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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第九章 『新たな歴史』
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第百九話



 転移装置跡地にたどり着いたレオ達だったが、そこで拠点を作るよりも早く最悪な状況に陥ってしまう。それは魔城から帰る途中だったダナトが、レオ達に気付いて襲い掛かってきたのだ。

 そして、魔力による洗脳をレオが振り払うも、急いで事を終わらせようとしたダナトは、何の躊躇も無くレオ達を殺そうと大地に一飲みにさせた後、何事も無かったかのように飛び去ってしまうのだった。


 跡地には戦闘が起こった形跡など全く無く、ダナトが居なくなってもレオ達が再び現れる気配は無かった。


「……行ったみたい」


 それもそのはず。レオ達は逃げ込んだ地中ではなく、木を切り出した近くの森の中に潜んでいたのである。大地が彼らの逃げ場を完全に無くすように周囲を覆い、彼らの姿がダナトの視界から消えた瞬間に、リリーの転移魔法でこの森まで跳んできたのだ。

 転移魔法の発動と転移場所を覚られないようにと、念の為にレオとパーラが魔法を放ち、土壁を越えて明後日の方向にも打ち込んでいたのはその為である。


 この場所は緊急時の避難所としてリリーが魔法陣を描き、周囲から発見され難くしていた。

 ダナトの姿が見えなくなり、全員が切り株や輪切りにした木の椅子に腰掛け、疲れたように重い息を吐き出す。


「何とか助かったな」

「相手がわたくし達を警戒していなかったのが、幸いしましたわね」

「そうね、それにレオ君が魔法の効果を知っていたから、対処が早かったのも助かったわ」

「最初のは生き物の場所を探知して襲って、二つ目は逃げ場を無くして押し潰すって感じ?」


 先ほどの戦いを思い思いに語っていくが、やはり気になるのはダナトが引いた理由だろう。一応、レオ達を殺そうと魔法を放ったのだから、引いたという表現は正しくないかもしれない。

 ただ、雑とも呼べるあの戦いは、レオ達からすれば『見逃してもらった、引いてもらった』という感覚なのだ。


「でも、何か急に終わらせようとしてたよね」

「誰かが向かってきてるみたいに言ってたけど」

「魔族?」


 今まで確認している魔族はダナト、ルヲーグ、シアン、ユオンゼ、ヘイムの五人と、人間から変貌したクスタヴィだけ。尖兵としては情報を集めておく必要があり、新たな敵の出現の可能性にエルザ達の表情は硬くなる。

 しかも、ダナトが引いた相手である。気を引き締める必要があった。


「そうだな、調べる必要はあるが……頼めるか?」


 リリーの言葉に反応して、レオは誰にも視線を合わせることなく話し掛けた。というのも頼んだのはこの場に居る人間ではなく、以前に契約した風の精霊だからである。


 ただ、契約を交わしたとはいっても、それはシルフィンスの発動を正確に行えるようにというもので、サラサのように精霊がレオの願いを全て聞いてくれるというものではない。その場合、レオは全身の血を抜かれたとしても契約は結べないだろう。


 しかし、前よりも親しくなったことには変わりなく、身体を浮かせて飛ぶことなどは無理だが、ほんの些細な願い事ぐらいなら聞いてくれるようになっていたのだ。


「ルヲーグか違う奴……あぁ、名前を知らないか。なら、契約した時の魔法陣みたいに、魔族の似顔絵を描いてくれ」


 レオの言葉に反応して、地面に一筋の線が走り丸を書く。レオでは精霊と会話も出来ないので、これは彼らからの返答だった。何も無ければ無視されて、独り言を言っているだけという物寂しい光景になってしまう。


「でも魔族って精霊見えるんだよね。バレちゃわない?」

「見えはするだろうが、普通に辺りを漂ってることもあるしな。風変わりな奴が覗きに来たって思うだけだろうが……危なくなれば直ぐに逃げろよ」


 レオの言葉に嬉しそうに風を鳴らして返事をすると、一陣の風が森から吹き抜けていった。

 新しい魔族が向かってくる方角は、先ほどのダナトの視線の先だろうと予想出来るが、どの程度離れているのかまでは分からない。レオ達は彼らの帰りを待つ間、新しい魔族の対処方法を話し合う。


