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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第三章 『二つのアゼラウィルと二人の巫女』
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第二十一話

 マリア達が国に管理された神聖樹に向かう途中、特にイベントも無く前世キャラの事を話しているだけです。覚えてなくてもいいことなので、飛ばしてもらっても問題ありません。




 新しい剣を手に入れヨーセフの家に戻ったレオ達は、さっそくヨーセフに会いたいとメイドに伝えた。

 しかし、今は仕事が忙しいらしく、結局面会できたのは夕食後。


 場所は周りを全て埋まった本棚に囲まれた書斎。もし、全てが崩れてきたら本に溺れると思えるほどの量である。

 そこでレオはグウィードを助けるため、エリクサーの失敗作が他にないかを訊ねる。


「残念ですが、あれ一本しか有りません」

「そうですか」


 失敗作とは言えエリクサーを目指した以上、素材は希少な物を使っているので、そうそう市場には出回らない。

 ヨーセフの返答は、レオも予想出来ていたことだった。


「他に数本有ったのです。しかし、このままでは助からないという重体者のご家族承諾の下に試してみたのですが、傷は回復しても結局は亡くなってしまい。結局、捨ててしまいました」

「うぇっ、捨てたの? もったいない」

「あれは私達で創ったものでして、当時は失敗が、人を助けられなかった事が許せなかったんですよ。その時の一つが何故か物置に紛れ込んでたようですね」


 話を聞いてレオ達は驚く。エリクサーの素材は希少な物を使うと言ったように、それを創るだけでかなりの費用がかかるからだ。

 転移装置まで持っていて、エリクサーまで創ろうとするヨーセフの財力は、レオが想像していた以上に高いようである。


「それなら、転移装置を使わせてもらえないでしょうか?」

「転移装置を?」


 他に薬は無いと言ったにも拘らず、別荘に行こうとするレオに疑問を持ったヨーセフは、顎に手を当てながら首を傾げた。


「はい、他にも紛れ込んでるかもしれませんから」

「なるほど……では、メイドを何人か同行させましょう。転移装置を操作する人も必要でしょう」


 頷いて了承するものの、そこでヨーセフは顔を顰める。


「ただ現在、転送装置は点検と整備中でして、丁寧かつ慎重に進める作業なので、あちらに行けるのは明後日になると思います」

「まあ、あの装置って高いですし、仕方ないですよ」


 腕組みし何度も頷いて納得するエルザ。レオもヨーセフの事情が分かるのでそれで納得する。

 二人の了承が得られたことで、ヨーセフは書斎にいた二人のメイドの中、レオ達を案内したメイドを呼ぶ。


「お二人に別荘の見取り図をお見せしなさい。それと、あちらに詳しい者を何人か選んでおくように」

「かしこまりました。では、どうぞこちらへ」


 レオとエルザは礼を言うと、メイドの後に続いて書斎から出て行く。

 後に残ったのは大きく伸びをするヨーセフと、元から書斎に居たメイドの二人。


「よろしかったので?」

「なに、構わん」


 レオ達が出て時間が経ってから、メイドは読書を始めたヨーセフに問いかけた。

