティナとの別れの夜は、そんな普通の時間を一緒に過ごす事で終わった。
そして翌日、仕切りなおしの旅立ちの時。
昨日と同じく国の代表として見送りに来たトマーゾは、ティナの憑き物の落ちた様子を見て静かに微笑んだ。
テーゼが崩壊した後、ティナを保護したのはトマーゾであり、それから面倒を見てきた娘のような存在でもある。
それに加え「騙していたことを話して嫌われたら」などと、ビクビクしていた様子も思い出し、自然と笑みが零れたのだった。
「昨日も合わせると、三回目かな。ティナさんに見送ってもらうのは」
「ふふ、そうですね。神聖樹の時は一緒に行きましたし、エンザーグの時は後から追いかけました。……では、身体にお気を付けて下さい」
ティナとの別れは、それぞれが握手と言葉を交わして終わった。
そして、最後の番だったマリアが終わり、大地の巫女一行は門へと向かう。門の外で待ってる、キルルキやバネッサ達と合流するためである。
周囲に歓声が響き渡る中、レオ達が出て行った門を眺めつつ、今まで黙って見ていたトマーゾが口を開く。
「マリア様方と親しくなったのも予想外だが、噂の召使い二人ともずいぶん仲良くなったみたいだな」
「もちろんです。ただ、あの二人は召使いという役回りではありません。彼らもマリア様の大事な仲間なのですから」
不機嫌そうに眉を顰めトマーゾを咎めるティナだが、トマーゾが本気で言ってないことは分かっている。
ただ、冗談でもそんな事を言って欲しくないのだ。
それに気付いたトマーゾは、本気で楽しそうに笑い声を上げた。
「ははっ、お前にそこまで言わせるとは、中々優秀そうな人材じゃないか。四聖会に取られる前に、ウチにでも勧誘するか?」
「それは名案……ですが、私達よりも先に、マリア様自らがお誘いしそうですよ」
冗談半分、本気半分の提案に賛同しながらも、ティナはそれが成功しそうにないとほぼ確信していた。
もっとも、トマーゾとて成功するとは思っていない。ただの四聖会への嫌味や愚痴のようなものだ。
誰もが憧れる巫女、そして巫女を護る護衛団。それらの所属は四聖会であり、優秀な人材がそこに集中するのは当然の成り行きだった。
そして、余った人材を他の国や組織で取り合っているのが現状である。
もちろん、優秀な人材全てが四聖会に入る訳ではなく、実際に立候補すれば巫女候補に選ばれたであろう人材が、国に残って軍人になった例などもある。
故にトマーゾの発言はただの嫌味や愚痴でしかないのだ。
「さて、魔王の事を巫女様方だけに任せるのは心苦しいが、こちらはこちらとてやる事がある」
その言葉にティナは力強く頷く。
巫女には巫女の国には国の立場があり、やるべき事があるのだ。
例え世界の主役と呼べる人物が居なくとも、世界は回り時は流れる。
過去の出来事を終わらせる為に、今に目を向ける為に、そして未来へと歩みだす為に……バレンティナ・ハイメスの物語はまだ終わらない。