第十四話
誰もが間に合わないと思ったマリアを救出したのは突然の乱入者。
火炎弾による轟音と熱風が吹き荒ぶ中、暖かい温もりと落ち着いた優しい声を聞き、マリアは瞑っていた目を開らく。
そこに映ったのは、腰の少し上まである若葉のように優しげな緑色をした髪を巻き込んで、顔全体を包帯で巻かれた女性。瞳の色は髪と同じく緑だが、意志の強さを示すのか髪よりも確りとしており、左目には上下に繋がる傷跡があった。
「あ、ありがとうございます」
謎の女性に抱かれていることを思い出し、マリアは礼を告げると地面に足を着けて女性から離れる。
そして、改めて女性を見ると、顔の包帯以外にも何故か大きめでボロボロな服を着ていることに気付く。
「大きな魔力を感じて来てみれば、まさかエンザーグドラゴンとは、ね」
女性の視線の先にはマリアと乱入者を気にするようなグウィードとイーリス、その更に向こうには興味深そうにしているエンザーグの姿。
「ここは手を出させてもらうわよ。さすがにこのまま無視は出来ないからね。別に問題は無いでしょ、マリアさん」
「あっ、はい」
巫女の名前は赤子でも知っていると言われるほど有名で、女性がマリアの名前を知っていても不思議ではないが、大抵の人は巫女に対して「様」付けで呼ぶのでマリアは驚いた。
ただ、女性との共闘を受け入れたのは驚いた拍子ではなく、自身に接近してきた時の動きなどで彼女の実力をある程度分かったからである。
許可を貰った女性は腰から下げた剣を抜き放つ。
その剣は何処にでも売っている安物のロングソードで、マリアに気付かれぬ内に接近した力量には相応しくない武器。
「あっ、ちょっと待ってください。その前にお聞きしたい事があります」
剣を抜いた女性が前線に行く前に、マリアにはどうしても聞いておきたい事があった。
それがこの町に居る経緯なのか、何故力を貸すのか、顔に巻かれた包帯なのか、安物のロングソードやボロボロの服の事なのかは分からないが、いずれにせよ女性には断る理由は無い。
「私はマリアであちらの魔術師がタウノ、前線の男性がグウィードで女性がイーリスです。それで、貴方の名前は?」
仲良く自己紹介、という訳ではなく、戦闘中に呼びかける時のために名前を聞いておきたかったのだ。別に不思議な事ではないのだが、名前を聞かれるとは思ってなかったのか、何故か女性はうろたえている。
「えっ、あっ、名前? えっと名前はえる、びっ。そう、エルヴィラよ。気軽にヴィアラって呼んで」
今までよりも高い声になったが、直ぐに最初のように落ち着いた静かな声に戻る。
マリアとしてもエルヴィラが本名だとは思っていない。ただ、それに対して何も言わないのは、顔に巻かれた包帯や傷跡、ボロボロの服から何らかの事情があると考えたからだ。
「そんなことより、そこのアナタ。私が来る前に動こうとしていたみたいだけど、結局隠れちゃうなんて一体何がしたいのかしら?」
話を変えるかのように、ヴィアラはマリアの背後、レオ達が居た方向を指差して話し始めた。
今までそんな場所に人が居ると気付かなかったマリアは驚きながら振り返るが、そこから誰かが出てくるようなことはない。
しかし、姿は見えなくともヴィアラの言うとおり、誰かの隠し切れない気配が感じられる。
「そんなに殺気立ってるって事は、もしかして私たちの誰かを殺したいの?」
感じられる気配は殺気。
ヴィアラが冷笑を浮かべ剣を構えると、観念したのか茂みの奥から、戦場には似つかわしくない格好をした女性が出てきた。
「ウィズさんっ」
メイド姿の女性、ウィズが現れたことに驚いたマリアは、思わず大きな声を上げてしまい、その声に反応したグウィード達がウィズの方へと振り向く。
この大きすぎる隙を見て、手を出していなかったエンザーグも思わず出してしまった。一歩踏み込んで距離を縮めると、グウィードとイーリスの二人を一緒に薙ぎ払うために尻尾を振るう。
