第二十二話
マリア達が神聖樹にたどり着いた翌日、つまりレオがヨーセフに頼んで転移装置を使える日。
レオとエルザは昼過ぎに、三人のメイドと一緒に別荘へとやってきた。
捜索隊はこれだけでなく、元から別荘の転移装置を整備していた三人のメイドも合わせた、合計八人で探すことに。
レオとエルザ、それにメイド二人は、エリクサー失敗作を見つけた物置の箱全てを。それ以外のメイドは、他の物置や棚などを調べることになっている。
「ねぇ、本当にあると思う?」
「さあな。それは屋敷中をひっくり返して、初めて出る答えだろう」
暗く誇りっぽい部屋で箱を開けては小瓶を探す作業。
探し始めて数時間。疲労も集中力も途切れ始め、一緒に探していたメイドの提案で休憩を取る事になった。
休憩中、メイドの一人はヨーセフに進行状況などを伝えに、二人はレオとエルザと同行、それ以外のメイドでお茶やお菓子の準備を行っている。
レオとエルザは屋敷から出ると、模擬戦を行った中庭の青空の下で大きく背伸びをし、肩を揉みながら頭を傾けていた。
その様子から、重い箱を上げたり運んだり暗がりで目を凝らしたので、かなり疲労が溜まっているようである。
「まさか、あの薬でこんな事になるなんてね」
「それはこっちの台詞だ。今回のは『よく知らない薬に頼るな』という戒めだろう」
城から帰る時に弱音を見せたレオだが、もう頭は切り替えてあった。
「グウィードさんに飲ませた手前、何とかあの薬を見つけたいけど……」
そこで何か思いついたのか、エルザは両手を叩く。
「あっ、そういえば小瓶。中身はグウィードさんに飲ませたけど、その入れ物ってまだあの場所にあるんじゃない?」
「なるほど、成分を調べるだけなら、それだけで十分かもな。一応、拾っておくだけ拾っとくか」
エルザの意見にレオは直ぐ賛同した。
実際には『薬が少しでも残ってるのか、少量で成分が分かるのか』など不明なこともあるが、今は出来ることをやっておきたかったからだ。
「そだね、それじゃあメイドさんに伝えてくる」
そう言って、屋敷の入り口近くで立っている二人のメイドに駆け寄る。
「私が思いついたんだけどさ、グウィードさんに飲ませた空き瓶があるだろうから、今からそれを拾ってこようと思って」
「……なるほど。では、私もご一緒に。ところで、お茶はどうしましょう?」
事実を伝えるが、どこか嘘っぽいエルザの言葉を聞いて、メイドは微かに目を細めて頷き、空き瓶を見つけたら帰るのか、それとも予定通りお茶を飲むのか訊ねる。
「えっ、いや別に中止にしなくて――」
「準備して頂いたのに申し訳ありませんが、なるべく早くユレルミ先生に渡したいので」
エルザは飲んでから帰るつもりだったが、レオはそれを拒否。文句を言おうとするエルザを一睨みで黙らせる。
「かしこまりました。貴女はお茶会の中止を伝えて、その後はあちらの指示に従いなさい」
指示を受けたメイドは、レオ達にお辞儀をして屋敷へと戻っていく。
それを見つめるレオと、そんなレオを見つめるエルザ。
「それじゃあ、パパッと行って早く帰ってこようよ」
そして、レオとメイドの背中に手を当て急かしながら、メイドに話しかける。
「でさでさ、この屋敷にトラップとかないの? あるなら脱走してみたいんだけど」
「多少ならございますが、そういった事はご遠慮願います」
「ちぇっ、久しぶりに爆破系のトラップと勝負できると思ったのに」
巫女時代、よく仕事をサボって遊びに行っていたエルザ。それが今の時代では『市民との交流を大事にし、よく町を視察していた』となっているのだが。
その時に近衛師団の監視や探知、爆破などのトラップと、日々勝負が行われていたのである。
エルザは残念そうに呟いて二人から手を離す。
しかし、何か思いついたのかレオの前に回ると、不敵な笑みを浮かべてレオを指差した。
「レオ、勝負よ」
「おぉー、久しぶりに聞いた」
大体の予想が出来てたレオは、驚くことなく感慨深げに頷いてみせる。
「内容はどっちが先に空き瓶を見つけるか、始めっ」
「おいっ」
内容を伝えて直ぐにエルザは駆け出し、急いでレオも後を追う。
この時、エルザは闘気を練っておらず、レオも魔法による強化はしていない。
