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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第九章 『新たな歴史』
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第百十四話




 ダナトによって魔城に跳ばされた巫女一行は、そこで魔王クラウと初の邂逅を果たす。ただ、ダナトが魔王と女神の真実を語ったことで、その印象が薄くなってしまったのは否めなかった。

 そして、ダナトは竜巻を放って魔城の天井を破壊すると、全員に外へ出るよう告げたのである。


 天井を破壊し遮るものの無くなった竜巻は、魔城の外に発生している周囲の霧を吸い込みながら空高くにまで昇って消滅し、普段は霧が漂っていた空間にダナトが飛び出す。


「ここに日の光りが射しこむのは、一体何年振りになるんだろうな」

「さてな、何十年、何百年、果ては何千年か」

「機材調整の為に出ない時もあるから、実は昨日振りだったりして」


 ダナトの後を追って出てきたシアンとルヲーグも合流した後、巫女を確認しようと城の出入り口の方に視線を凝らすが、上空はまだしも地表の霧までは払いきれておらず、彼らが空高くに居たということもあってか見ることは出来なかった。


「先ずはもっと見晴らしを良くしておくか」


 ダナトが両腕を左右に広げる動作をするだけで、彼等を中心に全方向に向けて風が吹き抜ける。大気は遥か彼方まで押し流されていき、ボロボロと天井が崩れていく魔城を中心に、霧のない空間が出来上がった。


 ダナトは一度空を見上げてから背後にいる二人に話しかける。


「ルヲーグ、シアン準備は良いか?」

「うむ。ただ、我輩のは拾い物だが、ルヲーグは惜しいのではないのか」

「ボクも問題ないよ。生態のデータ取りは終わったし、今度は戦闘に関するデータも取りたかったから」


 問題ないと答える彼らの眼下では、レオ達が周囲や罠を警戒しながら魔城から出てくるところだった。その様子がどう映っているのかは分からないが、ダナトは口角を吊り上げて笑うと、巫女と魔王を相手に戦いを挑むため徐々に高度を下げていく。


「それじゃあ行くか。勝つか負けるか、最後の大勝負って奴だ」



 ◇



 罠を警戒しながら外に出たレオ達が先ず気付いたのは、辺りを覆っているはずの霧が無くなっていたことである。そして、魔城本来の役目を知っている者からすると、その霧を生み出しているはずの魔城から、新たに霧が排出されていないことにも気付いた。

 そして、ダナト達が顔を認識出来るほどに降りてくると、クラウは先ほどシアンが消えていた事を思い出し、彼らの仕業だろうと食って掛かる。


「ちょっとアンタ、さっきの変な発言とか今の状態とか、自分たちが何やってるのか分かってるのっ」

「もちろん分かっている。お前らが真実を隠したがってるから、ちょっとした意趣返しさ」


 証拠は無かったがダナトが霧を止めさせたのは正解だった。それはこれからある魔法を唱える為。この人数の多さや魔道具を使用する為にも、城の中だと狭苦しくなってしまうのだ。


 ダナトの悪びれない返答を聞いて、怒りやこれからどうなってしまうのかなど、不安で頭がこんがらがってしまうクラウだが、そこである事にふと気付く。

 当たり前のように話していたので流していたが、ダナトはまるで魔城での会話を聞いていたかのように、彼女たちの方針を知っていたのだ。


「へっ、ちょっ、アンタまさかっ、盗聴とか盗撮やってるんじゃないでしょうねッ」


 真実を話さないと決めた事や、初めて出会ったにも係わらずクラウが魔王だと知っていることなどがその例である。

 クラウの怒号を受けて、ルヲーグが疲れたようにため息をこぼす。


「ほとんどボクが見てたんだけどね」

「なに、寝室などには設置していないので安心するがよい」


 ルヲーグが生命維持装置の計器を監視することで、魔王の目覚めが近いかどうかを判断していたのである。そして、それをいつ設置したのかというと、魔王が来るまで魔城に人は居ないので、その間に堂々と行っていたのだった。


