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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第二章 『種族という壁』
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第十七話

 とある湖の畔に立てられた豪華な屋敷。そこにエルザ達に恐怖と絶望を与えたダナトはいた。

 この屋敷の持ち主というわけではなく、いろいろと見回った時に良さそうだったので、勝手に住み込んでいるだけである。


 大富豪の別宅の一つらしいが、ダナトに人間の事情など知る必要も無く、ここの管理をしていた人間には魔法で洗脳し掃除などを任せていた。

 人間と魔者の魔力差から暗示が解けることは一生無いだろうが、そんな事はダナトの知ったことではない。


「それで、どうだった大地の巫女は?」


 真っ赤なソファーに腰掛け、不機嫌そうにしているダナトに話しかけたのは、水色のショートカットにそれよりも濃い青い瞳を持ったまだあどけなさの残る少年。


「ルヲーグか」


 ダナトの向かいのソファーに寝そべる姿など、ただの子供にしか見えないが、これでも魔族であり管理人を魔法で洗脳したのもルヲーグと呼ばれた少年である。


「期待はずれ……いや、思っていた通りと言ったところか。弱すぎて話にもならん」

「えぇ~、そんな~、それじゃあ殺すときの楽しみ何てないじゃん。巫女なら少しは楽しめると思ってたのにぃ」

「他の巫女にでも期待することだ」


 頬を膨らませ手足をバタつかせて文句をたれるルヲーグに、ダナト自身思ってもいない言葉で言い包め、ついでに話題を変えることにした。


「それで魔王サマは?」

「こっちに来て疲れたっぽいから、まだお昼寝中~~」

「たしか魔力を消費して空に近い状態だったからな。そうそう起きるもんじゃないだろ」

「良いよね~。ボクは、ボクはっ働いてるのにねーー」


 話題を変えることには成功したが、ルヲーグがジト目でダナトを見つめているのは薮蛇だったのだろう。

 羨ましそうに妬ましそうに見つめていたルヲーグだったが、全く反応しないダナトにため息を零すとソファーに座りなおす。


「それで、これからどうするの?」

「そうだな、やはり魔王サマが目覚めるまでは余り大きな騒動を起こさない方がいいか」


 どこか詰まらなそうに吐き捨てるダナトは、主に戦闘でしかその力を発揮することがない。

 しかし、見た目は少年だがルヲーグは違う。魔法、魔術に関する知識は凄まじく、今もいろいろと頼まれた仕事をやっている最中なのだ。


「そう言えばアレはどうした? もう出来たか?」


 そしてダナトも頼みごとをしている一人であり、その進行具合を聞いてみたのだが、その発言がルヲーグを怒らせる結果になってしまう。


「もうっ、そんな簡単に出来るわけ無いでしょっ。いい? 良い実を生らさせるには、良い土と良い肥料、そして何より時間が必要なんだからぁ」


 ついに頬を膨らませそっぽを向いてしまい、誰かとは別の意味で本気で怒っているのか判りにくいが、どうやら本気で怒っていることがダナトには分かった。


 そこで、ダナトは自分が思いのほか焦っていたことに気付く。その原因はエンザーグドラゴンがマリア達に負けたことにある。

 マリア達の力量はルヲーグに言った通り、予想通りの強さでしかなかったのだが、想定外だったのはそんなマリア達に負けたエンザーグの弱さ。


 まさか、自分の血肉を分け与えた存在が、負けるとは思わなかった故の焦りだ。