使っていい場合はそう明言して、明言してない場合は使わないのが暗黙のルールとなっているからだ。
そんな急な展開に付いていけないのは、唖然として一人残されたメイドだけ。気付いた時には既に二人の姿は見えず、急いで後を追うのだった。
◇
蒼月湖への道のりをレオとエルザの二人は併走していた。
レオが直ぐに追いつけたのは、エルザがレオが追いつけるよう遅く走っていたからである。
「それで、何かあったの?」
「何か監視されていないか」
後方から追いかけてくる気配を感じ、レオはそちらを指差した。
エルザは先ほどの件から何かあると思い、こうやって二人で話せる状態にしたのだ。
「それは分かってたけど、監視もするでしょ。高級品とかあるんだろうし」
「それにしちゃ、屋敷から出ても必死だろ」
「だよねー。まあ、今のところ危害加えようって感じじゃないし、問題ないんじゃない?」
そこでレオが頷くことで、二人の会話は終わる。
メイドが徐々に距離を詰めてくるので、これからは本当の勝負に移るようだ。
先ず動いたのはレオ。
右前方を走っていたエルザ目掛けて、後方から足払い。しかし、これは呆気なく跳んで避けられる。
だがまだ終わりではない。足払いの勢いまま両手を着いて、上空にいるエルザ目掛けて再び蹴りを放つ。
「ふふん、甘いわっ」
蹴りの軌道を見極め、足裏を向かってくるレオの足と角度を合わせる。
そして、レオの脛を踏み台に距離を取ろうとするが、それはレオも予想していたこと。
「お前もな」
「にょわっ」
エルザが脛に触り力を入れる直前に、膝を曲げて位置をずらす。
するとエルザは反発を得られずに、空中でただ伸びるだけ。そして、そのまま落下するのだが、レオはそれを見届けることなく駆け出した。
「待ちな、さいっ」
懸命に片手を伸ばすが、服を掴むことは出来ない。だが、エルザはもう片方の手で前転受身を取ると、そのまま跳躍。レオの背後から、貫かんばかりの勢いで殴りかかる。
しかし、そうするだろうと思っていたレオは、最初から背後に意識を向けていた。
エルザが向かってくると同時に前方へ跳び、反転しながら迫るエルザの手を払う。そして、進行方向に対し背中を向けているので、後ろに向かって跳んで反転し、また走り出す。
「にゃろー」
殴る手を払われたとはいえ、転んだわけでもないエルザもレオの後を追って走る。
そして、そうこうしている間にあの決戦の場、蒼月湖の畔までやってきた。空き瓶のあると予想される場所は、グウィードが倒れていたところで、もう脱がされた鎧も見えている。
今二人は最初のように併走、純粋に走ればエルザの方が速いのだ。
だからレオは甘言を弄する。
「そういやお前、エンザーグの鱗拾うんじゃなかったのか?」
「あっ……あぁぁーーっ」
その言葉に惑わされ、速度を緩めてエンザーグの死んだ場所を見てしまったエルザ。そして、その隙にレオが走り抜けるのに気付き、再び声を上げてしまう。
最後の一瞬でレオは見事にエルザを出し抜き、グウィードの鎧へ先にたどり着く。
そこで無造作に転がっている透明な小瓶を見つけた。
「有った」
それを拾い上げ光にかざすと、かすかに光ってるような気がしないでもない。
つまりそれぐらい少量で、今現在では本当に中身が薬なのか、それとも朝露などなのかは分からないのである。
「あーあ、今回は負けか~。でも、エンザーグの鱗は……あれ?」
残念そうにエンザーグの死んだ場所を漁るエルザだが、そこに目的の物が見当たらず小首を傾げる。
「ねぇ、レオ。確か鱗がちょっと残ってなかった?」
「俺が居た場所はだいぶ離れたんだぞ。そんな事まで見えるわけないだろ」
「そっか、気のせいだったのかな? ちぇっ、持って帰れたらお金持ちになれたのに」
エルザが大きく伸びをし、レオが小瓶の蓋を探し汚れを落としていると、ようやくメイドがレオ達の前に姿を現す。
実はそれまでメイドが様子を窺っていて、それにレオとエルザは気付いた。その為、メイドに背中を向けて下を見ながら探し物をして、小声で会話をしていたのである。
「それで、目的の物は見つかったのでしょうか?」
「はい、小瓶は確保してあります」
「後はなるべく早く、ユレルミ先生に見せればいいだけだね」
既に小瓶を布に包んで懐へ入れ、メイドが見せて欲しいと言った時の対応を考える。