「安心出来るわけないでしょっ」

「ただの犯罪ですっ」


 特に女性陣の怒りは凄まじく、見た目子供のルヲーグはまだしも、成人男性であるダナトやシアンに見られていたと思うと気色悪く感じてしまうのも仕方ないだろう。

 魔王と戦いに来ていたはずのマリア達も、同じ女性として声には出さないが、内心では同意しているのだった。


 ただ、その程度の事でダナトが怯むはずもない。彼女たちの反応など意に介する事無く話しを続ける。


「あぁ、そうだ。俺達が戦う前に、ちょいと面白い物を見せてやるよ」


 そう言って顎で合図してシアンが取り出したのは、きれいな球体ではなくボコボコな形状をした透明な水晶。それを操作することにより、空には普通の街をやや高い所から見下ろした映像が、いくつも映し出されていた。

 その中にはレオ達が見知らぬ街や、カカイの王都など知っている街までが映し出されている。


「ルヲーグ」

「はぁ~、こうやって堂々と人前に晒すのって、良い気分はしないんだけど。【――」


 シアンから水晶を受け取ったルヲーグが、出張っている一つを押し込んで呪文を唱え始める。空の映像では突然聞こえてきた子供の声に驚き、辺りをキョロキョロと見回す住人達が拡大して映し出されている。


 街が映し出されて詠唱を始めるなど、どう考えても嫌な予感しかしない。レオ達全員がルヲーグを止めようと、魔法や遠距離で対空攻撃を行う……が、それは呆気なく掻き消されてしまった。


「ハアアァッ」


 ただそれは、敵の妨害ではなく味方側の攻撃による余波。ニライが爪を立てて振るった一撃で、他全員の攻撃が掻き消えてしまったのだ。

 まるでこの空間の空気全てが巻き込まれて消えたかのような、世界ごと切り裂かれたような一撃がルヲーグに襲い掛かる。だが、それを目の前にしてもニヤリと余裕そうな、楽しそうな笑みを浮かべたダナトが前に出た。


「やはりお前が一番の強敵だな」


 そう話しながらも、ニライに向けた右手から放射された五つの黒炎が一つに交わり、両者の一撃が激しくぶつかり合う。しかしそれだけでなく、全てを言い終わる前にダナトの左手からは、轟音の声を上げる獣姿の雷が解き放たれていたのだ。

 対するニライも表情を変えることなく左腕を振るい、両者の二撃はぶつかり爆音や衝撃を周囲に広めながら消失した。


 だが、その間にもルヲーグの詠唱は終わりを迎える。


「――】ワォブフラッガ」


 ルヲーグが魔法を発動させた瞬間、街の住人の中で何人かが苦しみ始めたかと思うと、身体を魔者へと変貌させてしまう。ある者は口が大きく裂けて翼が生え、ある者は全身から骨が突き出し両腕が異常に伸びる。肉体が変異に耐えられなかった者達の末路だった。


「うぅ~、こんなの見せるとか。あぁもう、ほらっ好きに暴れちゃえーっ」


 そして、世界中で産まれたダグが命令を受けて動き出す。建物を破壊して人に襲い掛かるなど、ルヲーグの命令で襲われる側も襲う側も、人としての尊厳を奪っていくのだった。


「な、何てことを」

「……酷い」


 報告では聞いていたが、魔者への変化や残虐な行いを目の当たりにし、マリア達は表情に暗い影を落としながら怒りで表情を歪める。

 ただ、知性のない魔者に変わるのはルヲーグの中で失敗作でしかなく、それをこうやって面前に見せ付けることに気乗りはしてなさそうである。ただ、その代わり愉快そうに笑っているのはダナトだった。


「祭りにも賑やかしってのが必要なのさ。舞台の上で俺達だけがやり合うなんざ、勿体無けりゃ寂しいってもんだろ」


 残忍で残虐なダナトが、巫女や魔王を挑発しているという訳ではなく、彼は本当に場を盛り上げようとしているのだ。そう感じたクラウ達は、同じ魔族であってもダナトの考えは理解出来ないし、するつもりも無かった。


「後は俺達が戦ってどっちが強いか決めるだけだが……さて、そいつらはどこに落とすか。生きて魔城に来てた事には驚きだが、力はそこまででもない」


 ダナトが見つめる視線の先はレオ達五人の姿。この中で一番弱く、ダナトの考える戦いの組み合わせに入っていなかったのである。なので適当な戦いに雑ぜておけば良いとの発言だった。

 だが、レオ達はシアンの対策を立てて、彼と戦う為に参戦したのだ。ここで別の相手とぶつけられてしまえば、これまでの苦労の意味がなくなってしまう。


「ちょっとお待ちなさいっ。わたくしの名はパスクアラ・ララインサル・カルレオン。カカイの一貴族として、シアン、貴方だけは見過ごすことは出来ません。王の仇と我らが誇りの為、わたくし達と戦いなさい」