「じゃあボクは行くよ、魔王様の様子も見とかなきゃだし」


 そう言うとルヲーグは部屋から出て行き、後に残ったのは特に何もすることのないダナトだけ。

 ダナトはこれからの事を考えながら、まずは軽く睡眠を取るためにソファーに横になって眠ることにした。

 別に焦って急ぐことはないのだ。人間からすれば魔族の命は永遠にも近い長さなのだから。




 ◇◇◇




 マリア達よりも早くヨーセフの別荘に帰ってきたレオ達は、まずお風呂の用意をし土埃で汚れているエルザが汚れを落とす。

 そんな短時間に水を入れて沸かすようなことは出来ないが、そこは昔から使われていた火系と水系の魔法を上手く手加減することで可能となるのだ。


 そして祝勝会の準備だが、料理は意外なことにエルザが得意で、レオは部屋の飾りつけや食器の準備などを担当している。


 着々と準備が進んでいると、玄関の扉がノックもなしに開かれる音が聞こえてきたのだが、マリア達からの帰還や勝利の声は聞こえてこない。

 ある程度予想していた通りの展開に、レオとエルザは作業の手を止めると玄関へ出迎えに行く。


 そこに居たのはダナトのせいなのか、エルザ同様に気落ちしているマリア達。

 グウィードはといえば、血も流れておらず見た感じでは腕も元に戻ったように見える。ただ、意識は戻っておらずイーリスとウィズの肩で支えられてる状態である。


 そんな中でも立ち直って見えるのは、タウノとウィズの二人。この二人はマリアやライズと違い、手も足も出ない完全な敗北や、力の差を感じるような経験があったからだった。

 またトールの場合は、グウィードの居ない状況での責任感が、立ち直らせる要因の一つだろう。


「おっかえりーーっ、やっぱり勝ったんだね。信じてたよーー」

「お疲れさん」


 暗い空気を吹き飛ばそうと、エルザがいつも以上に明るく振舞うが、それに答えるだけの気力は無いらしく、マリアですら頷いてみせるだけ。


 そんな様子を横目で見つつ、レオは意識のないグウィードに視線を移すと、ウィズに話しかけた。

 話しかけた相手がイーリスでないのは、まともな返事が返ってくるとは思えなかったからだ。


「グウィードは大丈夫なのか?」

「はい、薬のおかげで傷は塞がってます。あ、そうだ、レオ様あの薬は役に立ちました。本当にありがとうございます」

「エリクサーの失敗作か。悪いな、勝手に持ち出して」


 勝手に薬を持ち出したことをウィズに誤るが、当のウィズは特に気にした様子はない。

 まあ、エンザーグが暴れて家が壊されれば、全てが無くなってしまうのだし、エリクサーを使って文句を言うのは筋違いである。


「レオ、ありがとう」


 グウィードをベッドに寝かせるために移動する時、すれ違い際にお礼を言うイーリス。

 しかし、その声はかすれてか細く、今にも壊れそうなヒビの入ったガラス細工のように感じられた。


「そうだ、お風呂沸かしておいたから、マリア一緒に入ろうねー」

「あっ」


 ウィズが目配せしたことで、イーリスはウィズに任せる事にし、エルザはマリアの背中を押しながら着替えを取りに行く。そして、タウノとレオもそれに続いた。


「それじゃあ、僕もお風呂に入ってきますね」

「俺もついでに入るとするか」



 ◇



 ウィズとイーリスはグウィードを寝室のベッドに運び寝かせた。

 鎧はエンザーグの一撃で粉々になり、抱えて移動するときに重くなるので、装備は全て戦場で外してある。

 後は水と手ぬぐいを用意すると、身体の汚れを落とし新しい服に着替えさせ、額には薬を飲んでから続く熱を下げるために、濡らした新しい手ぬぐいを乗せておく。


