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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第九章 『新たな歴史』
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第百十七話




 シアンと戦って感じたことは、当然ながら彼女の不死能力がかなり厄介なことだった。


 だが悪いことばかりではない。リリーが魔法陣の下地を創り、ヘルヴィとパーラの担当する箇所は終わり、残すところエルザのみとなったのだ。

 しかし、それは一番強い彼女がシアンの押さえに回れないことを示していた。


「リリー大丈夫?」

「……うん」


 リリーの傍まで下がったエルザが話しかければ、戦ってから余り動いていないにも拘らず、少しばかり気だるそうな返事が返ってくる。

 魔法陣を発動こそさせていないが、下地に多くの魔力を消費した上に維持し続け、ヘルヴィやパーラから多量の魔力を受け取っている。精神に直結する他人からの魔力を多量に溜め込む疲労、そしてそれに流されてしまった時の危険度はかなりのものだった。


「無理させてるけど、私も頑張るから」

「大丈夫、負けないよ。私も、みんなも」

「……っ、そうだね」


 リリーの言葉にエルザはハッと息を呑んで頷く。魔法陣作成は苦手な上、三人の中で最後の順番という事もあってか、エルザは意気込み過ぎて焦っていたのである。

 しかし、リリーの言葉で落ち着いてレオ達に視線を送った後、シアンが襲ってきてもリリーを護れるように左腕をお腹へと回し、背中に当てた右手に意識を集中させるのだった。






 その頃、前線では既にシアンとの戦いが再開していたが、エルザのいた頃とはまた違う様相になっていた。


「ちょっと、邪魔なんだけどっ」

「あら、そう思って下さるのでしたら狙い通りですわ」


 戦闘は続いているが斬り合いというものではなく、パーラがシアンに引っ付いて押し込みながら防御に徹する。前世での最終戦、エルザがレオに仕掛けた事を今行ってるのだった。

 ただ、前世のエルザとパーラとでは実力も力を発揮出来る距離も違うので、身体で押し込むだけで攻めにまで転じることは出来ないでいた。


「アーディウィンドラ」

「マサングォーレ」


 そこで重要な役割を担うのはレオ。ヘルヴィも妨害魔法を使えるが、大雑把な彼女ではパーラの動きと連携してなど細かいことは出来ないので、今もヘルヴィが壁を削りだして作った砂でシアンの動きを抑えるよう動いていた。


 シアンに攻撃しても闇で防がれるか無視されてしまう以上、行動を制限させて魔法陣の完成を待った方が確実だと考えたのである。


「いい加減、邪魔なのよねっ」


 右腕を刃物のように鋭いモノと換え、眼前に居るパーラを薙ぎ払う。しかし、パーラは逆手に持った右の剣で受け止め、その刀身にもう一つの剣の刀身を合わせた。


「【雷鳴よ放流せよ】」


 刀身から放たれた雷は、密着しているシアンに命中する。だが、それを受けながらも、シアンは何一つ変わらぬ表情と動きで再びパーラに斬りかかった。


「くっ、やはり手を出すべきではありませんわね」

「えー、そんなこと無いよ。もしかしたら私を倒せるかもしれないしさ」


 一旦距離をとったパーラが息を整えて自制するように剣を握り直せば、シアンは唇に人差し指を当てて含み笑いを浮かべる。おそらく彼女自身、倒されると思っていない上での挑発だった。


「やはり意味は無さそうだな」


 レオの言う通り、生半可な攻撃ではシアンを止めることすら出来ないでいた。

 これが傷を受けた上での再生や姿を変えるなど、回復するまでに時間が掛かるのならまだ良かった。しかし、シアンの能力は自身の受ける攻撃を、闇の中にいる別の生物が受けるというもの。下手に攻撃すれば、その後の隙を狙われてしまうのだ。