しかし、今までのように意識しての攻撃ではない一撃は、二人からすれば難なく避けることが出来た。
「っ、ウィズさん早く逃げて下さいっ」
その一撃でここが戦場だということを思い出し、マリアはウィズに逃げるように指示を出す。
それは間違いではない。ウィズの実力がエルザよりも強い程度だと思ってるマリアからすれば。
だが、当のウィズがその場から動かず、何かを堪えるかのように、ただ顔を俯かせるだけ。
「……始めはレオ様方のおっしゃるとおり、ただ結末を見守るだけのつもりでした」
いつもの落ちついた冷静なウィズが、マリア達が驚くほど感情を表に表す。
それは表情や声からではなく、ウィズの周囲を纏う魔力が伝える、心の底からの感情。
「だが、貴様は私の父を母を友を、そして村を滅ぼしたアイツに似ているッ」
それは怨み、憎しみ。
普通のエンザーグドラゴンとは、見た目の違いが多いこのエンザーグをウィズが似ていると言うのは、おそらく外見上のことではなく、話し方や態度など内面的なことなのだろう。
そして、ウィズの魔力と気は練り上げられ闘気へと変わり、ウィズ本来の実力が発揮された。
吹き荒れる闘気から図れる力は、最低でもマリア以上もしかしたらイーリス並みである。そのことにマリア達はウィズの実力を読み間違えたこともそうだが、これほどの実力の魔闘士が傭兵を辞めて、メイドをやっていた事に驚きを隠せない様子。
「マリア様この度の戦い、私も参加させていただきます」
有無を言わせない言い方だが、ウィズの事情を知っているマリアとして止めることが出来ず、また戦力としても期待できるので了承しようとした。
しかし、そんなウィズを止めたのは事情を知る由も無いヴィアラ。
「残念だけど、私は反対よ」
今にも降りだしそうな空色をした瞳で、ヴィアラを睨みつけるウィズの視線からは、邪魔をするなら先ずは貴女から、と物語っている。
だが、そんな視線もヴィアラは軽く受け流すと、逆に冷めた目で見つめ返す。
「随分と殺気立ってるわね。でも、私が貴女との共闘を反対する理由はそれよ。貴女みたいに自分のことしか考えられずに、周りを見えてない人がいると、私からすれば足を引っ張る邪魔者でしかないわ」
足を引っ張る邪魔者。武術に多少の自信があるウィズからすれば、これはかなりの侮辱になり怒りの眼差しを向ける。
「貴女が何も考えないで行動した結果、誰かが死ぬかもしれないのよ」
しかし、そう言われウィズの瞳が揺らぐ。
ウィズとしてもマリア達に危害が及ぶような事をするともりは無いが、彼女も戦いに身を置いた経験者。ヴィアラの言いたいことは十二分に分かった。
ヴィアラはここで一つため息を吐くと、エンザーグを視界の隅で捉える。
余程自信があるのか、一向に手を出すつもりはないらしく、魔力を高めて魔法を使う素振りもみせていない。
「別に貴女が戦うことを断固拒否してる訳じゃないの。過去に何があったのかは、さっきの言い方で大方の予想はつくし」
先ほどウィズの「村を滅ぼした」という発言。エンザーグドラゴンにそんな経験者が居るのは、テーゼ村の生き残りしかいない。
「貴女に村を、全てを滅ぼされた私の気持ちが分かるとでも?」
ヴィアラの格好を見て、ウィズは声を荒げることは出来なかった。
何故ならヴィアラにも何かしらの事情があるのだろうし、ウィズに言い聞かせている声には、その重みを感じ取れたから。
「分からない事もないわ。私も友人や仲間を殺されたし、そいつと再会した時は殺し合いまでした」
「ならっ――」
「だから振り返るなとは言わない、思い返すなとも言わない」
理解できると言っておきながら、止められた事に怒りを覚えたウィズは声を荒げたが、ヴィアラはそれ以上に大きな声を上げて言葉を遮る。