 そこで声を上げたのはパーラ。相手の性格が分からない以上、挑発するのか挑戦状を叩きつけるのが正解か悩みながら、シアンが戦うよう迫ったのである。

 名指しで挑戦されたシアンは空中からレオ達を見下ろす。彼もカカイの事は覚えていて、カルレオンという家名にも聞き覚えがあったのだ。


 シアンは軽く思考を巡らせた後で、パーラを見ながら慈しむように笑う。


「……ふっ、我輩の元民か。よかろう、そなた等の挑戦を受けようではないか」

「あっ、あの人達が一番弱そうだから受けたね」


 シアンがルヲーグの突っ込みを無視している間に、フォルカーがこっそりと傍に居るダルマツィオに耳打ちをした。


「どうせなら、このまま全員でボコるってぇのはどうっすかねぇ」

「……あの魔族二人は少しばかり桁が違う。信頼出来るのなら、魔王側の魔族に任せた方が無難だの」


 ダルマツィオの視線の先はダナトとニライ。敵だけが強いのなら味方全員で戦えば良い、ただ、味方も同じ位強い人が一人だけいた場合、他の面子が足を引っ張る可能性もあるのだ。

 それに魔王軍を完全に信頼しているのはレオ、少しだけ信頼しているのが魔城で話したエルザ達だけだろう。潰しあってくれるのなら、それで良いと考えているのである。


「他に誰かと戦いたいって希望はないな。なら始めようか、最後の戦いを。早く俺達を倒して愚民を助けて回らないと、戻る場所や帰る所が滅んでしまってるかもな」

「……そんなことはない。私達以外にも強い人は沢山いる。世界は貴方たちに屈しない」

「はっ、最後にどうなってるのか、時期に分かることだ」


 再び闇が全員を覆い、彼らは戦うべき相手と共に、或いは待っている場所に向かって跳んだ。




 ◇◇◇




 天高く泳ぎ流れる雲さえも眼下に見下ろし、それ以外は何も見当たらないだだっ広い場所で、二人の人物が対峙していた。


「ボクの相手は君か」

「お前は俺が抑えないとな、ルヲーグ達にゃ荷が重い」


 それは手甲を呼び出して装着したニライと、ヘイムから譲り受けた光の巨剣を持って構えるダナト。二人とも余裕を浮かべた表情をしているが、目つきは真剣に相手の様子を窺っていた。


「どうやら君は詠唱をしなくても、魔法を完全に発動できるみたいだね」

「あぁ、俺に速度と威力で勝る奴はそうそう居ないぞ」


 キルルキのような符術師は短い詠唱によって魔法が発動可能で、タウノはその事を脅威に感じていたが、ダナトは詠唱や魔法名すら発する必要ないのだ。それこそが彼の能力。

 マリア達がダナトの能力だと勘違いした黒炎は、単に彼が好んで使っている魔法の一つに過ぎないのだった。


 時間も掛からず、モーションも必要とせずに強力なわざが発動できる。その恐ろしさは想像に難くなく、ニライはため息を零しながら左手を後頭部へと回す。


「ならボクも本気で相手をすることにしよう」


 そして眼帯を取り払った。そこには金色に輝く瞳。瞳孔が縦に細く長く開き、魔族というよりも魔獣の物に似ていたそれは、彼女の先祖返りの証だった。


 ◇


 地面から照らし出される光りによって、クラウ達は身体全体が赤く色付けされている。そして、周囲の景色が歪んで見え止め処なく流れる汗は、この場の環境の厳しさを物語っていた。彼らは火山の火口から中に入った、地中深くに居たのだ。

 地に足が着いている事は安心出来るが、眼下にはマグマが赤々と輝いている。


「暑い、暑すぎる」

「せめて戦う場所を指定しておいた方が良かったかもね」

「ちょっとスノ、大丈夫?」

「……焼けてしまう」


 魚人であるスノにはこの暑さは厳しいものだった。

 その時、灼熱のマグマの中から何かが跳び出し、四人の前に着地する。


「うわっ、何よこいつっ」

「人間界に生息するエンザーグドラゴンに似ている気もするけど」


 ネイルリの言う通り、それはマリア達が戦ったエンザーグのような顔つきをしているようにも見えた。しかし、通常よりも前傾姿勢で地面に四肢を着けている姿は獣に近く、前の両腕には刃のような物がついているなど姿がかなり違っている。