「うーん、やっぱり数の暴力って面倒だよね」


 その言葉にレオ達は警戒を強める。いくつも生物を内包するシアンなら、それらを表に出してくるのではと考えたのだ。

 しかし、それはシアンが否定した。


「ごめんね、期待には沿えないんだ。取り込んだのは私の一部だから、基本的に分離とかさせられないの。でも――」


 右腕を先ほど炎波を吸い込んだのと似た水腕に換えると、肩口近くから自分で切り落とす。

 その行為に驚きと嫌な予感の走るレオ達を余所目に、地面に転がった腕がグニグニと動き始めると、小さな両腕を生やした水の塊になる。


「まあ、この位ならちょっとは」

「ギュギュ」


 分離させて変形させた姿や能力は、取り込んだ魔者本来の姿なのだろうか。大きさはシアンの膝よりも小さく、元々の腕の長さより縮んでいるが、リズムに乗っているかのように伸縮を繰り返すので一定ではない。


「いくよ」


 今のシアンは左腕しかない。だが、正面で戦う相手が右手で殴ってくるのと、別の人物が右手の方向から殴ってくるのとではかなり違う。まして水魔は足元の高さしかなく、意識を割く必要があるのだ。


 ただ、防御にだけ集中していれば、パーラが即座に抜かれるようなことはない。


「この程度でしたら――」

「パーラっ」


 だが、突然レオがパーラの名前を叫び、事前に掛けていたシルフィンスを発動させて引き寄せた。パーラは死角からの一撃に反応出来ていないのだと理解し、咄嗟に左右の剣を身体に引き寄せて防御を固める。


 その瞬間、黄色い稲妻がパーラの左の腕と足をパックリと切り裂いた。引き寄せていなければ腕を切り落とされていたかもしれない。


「っぁ」


 苦痛に表情を歪めながら見詰めるパーラの視線の先には、艶やか過ぎる黄色い髪がシアンの背後から上空に伸び、先ほどまで彼女の居た場所に突き刺さっていた。

 小さい地面近くの水魔は囮で、上から攻めてきた髪が本命だったと理解する。


「ざーんねん、もうちょっとだったのに」


 固い地面に突き刺さった髪を抜くシアンに向かって大量の水が流れ込む。水の流れは速く乱雑で、瞬く間に大きな球体になったかと思うと、それが徐々に縮んでいく。

 窒息死させ続ければ命のストックを削れ、水から出ないようにと圧力と回転を加えていたのだ。


 だが、突然何かが水の檻から飛び出す。


「速いっ」


 それは右腕を元に戻し、両足が一つの尾びれに変わったシアン。水の中に閉じ込めようとしたはずの速い流れを利用し、かなりの速度でリリー目掛けて飛び出したのである。


 ヘルヴィを飛び越えてリリーを目指すシアンだが、彼女を邪魔するべく進行方向に巨大な岩柱が現れ、その岩すら溶かすかのような高温の炎が周囲を覆う。


「予想通りですわっ」


 それはパーラが今現在使える中で、最も威力のある技。

 回復薬を飲んでもまだ傷は癒えておらず、踏ん張りきれないパーラは、地面に座ったまま両手の剣を合わせて一つにすると、力の無い左手は添えたまま身体ごと寄りかかるように剣を振り下ろす。


 自身の速度もあり避け切れないと踏んだシアンは闇の盾を発動。

 両者の激突の行方は、柱の崩壊とシアンが吹き飛ぶことで決着した。


「レオ君、お願いっ」

「分かったっ」


 シアンは元居た位置を飛び越えて壁に叩きつけられ、レオはヘルヴィの生み出した水を操ってその後を追う。ただし、再び水で閉じ込めるのが目的ではなく、別種の攻撃方法として利用する為である。


「モーディグアイラスタ」


 そして、ヘルヴィが前世で生み出し、禁術にしていされている魔法が発動する。

無数の巨大な炎の塊が雨霰のように降り注ぎ、シアンのみならず周囲一体まで火の海と化す。更には先ほどレオが移動させた水は容易に沸騰し、中にいるシアンを茹で上げていく。


「くす、貴方たちの言う通り、甘く見てたのかなぁ」


 だが、降り注ぐ炎の塊、鳴り響く爆音、発生する水蒸気。そんな中でもシアンは平然と立っていた。そして駆け出す。標的はリリーではなくヘルヴィ。

 当然、ヘルヴィは進行を阻止しようと数多の炎の塊を降らせる……が、止まらない。


 実体のある魔法や武器ならシアンを吹き飛ばせるが、それ以外の衝撃はそのまま身代わりに回すことが出来る。つまり幾多の命を持つ彼女を止める術は無く、今のヘルヴィでは途中で速度を上げたシアンに反応することが出来なかった。


