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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第二章 『種族という壁』
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第十三話



 前日歩いた道をグウィードを戦闘にマリア、イーリスの順で進んでいく。

 時間は太陽が上り詰めるよりも前、エンザーグドラゴンからすれば、深い眠りについた真夜中近くということになる。


 マリアは何もエンザーグに対して奇襲、即殲滅などとは考えていない。

 確かに村は壊滅させてないものの、人を殺し家を壊し脅迫して食料を要求するなど、退治するには充分な理由がある。

 ただ、その最後の理由が疑問を持たせた。食料など自分で獲ればいいのだ、よっぽどの怠け者でなければ。


 魔王とは何の関係も無いのか、それとも手下として命令で動いているのか。

 いろいろな疑問が出てくるが、今悩んだところで答えは出ない。『エンちゃんにでも訊けば?』マリアはエルザの言っていたことを、先ずは実行するつもりである。



 そして、その時は訪れた。



 赤黒い巨体を起こしたエンザーグは七メートル程度。しかし、全身の半分を占める尻尾が、マリア達を警戒するように揺れ動いている。


「何をしに来た」


 人語を喋る声色と周囲の魔力からは苛立ちが感じ取れる。

 グウィード達もマリア同様、エンザーグには疑問を持っていたので、マリアの意見には賛成だった。その為、ここに向かう途中から気配も隠さず、魔力や気も警戒されるであろう範囲まで上げていた。


 そして、エンザーグはその通り警戒して目覚め、眠りを妨げられたことに腹を立てているのだ。


「私は大地の巫女、貴方は何故ここに留まっているのですか?」

「我が答える理由は無い」


 巨大な翼をはためかせ、マリア達を正面から真紅の瞳で睨みつける。

 グウィード達の戦闘準備は整っているが、マリアはまだ話を続けた。


「では、貴方と魔王の関係は?」


 先ほどのエンザーグの返答から、この質問の答えもそれほど期待はしていない。ただ、今は少しでも話を長引かせ、時間を稼ぎたかったのだ。


「魔王……魔王とは何だ?」


 だが、エンザーグから返ってきた言葉に、マリアだけでなくグウィード達も驚いた。

 魔獣ともあろうものが魔王を知らないはずがない。第一、魔者の上に立つから魔王であり、それを知らない魔者がいるとすれば、産まれたての赤子かよっぽどの無知としか考えられない。


