第二十三話
二泊三日のお使いを終え、神聖樹から帰ってきたマリア達。
そのまま城に向かうことはせず、レオとエルザに報告とお風呂で汗や汚れを落とすため、一度ヨーセフの家へと戻った。
「それで神聖樹はどうだった?」
「凄く大きくて、近くに居るだけで本当に魔力を吸われちゃった」
そして、準備も整って城へと向かいながら、それぞれの状況を説明しあう。
レオ達は剣を買ったことと、空き瓶を手に入れてユレルミに分析をお願いしたこと。
マリア達の場合は、目的とそれを達成したのは分かっているので、聞くのは神聖樹を見た感想などである。
そんな会話も城に近づくほど少なくなり、城内を歩く時は無言でやや早足になっていた。
「先生、これくらいで良かったでしょうか?」
「えぇ、これだけあれば……ありがとうございます」
ユレルミは医務室にやってきたマリアから、神聖樹の葉や樹皮の入ったバッグを受け取ると、中身を確認して机の横に置いた。
そして、机に置かれた紙を持って椅子に座り、マリア達にも椅子に座るよう勧める。
「先ずは昨日の薬品の分析結果から話します」
そう聞いてマリア達は自然と居住まいを正す。
「あの薬品には高純度の魔力、おそらく魔獣の魔力が使われていました。もっとも、それはエリクサーの素材として必要とされてるので、当然と言えば当然なのですが」
ただ、それが何かまでは特定出来てないと言う。
それを聞いてエルザは、エリクサーをヨーセフが創ったと言った事を思い出し、それを告げる。
「そうですか、何か情報を聞ければいいですが……」
「教えてくれないんですか?」
「彼は商人ですからね。製造に使った全ての素材を教えてくれるとは思えません」
一つ大きなため息を吐き出すと、ユレルミは話しを進めた。
「次が本題なのですが、グウィード様を治療する前に、皆さんには伝えておくことがあります」
その真剣な様子にマリア達は再び姿勢を正す。
「今回、グウィード様の治療を行う方法ですが、体内にある多すぎる魔力を払うということは説明しましたね」
「確か二つの魔力があるとか」
「そう、問題はそこです」
ユレルミはバッグから神聖樹の葉、一枚を取り出すとマリア達に見せた。
「神聖樹を用いた治療はもとより、神聖樹自体に払う魔力を選別することはできません。つまり昏睡の原因の魔力と同時に、グウィード様の魔力も払われるということです」
そう言われ、マリア達も神聖樹が無差別に魔力を吸収していたことを思い出す。
そしてマリアは、ユレルミの言いたいことに気付き、目を見開き口を手で覆う。
「それじゃあ……」
「はい、ですからグウィード様の治療には時間が必要で、皆様と一緒に旅立つのは不可能です」
魔力と精神に強い繋がりがあるのは有名な話。その為、魔力が底を尽きると、精神を病んでしまうという噂もあり、魔を払うにはそれだけ注意を必要としているのだ。
ユレルミの話を聞いて、マリア達はショックを受ける。それは何も、グウィードと一緒に旅立てないことだけではない。
戦闘は当然だが、精神的な支柱であり、まとめ役でもあるグウィードが抜けるのだ。それが今後にどう影響するのかは、まだ分からなかった。
しかし、それも一瞬のこと。グウィードに頼ってばかりではダメだ、と全員が頭を切り替える。
「治療はどれくらいで終わりそうですか?」
「はっきりとは分かりませんが、数ヶ月は掛かるでしょう」
その期間を長いと取るか短いと取るか。
「先生、父上をお願いします」
グウィードの眠るベッドの横に座り、手を握っていたイーリスが立ち上がって頭を下げる。それに続いてマリア達も椅子から立ち上がると、頭を下げてグウィードのことを頼んだ。
「はい、任せてください」
そう返事をするのは、今までの優しく柔和なユレルミではない。
確固たる自信と揺ぎ無い信念を持った、王族ですら神聖樹の使用の許可を求めなければならない立場。聖王国アゼラウィルの首座医師、ユレルミ・ヒーデンマーその人であった。
◇
ユレルミにグウィードのことを頼んだマリア達は、買い出しを済ませてヨーセフの家へと戻る。
