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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第三章 『二つのアゼラウィルと二人の巫女』
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第十八話




 これから進むべき道が見えたマリア達だったが、今はエンザーグとの戦闘で疲れきったのか、それぞれの部屋に戻ると直ぐに眠りに就いた。

 エルザもマリアと一緒に寝るため同じベッドに潜り込み、レオ一人何もすることが無くなってしまう。

 仕方なくレオも何か忘れてる気がしたが、その日は早めに就寝することにした。


 そして、それが何だったか分かったのは翌日。


「そういや祝勝会の準備中だったか」


 唯一戦闘に参加しておらず早起きしたレオが見たのは、エルザと一緒に準備した途中の散らかった部屋。

 幸いというか当然というか、調理の火はエルザが玄関に向かう時に消していたようで、夜中に火事になるということはなかった。


 この場にエルザが居れば一緒に準備を進めただろうが、レオ一人でやるには料理で躓いてしまう。

 だからレオに出来ることは、散らかった物を集めることだけ。

 レオはため息を一つ零すと作業を開始した。




 作業を始めて一時間ほど経ったころ、いつもより遅くウィズが起きてきた。さすがに昨日の疲労が残っているらしい。

 少し疲れの見えるその顔は、部屋中の色紙などを不思議そうに見ている。


「おはようございます、レオ様。……あの、これは一体?」

「ああ、おはよう。実は昨日マリア達の祝勝会の準備をしていたんだが、それを忘れて寝てしまってな」

「祝勝会ですか」


 それに納得したウィズだったが、今度はレオが片付け作業をしている事に疑問を持つ。


「中止ですか?」


 グウィードの件があるからそう思ったのだろう。

 聞かれたレオは作業の手を一時止めると、椅子に腰掛け不揃いな紙を揃えていく。


「それは全員が揃ってからの話し合いだな」

「それで飾りは外してないんですね」


 散らかった物の片付けはしたが、一度飾った物はまだそのままの状態。このまま準備を進めても止めても、どちらにしろ作業はやり易いだろう。

 手伝うようなことは終わっているので、ウィズはレオに聞いてコーヒーと軽く摘める物を持って来て、レオの向かいの席に座る。


「エンザーグと決着はつけられたのか?」

「そうですね、全て綺麗に片付いたわけではないですが、一区切りは出来た感じです」


 そう言って笑うウィズの瞳は、確かに憑き物が落ちたように前以上に晴れやかだ。

 二人はそれ以降エンザーグの事は話さず、世間話をしながらマリア達が起きてくるのを待つのだった。



 ◇◇◇



 マリア達全員が揃ったのは、もう直ぐ昼になるという時間帯。そして、話し合うのは祝勝会を行うかどうか。


 今現在、グウィードの外傷は治ったものの、熱がまだ引かず意識も戻っていない。

 そんな状況で祝勝会をしても良いのかと全員で悩んだが、「騒ぐなら余韻のある内」というグウィードの酒飲み常用句をイーリスから聞き、遅めの朝食も兼ねた祝勝会の準備は進められた。


「まあ、出来てた料理がスープだけだったのはラッキーだね」

「さすがに朝から肉料理は重たいですからね」


 料理担当はエルザとウィズ、マリアとイーリスの女性陣。

 だが、実際に料理が出来るのはエルザとウィズの二人だけで、マリアとイーリスは下拵えやお皿の準備などのお手伝いである。


「え、エルザさんが料理できるなんて」

「これから、これから覚えればいいさマリア」


 手慣れる様子で料理をするエルザを見て、軽くショックを受けた二人はこれからの精進を誓い合うのだった。




 一方、飾りつけ担当のレオとタウノは、祝勝会の場所をダイニングルームから、未だに眠り続けるグウィードの部屋に移した。


「こういう作業をするのは久しぶりです」


 学園以来の飾りつけだというが、手先が器用なタウノは色紙を丁寧に切り貼りして、部屋を飾り付けていく。

 こういうことはレオよりタウノの方が役に立ち、レオは机や椅子などを運び込む。


 そして出来上がった料理も運ばれ、祝勝会の準備は無事に終わり各自カップをかかげる。


「えっと、グウィードさんの意識はまだ戻ってないけど、みんな昨日は本当にお疲れ様。みんなのおかげでエンザーグドラゴンを倒すことが出来ました。えっと、話はこれ位にして……みんな本当にありがとう、乾杯」