「させるかッ」

「先ずは一人目」


 シアンは剣を振るうレオを無視して、刃物のように鋭く変形した右腕をヘルヴィの心臓目掛けて突き出した。


 レオの剣はシアンの腹部に命中したが、ガキンと生身では絶対に出ない音を響かせ、呆気なく受け止められてしまう。

 だが、全てがシアンの思惑通りに進むはずもない。レオは右手で剣を振るいながら、左手のシルフィンスでヘルヴィを引き倒していたのだ。それによってシアンの一撃は、ヘルヴィの心臓からずれて左肩辺りを貫く。


「ハアアアァアアアァァアアアアァァァァッッ」


 腕と足の痛みを誤魔化すためか、普段よりも声を張り上げたパーラがヘルヴィの背後から、彼女の身体を掠めるように剣を突き出して、シアンの顔面目掛けて襲い掛かる。

 ヘルヴィの影に隠れて繰り出された一撃だったが、これも闇盾で呆気なく防がれてしまう。


 しかし、この一撃は闇で防がれる事も考慮し、目隠しを狙ったものでもあった。その間にヘルヴィはシアンの腕から抜け出し、治療の為に一旦後方へと下がる。


「ごめんねー」


 だが、シアンは闇の向こうで静かに微笑みを浮かべ、ゆっくりと左手を挙げながら後退するヘルヴィの動きを追いかける。


「さっきのは、見えない振りしてただけだったりして」


 そして、腕が氷に変わって恐るべき速度で伸び、グングンとヘルヴィに迫っていく。

 闇は纏っていたのかもしれない。だが、常にシアンの周囲には靄のように漂い、彼女と同じ色白で普通の手のように見えたことから、レオ達の反応が僅かに遅れる。それは文字通り、致命的なミスだった。


「ぐぅっあぁ……かはっ」


 人の腕よりも太い氷柱が、ヘルヴィの腹から胸にかけて突き刺さり、更に氷柱が外に向かって弾け飛ぶ。ヘルヴィは身体の前後、そして中から被害を増やす。


「ヘルヴィさんっ」


 深い傷を負っているパーラだが、ヘルヴィのはそれ以上に不味い事は直ぐに分かる。

 しかし、パーラは彼女に駆け寄ることはなく、逆にシアンへと接近して襲い掛かった。逆上したのではない。ヘルヴィをレオに任せ、回復する時間と魔法陣完成の時間を稼ぐ本来の役割に徹したのだ。


「……っ、これは」


 ヘルヴィに駆け寄ったレオは傷の深さに表情を歪める。傷口を手で押さえているとはいえ、床まで見えそうな大きな穴が開き、破裂した氷柱の欠片が身体全体に突き刺さっていたのだ。

 こうなっては助かる術は一つしか思い浮かばなかった。


「……」


 だが、レオはそれを一瞬躊躇する。

 その方法とは偽エリクサーを使うこと。ただ、躊躇したのは副作用で命に危険が及ぶからではなく、死ぬ直前からも回復出来るたった一つの薬をここで使うべきか迷ったのだ。作戦の重要度で言えばリリー、戦闘能力で言えばエルザの為に残すべきではないか、と。


「い、いい……よ」

「……分かった」


 全てを受け入れたようにヘルヴィは力無く笑い、レオは周囲に視線を走らせて頷く。

 パーラは回復の痛みを発生させないよう回復量の低い薬を選んだため、傷は完全に塞がっていない状態で戦い、今も傷が増えていっている。リリーとエルザの準備もまだ終わっておらず、状況は完全に不利だった。


「意識を確りと持て、このままだと負ける、お前なら魔力に溺れず戦える」


 一言一言に力を込めてヘルヴィに言葉を届けていく。

 そして、薬品担当としてヘルヴィが持っていた偽エリクサー、六角柱の細長く透明な容器を取り出した。


「ぐっ、むちゃ、いうのね」

「あぁ、だが無理を言ってるとは思わない。お前達の強さは分かってるからな」


 不利な状況を変えるべく、レオは賭けに出ることにしたのだ。

 ヘルヴィを抱き起こし、蓋を外した偽エリクサーを口元へと寄せる。その容器を力無い表情で、だが力強い眼差しで見つめながら、ヘルヴィは口に流し込まれた偽エリクサーを飲み込んだ。