買ってきた物とはもちろん旅に必要な物で、グウィードと一緒に旅立てないことが分かった以上、この街に留まる理由は無かった。
「そう、ですか。明日にでも……」
出発する予定を聞いて、ウィズは悲しげに顔を俯かせた。
そんなウィズを励ますように、マリアは笑顔を浮かべてお礼を告げる。
「ウィズさんには本当お世話になって、いろいろとありがとう」
「いえっ、そんな……私もマリア様方と出会わなければ、大事なことを見失うところでした。本当ならあの時の女性にも、お礼を伝えたかったのですけど」
「いつの間にか、居なくなってたからな」
話しがヴィアラのことになり、エルザがわざとらしく無関心を装ってるのを見て、ボロが出る前にレオが話題を変えた。
「そういえば今度は寄り道せずに、まっすぐ魔城を目指すのか?」
「そうですね。とりあえず、次の依頼者の所までは最短ルートで進めます」
いくらお金を出してもらってるとは言え、討伐任務中の巫女をあっち行きこっち行きなどさせない。
あくまで魔城へ進みながら、その途中で困ってる人を助けているだけなのだから。
「……でも、このまま向かっても」
果たして魔王に、いやそれ以前にダナトに勝つことが出来るのか。マリアの悩みは全員が理解でき、そして答えも直ぐに見つかった。今のままでは無理、と。
だからと言って、何をすることが出来るのか。もちろん、マリア達も今まで以上に鍛錬に励むだろうが、その成果は一朝一夕で出るようなものではない。
ましてや、今はパーティーの大黒柱であるグウィードが抜けた状態なのだ。
「おっ、そうだ。他の巫女さん達に会いに行くってのは?」
一様に眉をしかめて唸っている中、唐突にエルザが両手を叩いて椅子から立ち上がる。
「身体を鍛えたからって、直ぐに強くなるわけじゃないしさ。やっぱここは数で押すのが良いんじゃない?」
「他の巫女も四人組なら、一挙に十二人仲間が増えるわけか」
「それは、物凄く豪華なメンバーになるでしょうね」
昔の自分と同じく、巫女による共闘案を出したエルザだったが、これに賛同したのはレオとウィズだけ。他のメンバーは苦虫を噛み潰したような顔で、賛同するまでには至らなかった。
「確かに、それは良い案かもしれませんが……」
「大修教様が何と仰られるか」
ライズの言う大修教とは、それぞれの聖大神殿で各巫女の次に偉い立場の人で、各聖大神殿に務める修員によって指名されている。
その為、立ち位置は修院側であり、マリアたち巫女側の頼みがすんなり通ることはない。
そのことが分かっているからこそ、マリア達の表情は一様に曇っているのだ。
「私たちは特別仲が悪いってわけじゃないんだけどね」
女神の降臨したとされる日、最低でも年に一回は出会ってる巫女との仲は悪くないらしく、マリアは苦笑いを浮かべている。
四聖会における権力がどうなってるのか、レオとウィズはもちろん、今の内部情報はエルザも知らない。
ただ、だからどうした、それが二人の率直な感想である。
「ちょっと、その人達のことはどうでも良いでしょ。私たちは今の状況のままだと拙いんだから」
「他の巫女様もダナトの話しを聞き、その全てが無駄になるわけもありませんし」
エルザに続いてウィズの説得で、しかめっ面を解すとそれぞれに考え込む。
「確かに一緒に行動しなくても、魔城に突入するのさえ合わせれば、それだけでかなり心強いね」
「ただ、連絡を取るにしても、修院を経由しなければ手段はない。それに、あちらも移動しているから、最悪すれ違いになる可能性もある」
頭を巡らせたマリアは考えられる良い点を出し、それに続いてイーリスが悪い点を上げた。
「いち早く魔城に着いて待っていれば、確実に会えますよ」
目を瞑り考えを巡らせていたタウノは、自分でも実行するつもりのない案を出すが、これは即座に反対された。
今の実力では勝てない、という話しをしているのだ。そのまま最短で敵の本拠地を目指すのは、根本的に間違っているだろう。
「今の私たちでは、あの魔者に勝てないのも事実」
「……行こう。他の巫女に会いに行こう」