「私達が出来ることと言ったら、容姿の確認と囮でも使って攻撃方法とかを見るぐらいかな」

「確かにダナトと同じ位強いのなら、私達が直接戦うのはちょっと厳しいかもしれないものね」

「囮を使うにしろ直接戦うにしろ、十分な準備を整えませんと」


 そうこう話している内に風の便りが直ぐに届いた。描きやすく見やすいようにと、レオ達が整地した地面に、精霊が直接見て触れた魔族の姿を描いていく。

 彼らに絵心があるのかは分からないが、魔法陣の細かい文字や曲線を覚えて描くことの出来た腕前は、人の似顔絵や全体像を描くことなど造作もないことだった。


 そして、出来上がった絵を見て女性陣は僅かばかりに華やぐ。


「まぁ、結構格好いいわね」

「見た目だけでしたら社交界デビューも出来ますでしょうに」

「イヌ耳?」

「……」


 しかし、レオはそこに描かれた人物を見て微かに目を見開き、注意深く細部を見つめていく。その真剣な眼差しに、隣に立っていたエルザは疑問に思い話しかけた。


「どうかした?」

「……こいつの髪は金で瞳の色は澄んだ紫色か?」


 ただ、当のレオはエルザの問い掛けも耳に届いてないらしい。

 精霊が描いた似顔絵は地面に描かれていて、当然色はついていない。レオは自分が思い浮かべている色を言えば、精霊はそれに丸を付けて正しいことを告げた。


「確かに母親に似ているが……いやまさか……だが、あの眼帯は――」


 エルザ以外の三人もレオの様子に気付き、口を閉ざして発言を待つ。そして、暫しの沈黙の後、レオは重々しく口を開いた。


「この魔族と接触を図ってもいいか?」


 精霊が見てきて描いた魔族の姿は、レオの前世であるクロウの友、ニライの成長したと思われる姿だったのだ。


 何の考えも無くレオがそんな事を言い出す事は無い、と思ってもらえるほどの信頼感は全員にあるようで、いきなりバカにされて否定される事はなく、レオと地面に描かれた魔族とを見比べる。

 そして、何かを思い出したリリーは軽く両手を叩いた。


「わんこ?」

「あぁ、そういえば居ましたわねぇ。三貴将でしたかしら。わたくし達が倒したはずですけれど、やはり生きていたのですわね」

「わっ、あの小さな男の子がここまで成長したのか」

「あれから大体二百年、時の流れよねぇ」


 レオと共に人間界に来ていて、三貴将と呼ばれるようになったニライは当時の巫女であるエルザ達も知っている。当然巫女とも戦い、その結果は敗北。そのまま一足先に魔界へと帰っていったのだった。


 二百年という月日の流れは、ニライの容姿をレオの知るものより成長させていた。しかし、友人の内面まで変わったとは、人間を殺すような事に手を貸すほど変わったとは思いたくないのだ。


「何故、こんな事になっているのか……いや、暴走した魔族が居たというだけでも理解出来るんだが、こいつがニライだとするのなら何故止めないのか、何か話が聞けるかもしれない」

「でも、もし話を聞いてくれなかったり違う魔族だった場合、こっちがかなり危険だってのは分かってるよね」


 実際に見て話して確認したわけではなく、精霊の描いた絵だけで知り合いかもしれないと言っているのだ。レオも危険だという事は十分承知している。エルザの言葉に静かに頷き返した。