 一先ずグウィードにするべきことは終わった。

 ウィズは椅子を二つ用意すると、ベッドの横に並べて置き顔に近い方にイーリスを座らせる。


「……私のせいだ」


 しばらくグウィードを見つめていたイーリスだったが、膝の上で両手をきつく握り締めると身体を震えさせた。

 隣に座るウィズが感じたのは、身体だけではなく心の震え。


「私はあの時、サポートを頼まれていたのに」


 グウィードの指示した作戦ジャック。あの時、イーリスはグウィードが瀕死の重症を負った尻尾を防ぐ役割を担っていた。

 しかも作戦が出された以上、それが解除されない時はそのまま行動するのが当然であり、あの時エンザーグを攻める好機だと感じて行動したのは、イーリスの落ち度でしかない。


 シールドの後ろに隠れたウィズを守っていたマリアと違い、任せられたことを放棄した結果グウィードが死にかけた。

 イーリスはそのことで自分を責めているのだ。


「何で、何で私はこうも守れないっ、守ることが出来ない。坑道ではエルザが、戦闘ではヴィアラがマリアを守り、父上は……」


 涙が頬をつたい落ちる。


「あの時誓ったはずなのに、もう大事な人に傷ついて欲しくない、何も出来ないままじゃ嫌だって」


 ウィズに聞いて欲しいわけでも、ただの独白でもない。イーリスの握り締められた両掌から血と共に言葉が零れ出た。


「教えてくれ、私はどうしたらいい?」


 隣のウィズを見つめるイーリスの瞳は揺れ、いつもと違い力弱く見える。何かにすがり付きたい気持ちなのだろう。

 そんなイーリスを見つめ返すウィズには、その感情が痛いほどよく分かった。

 エンザーグドラゴンに村を焼かれ、家族を亡くしたウィズも、自身の無力感に苛まれて力を求め鍛え上げたのだから。


「私が感じたことですが……それは、イーリス様が戦局を見通せていないことです」


 返ってきたウィズの言葉をイーリスは一言も聞き逃すまいとする。


「これは昨日の模擬戦でグウィード様が仰られた、先見の無さにも繋がると思います。あのエンザーグとの最終局面においてグウィード様が何を求められていたのか……」


 最終局面、それはグウィードがジャックの作戦を出した時。

 あの時イーリスは、作戦通りサポートするためにグウィード達との距離を詰め、ヴィアラを追いかけてシールド方向を襲う火炎を見て、攻めるために横手へと回りこんだ。


「グウィード様にかけられていたフェアルレイは既に解けてあり、他の方々も解けるのは時間の問題。ヴィアラ様が使えましたが、早期に決着を着けたかったと思われます」


 フェアルレイが切れる度にヴィアラがかけて回れば、切れた方もかけるヴィアラもエンザーグに狙われ危険になる。

 それにグウィードにしてみれば、ヴィアラがフェアルレイが使えたのはどうでも良く、肝心なのはわざと遅く鈍足な姿を見せることで、エンザーグが慢心していればよかったのだ。


「あの時、前衛には私を含めて三人が居て数は揃っていましたから、イーリス様が攻撃に参加するよりもエンザーグの攻撃を防いで下されば、前衛は多少無理してでも攻めることが出来た」


 戦局において手数を増やすことは確かに必要だ。

 しかし、手数が必要とされる時なのか、それとも少数で真正面から力技でも強引に進むのか。そのどちらを選ぶかをイーリスは間違えたのである。


 そしてそれはエンザーグ戦の話だけではなく、模擬戦の最後の場面でイーリスは『マリアを守る』ことを選択したが、あの時は『マリアを攻撃しようとしているグウィードを攻撃する』方が、実力差のある試合を勝ちに持っていけた可能性はあった。