「ぐああぁぁぁ、くっぁあああがぁあああああああぁぁぁぁぁ」


 喉を鳴らした瞬間、ヘルヴィが絶叫を上げる。

 エリクサーなどの回復量の多い薬を使うと意識を失うのは、回復時の激痛から精神を守るためでもあるのだ。普通なら強制的に落とされる意識を保っていられるのは、薬に使われているよりも多くの魔力を保持した事のあるヘルヴィが抗っているからだろう。


 だが、苦痛から逃れる為に何かしたいのか、ヘルヴィは直ぐにブツブツと詠唱に入る。だが、それは危険な証でもあった。主に前線で戦っているパーラが、である。


「パーラァッ」


 レオが力強くパーラの名前を叫ぶ。ある程度予想していたのか、それだけでパーラは後ろを振り向くことなく一気に後退を開始する。


 そして、前線の動きなど考えず、痛みを相手にぶつけるようにヘルヴィの魔法が放たれた。

 風が一箇所に集まるよう吹き荒び、その中央が氷漬けになる。さらに地面や壁、天井から突き出した岩が襲い掛かり、最終的にそこを爆発させる。その速度から複数の魔法を連携させたというよりも、これらの効果は一つの魔法で発生したのだろう。


 レオは苦痛にもがきながらも敵を見据えるヘルヴィに一声掛け、下がってくるパーラの許へと向かう。その間にも炎を纏った岩石が雨のように降り頻っている。


「相変わらず、ヘルヴィさんの魔法は敵にも味方にも厄介ですわ」

「全くだ。……危ないと判断したら気絶させてやってくれ」


 そう言って手に持っていた少し強めの回復薬の一つを手渡すが、レオの手にはもう一つ瓶が残っていた。パーラは渡された物を受け取りながら、それに視線を落として全てを察する。


「賭けに出ますのね」

「エルザとリリーだけになったら、発動は厳しいだろうからな」

「確かに……ではヘルヴィさんの魔法に巻き込まれないようご注意を」


 パーラはふらつき血を流しながらヘルヴィの傍まで下がり、崩れ落ちるように腰を下ろす。かなり無理をしていたようだ。

 そんな彼女とは正反対に、隕石の雨が降り注ぐ中でも傷一つ負うことなく、悠然とレオの前までシアンが歩いてくる。


「本気出してきたのかな。それだけ後ろは邪魔されたくない、自信のある魔法ってことか」

「本気は出していたさ、これからは無茶をするだけだ」

「なるほどねー、それは怖い怖い」


 全く怖がっている素振りすら見せない顔で笑う。

 それに対するレオも笑顔だった。獰猛でもなければ覚悟を決めたという訳でもなく、無茶をする自分に向けられた、どこか困ったような笑みだった。


 彼の手にある回復薬は傷を癒すものではなく、ヘルヴィ用とも言える膨大な魔力の回復薬。魔族だった頃のレオは当然人間よりも魔力が多いので、ヘルヴィと同じ戦い方をしようと考えていたのだ。

 そしてそれを一気に飲み干すと、瓶を地面に叩きつけて両腕をシアンに向ける。


「【――】ダムラスグラスバララ」


 シアンの近くに出現した黒い塊には無数の棘が生えている。そのままシアンに襲い掛かり、伸びた棘が両手両足に突き刺さって拘束する……はずだった。しかし、塊が襲い掛かるより前に、レオの意図しないところで勝手に爆発、爆風がシアンを襲う。


