第十一話
氷壁が太陽の光を浴びて光り輝く中、戦っている者たちは手を止めてウィズを見ている。
模擬戦が始まり、三十分ほどたった頃にレオの参戦が決まり、止まっていた戦いの再開を待っているのだ。
「ではレオ様も魔法による参加ということで、試合再開っ」
結界の中で審判を勤めているウィズが試合を再開させる。
その声の直後に素早く動いたのはレオ。開始前から発動させ、マリア達全員の頭上に待機させておいたウインドカッターを放った。
それらは全て避けられてしまうが、マリアは避けた拍子にバランスを崩し転んでしまい、それを好機と感じたタウノは無詠唱術印でアクアショットを放つ。
「マリアっ」
マリアを護ろうとその許へ駆け出したイーリスだったが、顔の横を鉄の塊が後ろから通り抜ける。
それが何であるかなど直ぐに分かり、急いで頭身を低くするために地面を転がると、案の定元いた場所にはグウィードの大剣によって切り払われた後だった。
「くっ、【アースシールド】」
転んだマリアは無詠唱で防御壁を創るが、不十分な体勢で時間も無く術印は描けていない。
当然、土が隆起した程度のものでは、アクアショットを一時しか防ぐことは出来ず破壊されてしまうが、その一時でマリアも転がるようにその場から離れた。
それでも、未だ地面に両手を付けた状態、タウノは追撃する為に左手甲に術印を描く。
「―】ヴァイジエアエッジ」
しかし、それを邪魔するようにレオが魔法を放つ。
タウノは自分に向かってくる魔法の刃を横目に見つつ、術印を完成さえると左手をそれに向ける。
「【ヴァイジエアエッジ】」
同じ魔法がぶつかり合い、相殺されることで周囲に衝撃波を撒き散らすが、それに影響を受ける事無くグウィードが動く。
起き上がったばかりのイーリスに駆け寄ると、再びその大剣を振るった。
「くぅっ」
今回は大剣の衝撃を受け止めることが出来ず、イーリスは吹き飛ばされてしまう。
だが、そこで終わらない。グウィードが再び駆け寄ると、またイーリスを吹き飛ばす。
「うぐ、【ファイアーボール】ッ」
「はっ、甘いなっ」
これには堪らず無詠唱で反撃するも、威力の無い一撃はグウィードに両断され、三度近寄り大剣を振るった。
今度は何とか避けることが出来たイーリスだったが、背中から冷気を感じて振り返ると、そこには氷の壁。
「まさか、父上っ」
「おう、二度も簡単にぶっ飛ばされりゃ、三度目は何としても避けようとするだろ」
全てはグウィードの狙い通り。三度目の一撃も氷壁へと逃げさせる為、それとは反対方向から振るったのだ。
ただ、計算外があるとするのなら。
「【ヴァイジエアエッジ】」
それは、この模擬戦には意図的な妨害が入るということ。
レオの放ったヴァイジエアエッジはグウィード目掛けて進み、それをイーリスから距離を取ることで避けたグウィードは、レオに対して文句を言う。
「おいおい、何かこっちばっか邪魔されてねぇか?」
「ハンデだハンデ。当然だろ」
そう言いながらマリアにウインドカッターを放つのがレオである。
奇襲を仕掛けられたマリアはというと、今度こそ転ぶ事無く避けられたのだった。
それを見て安堵したイーリスは近くに落ちている、先ほどのヴァイジエアエッジで砕けた氷の欠片を掴み、それをグウィードとタウノに投げつける。
投擲、子供にでも出来る行為だが、それを大人が行えば立派な攻撃になる。その証拠に、タウノの避けた氷は後ろの木にぶつかり、貫通しないまでも幹に穴を開けた。
「あ、あの~、これは訓練ですよ?」
タウノの呟きは何故か疑問系である。
木と氷とでは氷の方が脆いにも拘らず、傷を付けたのではなく穴を開けたのだ。ならば、人間に当たればどうなるのか。
魔法は術者の無意識なのか、模擬戦でそれほど大きな傷にはならない。もちろん、魔力を高めたり上級の魔法を使えば、それだけ危険度は増す。
しかし、中級程度なら当たったところで、傷を負いはするが再起不能にもならないし、その後回復魔法でも使えば問題ないのだ。
ただ、魔法で出来た岩や氷などを武器とした場合は別で、そこで加減するのは攻撃する人の意思次第ということ。
「分かっている。だから本気では投げていない」
鋭く冷静な瞳に睨まれ額に冷や汗を流すタウノは、このままの状況では拙いと感じたのか、この模擬戦で魔力を一番の高め始める。
「大技行きます、グウィードさんは先ずイーリスさんの相手をっ」