「カンパーーイ」


 マリアの言葉にレオ達もカップを掲げ喉を潤す。

 飲み物は朝からお酒を出すわけにもいかず、それぞれに配られたのはダザン特産の水『蒼水(そうすい)』。


 水と言ってもただの水ではない。

 すり鉢状の湖底に存在する水を、同じ湖底の土で何度もろ過したそれは、蒼月湖の養分などが溜まり蒼く輝く水。国の決まりにより数年に一度、決まった量しか取ることの出来ない代物である。


 実はこれ、エンザーグが居てもダザンから逃げ出さずに残った村人たちが、感謝の気持ちとして贈ってくれた物の一つなのだ。

 他には野菜や果物などが朝食として食卓を彩っている。


「お、おいしい」

「水の味が濃い?」


 初めて蒼水を飲んだエルザとレオが驚きから、コップの中身を覗き見てしまうほど。


「エルザさんが作ったスープも美味しいよ」


 エルザが作ったのはコーンスープ。

 甘くて暖かく優しい味わいのスープは、マリアやイーリスからすれば蒼水よりも美味しく感じた。

 それは身体の隅々、心の中にまで沁みこむような暖かさがあったから。


 食事は和やかな雰囲気で進み、空腹が満たされていくとウィズが少し畏まった様子で全員に話しかけた。


「これからの事ですが、ここの片付けを終わらせた後でアゼラウィルに向かい、グウィード様を医者に見せたいと思うのですが、如何でしょう?」

「そうですね。見たところの傷は治りましたけど、ちゃんとお医者様に見せた方が良いと思いますし」


 マリアが周囲を見渡し確認すると、全員が同意するように頷く。

 グウィードの傷は本当に治っているのか、脳など身体の内部は無事なのか。

 専門的なことが分からない以上、医者に見せるのが正しい処置であり、誰もウィズの意見に反対しなかった。




 後片付けの担当は、食器洗いがエルザとウィズ、食器運びがレオとタウノ、運び終わった後はマリアやイーリスと一緒に部屋の掃除である。


 そして、全て終わり荷物をまとめると応接間に集まる。

 ヨーセフの方には既に連絡を入れてあり、後はこの別荘とアゼラウィルにある本宅を結ぶ転移装置から跳べば良いだけ。


「では皆さま、私に付いて来て下さい」


 レオとエルザの荷物を持ったウィズが先に進む。

 荷物を持っていない二人はと言うと、レオがグウィードを背負いエルザが後ろから支えている。


 廊下を東へと歩き屋根付きの通路を通り別棟へ行くと、そこには重々しい両開きの大きな扉。

 ウィズは懐から合鍵を取り出し解錠すると、片方ずつ扉を引いて開けた。


 別棟には物置部屋と同じく光を差し込む窓が見当たらない。

 ただ、光は扉を開けると同時に魔道具が自動で灯され、暗く見えないということはなかった。


 そこでレオ達が見たものは、部屋全体に幾重にも重なる魔法陣と、中央の一段高い場所にある直径五メートルほどの装置。その装置からコードで部屋の四方に繋がれた、天井にまで届く高さの円柱の装置など。

 転移装置の本体はもとより、その維持費にまたお金がかかるのは簡単に想像が付く。


「それでは皆様、中央の円にお乗り下さい」


 円の中央の部分には人の腰の高さに球体があり、その土台はいくつものコードが絡み合っていた。


 ウィズがその球体の前に立ち、レオ達はその背後に立つ。グウィードはレオの背中から降ろして、エルザと二人で肩で支える。

 後はこの球体に魔力を流すだけで、アゼラウィルへと跳ぶことができる。


 ただ、実は今までウィズが自分で跳んだことが無いのだ。

 以前言ったようにウィズは魔法が壊滅的にダメであり、魔道具も連絡水晶など魔力さえあれば動く物は使えるが、使用者自身が魔力を操作して起動させるといったものは使えないのである。