 質問の意図が分かったのか、ヨーセフは気にした様子はなく、本から顔を上げるとそこには笑顔が浮かんでいた。


「どうせ何も見つけきれんよ」


 ただし、全てを見下すような冷笑ではあるが。

 そして視線をメイドに移し、仕事の進み具合を確認する。


「そうだろう?」

「はい。彼らの用件を聞いて、別荘に三人ほど送りました。隠蔽工作は順調のようです」


 ヨーセフはそれを聞いて頷きながら納得すると、机に置かれた箱に手を置き魔力を流し込む。

 そして鍵が外れて中から取り出したのは、複数の色に輝く液体が入った小瓶。


「これを飲んで死なないとは、さすが近衛師団副団長といったところか」

「申し訳ありません。屈強の戦士を集めたつもりでしたが」

「気にするな。しかし、グウィード殿のデータか……欲しいな」


 メイドが頭を下げるが、別にヨーセフは怒っていない。

 それより生きた被験者の、しかもユレルミ医師が取ったデータ。それを手に入れれば、失敗作を改良できる可能性もある。


「動きますか?」

「いや、今は動かなくていい。マリア様に感づかれると、修院が動き出すかもしれんしな」


 マリアは魔王を倒す旅の途中。急がなくても直ぐに旅立ち、この国から離れるのだ。

 悩むことなく、ヨーセフは動かないことを選択した。マリア達が旅立ってから動いても、何も遅くはないのだから。




 ◇◇◇




 レオ達と別れた翌日の昼過ぎ。マリア達は神聖樹へ行ける唯一の道を守る門に着くと、そこに居た門番に通行証を見せた。

 門番には城から連絡が入っていたのか、巫女がやって来たことに驚くことなく門を開く。


 ただ、ここから馬車を降りて歩く必要があるという。

 その理由を聞いて納得したマリア達は、現在歩いて森を進んでいて、ウィズが言うにはもう直ぐ着くとのこと。


「本当に生き物を見かけないな」


 周囲を警戒していたイーリスはそう呟き、少しだけ警戒を緩める。

 門番に聞いた話では、神聖樹の近くに兵士が詰める見張小屋もあるそうだが、門からここまで生き物の影すら見ていない。

 ダザンへ向かう途中と同じような発言だが、今回は鳥の鳴き声など生き物の気配すら感じないのだ。


「神聖樹が魔を吸ってますからね、生き物は近づきたがらないのです」


 馬車を降りた理由は、馬車を牽く馬が途中で動かなくなる、というものだった。

 野生の動物たちも精神に影響を及ぼす場所には近づかないのだ。


「じゃあ、近くに居る見張りの人は?」

「はい、ですから数時間おきに門番と交代しているそうです」


 見張りをしている兵士を心配したマリアがウィズに訊ねるが、その辺りはちゃんとしてある。他にも半年ほどで王都に帰還し、休養を取りつつ半年したらまた赴任するのだ。

 ここが人の気配が無い場所とは言え、国の重要物を護る任務に就いてる彼らは、選りすぐられた兵士だと言えるだろう。


「人が生きるために空気を吸い込むように、神聖樹も生きるために魔を吸い込みますからね。今はまだ分かりませんが、僕らの身体からも少しずつ、魔力は抜けているはずですよ」


 魔力の量が多いマリア達は気付きにくいが、普通の生き物でしかも小動物ならかなりの量になるだろう。


「まあ、神聖樹は魔を吸い込んだ代わりにマナを放出します。そのマナは別名『精霊の息吹』と呼ばれるほど、精霊と共にある存在ですから。僕達には見えなく感じられなくとも、神聖樹に近付くほど精霊は居ると思いますよ」