 マリアを守ろうとするあまり、戦いの先が見えていない。グウィードはそれが分かっていたからこそ、先見の無さを欠点に上げたのだ。


「やはり私は……」

「ですが、私の言ったことが正解とは限りません。結果を見てからの意見でしかありませんから」


 ウィズは再び両手を握り締めるイーリスにそっと自分の手を当てて包み込む。


「それに、戦局を見るというのは経験が必要で、今悲観して投げ出すよりも、今回の経験をどう活かすのかを考えた方が有意義でしょう」


 そして、顔を上げたイーリスの目を見つめて、一言一言勇気付けるように言い聞かせる。


 確かにイーリスの実戦経験は少なく、ましてや自分よりも強い敵と命をかけて戦うこと自体が無かったのだ。

 それは、世代交代して数年というのもあるが、その間それほどの魔者の被害が少なく、マリアが巫女になって始めての魔獣被害がこのエンザーグドラゴンだったのである。


「全てが手遅れではありません。マリア様もグウィード様も皆、生きています」


 幼子でもあやすように優しく慈しむように頭を撫でる。


「今は素直にグウィード様の無事を喜びましょう。そして、意識が戻った後で叱ってもらい、教えを乞えば良いじゃないですか」


 イーリスはベッドで横になっているグウィードを見ると、胸は上下に動き微かな息遣いも聞こえる。

 そして大きな手を握り締めると、生きている事を実感させるように暖かい。手の甲は傷だらけでゴツゴツと岩のように硬く、手の平も剣によって硬いタコが出来ている。

 そんな手に小さい頃から守られ、包まれていたことを思い出す。


「父上……本当に、本当に助かって良かった」


 声を抑えきれず涙を流すイーリスだが、その涙は最初に流していた時とは違い、どこか暖かさを感じさせる。

 ウィズはそんなイーリスを見届けると、しばらく二人きりにしておくため部屋を静かに後にした。



 ◇



 別荘に帰ってきて気が抜けたのか、タウノは思い出したかのように身体が痛み出し、服を脱ぐのにも手間取ったためレオは先に入浴している。

 すると、遅れて入ってきたタウノだったが、先ほどは何とも無かった右足を今は何故か引きずっている。


「足、どうかしたのか?」

「えっと、たぶん捻ったんだと思います。帰ってくる時も少し違和感があったんですけど」


 気が抜けたのか捻ったことを意識したからなのか、今では引きずってしか歩けないほどに痛むらしい。

 タウノは後でマリアか薬に頼む、と笑いを浮かべ湯船につかる。


「ほんと、情けないです。これもただの着地ミスですし、今まで身体を鍛えてこなかったツケですね」


 そう言って反省するタウノだが、もともと魔術師などは身体よりも精神を鍛えるのが普通なのだ。

 実際、身体を鍛えるよりも精神を鍛えた方が、術者として強くなれるのである。


 それ以外にも魔道書を読んだり、術の研究をすることなどから、術者は自然と身体を鍛えることが少なくなってしまうのだ。


「ですが、これからは後衛だからといって安全な訳ではありません。頑張って鍛えなければ……」


 既にこれからどうすれば良いのかを理解し、それほど落ち込んでいるようには見えないタウノに、レオは内心かなり安堵していた。


「それで一つ聞きたいのですが、レオさんは戦士と術師のどちらから始めたんですか?」


 魔法剣士は大抵、戦士から始めて魔法を術師から始めて剣術を覚える。

 イーリスの場合は前者であり、タウノの練習方法とは異なるため、レオがどちらか気になったのだろう。


「俺は始めは術師だったな」

「それは良かった。それで術師が身体を鍛えるには、どういうことをすれば良いんでしょうか?」


 魔法の方が得意というレオから、術師で始めたと予想していたタウノは正解したことに安堵する。

 これまでタウノがやっていた事と言えば、体力を強化する走りこみだけ。それも魔王討伐に出るからと、グウィードに指示されて始めたことだった。


 そんな状態だったので、いまさら身体を鍛えると思っても、何から始めれば良いのか悩んでいるのだ。


「そうだな……タウノは別に魔法剣士に成りたいんじゃないだろ」


 確認を取るレオにタウノは黙って頷く。

 タウノは魔法剣士のように前線で切った張ったをやりたい訳ではなく、咄嗟の判断時に動ける身体が欲しいのだ。

 その為、鍛え方には『術者として』を念頭に考えなければならない。


「俺とは多少違うかもしれないが、必要なのは基礎体力だな。タウノは体力が少ないし、戦闘でも最後の方は疲れてたんじゃないのか?」

「そうですね。エンザーグの火炎、魔法と攻撃範囲が広くて、いつもより動かされましたから」


 それを聞いて何か思いつくことがあったのか、レオは目を瞑り考え込む。


「なら前衛、イーリスかウィズと一対一でやり合うのも良いな」

「えっ、な、何でですか」


 そして出てきた提案にタウノは驚いた。

 魔法剣士に成りたいわけじゃない。レオが聞いてきて、タウノが頷くことで返事をしたからだ。


「さっきタウノが言った『動かされる』ってのは、自分から動く以上に体力を消耗する。しかも、火炎みたいに近寄ってくるなら心構えも出来るだろうが、スピアーズヒルみたいな近場に出現するタイプならそうはいかない」