「でもね、過去に囚われてはダメよ。そんな不安定な練り上げ……心が入ってない、気持ちが入ってない。誰にも言われなかった? 弱そうだって」
そう言われウィズが思わず怯む。言われたからだ武術を教えてくれた師匠に。まるで迷子の子供が泣いてるだけ、感情に振舞わされるな、と。
思い当たった事に気付いたのかヴィアラは優しげな、しかし芯の通った瞳をウィズに向けると一歩踏み込む。
「貴女にも親しい人達がいるでしょ。その人達は貴女が自分を思う以上に、貴女のことを想ってくれてるはずよ」
ウィズは衝撃を受けたかのように目を見開き、その瞳は焦点が合わずに揺れ動く。そして徐に目を閉じる。
その脳裏に浮かぶのは、付き合いは浅いが友人とも思えるマリア達、職場の同僚や友人達に師匠。そして何より……
「その想いに答えられるのは貴女しか居ない。過去でも未来でもない、今を歩み生きている貴女にしか」
「……はいっ」
自分を救ってくれた主のこと。
開かれた瞼の奥から現れたのは、いつものように晴れ渡った空色の瞳。
「マリア様、私もこの戦いに参加させて下さい。過去の為ではなく、未来を守る為に」
「うん、もちろん良いよっ。今のウィズさん、とっても頼もしい」
嬉しそうに笑うマリアがいつもとは違う口調に驚いたウィズだったが、それが心を許してもらえた証だと気付くと、同じように微笑みを浮かべる。
そんなウィズの魔力は、先ほどの吹き荒れるような力強さは感じないが、優しく包み込まれるような感覚を感じることが出来た。
「申し遅れました、私はウィズと申します。この度は本当に有難うございました」
「私はヴィアラよ。でも、お礼を言うのはまだ早いわ。先ずはアイツを何とかしないとね」
そう言ってヴィアラは駆け出すとウィズもその後を付いて、グウィード達の横に並ぶ。
「そんな訳で手を出す事になったんだけど……会話中に一回しか手を出さないなんて、アナタ本当はいい奴なのかしら? それとも、私たちが加わっても勝てる自信があるの?」
問いかける風な口調だが、その表情は見えてる範囲でも分かるほどに挑発的である。
ヴィアラとウィズが加わった以上、エンザーグが勝つとは微塵も思っていないからだ。
「あえて答えるとするならば後者だが、我が何もせずにただ待っていたとでも? 貴様らに受けた傷は全て完治した」
翼を雄々しく広げたエンザーグの姿は、確かに戦闘が始まる前と同じく、ウォルムシューターで抉られた腹はもちろん、アースフロームによって貫通した翼にすらその痕跡は見当たらない。
その事実を目の当たりにしてタウノは驚く。
「な、そんな馬鹿な。魔法は使用してないはず、一体どうやってっ」
魔法を使用するために魔力が高められれば、タウノが真っ先に気付いたはずで、それ以外の効果で回復となれば魔道具か自然治癒しかない。
だが、タウノが警戒していた限り、魔道具を使用した様子は見られず、ましてあれだけの怪我を完治させる治癒力は、今まで歴史上に出てきたエンザーグドラゴンの何れにも無かった能力。
「そんな事は関係ねぇ。どんな回復方法だろうが、その暇を与えず攻撃し続ければ良いだけのこと」
「そう、そしてそれが私たちの仕事だッ」
先ずグウィードとイーリスが突っ込み、その後ヴィアラとウィズが目配せをして二手に別れ、エンザーグの横手へと回り込む。
「オラアァァァ」
グウィードによって放たれた衝撃波は、魔力ではなく物理の衝撃なため、エンザーグの対魔力が高くても意味は無く、鱗以外で受ければ傷を負わせることが出来る。
しかし、それはエンザーグとて分かっている事、一直線にしか向かってこない衝撃波を横に飛んでかわすが、その行動を予測していたのか、着地点にはイーリスが駆け込んでいた。
だが、それは尻尾を揺らめることによって足を止められ、それを見たウィズが横手から襲い掛かる。