 タウノの言葉を聞いて、マリア達は立ち止まり周囲を見回すが、やはりその姿を見ることは出来ない。

 それは当然で、その姿を見ることが出来るのは、精霊に愛された『マナビト』や魔眼を持った人達だけ。

 精霊が自らその姿を見せるのは稀であるとされている。


 マリア達は精霊を見る事を諦めて歩み始めるが、会話は止まり静かな森の中を進む。

 そんな中、マリアはいろいろな考えが頭に浮かぶ。


 グウィードが居らず、エルザとレオも居ない。強くなるにはどうすれば良いのか、ダナトを倒せるのか、魔王はもっと強いのか。

 そして、やっぱり魔王との戦いは簡単にいかないと思い、次に浮かぶのはやはり彼女たちのこと……。


「前の巫女様方も大変だったんだろうな」


 マリアの言う『前』とは、マリアの一代前の巫女ではなく、前回魔王が登場した当時の巫女。つまりエルザの前世の時代の巫女のこと。

 思わず呟いてしまったマリアの一言は、静かな森をよく通りイーリスが最初に反応した。


「第六魔王クロウの時代か」


 第六魔王クロウ。これはレオの前世の名前で、第六はそのまま六番目に登場した魔王のこと。

 そして、今回の魔王が第七魔王となるのだ。


 歩く足は止めないが、誰もが巫女の話には乗り気であった。

 今のマリア達も尊敬しているが、世代が上の巫女には子供の頃に聞いた話もあってか、その中に憧れの感情が入るから。

 それはタウノも同じことで、さらに話を膨らませる。


「当時は巫女だけで旅をしていて、その時のリーダーだった大海の巫女『ヴィルヘルミーナ・メティー・ハメーンニエミ』様」


 前回の巫女の中では、同じ魔術師としてミーナに憧れているのか、タウノは目を子供のように輝かせている。


「彼女の体内に存在する魔力の量は、人の限界を超えていたため、常に一定の魔力を封じておかないと身体が壊れてしまうほどだったとか」

「ミーナ様が自らの魔力を消費するために考えた三つの合成魔法は、どれも禁術に指定されてるもんね」


 その症状は今のグウィードと同じ。

 それが普通の状態だというのだから、マリアは今さらながらミーナの大変さに気付かされる。

 ちなみに、ミーナはエルザも本気で怒らせたくない相手だったらしい。


「他は大陽の巫女『クラリサ・ハル・ドラード』様か。私と同じく魔法剣士で、彼女の使っていたAAが元となってRAAが創られた」

「複数の魔法を扱えるAA。それを再現するための研究が、日夜行われているわけです」


 レオ曰くエルザとケンカ友達のクラリサの話に乗ったのは、魔道具でも目の色を変えるタウノ。

 イーリスも同じAA使いとしてリィズに興味があるのだが、残念なことに魔王との戦いでリィズは失われてしまった。


「私が挙げるのは大空の巫女『リア・イシュア・カルリ』様ですね。魔闘士である私の目標……と言うのはおこがましいでしょうが、武に愛された方で近接戦では抜きん出ていたとか」

「それに市民との交流を大事にし、よく町を視察していたらしい」


 そして、エルザの前世であるリア。

 ウィズが目標にしていると言ったが、それはウィズだけでなく魔闘士誰もがリアに憧れを抱いている、と言った方が正しいだろう。


 これを聞いたレオは、無表情で瞬きを何度かして、鼻高々と胸を張ってるエルザを見るだけだった。

 本人を見て憧れるかどうか疑問だが、その強さに憧れることを否定はできないといったところか。


「最後は私の先輩である大地の巫女『ヨハナ・ワイズ・ケンプフェル』様」


 マリアがその名を口にした瞬間、風が吹いた。

 それ以前からも髪を揺らす程度の風は吹いていたのだから、強く吹いたのは偶然でしかない。

 ただ、ヨハナを知っていれば、その名前に力があるのではと思ってしまうのも事実。


「巫女史上の才女、天の宝玉。いろんな異名はあるけど一番使われるのは『神子』」

「女神様の子供……よっぽどの才能でないと、言えませんよね」

「最年少の巫女だしな」


 以前エルザが「純粋」と言って、レオが唯一最強を自負してないと思った巫女、ヨハナ。

 しかし、その才能はマリアの言うとおり、神子と称されるなど他の巫女を凌駕していた。


「その若さ故に、実力では他の巫女に負けていたらしいですけど、ヨハナ様の得意分野である術印には誰も……そう、歴代の巫女も、今の僕たちですら敵わない」


 実はクラリサのAA、リィズの創り方は存在するのだ。素材も高級品ではあるが揃えられる。

 ただ、問題なのは複数の魔法を使えるようにした細工。術印を描いたのが、このヨハナだったということ。

 作業の記録などは一切無く、ヨハナ並みの天才が現れなければ不可能だろう、と言われているのが現状である。


 それがタウノは悔しいのだろう。


「確かヨハナ様の死を惜しむ文がありましたよね。『もしヨハナ様が一年長く生きていれば、術印の技術は十年先に進んだだろう。もしヨハナ様が一年早く生まれていれば、魔術の分野は二十年先に進んでいただろう』」