椅子から立ち上がり、決意の眼差しで遠くを見つめるマリアが思い浮かべるのは、自分よりも強い巫女たちの姿。
ダナトが強いのではなく、マリアが弱かった。そう思われないために、少しでも実力を上げる決意をし、胸元で両手を握り締める。
「それで、これから他の巫女に会うのはいいとして、先ずは誰からにするんだ?」
「位置的に考えれば、大陽か大海の巫女さんだよね」
世界を単純に東西南北に分けると、大地の巫女の聖大神殿は西で、近いのは北の大海か南の大陽となる。
また、中央には魔城が現れて横切れないので、二番目は東にいる大空の巫女で決まりだろう。
「私としては大陽の巫女に……妹のバネッサに会いたい。あの子は私以上に父上のことを尊敬しているから、父上のことが気になってるはずだ」
特に誰から会っても問題ないので、マリアとタウノはイーリスの意見を受け入れた。
ただ、大陽の巫女がイーリスの妹と初めて知った、レオとエルザは賛同するよりも先に、驚いたのだったが。
「えぇーー、大陽の巫女ってイーリスさんの妹なの」
「あ、ああ、義理の……父上の本当の子供だが」
身を乗り出すエルザに若干引きつつも、聞かれる質問には律儀に答えていく。そんなイーリスを横目に見ながら、レオはヨーセフの別荘でグウィードから聞いた娘話に納得していた。
確かに娘と直接会わなくても、どこで何をしているのか分かりやすい立場である。
◇
その日の晩、予想通りにヨーセフ家でマリアの送別会が開かれた。
送別会とは言っても、巫女という立場上盛大なパーティーは開けず、いつもより豪勢な夕食が食卓を飾り、城からやってきた人物が増えたというだけ。
「お初にお目にかかりますマリア様。私はトマーゾ・バルト、メロディ王女の近衛兵長を務めております」
「今はそのような礼は不要ですよ、トマーゾ様」
片膝をついてマリアに挨拶を行った騎士は、許可を得ると顔を上げて立ち上がる。
その顔には、最近増え始めた小じわと白髪。見た目も年齢もグウィードより上である。
「明日の出立の時には私と部下が見送りに参りますので、今日はその時のための顔見せとして参りました」
そう告げる口調は丁寧だが、どこか楽しんでるような笑顔と子供のように輝かせている茶色い瞳は、この場に居ないグウィードを思わせた。
「ヨーセフ殿には悪いことをしたな。招待状も貰っていないにも関わらず、食事に参加させてもらって」
「いえいえ、構いませんよ。急に客が増えるのは前にもありましたし、今回は予定より多く食材を用意しておりました。ふふふ、無駄にならずに済みましたな」
「そうか、そいつは良かった良かった」
そうこう話している間に夕食の準備は整い、普段はヨーセフの座る席にマリアが座り、出入り口から遠い側にヨーセフとタウノにトマーゾ、出入り口側にイーリスとエルザ、レオが座る。
そして、壁際にウィズはもちろん、レオ達と別荘でエリクサーを探したメイドがじっと佇む。
豪勢な料理に舌鼓を打ちながら行われた会話は、世間話から入ってマリア達の旅やエンザーグとの戦い。そして、また世間話へと戻ってきた。
「そう言えば、ヨーセフ殿がエリクサーを創られたと聞いたが、かなり費用が掛かったのでしょうな」
美味しい食事に自然とお酒は進み、少し頬を赤らめているトマーゾがヨーセフに話しかける。
巫女という立場を利用する可能性もあり、そういった極秘の事を聞き出せないマリア達も当然気になるところ。食事の手を止めてヨーセフを見つめる。
「ふふふ、私共にそこまでのお金はありませんよ。ただ、私たちには一番費用のかかる材料。そう、高純度の魔力がタダで手に入りましたからな」
「そうか、エンザーグドラゴン」
テーゼの滅跡を引き起こしたエンザーグドラゴンを倒したのが、ヨーセフとその護衛集団だったことを思い出す。
そして、ユレルミから聞いていたエリクサーの材料、その高純度の魔力の正体が分かった。
「それに、商人をやっております私の顔は、見た目以上に広く人材も設備も相場より安く……と、まあ皆様の予想ほどお金はかかってませんよ」