エンザーグが警戒するのは、ウィズを尻尾で払った後の隙をグウィードとイーリスが付くこと。今、尻尾を振るうことは出来ない。
その為、まだ距離のあるウィズには火炎弾を放つと、その結果を見届けることなくグウィード達へと向かっていく。
火炎弾が飛んできたウィズは、それを恐れることなく走り続け、最小の動きだけで跳んで避けると再び駆け出す。
エンザーグ相手に二人では拙い、そう考えて走り続けたウィズだったが、それがエンザーグの罠だと気付いたのは、既に尻尾が振るわれた後のこと。
先ほどの位置では三人全てが尻尾の範囲に入ってなかった。ならば、ウィズが追ってくれば一緒に、追ってこなければ二人だけでも、とエンザーグは考えたのだ。
そして、振るわれた一撃はその狙い通り、三人同時に攻撃できたが、それは距離を取ることで避けられる。
エンザーグからすれば、最良は今の一撃で誰かが傷を負うことなのだが、それはグウィード達の実力を考えれば無理だと判断できる。
なので、一番の狙いは近くにいた三人が距離を取って離れること。
そしてそれは見事に成功した……が、前衛はもう一人いる。
尻尾を振るい身体の向きが変わったことで、無防備な正面をヴィアラに向けてしまったのだ。
「ハアアァァァーーー」
剣を構えて突進してくるスピードはかなり速く、エンザーグの脚力では避けるのは不可能。
そう、脚力だけでは……。
エンザーグは脚力で跳ぶだけでなく、自慢の尻尾を地面に突き刺すことでその巨体を引き寄せ、確実に届くと思われた一撃は、微かに腹の肉を切るだけ。
「【―――】アースフローム」
「【―――】ウインドクラッシャー」
だが、その尻尾を中心にマリアとタウノの魔法が放たれる。
地面からはマリアの放ったアースフロームが、そして空中からはタウノの放った回転する巨大な風の刃が、更にはグウィードの衝撃波、イーリスの氷柱も追い討ちをかける。
全方位からの攻撃といっていいこの状況で、エンザーグは慌てる事無く息を大きく吸い込むと、先までの火炎弾とは違う放射型の火炎を放出した。
そして、その炎が渦をなしてエンザーグの身体を隠しながら、天高く火炎柱として燃え盛る。
しかし、それだけで上級魔法が防げるはずも無い。火炎柱を切り裂くようにしながら二つの上級魔法が迫る。
「グオオオォォーー」
大気を震わすこの声はエンザーグの悲鳴ではない。雄叫びだ。
大気の震えと共に魔力は膨れ上がり、火炎柱もそれに比例して収縮していき、最後にはエンザーグの全身を覆う程度の球体となった。
真っ赤だった炎の色は黒くなり、炎というよりも闇そのもの。そこに触れた大地の水は蒸発し、水分全てを失い死んでいく。
そして、その炎が消え去り現れたのは、ヴィアラから受けた傷すら無くなったエンザーグの姿。
「少々、魔力を高めるのが間に合わなかったか」
そう呟くものの、肉体には傷が見当たらない。
あの炎を出すまでに間に合わなかった攻撃は、背中の鱗で防いで尻尾で落とし、牙で噛み砕くことで肉体に掠らせなかったのだ。
今の攻撃ですら傷を負わせなれなかったが、マリア達は何とか集中力を切らさないようにエンザーグを睨みつける。
厄介な相手だとは分かっていたつもりだった。だが、現実は想像の遥か上を行く。
厄介な相手、そう思っているのはエンザーグも同じこと。
この場の全員がSランク以上の実力者で、上下左右は当たり前の全方位による攻撃。
先ほどの攻撃も防ぐことは可能だったが、反撃をするまでには至らなかったのだ。
「宴もそろそろ仕舞いとするか」
簡単に言い放つエンザーグに奥の手があるのかは分からない。しかし、余興として使ってみせた人間の魔法はあの時以来使っていなかった。
「【スピアーズヒル】」
マリアがやってみせた土が隆起するだけとは違う。魔力の量、想像、マナとの結合の全てが成功した、本物の無詠唱魔法。