 本来の効果ではなかったが、今のが魔族の魔法であることに気付いたシアンは目を見開いて驚くも、驚いてみせたのは彼女だけではなかった。


「なん、だ……これはっ」


 ふら付きそうになったレオは、足を横に大きく踏み出して堪える。


 レオも前世でなら今の溢れるような魔力の量を持ち合わせていた。ただヘルヴィとは違い、身体という容量を超える魔力を扱ったことが無かったのである。

 今の状態を例えるなら、酒に酔ったままコインを立てて積んでいるような状態。もちろん崩れてしまえば、魔法の失敗や最悪意識を失ってしまうだろう。


「へぇっ、人間なのに魔族の魔法が使えるんだ。精霊も使ってるみたいだし、面白いね。キープしちゃおうかな」


 軽く舌なめずりしながら、イタズラっ子のようでいて妖艶な微笑みを浮かべるシアンだが、レオは彼女の表情を見ている余裕すらない。


「チッ、予想以上に面倒だ」

「でも、それは後回しにしてっと」


 シアンが標的に選ぶのはリリーだが、その前にレオが立ち塞がった。


「行かせるかッ」


 両手で握り締めた剣を横に大きく振り切るが、これは闇盾に防がれてしまう。

 しかし、それは予想出来たこと。レオは直ぐに右手を柄から手放すと闇の展開してない場所に魔法を放つ。だがシアンに触れたはずの氷柱は、そのまま身体を貫くことなく何処かへと姿を消した。


「この姿に簡単に触らせてあげるほど、私軽い女じゃないんだ」


 衝撃は受けて軽く下がりながらも冗談めかして笑い、シアンは右手を軽く握り締めてレオに向ける。それは殴り掛かるというよりも、単に前に突き出したように呆気ないもので、レオは逆に警戒と呆けが混じり一瞬反応が遅れてしまう。

 だが腕に闇が纏った次の瞬間、レオが目にしたのは目の前を埋め尽くす巨大な壁。


「……ッ」


 急いで横に跳ぶがそれでも避けきれない。咄嗟に腰を捻って鞘を前へ向け、壁との衝撃を少なくしながら横へ転がり抜ければ、それがシアンの入れ換えた腕である事に気付く。

 今までは自分のサイズに合わせていた大きさを、取り込んだ生物本来の大きさで呼び出したのだ。この一撃はレオだけでなく、彼の背後にいたリリーも巻き込んでの一撃。


「グウウゥゥゥァッ」


 だが、リリーの事はエルザに任せレオはシアンに襲い掛かる。その表情は普段雄叫びを上げる以上に歪んでいた。実は先ほどの一撃で砕けた鞘の破片が脇腹に突き刺さり、服を赤く染め上げていたのである。


 レオの一撃は闇盾に防がれることなく黒色の腕にぶつかったが、闇で防がなかった理由は直ぐに分かる。異常に硬いのだ。もしレオが完全に振り切ってしまっていたら、逆に手や剣を傷めてしまいかねないほどに。


「ぐっ、硬いな」

「まあ、それと大きさだけしか取り柄がない奴だからね」


 それが事実なのかエルザがリリーを抱えて避けても、その後を追いかけるようなことはせずに元の腕に戻す。しかし、魔法陣の完成までの時間は延びてしまっただろう。

 その時、辺りに金切り声のような音が響く。その正体は天井近くにまで上昇している幾つもの竜巻が、蛇行しながら硬い地面を切り裂いて進む音だった。


「チッ面倒なっ、動きが読みにくいっ」

「えっ、貴方の仲間じゃないの?」


 仲間であるはずのヘルヴィの魔法を避けようとするレオに、シアンも釣られて避けながら驚いていた。むしろ巻き込まれてしまえば、味方が死んでしまうレベルの攻撃に引いてすらいる。


「ぐっ」


 レオは避けながら脇腹に刺さった破片を抜く。大小合わせて、五つはあるだろう。

 それを一先ず懐に仕舞うと、ヘルヴィの魔法で出来た地面の裂け目に剣を潜らせて魔法を放つ。すると風が巻き起こり、崩れた岩石が剣に巻きつくようにして、長く巨大な一振りの岩剣となった。


「ハアアアアアアァァァァーーー」


 ただ、見た目は巨大な岩剣でも、本当は風で引き寄せているだけの粒の結晶。シアンが闇盾で防いでも、その部分だけを残して岩剣はもう一度剣の形を成そうと、岩石がシアンの後方から襲い掛かるのだ。