その魔力の高まり方から危機感を持ったイーリスは、手に持った氷塊を先ほどよりやや加減して投げつけると、タウノの詠唱を止める為に走り出す。
だが、そんなイーリスを止める為にグウィードが立ち塞がり、タウノ目掛けて進んでいた氷塊はいとも簡単に大剣によって打ち落とされた。
「父上っ、あの魔力の量は拙いです。レオの結界では意味をなしません」
「何、タウノの奴ならそれ位分かってるさ」
焦るイーリスと余裕のグウィード、それぞれの愛剣をぶつけ合い鍔迫り合う。
マリアもタウノを止めようと無詠唱術印でファイアーボールを放つものの、何時の間に展開していたのかタウノの周囲に張られた結界によって阻まれた。
更に、状況が動き出した隙を突いて、レオの放ったウインドカッターが四人を襲う。
結界に護られたタウノ、戦闘経験が豊富なグウィードの二人は難なく済んだが、イーリスは剣で何とか受け止めるも身体が弾かれ、マリアに至っては魔法を放った直後ということもあってか、片腕に傷を負ってしまった。
「【天高く渦をなしたる乱流、天を裂く汝の存在に魅入られしモノをそなたの懐に抱き込み、束縛させし足枷より解放せよ】サイクロン」
周囲の動向を無視するように目を閉じて詠唱を続けていたタウノから、風属性の上級魔法であるサイクロンが放たれた。レオとエルザが使ったフォールスサイクロンの本物である。
小さな渦が氷壁のあった場所に現れたかと思うと、周囲の空気を吸い込んでいるかのように徐々に大きくなり、大小さまざまな形の氷塊は吸い込まれ、遂には氷壁をも砕くほどの風圧になった。
しかもそれだけでは無く、辺り一面に暴風が吹き荒れレオの張った結界など、正に鎧袖一触。巻き上がる風に触れたかと思った瞬間には破裂し、小さく生まれた竜巻も今や天高くその存在を知らしめている。
さすがに危険と判断したウィズとレオは、急いでその場から退避した。
「な~に~、どったの~」
結界が破裂した時の爆風で飛ばされたのか、退避したレオよりも更に離れた場所にいたエルザが目を擦りながら、のろのろと動き出す。よっぽど打たれ強いのか身体には傷一つ見当たらない。
寝起きということでまだ頭が回っていない様子のエルザだったが、周囲の状況が分かると嬉々として瞳を輝かせた。
「わぉ、何だか派手にやってるね」
タウノの放ったサイクロンは上級魔法に属し、その破壊力と効果範囲は広い。
その分、魔力の消費も多く発動も難しいので、風属性以外の魔導師でこれだけの威力を出せる術師はなかなかおらず、実は術師ではないとは言えエルザにも扱えぬ魔法なのだ。
「でもさ、火の方が効率良いだろうし、わざわざサイクロンでここまでやる必要あったの?」
高さの割りに細身な竜巻に視線をやりつつ、エルザはレオに訊ねた。
一歩間違えればマリア達は大怪我、ヨーセフの別荘は崩壊してしまうかもしれないからだ。
「一応、タウノも手加減はしてるみたいだが、水属性のタウノは相性の悪い火属性の上級魔法は使えないんじゃないのか、あれだけの氷壁を一回で消そうとするなら、上級クラスの魔法が必要だからな。そして、二つめの疑問は恐らく……」
そう言いつつレオは口を閉ざす。レオの考えではもう直ぐ動きがあるはずで、ならば口で説明するよりも実際に見た方が早いし、分かりやすいと思ったからである。
案の定、レオが口を閉ざしてから数瞬後に、竜巻は爆風を起こしながら破裂し姿を消した。
通常なら徐々に威力を弱めて、自然消滅のように消えていくサイクロンが破裂したということは、その動きの全てがタウノの意志ということ。
破裂した瞬間の爆風で吹き飛ばされないようにタウノはもちろん、マリアとイーリス、ウィズも重心を低くし、両足に力を入れて踏ん張る。
エルザはまた転がっていくが、レオはそのことを視線の端に追いやると、試合の結末を見届けるために視線を戻す。
そして、徐々に納まりつつある風の流れの中、不自然な風の動きが起こる。
「隙だらけだぜ、マリアっ」
あの砂塵を隠れ蓑にして地中へ潜り、マリアの近くまで移動してきたグウィードだ。
だが、さすがと言うべきか、大地の巫女であるマリアもそう易々と終わるわけにはいかない。声を掛けられたからか、予想していたのか、直ぐにその場にしゃがみこんで大剣を避けると、転がりながらその場を離れる。
そして、膝立ちの状態で普段は余り使わない小ナイフを構え、グウィードの方向へと身体と視線を向けた。