 レオの決意が変わりそうも無いと思ったエルザは、諦めたようにため息を吐き出す。


「分かった。でも、何かあった時の為に私も一緒に行くよ」

「何かあったら不味いからこそ、お前たちは離れていた方がいいだろ」

「これから先、魔族の情報も必要なんだから、レオが居なくなると困るでしょ。大丈夫、逃げるだけならレオを抱えてでも出来るから」


 レオと同じくエルザの決意は変わりそうも無い。

 ただ、逃げるという手段ならエルザが走るよりも、リリーの転移の方が早く遠くへ確実に逃げられるだろう。それが分かっているからこそ、リリーはエルザに同行を申し出るのだった。


「私も一緒に行く?」

「ううん、リリーはパーラとヘルヴィさんとお留守番。何かあったら後はよろしくね」


 しかし、だからこそリリーはヘルヴィ達と一緒に居た方がいいのだ。レオとエルザに何かがあった場合、三人で直ぐに逃げてマリア達や修院に伝える役割があるのだから。その時に備えてエルザ達は緊急時の動きを確認していた。

 相手が魔族という強敵で、彼女たちが最後に亡くなった魔城近くということもあってか、その作戦会議は非常に真剣である。最後の戦いを思い出しているのかもしれない。


「我侭につき合わせてすまない」


 レオは危険なことに付き合わせるエルザ、そして他の三人に頭を下げた。


「気にしなくても良いのよ。私もエルザちゃん達と連絡が取れそうだったら、当然そうするもの」

「情報も大事」

「それにもし友達なら、レオが殴ってでも止めないと」

「そんな事を仰る前に、わたくし達の会話を聞いていたのでしたら、何か修正する点はありまして?」


 ただ、エルザ達は全く気にしていなかった。レオを元気付ける為かもしれないし、そういう気すら無く当然の事と思っているのかもしれない。

 そのことに感謝しながら、レオは先ほどから思っていたことを告げた。


「そうだな……どうでも良いが、一つ訂正するならそいつ、ニライは女性だぞ」


 それはエルザが『男の子』と言ってから、作戦会議でもニライが男性ということで話しが進んでいたこと。彼女の為にもレオは先ずそこを訂正するのであった。

 実際レオの言う通りどうでも良い問題なのだが、レオ達が転移装置跡地に着いてから一番の、ダナトが現れた時よりも大きな驚きの声が上がるのだった。




 ◇◇◇




 時は少しばかり遡り、まだダナトが魔城で散策をしていた頃。同じ魔城では巫女の現在地を尋ねようと、ユオンゼとスノの二人がネイルリの篭る図書室へと向かっていた。

 魔城には長い滞在期間の暇を潰せるようにと、遊戯室や温泉など様々な施設が用意されている。もはや魔法を妨害する霧を生み出す魔道具というよりも、城にそういった機能が付け加えられたと呼べるほどで、歴代の魔王達が好き勝手に改築を行った結果である。


「ネイルリ居るか?」


 重厚そうな黒茶色のドアをノックしてみれば、両開きのドアは外の騒音を室内に届けないようにか分厚く、重い音を響かせる。しかし、室内から返事は無く、予想通りの反応に二人は返事を待たずに中へと入った。


「一度来たきりだが、本当にインクの臭いが凄いな」

「本読むのは嫌いじゃないけど、さすがに四方を囲まれると逃げ出したくなるね」


 二人が軽く周囲を見回せば、壁一面の本棚が天井まで埋め尽くされている。室内には白い長テーブルが二つと椅子がいくつか置かれていて、そのテーブルの一つをこれまた本が埋め尽くしていた。


「ネイルリ」

「あら、ユオンゼ帰っていたのね」


 図書室に篭っていた彼女が本から顔を上げると、そこにはボサボサな髪に目の下には黒々としたクマなど無く、普段通り真面目そうで綺麗に身嗜みが整っていた。

 彼女が側仕えである以上、何かが起こった場合すぐに駆けつけなければならないので、身嗜みにもかなり気を配っているのだ。ただそれだけではなく、憧れの人と同じ場所にいるということも、深く係わっているのだろう。