「魔を冠する王か、面白い。我とて一ヶ月程度の命、娘話してみよ」


 エンザーグはマリアに魔王のことを話すよう言ったが、マリア達は驚いて直ぐに言葉は出なかった。


 エンザーグドラゴンの生態は謎に包まれているが、他のドラゴン種が人間と同様、成長と共に能力が上昇していくことは分かっている。

 もし、エンザーグも同じだと考えるのなら、生後一ヶ月でこれ程の魔力を持つエンザーグが、成獣になった頃には一体どれほどになるのか。


「……魔王が如何なる存在なのかは分かっていません。ただ、約二百年置きに魔城や幾百もの魔者と共に現れ、我々人間と敵対しています」


 マリアは頭を切り替えると、魔王のことを話し始めた。


「言い伝えでは魔王という名の通り、魔力や魔法、魔術などに優れていて、一説では殺された魔者達の怨念体との話もあります」


 それを聞いて考え込むエンザーグを余所に、マリア達は魔王とエンザーグが関係ないと考えた。

 もし仮に魔王と関わりが有るのなら、最低でも魔王の知識は与えると思ったからだ。


「なるほど、ならば奴は……。面白い話を聞いた、代わりに宴を開いてやろう。血で喉を潤し、肉で腹を満たす素晴らしい宴をなッ」


 言い終わるや否や尻尾を一閃し、マリア達を薙ぎ払う。

 だが、このようなことマリア達も予想していたこと、慌てる事無くその場を飛び退くと、ライズが手に持っていた石のようなものをエンザーグに投げ、グウィードが叫ぶ。


「タウノーーッ」

「――万華に咲き誇れ】アースフローム」


 膨大な魔力の高まりと共に、イーリスの投げた石を中心に術印が発生し、土属性上級魔法アースフロームが岩の尖った花を咲かせる。

 タウノはこの為に一人だけ魔力を隠して移動し、魔力を付加された大量安価の石、標魔石を置いて簡易術印を創っていたのだ。


 標魔石を投げられた瞬間嫌な予感がしたのか、エンザーグはその場から離れるために地面を強く蹴った。


 しかし、術印により強化されたアースフロームは通常以上に岩槍(はなびら)を咲かせ、胸を庇うようにしていたエンザーグの翼に穴を開ける。


「グアアァッ」


 エンザーグに傷を負わせたことに関して奇襲は成功と言えるが、マリア達はこれで心臓を貫き終わらせる予定でもあったのだ。その点では失敗と言えるだろう。


「グゥ、偽りの翼とは言え、貫かれれば痛むか……」


 忌々しげにそう呟くと、開いていた翼を畳み込む。


 偽りの翼……その言葉にマリアは反応した。

 確かに、タウノのアースフロームから逃げるときも、空に羽ばたくのではなく、地面を蹴って退いていた。

 ならば「エンザーグの翼は全く機能していないのか」という疑問が湧くが、それは「高山に住むエンザーグがここにいる以上、飛んできた」としか言えない。

 一番ありえそうなのは「山から下りて翼に怪我を負い、今は療養中」というところ。


 しかし、その答えを知ってるのはエンザーグだけ。マリアは考えるのを止めると、魔法を発動するべく魔力を高めた。


「【燃え盛る紅蓮の炎よ、吹き荒れる炎の渦となりて渦中の者を火葬せよ】ファイアートルネード」


 エンザーグの足下から天高く炎の渦が立ち昇り、その姿を覆い隠す。

 火属性と風属性の合成魔法で、中級魔法とは思えないほど威力も範囲も大きい。ただの魔者なら何も出来ないまま死んでいっただろう。


「フフフ、我に対して炎を浴びせるか」


 だが、エンザーグは無傷。

 それどころか、渦中にあっても身体は揺らがず、その声色は衰えるどころか喜々として甲高くなっている。


 エンザーグはおもむろに息を大きく吸い始めると、周りを囲う炎は空気と一緒に口の中へと吸い込まれていく。そして、吐き出された息には炎が纏う。


 思いもよらない返し方に驚きながらも、マリアとイーリスは横に逃げるが、グウィードは迷う事無く斜め前方、炎を吐き出すエンザーグに向かって跳び込んだ。


 この炎程度なら魔力を振動させ防げるグウィードだが、エンザーグほどの魔力ならばほぼ無意味。ただ、それは今使うべきではないと判断し、一度目の踏み切りで炎の範囲外へ、そして四度目の踏み込みで大剣の射程内へ。


 俊敏性ではイーリスに劣るグウィードだが、決断力と実行力によってイーリスよりも早く反撃に移れたのだ。


「ウオオオォォーーー」


 巨漢の身体による突進の突き。その動きはフェアルレイを使っているとはいえ、尋常では考えられないほどに速く、それは迷いがないからこその動き。

 この一撃の前では如何に強固な鎧も意味が無く、グウィードの刃で串刺しにされることだろう。


「ほう、今までの奴らとは違うようだな」


 しかし、それも人間の、いや普通の魔者であればの話。

 エンザーグはグウィード渾身の一撃を、どんな金属より硬いといわれる鱗に覆われた自慢の尻尾で受け止めた。

 全身の半分近くあるその尻尾は胴体と違い全てが鱗に覆われ、尻尾の先端には鱗が立っていてその一つ一つが名剣のように鋭い切れ味を持っている。


「【地の精よ、弾きあがれ】ゲノン」

「【波動を極めし聖なる水よ、廻りて刃となし汝の道を貫き通せ】アクアスパイラル」


 呪文を唱え終わるとイーリスの合図でグウィードはその場から離れ、地面からはマリアの放った岩の槍が、空中からはトールの渦をなした八本の水柱がエンザーグに襲い掛かる。地面と空中からによる挟み撃ち。