 また、ガッチリとした巨体をゆっくりと起こすと、左右の胸と腹部にまで鱗が生えていた。そしてなにより、クラウ達に向けるエンザーグの頭が三つもあったのだ。


「貴様らが我の敵か」

「ルヲーグ様方の前に立ち塞がる愚か者共よ」

「その命、我に捧げよ」


 背中に生えている翼を広げて羽ばたき、エンザーグから吹き荒れる魔力によって、クラウ達はマグマへと押し流されそうになってしまう。だが、そこでクラウは踏ん張り、一歩前に出る。


「その偉そうな口調を使えるだけの自信があるってこと?」


 今度はクラウが魔力をエンザーグに叩きつけるが、エンザーグも身体を引く事無く、逆に牙を見せ付けて楽しそうに笑った。


「面白い、魔物や魔獣は何匹と殺してきた。今度は魔族が相手となるか」

「ふんっ、魔王の実力、侮るんじゃないわよ」


 改造されたエンザーグと魔王軍の戦いが始まる。


 ◇


 クラウ達が地面から照らされていれば、ここは上空から暗い影を落としていた。太く巨大な木々が生い茂る森の中で、大陽の巫女一行は一人の敵と相対していたのだ。

 彼女たちは敵と出会って警戒を怠る事はないが、それでもショックを隠しきれないでいた。


「あれはやはり……」

「見た目はかなり変わってますけど、クスタヴィ団長なのです」


 バネッサ達もクスタヴィが魔者に変異し、カカイから姿を消したことは聞いているが、自分たちの前に立ち塞がるとなるとやはり動揺してしまうのだった。

 しかも、その見た目。聞いていた情報によると、魔人化の影響は肌や瞳の色などが変化しただけだったが、今のクスタヴィはピアの知る彼よりもかなり若く、二十代前半といったところだろう。


 若きクスタヴィはバネッサ達が現れた事に気付くと、そちらに身体を向けて一礼を行う。見た目は違っていても、その立ち振る舞いは堂に入ったものである。


「大陽の巫女とお見受け致します。我が主の命により、あなた方にはここで消えてもらいます」


 しかし、淡々と言葉を並べる彼の表情からは、感情の色が失せていた。


「止めて下さいっ、クスタヴィ団長。こんなところに居ないで、一緒にカカイに帰りましょうっ。ご家族や姉様も待っています」


 ピアの呼びかけにも反応を示さず、クスタヴィは腰から下げた剣に手を当てる。

 以前から彼が持っていた剣ではなく、剣の柄の先端から束になった糸のような物がぶら下がっていた。引き抜けば刀身は黒く、糸状の物がクスタヴィの腕や胸に絡んで突き刺さるが、見た目ほど痛くないのか痛覚が無いのか、彼が表情を歪ませることはなかった。


「嬢ちゃん諦めな。もう無理だ」

「他の皆や各所で暴れておるダグのこともある。残念ではあるが余り時間は掛けられぬよ」


 フォルカーとダルマツィオに説得され、ピアは俯いて肩を震わせながら一歩下がった。

 そんな妹分の小さな肩にバネッサがそっと手を置き、気持ちを落ち着かせるように頭を撫でる。


「クスタヴィさんの勇名は私も知ってる。彼をこれ以上汚さない為に、魔族の呪縛から解いてあげよう」


 ダルマツィオの言う通り時間は無く、手加減出来るような相手でもない。バネッサは怒りと悲しみを胸の奥に仕舞い込んだ。


 ◇


 穏やかに風が吹き抜け、地面から生える青々とした草が靡く中、大海の巫女一行は物憂げな表情を浮かべていた。彼らもクスタヴィ同様、魔人化した人間を相手にしなければならなかったのだ。しかし――


「もう、この人達(・・)は元に戻せないのかな」


 メーリ達を囲む百以上の大群。ただ、実力としてはクスタヴィと違い変異して間もない事、シアンやルヲーグの手が加わっていない事が救いだろう。


「……難しいわね。どうやって変異したのかも分からないし」


 元人間を相手にしなければならない事にテルヒは表情を歪め、同じ気持ちのメーリを支えるように静かに背中へ手を当てる。巫女と候補生だからこそ、人間と本気で戦うような機会は無いのだ。