 後衛は敵と離れているため、それだけ避ける時間が出来るので、そこそこ動けさえすれば簡単に攻撃は避けられるのだ。

 それは良い意味でも悪い意味でも……。


「他にも敵が接近した、後ろから新手が現れた。まあ、いろいろあるが瞬時に判断して身体を動かすことに、慣れておく必要があるだろ」


 マリアの場合は模擬戦でのグウィードの一撃や、グウィード戦のスピアーズヒルを避けたことでも分かるように、巫女育成の一環として訓練されている。


 その内容をタウノは頷いて聞いてはいるが、眉をしかめてどこか納得のいってない様子。


「それは分かりますが、それならレオ君でも……」


 それは訓練の相手。イーリスとウィズどちらも女性で、しかも強い。

 女性を殴りたくないというのもあるが、どちらかといえば女性にボコボコにされたくないといった、安い男のプライドである。


「それは止めておいた方がいい。強い人に手加減してもらった方が、怪我は起こりにくいからな」


 だが、レオにきっぱりと提案を却下され、その内容ではタウノも頷くしかない。

 ガックリと肩を落として頷いた。下ろしたまま上げてないので、下を向いただけかもしれないが。


「分かりましたっ。近衛師団魔法部隊統括長タウノ、強くなるために恥を忍んでイーリスさん達に殴られましょう」


 しかし、握りこぶしを掲げて立ち上がり一大決心をした姿を見て、レオはタウノの心意気を感じ思わず拍手をする。


「さすが統括長。あと訓練の内容はタウノの能力次第、それもイーリス達に決めてもらった方がいいだろ」

「そうですね。これで身体の方は目処が立ったとして、本業の魔法は自分で何とかしないと」


 タウノは立ち上がったことで足を痛めてたことを思い出し、再び顔をしかめながらお湯に浸かる。

 ただ、顔をしかめたのは痛みだけでなく、エンザーグとの戦いにおいて術印付きの上級やそれ以上の魔法が無いと、エンザーグを傷つけられなかったことを思い出したからだ。


 マリアは攻撃、回復、補助、妨害の魔法をバランスよく覚えているが、タウノは攻撃魔法がほとんどで他は初級レベル。

 味方をサポートするのも、相手の邪魔や攻撃を防ぐのも実際はマリアより劣るのだ。

 そう思わせないのは得意な攻撃魔法を駆使し、それらを行っているからにすぎない。


「攻撃は最大の防御。これが僕の信念ですが、今まではそれ以外を疎かにしすぎました」

「まあ、攻撃魔法を極めようと思えば、そうなるだろうけどな」

「はい。しかし、それは研究者や組織として戦うのなら許されるでしょうが、今は少数での魔王討伐です」


 これから先の戦いでは、エンザーグと同じように魔法防御の高い魔者やダナトという魔族、それに魔王はどういう存在かすら分かっていないのだ。

 他の系統魔法もの覚えつつ、攻撃魔法はさらに磨きをかける。これが今のタウノが進むと決めた魔法の道。


「目標はやはりメーリさんですね」

「メーリっていうとあの?」


 目標とする人物の名前が出てきて、その名前に聞き覚えのあったレオは『あの』で通じる人物かどうか訊ねる。


「はい、大海の巫女であるメーリ・メティー・ハララさんです」


 それにタウノは大きく頷き肯定した。


「彼女は凄いですよ。僕よりも年齢は二つ下ですが全ての系統が高水準で、僕が話したのはあちらの部隊の隊長になった時。少し身体を動かすのが苦手らしく、ときどき転んだりしてるんですが、これがその場を和ませると言いますか……」