構える速さや直ぐにバイアを見つめる事など、どうやら勘や運だけで避けた訳ではないようである。
しかし、接近戦でグウィードに部が有ることは分かりきったこと。今の一撃も手を抜かれた剣速だったからこそ避けられただけで、本気かグウィード以外の人でも実戦なら今ので終わっていたのだとマリアは理解していた。
「マリアッ」
イーリスもそれを理解しているからこそマリアの下へ急ぐが、グウィードは既に大剣を振りかぶっている。
「ぐうぅぅっ」
「ほう、良く間に合ったな」
振り下ろされたグウィードの一撃を、何とか受け止める事に成功したイーリスだったが、その一撃の重さに言葉を返すだけの余裕は無い。
そして、体重の差か実力の差か鍔迫り合いの状態から、徐々にイーリスの方が押され始める。
「だがなイーリス、お前の欠点はその先見の無さだ」
「そう、あなた達の負けです」
グウィードの剣を押し返そうとするイーリスを嘲笑うように、イーリス達の周囲に細く鋭い氷の針が無数に出現した。
イーリスがグウィードに気に取られている内にタウノが唱えたアイスニードル。さすがにこれだけの氷針を無傷で避ける事は不可能に近い。
「……参りました」
「そうですね、私たちの負けです」
「其処までっ。この試合、マリア様、イーリス様の降参宣言により、グウィード様、タウノ様の勝利です」
ウィズの勝ち名乗りを聞き、グウィードは剣を引きタウノも魔力を止めて氷針を消失させる。
ここに勝敗は決した。
◇
結果だけを見れば番狂わせの無い、予想通りの結果ではあったが、その内容は充実したものである。
タウノの魔法の腕前はどうやら細かなコントロールが非常に上手く、風属性の上級魔法であるサイクロンや水上級のタイダルウェーブを手加減してコントロールした腕前はかなりのもの。
そして何よりマリアの魔法への柔軟な考え方、これは今後の戦闘でも役に立つだろうし、何より他のメンバーも魔法の事をもう一度考え直す切っ掛けとなるだろう。
「これからもまだまだ成長するだろうな」
嬉しい誤算とでも言うべきか、レオにしてみれば次のエンザーグドラゴンとの一戦。相手次第ではあるだろうが、下手な手助けは不要という可能性も出てきた。
「それでは、私は今から昼食の準備をしますので、その間皆様はお風呂をご使用なさってください」
言われて初めて気がついたが、レオとウィズを除いた全員が泥だらけだった。ふざけて地面を転がりすぎたせいだろう、特にエルザが一番酷い。
「えぇ~、ウィズさんも一緒に入ろうよ~」
「私には料理の準備もございますし、それにお客様と使用人が同じ湯に浸かるなど、滅相もないです」
どこか困ったように眉を顰めるウィズは、使用人としての分別を話すのだが、エルザがそれで納得するはずもなく。
「でもさ、ウィズさんも砂埃被ったよね。それで料理する気?」
「その様なことは、裏に井戸が有りますのでそちらで身を清めます」
そのウィズの発言にはマリア達も驚いた、確かに少しは暖かくなったとはいえ、水を被るにはまだ早い時期である。
ましてやウィズは女性なのだ。
「外で水浴び何て、レオがのぞぐわっ」
また、変な発言をしそうと感じたレオが、エルザのポニーテールを引っ張り、痛みで蹲るエルザをウィズが心配そうに見つめながら言う。
「さすがに裸ではないので、問題はございません」
「そんな事じゃなーーい」
しかし、何を思ったのか、エルザは勢い良く立ち上がるとマリアを指差す。
「このままじゃ、マリアが変な口調のままでしょーーが」
何故ウィズのお風呂とマリアの口調が関係するのか、前後の繋がらない言葉にレオ以外が理解できず無言になる。
ただ、『変』と言われたマリアはショックを受けたようで、イーリスに「そんなに変かな」と相談を持ちかけていたが。
「ウィズさんも悪い人じゃないし、裸のお付き合いでもして仲良くなれば、マリアもそんな気を使わなくて済むでしょ」
「いや、さすがにそれは……」
「マリアもあの喋り方は疲れるよね」
「えっ、は、はい」
怒涛の押しにマリアは思わず本音で頷いてしまう。
そこでエルザは言質を取ったと言わんばかりに不敵と笑うと、マリアの肩に両手を置いて後ろに隠れる。
「ほらぁ、お客様に疲れさせるのがメイドさんの仕事なのかな~」
巫女の威を借る何とやら。
だがその一言はかなり堪えたようで、返答に困ったウィズはマリアを見ると、マリアも何処か困ったように笑いを浮かべて静かに頷く。