 そんな二人を心配したセストが、普段よりも力強そうな声で話しかけた。


「もし二人が嫌だっていうのなら、サポートしてくれれば止めは俺がやるよ?」

「俺達、でしょ。アタシを除け者にして自分だけ格好つけるなんて、セストには似合わないわよ」


 セストをアロイスが茶化すことで、暗く落ち込む空気を変えようとしたのだが、メーリは直ぐに首を左右に振った。


「ううん、大丈夫。救われない魂をメティー様の御許へ送るのも、巫女の大事な仕事だからね」


 振り向くことなく敵を見据えるメーリの顔には、仲間を安心させる為に無理して浮かべた笑顔ではなく、慈悲深い笑みを浮かべている。彼女は既に戦う覚悟を決めていたのだ。


 ◇


 そして大空の巫女一行も、メーリ達と同じく周りを敵に囲まれていた。少し強めの風が吹き抜けるここは、草木の生えていない岩場のはずなのだが、それは彼女たちの近くでしか判別出来なかった。

 それというのも彼女たちを囲んでいる敵が、辺り一面を覆い尽くすほど数多くの魔物や魔獣の群れなのだ。


「つまんねぇな。魔王倒しにきても、結局はただの魔者退治じゃねぇか」


 しかし、雄叫びを上げながら大群が接近してきていても、彼らが臆することはなく、普段と変わらぬ悪態や軽口を叩きながら己の武器を抜く。


『コロス、コロス』


 魔物の数は数えられそうもないが、魔獣は見えている範囲だけでも五頭は確認が取れている。その中で上空から聞こえてくる魔獣の声は、同じ事をブツブツと呟いていて、それを成し遂げようと考えさせられているようにも見えた。


「何か壊れちゃってるね」

「はっ、今からもっと壊れるんだぜ、こいつら」


 リュリュの呆れたように吐き出した言葉を、モイセスは鼻で笑って前へと進み出る。

 しかし、モイセスが前に出ても四方を囲まれている今の状況では、逆に背面の戦力が薄くなってしまう。サラサはイヴを護れるように傍に寄り、刀を抜きながら開眼させた。


「しかし、この数では……」

「ケケケ、あの魔族達を全員相手するのに比べりゃ、楽出来ると思えば良いだろ……とは言え、確かにちぃとばっかし数が多すぎだわな」


 ショートソードを持ったまま頭を掻くイヴの視線の先には、魔族の黒い波が止まる事無く押し寄せていた。


 ◇


 誰もがどこかへと跳ばされる中、大地の巫女一行は魔城から少し離れただけで、近くには魔障の霧、遠くには魔城の姿が確認出来る。そこで相対するのは地面に降り立ったルヲーグ。


「お姉さん達だよね、エンザーグとヘイムを倒したのって」

「……子供」


 バネッサから聞いてはいたが、ルヲーグの見た目に思わずマリアが眉を顰める。例え相手が魔族だろうと、子供を相手に戦わなければならないのが気になったのだ。

 しかし、それで気を許すようなことはせず、マリアを中心に戦闘隊形に入る。


「シアンがヘイムの最期を看取ったらしいんだけど、満足した表情だったっぽいよ」

「何を身勝手なっ」


 勝手に暴れて勝手に満足して死んだと聞いて、タウノが苛立ちから言葉を荒げる。

 彼らはヘイムとの戦いで、仲間のキルルキを亡くしているのだ。相手が満足して死んだと聞いても腹が立つし、恨まれても逆恨みにしか感じなかった。


「まぁね、だから僕も仇とか言うつもりは無いよ。ただ純粋に、ヘイムに勝てたお姉ちゃん達に興味があったからね」

「人間を魔者にするような奴に言われても嬉くはない」


 ルヲーグは一人一人に視線を送るがそこに感情は篭らず、マリア達を自分と同じ知的生物とは見ていない、観察者の眼差しだと直ぐに気付く。

 イーリスが不愉快そうに言葉を吐き捨てて睨みつけるが、ルヲーグは気にすることなくクスクスと笑った。


「こう話していても意味はなさそうだな」

「そう? お姉ちゃん達が何を考えてどう行動するのか、僕は結構興味があるんだけど」


 そう切り出されたマリアは胸元で手を握り締める。敵対する相手と最初に話しをすることは決めていたのだ。


「なら、暴れさせている人達を止めて、人間に元に戻す方法を教えて? その後で何でこんな事をしたのか一緒に話そう。何か手伝えそうなことなら手伝うから」


 自分や相手が何を考えているのかを伝え、可能ならば説得を行う。キルルキと話せなかった事を後悔しているマリアだからこそ、先ずは話し合いから行おうと考えていたのだ。

 それに対するルヲーグの反応は特に悪いものではない。


「手伝いかー、それはとっても嬉しいけど……。う~ん、僕もダナトの遊びを手伝ってるだけだし、ダグは魔者に変異させるまでしか研究してないから、どっちも無理かな」


 ただ、受け入れられもしなかった。ルヲーグはマリアの話自体に余り興味が無く、自分と親しいダナトを優先したのである。しかしそれなら、先に話をつける人物を変えれば済むかもしれない。