「二人がここに来るなんて珍しい、どうかしたの?」


 読みかけの本に栞を挟んで閉じ、二人に向き直る。


「誰かが魔城近くまで来たような気がしたんだけど、今巫女はどの辺りに居るのかなって」

「他にも侵入者が居ないかどうか。普通の人間を見落とすとは思えないが、そんな事になったら末代までの恥だからな」


 相変わらず変に堅い考え方のスノを笑いながら、ネイルリは二人に椅子を勧めて、テーブルに置かれた読み終わった本を片付けていく。

 椅子に腰掛けた二人が机に置かれた手近な本をパラパラと捲れば、そこには予想通り小難しそうな文字の羅列で、目が痛む前に直ぐ本を閉じる。


「それにこいつが巫女と戦って負けたらしいからな、これからどうしようかニライ様にでも聞いてみようかって――」

「あっ、バカっ」


 ユオンゼが慌てて止めるが間に合わない。

 ニライの名前にピクリと肩を反応させたネイルリが、手に持っていた本を静かに仕舞い終えた後で、長い髪を靡かせながら勢い良く二人に振り返った。その熱く感情的な眼差しは、先ほどまでの冷静さが微塵も感じ取れそうもない。


「何を言ってるのっ、ニライ様も色々とお忙しく在られるのだから、そんな事をお聞きになるなんてご迷惑でしょ。私はいつニライ様に知識を求められても答えられるように……えっ、私を求めて下さるんですかっ」


 ネイルリがニライのことを熱く語るようになってしまっては、中々止まらないことを二人は承知している。ただ、長い付き合いだからこそ、そこから落ち着かせる方法も熟知していた。


「で、でもネイルリってさ、ここに篭ってばかりでニライ様とお会いしようとしないよね。外で歩いていれば、廊下でばったり会えるかもしれないよ」


 それは実際にニライの前に行かせようとすれば良いのだ。それを考えただけで彼女は恥ずかしがり、熱く自分の妄想に篭ることは無くなる。


「そんな私から直接会いに行くだなんて。用事もないのに何て話しかければ良いのよ。良い天気ですね、霧が出ているよ、まぁ本当……ってバカなのっ。霧ばかりですね、魔道具だからね、終わりじゃないっ」

「何で天気の話ばかりなんだ」


 まぁ、妄想を浮かべることに変わりは無いが、周囲の声が聞こえる分まだマシである。

 ユオンゼの言葉に肩を落とし、一人でぶつぶつと語りだすネイルリに思わず突っ込んでしまったスノは、頭を振り気を確りと持って本題へと話を戻す。


「いや、それよりも巫女の現在地を聞きたいんだが」

「……分かってるわよ」


 その後、ネイルリの調べによって巫女がまだ魔城付近に到着していないと分かり、侵入者が居ないということも分かって一安心した三人だが、更に警戒と探知機能を強めようとする前に、ダナトは城を後にしていたのだった。




 ◇◇◇




 レオがニライと接触しようとして、先ず行ったことは隠れ場から移動することである。もし戦いになり装置が消失してしまえば、待ち合わせ場所として利用出来なくなる可能性もあるので、転移装置から少し離れた所にある森の入り口にしたのだ。

 ニライには「大事な話しがあるのでそこに来て欲しい」というレオの言葉を、精霊に頼み風に乗せて届けさせたのである。


 そして、主にエルザから緊張した空気が流れる中、霧の外で輝き照らす日の光りを浴びて、キラキラと輝く白い尻尾を靡かせながら、ニライがレオの前に降り立つ。


「君かな、何か大事な話しがあるというのは?」


 魔族を敵対視している人族に呼び出され、ニライも罠など警戒はしているだろうが、それを表に出すことなく余裕の微笑みを浮かべて話しかけた。

 そして、警戒しているのはエルザも同じである。二人が森の入り口に陣取ったのは、何かあった場合見通しの悪い森の中へ逃げ込む算段なのだが、レオの話では森ごと薙ぎ払う実力者だという。