 これからの鍛え方に熱意を出していたタウノだったが、その熱意が別の方へと向かっていくのをレオは感じていた。


「何より可憐で守りたくなるような――」


 タウノの熱弁は終わる気配がない。



 ◇



 タウノが足を引きずり風呂場に入っていった頃、女湯ではエルザとマリアが背中を合わせ無言でお湯に浸かっていた。

 マリアの気落ちした空気により、エルザですらふざける事を躊躇し、顔を見られる事すら拒絶するようだったから。


 僅かに感じられるのは、かすかに触れ合う背中の一点、その重みのみ。

 そして、その重みが軽くなった。


「……怖かった」


 マリアは背中を丸め胸に押し当てるように手を握り、かすかに身体を震わせながら呟く。


 その感情はエルザにも分かった。

 エルザもダナトの恐怖からレオに八つ当たりし、シリアスな一面を見せてしまったのだ。

 だから、その場にエルザではなくヴィアラとして居たにも関わらず、「それは仕方ない」と言おうとマリアへ振り向くが、それより早くマリアが言葉を続ける。


「私、怖かったッ。グウィードさんがっ、姉さんがトールさんが……皆が死ぬんじゃないかって、殺されるんじゃないかって」


 それを聞いて、マリア何に対して恐怖を覚えていたのか理解したエルザは、震えて小さく見えていた背中が自分よりも大きく、そして気高く見えた。


 エルザが感じたのはダナトの力によって、自分が殺されるという恐怖。

 マリアが感じたのはダナトの力によって、仲間が殺されるという恐怖。


 自分のことだけで精一杯だったエルザと違い、マリアは自分より他人のことを……。

 それがエルザには羨ましく思えたのだ。


「巫女だ何だって言われても、何も出来ない誰も守れない」


 マリアはエンザーグとの戦いで一番弱い自分をどうにかしたかった。

 歳が一つ上と近い大陽の巫女とは、それほど差は無いが相手の方が強く、大海の巫女であるメーリは魔法の総合ではトールより上。

 そして、大空の巫女にいたっては実力だけでMランクになれるほど。つまり、今の巫女の中で最も強いのだ。


「もう嫌っ、守られるだけじゃ嫌なの」


 握った拳を強く胸に押し当てる。まるで誓いという拳を、心に入れ込もうとするように。

 それほど、マリアは自分が守られていることを理解していた。

 それは、エンザーグ戦でのクラニヴァースが放たれた時、全員がマリアの許へ駆け寄り守ったことからも分かる。


 だからエルザには何も言えない。あの時エルザもマリアを守らなくては、と考え行動したからだ。

 それは何も巫女、親友だからではなく、ただ単に『一番危ない』から。


 確かにあの状況では、咄嗟に魔法を使えない術師を守る必要があっただろうが、それはタウノとて同じこと。

 そのタウノは無視して、タウノ自身もマリアのもとにやってきたのだ。


「……じゃあ、さ。強くなろう」


 ポツリとマリアの背中に向けて呟くエルザ。それはマリアだけでなく、自分自身にも向けられた言葉だった。


「心が負けそうなら心を鍛えたら良い、力が負けそうなら力を鍛えれば良い」


 エルザが弱いと感じるのは、心。

 マリアが弱いと感じるのは、力。

 だからこそ二人とも強くなりたいと願う。


「でも、ね。何でも一人で出来るって思っちゃダメなんだよ」


 エルザは背後からそっとマリアに抱きつくと顔を首筋に埋め、マリアからその表情を見られないようにする。


「私もレオが居てくれて良かったって思うし、レオが居なきゃ今ここに居なかったかもしれない」


 それはエンザーグ戦後の『逃げる』という会話だけではない。

 そもそもエルザはレオが居なければ、マリア達と同行すらしなかったかもしれないのだ。


 もちろん、巫女や魔王のことに興味はあるだろうし、野次馬したい気持ちもあっただろう。

 だが、学園に休学届けを出して、巫女に合う為に旅をし同行のための交渉をする。

 それらを全て一人ですることを考えたら、ためらって結局は学園に留まっていた可能性が高い、とエルザは思っていた。


 実際、レオに相談してから休学などの準備に入ったことからも分かる。


「守られずに守れるほど強くなっても、やっぱり一人じゃダメだよ。私に向かない事はレオが、レオに向かない事は私が……それでもダメならマリアが、イーリスさんが、グウィードさん、タウノさん、ウィズさん皆が頑張れば何とかなるでしょ」


 エルザはマリアの正面に回りこむと、肩に両手を当てしっかりとその瞳を見つめる。


「だから、そんなに一人で背負い込まないで」


 はじめて見るエルザの真剣な眼差しに引き込まれるように、マリアもエルザの瞳を見つめ返す。


「私も手伝えることは手伝うから」

「エルザさん」


 嬉しかった。巫女だ特別だと言われ、マリアだけ別に見ている今までの人達とは違い、エルザは等身大のマリアを見てくれ、手を差し出してくれる。

 それが何よりマリアは嬉しかったのだ。


「それと、ありがとう」


 思ってもいなかったエルザの感謝の言葉に、マリアは目を見開いて驚く。

 そして、エルザはそんなマリアを抱き寄せると、きつく抱きしめる。


「エンザーグと戦ってくれて、ありがとう。怖い思いをしてまで戦ってくれて、ありがとう。この町を救ってくれて、ありがとう。そして無事に帰ってきてくれて、ありがとう」


 感謝の言葉の連続に驚きながらも、徐々に溜め込んでいたものがあふれ出るかのように、マリアの目から止め処なく涙が零れ落ちる。

 そして、エルザの言う「レオが居てくれて良かった」という意味も理解できた。

 理解してくれる人が側にいるだけで、さっきまで寒くぽっかりと開いていた胸の奥が、どんどん温かくなり満たされていく。


 だから、マリアもエルザが側にいてくれる事に「ありがとう」と言いたかったのだが、それは嗚咽によって上手く言葉に出来ない。

 ただ、言葉にならなくともマリアの感情はエルザに伝わった。


 だからこそ、エルザはもう一つの感情が伝わらないように、抱きしめ顔を首筋に埋める。「ごめん」という後ろ暗い感情だけは。






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