「実際にはそれ以上に進んでないんだけどね」


 マリアは思わず苦笑いを浮かべてしまい、イーリスも同じ笑みを浮かべながら、呆れたように頭を左右に振った。


「今ある術印の二割、簡易術印の四割だったか、ヨハナ様が生きている間に創られた数は」


 ヨハナが初めて術印を創って、亡くなるまでの四年間でそれだけを占めるのだ。それ以後、開発が一気に止まってしまったのは言うまでも無い。


「それに多連印、正式には多重連結術印。術印の一部を書き換えて重ね、複数の術印を一つとする技法。これは、まあ僕らにも出来ます」

「レオが模擬戦でやったように、二つ別に書いてそれぞれに乗る方法もあるが、それだと場所をとるしな」


 タウノは肩を落として俯きながら歩く。

 しかし多連印は、イーリスの言うように場所を節約できる程度で、それほど必要性がない技法とされている。

 そして、ヨハナが神子とまで言われるのは、簡易術印や多連印を創れたことだけではない。


「ヨハナ様が神子とまで呼ばれる最大の理由。未だに誰も扱うことの出来ない技、夢想練成術印」


 よっぽど説明したいのか、タウノはマリアの言葉に顔を上げると、目を輝かせながら両手を大きく掲げ口を開く。


「そうですっ、夢練印。血や魔力を込めた指で書くのでも、簡易術印のように魔道具を置くのでもない。ただ、頭で思い描くだけで、手が塞がれてようが書く場所が無かろうが、いつでも一瞬で術印を書いたとされる技法」


 興奮しながら話すタウノはもちろん、マリアとイーリスも夢練印を試してみたことがある。

 その結果は失敗。魔力を操作して術印の図を描くと言われても、その操作が分からないのだ。


 皆がタウノの意見に頷いて共感を示す中、唯一タウノの話に乗れてないのは、やはり魔法分野に弱いウィズ。

 多連印も夢練印も詳しくは知らず、実はタウノの説明で少し助かってるのであった。


「でも、そんな凄い方々でも魔王と一緒に……」


 マリアは俯き、最初から思っていたことを呟く。

 魔王との戦いで巫女全員が死ぬということはそれまで無く、その事実は計り知れないものとなった。


「そして、変動の時代を迎えたわけですね」


 落ち込みそうになる空気を感じ、タウノが話を進める。


 第六魔王クロウとの開戦から数年が変動の時代と呼ばれるのは、世界の根底である巫女制度が大きく変わったから。

 その始まりは四聖会の内部分裂。


 エルザが他の巫女と旅したことから分かるように、今ほど各神殿の仲は悪くなかった。

 しかし巫女全員が亡くなり、それぞれの巫女を最強と各神殿も自負していただけに、他の巫女が足を引っ張ったと言い始めたのである。

 だからそれ以後は、どこの巫女が倒したか分かりやすくするため、別々に旅立たせることになったのだ。


 エルザが学園で、一緒に旅しないことを不思議に思っていたが、その原因が自分達にあるとは分からない。

 何故ならそういった内部のゴタゴタは隠され、外部からは見えないものだから。


「巫女になる制度も変わりましたよね」


 そう言うウィズは、制度が変わったおかげで、巫女になる夢を見れたのである。


 今の時代は『書類審査、面接、候補生として共同生活、一人だけ選ばれる』と以前言った通り。

 では、それ以前はというと『引退した巫女が次の候補を見つけて鍛え、現職の巫女を倒す』以上である。

 巫女候補は一人で、引退した巫女『大師聖母(たいしせいぼ)』に付きっ切りで鍛えられたのだ。


「もし、巫女である私が死んでも、候補生(みんな)がいれば巫女は死なない」


 マリアもこの制度になった理由や有効性も分かるが、自分が死んでも代わりが居るというのは、少し物悲しさを感じてしまう。


「マリア、最初から弱気になるな。私たちは負けるつもりなんか無い」

「おっ、グウィードさんが言いそうな台詞ですね」

「ふふふ、そうですね。あっ、見えてきましたよ」


 そのウィズの一言で全員が駆け出し、周囲に草木の生えていない拓けた場所に出た。


「あれがグウィード様を治療するための樹、神聖樹です」


 その中央、ウィズの指し示す先には、空に向かって雄大に育った巨樹。

 周囲の木々を十本束ねても、それ以上に太い幹。高さも百メートル以上はあり、そこから空を覆うように枝が伸びて日光を遮る。


 誰に邪魔されることなく光を浴び、成長した神聖樹の周囲には、確かに異常なほどマナが多い。

 そして、この場の全員が分かるほど、身体から魔力が抜けていく。


「これが……神聖樹」


 女神が降臨したという伝説。それだけでなく、この巨樹に生命の息吹を感じ、マリアは感嘆のため息を零す。

 そして、上から下までを何度か往復した後、軽く頬を叩いて神聖樹に向けて歩き出す。

 今まで何度も助けられ、心の支えとも言えるグウィードを今度は自分たちが助けるために。






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