「分かりました、ご一緒させていただきます」
結局、ウィズが折れるしかなかった。
◇◇◇
ヨーセフ家の風呂場は慰安用の別荘だからか、普通の家とは比べ物にならないほど広く、露天風呂やさまざまな浴槽まで用意されており、男女それぞれに数十人は入れるほどの大きさである。
どうでも良い話しだが、昨日始めてこのお風呂に入ったエルザは、泳いでみようとしてイーリスに止められたらしい。
「いや~、気持ちイイよなぁ~~」
男性陣はグウィードを筆頭に露天風呂に来ていた。
昼間からの入浴にグウィードは頭にタオルを置いてご機嫌で、レオも気持ちよさ気に目を閉じている。タウノは前日と同様にタオルを腰に巻いて少し恥ずかしげに入浴中。
『さ~て、今日こそは泳ぐぞ~』
入浴してからだいぶ経った頃、女性陣も大浴場から露天風呂に移動してきたらしく、エルザの声を皮切りに他の女性達の声や湯をかけ流すであろう音が聞こえてきた。
『こら、エルザ。行儀が悪いぞ』
『別に良いじゃん、こんなに広い上に私たちしか居ないんだし…………それに、普通に入ってると虚しくなってくるんだよね』
エルザの声が徐々に大きくハッキリと聞こえるようになり、しかもその口調にだいぶ演技が入ってきている。
グウィードとタウノは特に気にしてないが、レオは嫌な予感がしてきた。
『良いよね、イーリスさんは……浮くんだし』
「ぶふぁッ」
色々と妄想を掻き立てる言葉に、思わずタウノが吹き出す。
『それにウィズさんも大きいしぃ、マリアは仲良くしようね』
『きゃっ、ちょ、ちょっとエルザさん、変な処触らないで下さいっ』
ワザとやっているであろうエルザのはしゃぎように、タウノは見事に引っかかって顔を真っ赤にしている。
しかし、レオは平気そう、と言うよりも、呆れの方が大きそうな様子にグウィードは少し疑問に思った。
「何だレオ、お前は年甲斐もなく平気そうにしやがって」
「まあ、此れくらいで顔を赤らめることは無いな」
二人してタウノを見るが、茹で上がったタコのように顔は真っ赤でもう少しで目が回りそうだ。
タウノはもう限界だったようで、二人にろれつが回らない口で断りを入れると、ふらふらと風呂から出て行った。
「そういうグウィードはどうなんだ?」
可哀想な目でタウノを見送ると、疲れた腕をマッサージしているグウィードに話しかける。グウィードもレオと同じく、女性陣の会話を気にした様子は見られない。
「俺か? まあアイツらは娘と同じくらいの年齢だ、同じようにしか見えねぇよ」
腕、肩、足とマッサージを行い、筋を伸ばす。明日の為に疲れを残さないようにしているのだ。
「娘と言っても義理のだろ。そんな事言ってると老け込むのが早くなるぞ」
「あぁ、お前は知らなかったか。俺には実の娘もいるぞ。たしかイーリスの三つ下だから、今年で十九だったかな」
グウィードの告白にレオは驚いた。それは実の娘がいたことは何より、その年齢が十九。
それなら、グウィードは一体何歳なのだろうか、気になったレオは本人に尋ねてみた。レオは外見と喋り方などから三十代の前半と思っていたのだが……
「俺もまだまだ若い三十九だ」
予想以上だった。しかし、本人が若いと言っているように、見た目も若く気持ちも若い。
何故か格好つけてみせるグウィードを見て、せめてもう少し落ち着きを覚えたらどうだろう、と筋違いな考えをレオが持つほどに若い。
レオは知らない事だが、グウィードはかなりの愛妻家で有名なのだ。そういった気が起こらないのは、娘二人からすれば当然と言えるだろう。
「で、その娘さんはグウィードみたいに剣を振り回してるのか?」
「あ~、そうらしいな」
グウィードの娘ならそこらの男よりも強いのでは、と思い尋ねてみるが、グウィードから返ってきたのは曖昧な答えだった。
「そうらしいって、今まで一緒に住んでたんじゃないのか?」
「いや、娘はやりたいことが出来たらしくてな、だいぶ前に出て行ったよ。まあ、手紙もちょくちょく来て、何処で何をやってるか分かって入るし、心配はしてねぇな」
そう言って笑うグウィードの表情は本当に娘を信頼しているようだ。心配している色は一切見えない。
レオはグウィードが信頼する娘に一度会ってみたいと思いながら、少しのぼせてきたので風呂を出ることにした。
しかし、女風呂ではまだまだ盛り上がってるようで、長湯をして良く平気だと、関心したまま風呂場を後にするのであった。