 だが、それでもエンザーグの余裕そうな顔は変わらない。

 自分の弱点ともいえる腹下から襲ってくる岩には、特に何の強化もされていない足で踏み潰し、空中の水柱は尻尾の一撃によって薙ぎ払われた。


 その事実は受け入れにくいもので、囮である下級魔法のゲノンはまだ問題ないが、本題は本命として心臓を狙った中級魔法のアクアスパイラルまでたった一撃で破壊されたこと。

 これにより、術師であるマリアとタウノが傷を負わせるためには、最低でも上級以上の魔法を放つ必要があるのだ。


「……ッ」


 エンザーグの尻尾が空のアクアスパイラルを攻撃している隙を狙い、イーリスが静かに地を駆けながらエンザーグに接近し、心臓目掛けて一突きする。

 しかし、その接近にはエンザーグとて気付いていた。尻尾を振るった遠心力に身を任せ、地面を強く蹴ることで遠く離れた場所に着地。イーリスの剣はその身体に届かない。


「ふむ、中々に素晴らしい宴だ……が、この程度では些か余興が足りぬな。我の力を僅かだが見せてやろう」


 マリア達を見回しながらエンザーグは嘲る。


「せいぜい逃げ惑うことだ。【天ツ彼方より来訪せし煉獄の炎よ――」

「魔法を使うというのですかッ」


 エンザーグが魔法の詠唱を始めたことに一番驚いたのは、この中で最も魔法に詳しいタウノであった。

 確かに魔族は魔法や魔術を使うが、エンザーグドラゴンのような魔獣が使うとは知らなかったこと。そして、魔族が使う魔法は魔族独自のもので、今エンザーグが詠唱しているのは、人間が使う人間の為の魔法だったからだ。


「【―何人にも侵されざる絶対なる存在―】」

「まさかっ、皆さん何としても詠唱を止めてくださいッ」


 何が放たれようとしているのか分かったタウノは、驚愕、恐怖、焦りなどの感情を混ぜ合わせながら、出せるだけの大声で叫んだ。


 エクスヴィネンション。火属性の最上級魔法であり、その破壊力から禁術に指定されている魔法。

 この場で使われればマリア達はもちろんだが、最悪ダザンと蒼月湖までもが地図上から消える可能性もある。


「【ウインドカッター】」


 魔法とは繊細なもので、大気中に漂う『マナ』と呼ばれる成分と、魔力が合わさり魔法として発動される。

 だからこそ、魔力とマナが結合している詠唱中に止めてしまうと、今まで溜めたマナは分散されて魔法の効果は発動されない。

 無詠唱魔法が難しいとされる理由は、魔法の効果を想像することより、このマナを集めて結合させることが難しいのだ。


 そういう理由から、詠唱を止めるという目的で発動の早い下級魔法を、無詠唱術印で放ったタウノはある意味正解である。

 エンザーグの対魔力の高さを忘れていなければ。


「【―黄泉へと続く灯火となりて―】」


 放たれたウインドカッターは、エンザーグの身体から吹き荒れている魔力によって身体に触れる事無くかき消され、タウノは自らの失敗に珍しく舌打ちをすると、別の威力のある魔法の詠唱に入った。