よほど相場より安かったのか、この話しをするヨーセフの顔には満面の笑顔が浮かんでいる。
ただ、ウィズはエンザーグに襲われた当時を思い出してるのか、怒りや悲しみの表情を浮かべることはなく、逆に無表情に感情を押し殺してるように見える。
そんなウィズに悪いと思っていても、エルザはあのエンザーグをヨーセフ達がどうやって倒したのかが気になり、そのことを訊ねてみた。
「エンザーグドラゴンって、マリア達でもかなり苦戦したっぽいけど、ヨーセフさん達はどうやって倒したの?」
「どうやってと言われましても、当時の護衛にはSランクが数名いまして、その方々を中心に全員がその身を犠牲にしながら、何とか心臓を貫いた次第です」
そこで悲しげに視線をグラスにやると、一口飲んで喉を潤す。
「助かったのは私を含めて数名だけですし、マリア様方と同じ戦果と言えるものではありません」
ヨーセフは最後に護衛が五十名近くいたことを告げる。
確かにグウィードが意識不明とは言え、死者の出なかったマリア達と比べると、楽に倒せたということではないようだ。
武勇伝とも言えないと思っている話しに恥ずかしくなったのか、今度はヨーセフがタウノやトマーゾの武勇伝を聞き始める。
その内容は男性が喜びそうな血なまぐさい話しもあったが、自分のせいで暗い空気になったのを変えようと、エルザも相槌や驚きの声を上げ、その話しを盛り上げるのに一役買っていた。
◇◇◇
マリア達が豪勢な夕食を囲み、数々の武勇伝話しで盛り上がっている頃。
次に会おうと決めた、大陽の巫女であるバネッサ一行は、マリア達と同じように修院からの依頼で、とある山中にある小さな村を目指していた。
修院によると、その村との連絡が取れなくなり、調べに行った人達も一向に帰ってこないらしい。
「お姉様、今回の件と魔王は何か関係があるんでしょうか?」
「それが分かんねぇから、調べに行くんだろ。少しぁピアも頭使えや、なぁ姐さん」
ピアと呼ばれた少女はピア・ララインサル・カルレオン。騎士の家系に生まれ、地元では小さい頃から、美少女三姉妹の三女として有名である。
艶やかに輝く金髪のショートヘアーは横で二つに結われ、母譲りの青い瞳はバネッサよりも明るく純粋な輝きを見せている。
マリア以上に幼く見えるピアの年齢は十四。
巫女候補に選ばれたが、先代巫女との世代交代の時点では、まだ修士課程を終えておらず、それに関しては時期が悪かったとしか言えない。
そして、槍を杖代わりにして山を登る薄緑色の髪の男、フォルカー・ダウム。薄いグレーの瞳は山登りで疲れたのか覇気が無く、額に巻かれた真紅の鉢巻のみが輝いて見える。
怠け癖というか、手を抜けるところはとことん抜く男ではあるが、戦闘になると今は杖代わりの槍を振るって戦う。
「ピアの疑問も分かるけど……ダル爺、村にはまだ着かないの?」
「そろそろ見えてくるはずですが、村は逃げませぬ。ゆっくりのんびりとまでは言えませぬが、この老体を少しは考慮して下さると助かるのですよ」
そう言いながら、誰よりも先頭を元気に歩いているのが、大陽近衛師団の副団長ダルマツィオ・アランジ。
顔には深いしわが刻まれ、髪の全てが白くなってしまったのも仕方のないこと。ダルマツィオの年齢は実に六十過ぎ、大陽の巫女にも三代続けて仕えているのだ。
「あははっ、ダル爺が老体? それじゃあご老体はご老体らしく、後続に道でも譲ってあげたら?」
「陽姫殿、私とて日がな一日、茶でもすすっておりたいのですよ。しかし、私の後に続く者が居らぬ以上、第一線で働くしかありますまい」
いつもの冗談をいつものように笑って返すバネッサに、ダルマツィオも冗談半分な言葉を笑いながら零す。
そんな雑談を交わしながら山道を進んでいると、人工的に切り開かれた場所が見えてきた。
「どうやら見えてきたようだの」
「やっとかっ」
ダルマツィオの言葉に、だいぶ疲れてきていたフォルカーが駆け出し、村の入り口近くまでやってくる。
「何だ、こいつぁ……」
しかし、そこから見えた光景に立ち尽くすと、思わず言葉を漏らした後は絶句するしかなかった。