しかし、結局そう聞かれること無く、ヨーセフの別荘に帰ってきた。
屋敷の前には休憩中に中庭に居て、お茶会の中止を伝えに行ったメイドの姿。
「お帰りなさいませ」
「戻る準備は出来てますか? それと何か伝えることは?」
「準備は出来ております。伝えるべきことはございません」
背後で交わされる会話を盗み聞きしつつ、レオとエルザは屋敷へと入る。
そして、別荘に残るメイド以外と一緒にアゼラウィルへと跳んだ。
本宅に戻ってヨーセフに礼を言うと、レオ達は急いでお城へと向かう。何故なら、もう少しで日が沈み始めるような時間帯。
レオとエルザだけで城に入っての面会は、昨日やっているので大丈夫だと判っているが、入城がいつまでなのかを聞いてなかったからである。
ヨーセフに聞けば答えは判っただろうが、そのことは頭に浮かびもしなかった二人だった。
そんな二人を書斎の窓から見つめるヨーセフと、主のために紅茶を注ぐメイド。
「国に情報が流れますが?」
お茶会の中止、その後は指示に従う。それらはヨーセフに空き瓶のことを伝え、奪うかどうするかを訊ねたものだった。
その答えは、現在レオ達が小瓶を持って城に向かった通り、手を出さない。
「ふふ、むしろ高名なユレルミ医師に、タダでデータを取ってもらえるのだ。喜ばしいことだろう」
「では?」
「ああ、グウィード殿のデータと一緒に手に入れるように」
◇
ヨーセフ家から比較的近い距離を駆け、城にたどり着いた二人を門番は不審そうに見ている。
城に全力で駆け寄ってきたのだから、怪しんで見るのは当然だろう。
「城にはまだ入れますか?」
「グウィードさんに面会希望なんですけど」
どうやら入城できる時間には間に合った。ただ、もう面会できる時間は余り無いとのこと。
それでも城内の廊下は走らず医務室に入ると、机に向かっていたユレルミが振り向き、二人の表情を見て優しく微笑む。
「その様子だと、昨日言っていたグウィード様に飲ませた薬を、無事手に入れたようだね」
「いえ、それが……」
しかし、薬自体を手に入れた訳ではない。
レオは手に入れたのが、グウィードに飲ませた時に放置された空き瓶で、野ざらしにされたそれを拾ったことを話した。
「なるほど、じゃあ簡単に調べてみようか」
ユレルミはレオから空き瓶を受け取ると、先ずは光にかざしてから机に置く。
次に薬品の置かれた戸棚から一つの瓶を取ると、その中身を小瓶に少量加え、蓋を閉めてテープで密閉しよく振る。
そして、引き出しから親指くらいの大きさの石を取り出した。
「これは、魔道具の照明なんかにも使われるもので、魔力の量に反応して発光の強さが変わるんだ」
テープと蓋を外して中身を数滴垂らす。
その瞬間、石は部屋中に眩い輝きを放ち、直ぐにひび割れ砕けてしまった。
「想像以上と言うか、予想通りというか」
「えっと、先生。どういうこと?」
砕けた石の後片付けを始めたユレルミに、エルザは小首を傾げて訊ねる。
「最初小瓶に入れたのは、数時間も経てば蒸発して、後には何も残らない液体でね。これで水分の量を増やして、扱いやすくしたんだ」
「それ自体に魔力は無いんですか?」
「もちろん、無いよ。そして砕けた石は、単に液体の魔力が多過ぎたから壊れたんだろう」
壊れたことは関係なく、魔力に反応して光ったということは、小瓶に入っていたのが朝露などではないということ。
「間違いなく、グウィード様が飲んだエリクサーだろうね」
その言葉を聞いてエルザが椅子から立ち上がり、レオに手のひらを向けた。いつもなら頭を叩いて済ませるレオだが、この時はエルザに付き合ってハイタッチを交わす。
それを見たユレルミは優しい笑顔を浮かべ、その表情のまま注意をする。
「ははは、喜ぶのは良いけど、ここでは少し静かにね」
「あっ、はーい。ごめんなさい」
「すみませんでした」
今のところ患者はグウィードだけとはいえ、そのグウィードも容体は良くないのだ。エルザとレオは素直に謝った。
「じゃあ、これは今から調べてみるね。何か分かれば、マリア様と一緒に来てくれれば、その時に教えるよ」
「よろしくお願いします」
二人はユレルミに頭を下げると、ベッドで寝ているグウィードの側に寄る。そして二、三言葉をかけて、静かに医務室を後にするのだった。