「――汝の通る道に敵は無し】ログルウェイブ」


 マリアの足下からエンザーグへと一直線に岩石が襲い掛かる。

 これは上級魔法でありながら、比較的簡単に発動することができ、威力もスピアーズヒルと比べても高い。


「【―全ての色を消すほど燃え上がり―】」


 しかし、信じられないことに、これも上空から振り下ろされた尻尾の一撃で粉砕された。身体から溢れる魔力が高まっている為に、魔法に対する防御も高まっているのだ。


 術印が無いとはいえ、上級魔法ですら一撃で粉砕された事に唖然とするマリアを余所に、今度はグウィードが壊れた岩を足場にして宙に跳んで攻め込む。

 岩を破壊したことで尻尾が来ないと考えたのか、だが無情にも尻尾は宙で身動きの取れないグウィード目掛けて振るわれた。


「グウウッ」

「【―全てのモノを糧とし燃え盛り―】」


 何とか大剣で防いだグウィードだったが、踏ん張ることの出来ない空中では、何の抵抗も出来ないまま吹っ飛ばされる。だが、それに目を呉れることなく、イーリスは剣の届かない距離でエンザーグの心臓に剣の切っ先を向けた。


「【氷岳よ貫け】」


 そうイーリスが呟くと、剣から氷の柱が次々と生えエンザーグに向かっていくが、これは魔法ではない。


 アジャストアームズ、武器全体に術印を刻み、決められた言葉で魔法の効果を発動させる武器。

 魔法ではないため、発動時に魔力を高める必要がなく、奇襲にはもってこいなのだが、武器に付属させる魔法は一つだけで、最も厄介なのが通常の魔法以上に魔力を吸い取られること。

 だが、それら悪い条件を加えても使い勝手はよく、AAの価格は名剣と比べても遜色がないほど高額である。


 魔力を高めずに発動した魔法にエンザーグは驚き目を見開いた。自慢の尻尾はグウィードを払い飛ばした時に上げられ、振り下ろして防ぐにも間に合わない。

 グウィードがレオ達の模擬戦でやった作戦を真似て、わざわざ空に跳んでみせた意味があったというもの。


 このまま氷柱は心臓を貫く――


「【―全ての存在を燃やし尽くせ―】」


 そう思われたが、奇襲の一撃もエンザーグが背中を向けるという、普通では考えられない方法で防いでみせた。

 腹で受けたなら確かに心臓を貫いたかもしれないが、鱗という最硬の鎧に身を包んだ背中なら防ぐのは容易い。そして、そのまま回転することで氷柱を受け流し、再びマリア達を正面から見遣る。


「――】ウォルムシューター」


 タウノの頭上に巨大な水の塊が出現し、そこから細い水が勢い良く放出された。タウノが得意な水属性の上級魔法で、突貫力に優れたウォルムシューター。

 これで詠唱を止めることが出来なかったら……


「【―汝は全てに等しく終焉をもたらす――グゥッ」


 止まった。僅かな呻き声を上げさせ、詠唱を止めることが出来た。

 しかし、術印の無い上級魔法ではエンザーグの身体を貫通さえることが出来ず、腹の肉を抉っただけで、しかも詠唱を続けようと思えば続けられた節がある。


「止められたか。フフフ、それとて今のは余興であったな。さあ、宴を続けよう」


 余裕の笑みを見せるエンザーグを見て、マリア達は冷や汗が流れるのを感じながら思った。


(想像以上に――)