その威力は込められた魔力からか、レオが使った時よりも岩槍の量も太さも密度も断然上である。
準備もなく発動された魔法を、マリア達は地面を注意深く見つめながら、何とか避けていく。
「そうね、宴の最後は……」
だが、ヴィアラは岩槍の生える時の振動や、魔力の集まりなどから事前に場所を特定し、巧みに避けながらエンザーグの前までやってきた。
スピアーズヒルにより視界が悪くなり、エンザーグも接近まで気付けなかったのだ。
「アナタの血飛沫で飾らせてもらうわッ」
そして突き出されたロングソードは、厄介な尻尾に邪魔されることなく無防備な胸に……当たらない。
便利すぎる尻尾がある為にエンザーグの手は退化してしまった。そんな知識があったからか、手のことなど全く意識せずに突かれた剣は、ウィズが言っていた同種よりも大きな手に掴まれてしまう。
「しまっ」
自身の失敗に舌打ちをし後悔しながら、何とか剣を引き抜こうとするが、強く握られた剣は一向に抜ける気配がない。
更にエンザーグが口を開くと、そこには赤々しい炎。
ヴィアラは一瞬ためらったが、剣から手を離すとエンザーグから距離を取るため飛び退いた。
だが、そんなヴィアラとは反対にウィズは背後からエンザーグに近付くと、頭に飛び乗りそっと右手を額に添える。
「ハアアッ」
そして押し出されるような衝撃に、エンザーグはバランスを崩し前のめりに倒れ、剣を放してしまう。
ウィズはその巨体が剣の上に被さる前に頭から下りると、急いでその剣を拾ってその場を離れた。
それはそのまま追撃しても反撃の炎が来る、と今の状況を冷静に判断出来ているから。
「ヴィアラ様っ」
「これ借り物なの、ありがとねっ」
ヴィアラは投げ渡された剣を掴んで礼を言うと、倒れている無傷のエンザーグを睨み付けた。
無傷、確かに外見上はそうかもしれないが、それこそウィズの『亡烙』の真骨頂。
外を傷つけるのではなく、内へと響かせる技。おそらく、あの鱗の下の皮膚にはウィズの掌の形が、赤く印付けられていることだろう。
「ウオラアァァァーーー」
回復機能があると思われるエンザーグを、一瞬でも休ませる暇はない。
グウィードはそう考え、気を溜め込み衝撃波を放つ。その規模は高さ10メートルにも及び、腹を地面につけて倒れているエンザーグでは、瞬時に動いて避けることも尻尾を振るうことも無理。
だが、エンザーグは先ほどヴィアラを攻撃し損ねた分の魔力と、衝撃波が接近するまでに魔力を高めて、こちらも今までで最大級の火炎弾を放つ。
そして、その二つが衝突する。
人間界では最大級の威力同士がぶつかった衝撃は凄まじく、轟音と共に天を引き裂き大地を割り遠くの木々まで揺らす。
その衝撃には、さすがのグウィードも耐えられずにマリアたち全員が一度吹き飛ばされ、それ以上飛ばされないように大地にへばり付くのがやっと。
しかし、そんな轟音爆風の中でも、悠然と山の如く微動だにしない者がいる。エンザーグだ。
足の爪を地面に食い込ませ、他より発達した手の爪も同じく。そして尻尾までも大地に打ち込むと、白っぽい膜を下げた瞳でマリア達を睨みつけ、何事か呟いている。
「【―っ――ぃ―」
風は徐々に治まりつつあり、マリア達にも周囲の音が聞こえ始め、状況を把握できる余裕が生まれる。
「――ぇ―】」
一番最初に感じたのは、エンザーグの魔力の高まりと、良くは聞こえないが何らかの詠唱。
上級クラスの魔法なら、聞こえる詠唱や口の動きで事前に察知し対応するのが、マリアやタウノのやり方なのだが、今回のように轟音爆風で何も分からなかった為、直ぐに魔法で対応することは出来ない。
「クラニヴァース」
そして、マリア達が何らかの対策をとる前に詠唱は完成し、エンザーグを中心として周囲に大小様々な風の刃を無数に撒き散らす風属性の最上級魔法が放たれた。