「精霊を使いに寄越したのなら、マナビトかとも思ったんだけどね。そんな感じでも無さそうだ」


 二歩三歩と近付くニライの姿は、手足がスラリと長く背筋を伸ばし優雅な足取りから気品を感じさせ、精霊が描いた絵よりも格好良く見えた。レオの直ぐ後ろで警戒しているエルザが、思わず「おぉ」と声を漏らすほどである。


「お初にお目に掛かります、レオ・テスティと申します」

「エルザ・アニエッリです」

「……すまないが、僕は名乗れないんだ。礼儀知らずな奴だと思ってくれて構わない」


 申し訳なさそうに詫びるニライに、レオは呪術でも警戒しているのかと思ったが、ニライが名乗らないほど警戒しているのも疑問に感じた。彼女は礼儀作法を確りと学び、名乗りなどはきちんと返すタイプなのである。


「では、何とお呼びすれば」

「好きに呼んでくれて構わないよ。『オイ』でも『お前』でも」


 その言い方で名前、たとえ本名でなくとも残したくないのだと分かった。しかし、何故そうする必要があるのか、レオは密かに眉を顰めるが、そんな様子など気にすることなくニライは話しを進める。


「それで、僕を呼んだのは何の話をする為だったかな?」


 ここでわざわざ問い直したのは、レオの言葉をもう一度確認する為だった。それほどレオが精霊に伝えさせた内容は、彼女にとって信じ難いことなのだ。


「貴方が八十八歳の頃、ディムロ川が氾濫した月にアンゼロア図書で貴方の先祖について調べた時、友人クロウと話したことに関してです」

「……なぜ君がそれを知っているのか、それはあの時話していた内容から一つの憶測は立てられるけれど、まだ半信半疑だね。いや、悪いけど半分も信じてはいない」

「それは当然でしょう」


 レオの言葉を黙って聴いていたニライだが、その内容には否定的だった。

 ただ、レオもその返答に驚きも悲しみもなく頷く。むしろ安直に信じた方が、本物のニライかどうかレオが疑うことになるだろう。


「だから、いくつか質問させてくれないか。あの時話した先祖返りの可能性……君が本当に僕の知る、クロウの転生であるかどうか」

「分かった。俺も普段通りに喋らせてもらう」


 そして、ニライから幾つかの質問がされる。クロウ自身のことはもちろん、周囲の人間や政治経済など、簡単に調べられるものから難しいものまで幅広く問われる。ニライは答えだけを聞いて確かめるというよりも、レオの考え方や喋り方でクロウかどうかを判断しているようだ。

 そして、頷きながら返答を聞いていたニライだったが、レオが淀みなく答えていく度に頷きは減り、親しいレオだけが気付ける範囲で驚きが表に出始めた。


「それじゃあ最後に僕たち共通の友、ギリュアスの本名を言ってみてくれないか」


 最後として出された問いを聞いて、レオは思わず表情を歪める。


 ロフィリア、ニライ、そしてこのギリュアスがクロウと共に人間界に来て、三貴将として歴史に名を残した人物であり、クロウにとって大切な友人のはずである。

 最初に聞いた時は、簡単な質問だと疑問にすら思ったエルザだったが、レオの様子に黙って見ていることが出来ず小声で話しかけた。


「ちょっと大丈夫? 友達なんでしょ」

「ギリュアスの本名ね……」


 しかし、レオは「大丈夫」と答えることなく、深く思い出すように顎に指を当てて長考に入った。


「ギリュアス・シンテールブラン」

「それで良いのかい?」


 ボソリと呟いた名に反応したニライだが、エルザの見た限り表情や声色から正解か間違っているのか分かりそうもない。レオは一つ息を吐き出すと、今度はそれ以上に深く吸い込んで口を開く。


「ギリュアス・ソムデット・ホセ・フライト・ベルザーク・ラシュ・インティリウム・フラッフ・セフィ・モーデス・ブレイン・グアガァッハ・リロイ・デュルム・シンテールブラン」