 今まではメイドの先輩に送ってもらい、エンザーグの食料も向こうから送られてくるだけ。

 今回もヨーセフが先輩メイドを送るといったのだが、それはマリアが断った。今のウィズなら問題無いはず、と言って。


 本来、魔法が使えない人はいるものの、魔道具まで使えないという人は少ない。

 なぜなら魔力とは常に身体の外に流れているので、それを集中することさえ出来ればいいのだから。簡単な例を挙げるのなら、息を吐くことに強弱つけるようなもの。


 魔法を使うと精神的に疲れる……つまり、精神に乱れがあると魔道具すら使えなくなるのだ。


 ウィズの場合は子供の頃のエンザーグドラゴン襲来が原因だろう。

 それで魔力は外に流れているが操作できず、魔法や魔道具が使えない状態なのだ。

 もっとも、そういった理由から魔力を気と練り合わせ、闘気に変える修行に全てを捨てて取り組めたわけだが。


「それでは、いきます」


 一つ大きく息を吐き出すと、球体に手をかざして意識を集中する。通常なら手をかざして直ぐに装置は起動するが、今のところ動く気配は無い。

 ただ、それでもウィズに焦りはなかった。

 もう一度大きく息を吸い、吐き出す。吐き出された息が手に当たり、その息に乗って魔力を球体に注ぎ込むよう意識する。


 すると球体が青く輝きだし、コードにまで光が伝って本体や四隅に置かれた装置も音を立て輝き始めた。

 そして、四隅の装置から互いを結ぶように青い光で円を描き、その回転が徐々に速くなり狭まってくる。


 転移装置で跳んだ経験の無いレオは興味深そうに、他のエルザ達は目を閉じてその時を待つ。

 そして青光の円が本体装置の円と重なる、その瞬間に部屋中が光に包まれた。



 ◇◇◇



 光が収まり気付けばマリア達の正面には数人が待機している。

 レオも途中から目を閉じていたので、眩むことはなくエルザが静かに舌打ちの音を言葉にしていた。


 部屋に居た人達の中で生地の良さそうな白い服を着ている男が一歩前に出る。

 くすんで禿げ上がった金髪に緑色の瞳を持つ目は、肉のついた目蓋で少々見づらい。


「お久しぶりでございますな、マリア様。今回は私の無理な願いをお聞き届けいただき、真に感謝の極み」


 人より横に二倍ほど大きな身体を、仰々しく腰を折り頭を下げる男こそ、エンザーグドラゴンの討伐を依頼したヨーセフ・オーストレーム。

 オーストレーム家は商人として財を成してきた一族で、このヨーセフの代でかなり大きく成長した財閥でもある。


「しかし、さすがは大地の巫女マリア・ワイズ・エレット。あのエンザーグドラゴンを少人数の、しかも誰も戦死者を出す事無く退治されるとはっ」

「……ヨーセフ様。いえ、私共は巫女としての務めを果たしただけのこと。それよりも、グウィードを医者に見せたいのですが?」


 転移により頭の働きが鈍くなっていたが、聞こえてきたヨーセフの声で気付くと、マリアは直ぐに巫女として取り繕う。

 ヨーセフは後ろに控えるメイドに合図を出し、部屋の外に置かれていた担架を持ってこさせた。


「はい、もちろん城から医師を招いております。グウィード様のことはご安心下さい」


 そして、メイド達はレオとエルザからグウィードを引き取ると、担架に寝かせ部屋から出て行き、他のメイド達もマリアやレオ達の荷物を受け取る。


「ささ、では参りましょうか」


 そう言うとヨーセフは担架の後に続いて部屋を出いき、マリア達もその後に続こうとした。

 ただ、その前にウィズが目に入る。テーゼの滅跡から今まで使えなかった、魔力の操作を行うことのできたウィズが。


「ね、ウィズさん言った通り大丈夫だったでしょ」

「……は、い」


 かすれた声でしっかりと頷くウィズは、ようやくあの時から一歩進むことが出来たのかもしれない。




 グウィードが運ばれたのは、別荘と同じく悪趣味な宝石などで飾られた応接間。

 そこに置かれた移動可能な簡易ベッドに寝かせると、ソファーで待機していた白衣を着た中年の男性が診察を始める。


 茶色い髪は清潔に短く刈り込まれ、鼻眼鏡の奥には黒色の瞳が覗くこの男性はユレルミ・ヒーデンマー。

 王族掛かり付けの医者として城に住んでおり、この国にとってかなり重要な人物である。


「なるほど、確かに外傷は見当たりませんね。脈も眼球の動きも……問題なし。では、念のためグウィード様はお城で精密に検査してみます」

「それは私達が同行しても良いでしょうか?」


 マリアがそう願い出るが、それに対してユレルミは申し訳なさそうに首を左右に振った。


「それは止めておいた方がいいでしょう。後ほど正式に国王様から招待されると思いますので、その日時にお越しいただいた方がよろしいですな」


 歓迎する側にもそれなりの準備が必要であり、そのことは立場上マリアも知っていること。

 ユレルミに頷いて見せ、渋々ながら納得した。


 マリアが納得したと分かると、ユレルミは待機していた兵士に指示を出し、グウィードの寝かされた簡易ベッドを運び出していく。それをマリア達は静かに見送ることしかできない。