「ならダナトから先に説得すれば良いんだな」

「ん~、無理じゃないかな。だってお姉さんたちも遊んでて、見ず知らずの人から『止めろ』って言われたら何だコイツってならない?」


 人の命が、危害が及んでいる現状を「遊び」と言い切るルヲーグに、怒りと失望が同時にマリアを襲う。


「……それに僕はちょっと手伝っただけだけど、エンザーグを倒したお姉ちゃん達の実力に興味があるから。あと、実験体を壊されたから少しはムカつくし、後でちゃんと僕の実験を手伝ってもらうよ」


 ルヲーグと普通に話をする事が出来、彼が悪意を持っていないことも分かる。だが、人間の命を軽視するなど、余りにも考え方や常識が違いすぎるのだ。

 嫌味などではなく期待から瞳をキラキラと輝かせ、戦闘態勢に入るルヲーグを見て、マリア達は気分が晴れないまま迎撃の構えを取った。


 ◇


 戦いの場はダナト達が選んだ場所だが、自分の力を発揮しやすく巫女や魔王側が戦い難いという事はない。どちらかと言えば互いが本気を出し易い、人気のない場所を選んでいた。

 当然、巻き込まれる人間のことを考えてではなく、戦いを派手に面白くする為である。


 そして、レオ達が跳ばされた場所とは――


「えっと、ここはどこかな?」


 エルザがキョロキョロと辺りを見回すが、ここが何処なのか全く検討がつかず、見上げてみても空すら見えない。それと言うのも彼女たちが跳んできたのが、どこかの室内だったからである。

 室内とは言っても天井は高く、かなりの広さで小さな村位はありそうだ。壁には様々な武器が掛けられてはいるものの、それ以外の装飾らしき物は見当たらず、面白みも何も無い大きな部屋という印象しかない。


「魔城の訓練場か」

「ほぅ、知っていたか。さすがにここに滞在していただけの事はあるな」


 レオが元魔王として生活をしていたから知っているのだが、そんな事をシアンが知る由も無かった。


「外で戦うのも良いかもしれんが、そなたら程度なら直ぐに終わるだろう。その後で汗を流し、横になるならここの方が便利でな」

「随分な余裕ね」


 戦闘前ということもあり、ヘルヴィは普段より引き締まった空気を纏う。その背後には今回の戦いの要であるリリーが、目を付けられないように隠れていた。

 シアンはレオ達一人一人の顔を見詰め、白衣を翻しながら余裕の笑みを浮かべる。


「さて、愚かにも我輩に挑戦してきた者共よ。そんなに『我輩と一緒に居たい』というのなら、何やら楽しい見世物でもあるのだろうな」


 だが、喋っている最中にシアンの魔力がレオ達を包み込む気配を感じ、レオは眉を顰めた。


「言霊か。拒絶しろ、断る」

「……なるほど、そこそこ知識があるようだ。魔力探知の能力も高い。思っていたよりも面倒そうではあるな」


 レオの言う通りエルザ達も断った事を明確に告げていく事で、シアンの目論見通りとはいかなくなったが、彼の表情から余裕の色が消えることはない。そして、何も持たない右手をそっとレオ達に向けると、場の空気や緊張感が一瞬で高まる。


「ふっ、騙し虚を衝き、嵌めて追い込むというのも好きだが、力尽くというのも嫌いではない――」


 先頭のエルザは闘気を更に練り上げ、その背後にレオとパーラが剣を、二人の後ろでリリーが杖を構え、最後尾のヘルヴィは回復薬などを取り出し易いよう位置を確認する。

 この戦いの為に準備を整えてきたレオ達は自信のある顔付きで、それを見たシアンもニヤリとわざとらしくも思えるような笑みを浮かべた。


「さぁ、我輩の一部となるがよい」


 各地で最後の戦いが始まろうとしていた。






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