「ながっ」

「本当にそれで良いのかい?」

「……あぁ」


 貴族にしても長いミドルネームにエルザは驚き、レオは言った名前が正しいかどうか確かめるように、脳裏でもう一度読み上げてから頷いた。


「……残念だが違う」


 しかし、ニライは俯き目蓋を閉じて小さく首を左右に振った。間違ったと分かった瞬間、エルザは彼女から見えないように、何時でも逃げ出せるようレオの腰に手を回す。

 だが、顔を上げてレオを見つめるニライの眼差しは、とても親しげに柔らかいものだった。


「今は遠縁のバリンクと従兄のヒルディマが追加されたよ」

「あの一族は本当に……」


 レオもそうだろうと考えていたので、ニライの言葉に呆れたため息しか出なかった。


 ギリュアスの一族は、自分の尊敬する同族の名をミドルネームとして名乗る。だから親子でも名が全然違い、正式な書類でも時間が経てば追加されて変わっていくのだから、書き直すのも面倒とミドルネームが書かれることは無いのだ。

 もちろん、彼らからすれば長い名前こそ誇りなので、それこそが本名であると公言しているのだった。


 問いかけには不正解とされたレオだったが、その二人はレオの死後追加された名。知らないことこそが正解であり、それまでの返答とも合わせて、彼がクロウの生まれ変わりだということを、ニライも信じることが出来たのだろう。

 今までよりも親しみを感じさせる優しい微笑みで、一歩レオに踏み込む。


「しかし、本当に君なのかい? クロウ」


 右手で握手を交わしながら、左手でレオの肩や腕などを軽く触っていく。自分より大きかったクロウが、小さいことが不思議であり面白いのだ。ただ、レオになって縮んだというよりも、小さかったニライが成長したといった方が正しい。


「今はレオだ、ニライ」

「……そうか。でも、またこうして君と話せるなんて嬉しいよ。巫女との戦いで、死に行く場面を見ていることしか出来なかったから」


 納得したように頷きながら言ったニライの言葉に、思わずエルザが胸を押さえる。

 魔王軍の本来の役目や事情を知らず戦ったエルザだが、彼女たちは別に悪い事をしてはいない。しかし、知り合いが死ぬ切っ掛けを作ったと言われれば、そこは気になってしまうのだった。


「そ、その巫女の一人が私だったりします」

「君が?」


 レオと同じく転生した上に、敵対していた者同士が一緒に行動しているという事で不思議に思ったのか、ニライはエルザをマジマジと見つめる。そして、レオに本当かどうか、そしてどの程度事情を知っているのか声に出さず尋ねた。


「エルザが巫女だったのも本当で、他の三人も近くに居る。その四人には俺の知る魔王本来の役割も話してある」

「それは……申し訳ない。僕らの都合を君たちに押し付けて、あんな事になってしまって」

「い、いえっ、それはもうレオと話を付けてますからっ」


 友人のクロウを殺されていても、事情を知らないまま亡くなったエルザに、ニライは頭を下げて詫びた。しかし、エルザももう気にしていないので、両手を振って必死に頭を上げるように言うのだった。

 そして、二人が和解したのを見計らってレオが本題に入る。


「それよりニライ、今回の魔王襲来は条約違反だ、一体誰が主導している。お前が居ながら、何故ダナト達を止められない」

「すまないがクロウ――」


 ニライは申し訳なさそうに眉を顰め、左の指先で額を触るようにして顔を覆いながら言葉を続ける。


「ダナトとは誰のことだい?」







 ◇◇◇




 魔城には通常開けられることの無い巨大な部屋がある。そこには魔法陣が部屋一面に描かれ、時折霧のような物が天井から部屋全体に吹き付けられていた。窓も本棚もテーブル、椅子も無い部屋である。

 唯一存在しているのは、部屋の中央にドンと置かれた、大人が二十人は同時に眠れるほどの巨大なベッド。ふかふかで柔らかそうな巨大ベッドだが、そこで静かに寝息を立てている影は一つだけ。そして、小さな声を漏らしながら目蓋を微かに開かせた。






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