 先ほどまでは外傷もなく健康体だと思っていても、いざ検査されるとなると心配になり不安にもなってくるのだ。


「ではマリア様方の泊まる部屋へとご案内いたしましょう。それと、夕食は楽しみにしていて下さい。料理人たちも張り切っておりますからな」


 そんなマリア達の心境を察した様子もなく、ヨーセフは高笑いを浮かべるとマリア達を案内するため部屋から出て行った。



 ◇◇◇



 その数時間後ユレルミが言っていた通り、城から明日の昼過ぎに招待する使者が訪れた。

 もちろん、マリアが断るはずもなく了承すると、使者も大役を果たせた事に安堵し嬉しそうに城へと戻っていく。

 これで明日は国王に謁見し、その後でグウィードを見舞いに行けばいいのである。


 この手間を少し面倒に感じながらも、レオ達は他の人より大きなマリアの部屋に集まり夕食まで時間を潰していた。


「そういや、転移装置って昔と比べてかなり小型化されたし、魔城の近くに隠して建てちゃえばいいんじゃない?」


 エルザが現代の転移装置を見て驚いたのはその小ささ。昔は四隅の円柱が塔ぐらいの大きさを必要とし、本体もそれに比例するように大きかったのだ。

 そして横目でレオを見る。


「昔は即効で魔王に壊されてたみたいだけどね」


 そう、エルザの時代もそれ以前も転移装置を魔城の近くに建ててはいた。

 しかし、最初は成功した奇襲も二回目からは魔王が転移装置を破壊するようになったのだ。


「元々、あの辺りへの転移は難しかったですからね」

「魔障の霧に妨害されるからな」


 魔城が現れると予想される地域には常に霧が出ていて、それには転移や望遠など支援魔法の効果を打ち消す作用がある。

 それ故に転移装置もその霧が出ていない、離れた場所に立てられていたのだ。

 それでも、わざわざ旅するよりは断然速い。


「……それにレオ君には以前言いましたが、僕らの旅はいろいろな人から援助されてるんです」

「うん、分かった」


 ため息を零しながらのタウノの一言で全てが理解できたエルザ。


 転移により直ぐに魔城に行くということは、その途中どこにも立ち寄らないということ。

 魔王討伐の際についでに依頼をし、そして巫女に泊まって貰う。それを優先的に許可してもらう為に、何もない時から寄付などを行っているのだ。

 もし転移装置が設置されれば、普段の寄付金も減ってしまうだろう。


 転移装置を持つことが金持ちのステータスだと言ったが、巫女が魔王討伐の際に立ち寄り宿泊する。これもそれと同じ意味になっていることに、エルザは僅かな怒りと微かな悲しみを感じるのだった。





 その日の夕食はヨーセフの言っていた通り、実に素晴らしい出来栄えで、味はもちろん色合いや飾りつけなど手間がかかっているのが分かる。

 個別に前菜から出された料理はレオとエルザの分まで用意されていて、その辺りはウィズからマリア達がどういった扱いをしているのか聞いていたのだろう。


「それで、エンザーグドラゴンを如何ようにして倒したのですか?」


 夕食時の話の内容は自然とエンザーグのことになり、ヨーセフは興味深そうにマリアから聞き出している。

 それに対してマリアも笑顔を浮かべて事の顛末を話し、内容は今この場に居ないウィズが参戦したところに。


「やはり彼女は戦いましたか」

「ヨーセフ様はウィズさんが戦うと予想されていたのですか?」


 納得したように頷いているヨーセフを見て、タウノは疑問に思ったことを訊ねた。


「彼女を雇った理由が理由ですから、そうなる可能性も予想しておりました。しかし、魔力を操作できるようになるとまでは、思っておりませんでしたな」


 その後もエンザーグの話は続いたが、マリア達は戦いの疲れが取れていないのを理由に食事を切り上げる。

 そして、部屋へと戻り入浴を済ませると、明日に備えて早めに就寝するのだった。






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