「貴方と遊ぶのは後でねっ」


 しかし、再び羽を生やしたシアンは難なく宙へ逃げ、レオを無視してリリーに向かって飛んでいく。

 その前に立ち塞がるのはパーラ。地面に突き刺した二振りの剣の柄に結んだ紐が、天井や壁に向かって四方八方広がっている。


「これ以上、先へは進ませませんわよっ」


 そう言うと紐と紐を繋ぐように白い粘着性のある糸が更に広がり、室内を二分するほどの巨大なクモの巣が張られた。

 シアンの足を止めるには単発で終わるのではなく、永続的に効果を与える物や実体のある物が有効と考えたのだ。


 そして、狙い通りシアンの翼を止める事には成功したものの、彼女には取り込んだ生物の数だけ対抗手段が存在している。動きを止めたとしても一瞬で、直ぐに闇を両腕に纏わせていく。


「ハーディオールバルディーニバニッシャァァァッーーーーー」

「……鎧戦刀解放」


 だが、その一瞬の間は狙って作らせた隙でもある。

 前方からはヘルヴィのドロドロとした溶岩が、後方からはレオの剣に纏っていた岩石が逃げ場は与えまいと、辺り一面にばら撒くように放たれた。


「こんなのが有ってもねっ」


 シアンは即座に空へと逃げながら、青い鱗の腕に換える。それは以前見た時よりも細いが、ヘイムの両腕だった。そして、軽く両拳を叩き合わせると、指の付け根から細く長い鉤爪が伸びる。

 天井近くまで上昇してレオ達が居るのは地上でも、シアンは完全に気を抜いてはいない。現に先ほどの高波やレオの飛ばした岩石が天井にまで届くなど、レオ達の攻撃の範囲内なのだ。


「もう、さくっと終わらせよっかな」


 そう言いながら両腕を振り払うと、目の前にあった糸は呆気なく断ち切られてしまう。

 ふわりと事切れるように落ちる糸を眺める時間はあったのか、それ程時間を置かずに地上からレオの声が届く。


「気分が良いだろうな、そんな簡単に空を飛べるのは」

「魔力も気も身体(ようき)が小さくて、窮屈だもんね人間は」


 大声ではない以上、風に乗って届けているのだろうが、魔法の詠唱でもなく焦っている様子も無い声色に、表情や声には出していないがシアンは訝しがる。


 その様子を笑って見ながらレオは空へと吹かせている風を更に強め、それと同時に手に持っていた何かを風に乗せて上空へと打ち上げる。それは先ほどレオの脇腹に刺さっていた鞘の欠片。

 攻撃というには勢いが無く、確実にシアンまでは届かないだろう。


 そして、シルフィンスによって細かな位置が調整される。


「【彼の者が歩みし道を照らし出せ】」


 簡単な詠唱によって、精霊が通った道が光輝く。それに呼応するように、今打ち上げた五つの破片に加え、天井や地面にある石の幾つかが輝きを増していく。


「悪いが堕ちてもらうぞ」

「えっぁっ、重っっ」


 それ以上、レオが何かをする必要なく魔法が発動され、シアンは予期せぬ事態に地面に引っ張られてしまう。羽を動かして逃げようとするが、それもままならない。


 これは三次元による簡易魔法陣。この魔法陣作成こそ、シルフィンスがレオの奥の手になっている所以でもある。


 今回の他に魔道具と指を繋げて描く方法もあるが、相手が魔族だと精霊が見えてしまい何をしているのか直ぐにバレてしまう可能性があった。その為、石を剣に集めた時、標魔石なども混ぜて天井や床に打ち込み、最後の締めを血塗られた破片をシルフィンスで置いたのだ。


 リリーの夢練印を真似てみたが出来なかった、レオなりの答えである。


「くぅっ」


 翼を強制的に折り曲げられ、シアンは一気に高度を下げて地面にぶつかり、その衝撃で地面が陥没する。何とか立ち上がろうと両腕に力を入れるが、重力に押し付けられ足腰が立たない。

 これ以上近づけばレオも超重力の範囲の中に入ってしまうので、少し離れた所からシアンに眼差しを送る。


「このまま抑えられたら良いんだろうが……無理だろうな」


 シアンの能力、支点に使用している魔道具の強度から考えても不可能だろう。

 レオは脇腹の治療のため軽めの回復薬を飲むと、入れ直した気合を示すように勢い良く剣を振り払う。決着の時は近い。






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