 ◇



「ヤバイ、強い」


 戦場から百メートル程度しか離れていない木の上で呟かれたエルザの感想は、マリア達のそれと重なる。

 そして、昨日の自らの発言を改めた「人間界最強種の通り滅茶苦茶だ」と。


 もし、先ほどのウォルムシューターでエンザーグの詠唱が止まらなかったら、エルザの前方にいるウィズはもちろん、エルザも飛び出して戦っただろう。


「マリアとは親友だしね」


 そして、エルザは戦うことを決意した。


 確かに前世のこともあって、力のことで騒がれるのは好きではないが、そう言っていられたのも平和で敵との戦いのない学生であればこそ。

 親友のマリアが、仲間であるグウィード達が戦って怪我や最悪死ぬ可能性がある中、何もせず黙って見ていることはエルザには出来なかった。


「こんな事なら、レオに私の道具を持ってきてもらえばよかった」


 エルザがオークリィルで買った物の中に変装道具がある。もちろん、顔の造形が変わるほどではなく、眼鏡や傷跡を作る物に髪染めなどの小物ばかり。

 それでも無いよりはましだ、と別荘にいるレオに向けて、エルザ自身には扱えぬテレパシーを送ってみる。


「何、やってるんだ?」


 身体を解しながら目を瞑り、ぶつぶつと呟いているエルザにレオが呆れた様子で話しかけてきた。


「あ、レオ……ってその手にあるのは。うわっ、私ってば結構凄いかも」

「ああこれか。一応お前もこれで準備しておいた方がいいだろ」


 そう言ってレオが放り渡したのは、変装道具の入ったエルザのリュック。

 エルザは嬉しそうにそれを受け取ると、変装道具を取り出して急いで小細工を始めた。


「いやー、実はちょっとやばかったりして。これが無くても私は戦うつもりだったし」


 先ずはポニーテールにしてある髪を下ろして櫛でとかし、慣れた手つきで髪を緑色に染めていく。これは布で拭いても水で洗っても落ちないが、決めた言葉一つで直ぐに落ちるという魔道具。

 次に粘土のようなものを取り出し、左目の上下に貼り付けて傷跡に見えるよう調整していく。


 しかし、これだけでは変装と呼べるものではなく、確実にマリア達にばれてしまう。

 そこで、役に立つのが怪我人に使用する包帯である。エルザは地面で少し包帯を汚すと、結んで段の出来た髪も巻き込んで、目と鼻、口元以外の顔を包帯でグルグル巻きにした。


 そして、最後に取り出したのは、今まで一度も着ていないボロボロな服。身体のラインが目立たないように大き目で、周囲から目立たないような藍色服は、変装の時の為に用意したものである。


 出来るだけの変装は終わり、別の方向から乱入するために立ち上がったエルザをレオが止めた。


「よっし」

「まあ待て、お前剣も扱えただろ。こいつを持っていけ」


 渡されたのはレオが腰から下げているロングソード。エルザはそれを受け取ると、自分の腰に下げてある二振りのショートソードを外してレオに渡す。


「にゅふふ、接近戦のスペシャリストは近接武器を選ばないってところを見せてあげる」


 慣れた手付きで左腰に剣を装備すると、自信あり気に笑ってみせる。

 その笑顔がどこか嬉しそうなのは、久々に全力で戦えるからなのかもしれない。


「俺は何かあった時の為にここにいる。それと最後に餞別だ、これは――」



 ◇



 エルザが変装をしている最中も、マリア達とエンザーグとの戦闘は続いており、その内容は完全にエンザーグに分があった。

 後衛であるマリアとタウノがエンザーグに傷を負わせるには、上級以上の魔法が必要となるが、そんな長い詠唱をエンザーグがさせるはずもない。

 そして、前衛のグウィードとイーリスもあの尻尾が邪魔で、あと一歩が踏み込めないでいるのだ。


 遊ばれている、それがマリア達の感じたことだった。


「マリアさん、大丈夫ですか?」


 マリアの側に来ていたタウノが、心配そうにマリアを見つめる。

 これほどまで一瞬も気の抜けない戦闘は初めてであり、しかも魔法を使い続けると倦怠感に襲われ、注意力が散漫になるなど戦闘に集中し難くなってしまうのだ。


「うん、まだ大丈夫」


 直ぐに返事がきている内はまだ集中できてる証拠。

 そのことに安堵しながらも、タウノはこの変えがたい状況をどうするべきか考えるが、妙案は一向に浮かんでこない。

 ただ、後ろ向きなどうしようもない考えなら、グウィード以外の人に浮かんでいた。『あと一人マリア並みに戦える人が居れば……いや、全員がグウィード並みに戦えれば』と。


 エンザーグに遊ばれている状況にあって、余裕があるのはグウィードだけだった。余裕とは言っても、グウィードとて全力は出している。ただ、周囲への警戒やサポート、そして何より『心の余裕』がマリア達には無いのだ。


 しかし、それを今言ったところでどうにもならない。

 今はただ全力で戦うだけ。マリアはそう決意すると蒼月湖を見つめて、標魔石をエンザーグに向けて飛ばす。


「【水よ集いて球体となれ】」


 これは日常生活で使われる魔力を余り消費しない簡単な魔法で、水を集めるときに使用するのだが、マリアが高めている魔力はまるで上級魔法を放つほどである。


 そして、蒼月湖からエンザーグに向けて水が集まり、その身体を水球の中に閉じ込めた。

 エンザーグは陸地で溺れるという事態に驚き、急いでその場を離れようと移動するが、マリアが操作してエンザーグを逃しはしない。


 さらに尻尾でどうにかしようとするエンザーグだが、普通の水では切ったところで意味が無く、マリアは水を次々と集めていく。


「タウノさんっ」

「【生きとし生ける者の母なる大海よ――」


 マリアの意図に気付いたタウノは、この戦いで初めての最上級魔法の詠唱に入る。


 標的が水に覆われていると、普通の剣士なら何も出来ずに見ていることしかできないが、グウィードとイーリスは違う。

 グウィードは気を使った衝撃波で、イーリスはAAを構えてエンザーグの心臓を狙うが、それはエンザーグとて分かっていること。尻尾を身体の前に回すと腹部を隠してしまった。


 更にエンザーグは魔力を高めると口を開け、その中には赤い球体が徐々に大きくなっていく。それと同時にエンザーグを覆っていた水が、気泡を発生させながら湯気が立ち始める。


「【水よ……」


 再び水を集めようと思ったマリアだが、このままでは変わらないと気付き賭けに出る。


「【水よ集いて球体となし、牢獄に囚われし者を貫き止めよ】」


 元からある魔法の詠唱に続けて、新たな詠唱を加える。これはオリジナルの魔法の第一歩。

 しかし、魔法を新たに創るにはそれだけの創造力が必要で、今回の場合は相手を貫く水は鎖状なのか紐状なのか、先端は尖っているのか返しは付いているのか、攻撃箇所は一つなのか複数なのか、一回刺せば終わりか水球の中で乱反射させるのか、などが最低でも必要だった。


 当然、マナと上手く結合出来なかった魔法は失敗に終わる。


 エンザーグを覆っていた水すら普通の水になり、重力に引かれて大地に落ちるが、エンザーグからすればどうでも良いこと。

 ただの水があろうと、火炎の弾を止められる道理はないのだから。


 放たれた火炎弾は一直線に詠唱を続けるタウノと、近くにいるマリアに向かっていく。


「くっ、【氷岳よ貫け】」


 イーリスがそれを防ごうと氷柱を発生させるが、それも火炎弾を止めるまではいかず直ぐに融けてしまい、多少威力を落とした程度で二人の下へ。


「【―その腕に抱かれて――ッ」


 やむを得ず詠唱を中断してその場を飛び退くタウノ。この行動は至極当然であり何の意識もしていなかった。

 元の場所に佇んだままのマリアを見るまでは。


 上級魔法並みに魔力を高めて水を集め、エンザーグに逃げられないよう移動させ続け、更にオリジナル魔法を急遽使ったマリアの集中力は一瞬途切れてしまう。

 それは、ほんの一瞬の隙であり、この時においては大きな隙。


 自らに向かってくるモノが何か理解出来ず、そして理解出来た時には遅かった。


「マリアさんッ」


 タウノはマリアを助けようと地面に着地した瞬間に足に力を込めたが、フェアルレイによって強化された速さと、瞬時に反応できるような肉体ではなかった為、バランスを崩して転んでしまう。

 もちろん、エンザーグの近くにいるグウィードとイーリスにも助けることは出来ず、『間に合わない』マリアを含めたその場全員の脳裏に最悪の状況が過ったその瞬間――


「大丈夫、かしら?」


 神風の如く緑色の風が戦場に吹き込んだ。






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