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Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第九章 『新たな歴史』
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第百六話




 下級魔法の使えなかったヘルヴィが、一つだけとはいえ使えるようになり、今までは他人に教えるだけだったエルザも四人を相手に模擬戦をするようになった。

 ただ、火属性の魔法を使えたからといって、ヘルヴィが以前のように魔法を使いこなせる訳ではなかった。


「反対属性で苦手な火だからこそ使えるのは皮肉ね」


 あれから他の属性も同じように魔力を込めず、詠唱を変えてやってみたのだが、一度も成功していなかったのである。先ほど起こった戦闘でも魔法を使えず、ヘルヴィは深く肩を落としている。


「下級魔法で魔力調整を慣れさせていくしか有りませんわね」

「それにヘルヴィさん、本格的に魔法を使うのは……」


 言い難そうにエルザは言葉を濁すが、彼女の言いたいことはヘルヴィも理解していた。

 少しばかり寂しげな笑顔でエルザを見返す。


「えぇ、分かってるわ。私の魔法に対する考え方と、今の魔力の量じゃ全然釣り合ってないってことが。だから本格的に魔法を使うのは無理でしょうね」


 ヘルヴィにとって魔法とは複数や単体関係なく、広範囲まとめて撃滅させる手段である。そして、それが出来ない以上、彼女の望む魔法とはならないのだ。

 ヘルヴィは沈みかけた空気を換えるように両手を叩いて、今度は無理のない笑顔で近くに見える大きな木を指差した。


「日も暮れ始めたことだし、今日はあの木の下で野宿しましょうか」

「そうですね。ここは視界は広いから見回りの必要はないかな」


 なだらかに長々と続く下り坂は、魔物の襲撃があれば直ぐに気付けるだろう。そしてそれは、狩りをする動物が周囲に見当たらないことも直ぐに分かり、今回エルザは見回りをすることなく、野宿の準備を手伝うのだった。




「さーて、これで準備は終わったから、後は訓練の時間なんだけど……」


 地道に、しかし成るべく早く成長しなければならない彼らだが、全員で模擬戦や訓練だけに時間を費やすことは出来なかった。何故ならレオとリリーの二人は、魔法陣の完成を急がなければならないからだ。


「今日そっち二人は魔法陣作り?」

「あぁ、いくつか案が溜まったからな。そっちは近接訓練か」


 二人が抜ける時、エルザが二人を指導したり三人で模擬戦をすることもあるが、ヘルヴィを中心に魔法の訓練をする日もある。新しい下級魔法の詠唱を考えたり、魔力を込める練習、彼女がエルザやパーラに魔法を教えることもあった。

 エルザはレオの言葉に頷き、気楽そうに頬を緩める。


「そうだよ、でも二人がいないなら結構楽に戦えそうだね」

「あら、私も魔法使えるようになったのよ。今までとは違うわ」

「剣士が魔法を使えるのと、魔法を使って戦えるのとではだいぶ違いますよ」


 下級とはいえ魔法が使えるようになり、ヘルヴィも自身有り気に胸を張る。ただ、エルザの指摘した通り、彼女が実戦で魔法を使いながら戦えるようになるのは、まだまだ時間が掛かりそうだった。

 エルザとヘルヴィが笑いあう中、パーラは腕組みをしながらレオとリリーに視線を送る。


「戦闘に参加できなくとも、事前にわたくし達を強化したり、罠を仕掛けることは可能ですわよね」

「……えっ」


 困惑するエルザを他所に四人で作戦会議は開かれ、リリーが強化魔法をかけてレオとパーラは地形などを見ながら作戦を決め、各所に罠を仕掛けておく。直接戦う人数は減ったが、この様な戦い方もまた経験である。


 そして、エルザ達の模擬戦の準備が整うと、レオとリリーの二人は戦場となる場所から、作業に集中出来るであろう距離まで離れた。


「さて、こっちも作業を進めるか」

「うん」


 魔法陣製作にはかなりの論理と根気が必要な作業である。今も二人の前には何枚もの紙が広げられ、文字や図柄でいくつもの魔法陣を描いては話し合い、そして消されていく。

 これは魔法の詠唱と同じで明確なイメージを持たせる以上に、描いた魔法陣の上を魔力が上手く流れるようにしなければならないからだ。ある意味一つ一つ正解を埋めていく、パズルのようなものである。


「ここ魔力を流すとどうなるの?」

「そこは三文字目の右払いから下に向かって流れていくな。線を書き加えて矯正するか、四文字目で流れを修正しないと」


 レオから教わった魔界の文字を使う箇所では、術印を幾つも作ったリリーの知識も使えない。新しく書いてみてはレオに聞き、文字を地面に書いては試してみるのを繰り返す。

 元々完成している魔法陣を小さくするだけとは言え、一箇所変えただけでも全体の調和が崩れてしまう。結局、全体の作業量はそれほど減っていないのだ。


 レオの意見も聞いて、ある程度完成させた魔法陣の一箇所を試してみる。全部を描いていないので何も起こりはしないが、魔法陣の最後まで魔力が流れきるのは感じ取れた。


「さすがに手馴れているな」


 一連の流れるように手を動かし続けるリリーを見て、レオは思わずそう言った。


 リリーの魔法陣作成はまずぼやけた輪郭を作って、試しながら細部を詰めていくようなものだった。失敗してはその地点を新しく書き直して繰り返す。

 才能という点では輪郭を作成する部分にあるようにも見えるが、どちらかというと数を多くこなしたからこそ、経験則で正解に近い魔法陣を描けるのだとレオは感じたのである。


「これなら私がいない場所でも手助けできるから、いっぱい作った」


 願い通り、今も彼女の作った術印が使われ続けていることを嬉しそうに笑う。二人は着実に魔法陣の改良を進めていく。


 しかし、魔法陣は根の詰める作業。早く完成させたいと急ぐリリーに、レオが適当なところで休憩を挟むようにしていた。

 その中身はたわいも無い雑談や魔法陣に関する話だったり、エルザ達に混ざって身体を動かすことなどである。


「そうだ、一つ聞きたかったんだが、夢練印はどんな感じでやってるんだ?」


 今回は魔法陣にも係わる内容だが、どちらかというと唯の雑談だった。


 夢練印とは、魔力を操作し一瞬で魔法陣を描くことの出来る技法で、今のところそれに成功しているのは巫女ヨハナのみとされている。

 過去にレオも試したことはあるが、魔力の簡単な変化までは行えても、それは身体の周りで細長くしたり球体にする程度。精確な図柄にはならず、例えるなら水中で息を吐き出して描くような、途方の無さを感じて諦めたのだった。


「ん、魔法陣を想い描いて、そこに魔力を打ち込む感じ」


 レオの目の前で小さな魔法陣を出現させたリリーの説明は、一応納得出来るものだったが、それでも難しさは変わりそうもなかった。魔力が何をしなくても揺らいでいる以上、一瞬で精確に無数の魔力を射出しなければならないのだ。


 レオはため息を吐き出しながら、改めて夢練印の習得を諦めるのだった。


「まあ、その代わりにシルフィンスを創った……」


 言葉の途中で何かを思い出したのか、レオは一瞬眉を動かして胸元に手を当てる。

 話しを途中で言葉を止めたレオに対して、リリーは何事かと小首を傾げた。


「あぁ、旅の途中でこんな文字を使った魔法陣を見かけたんだが、魔法陣の改良に使えるかと思ってな」


 レオが言っているのは精霊と契約した時の魔法陣で、何となく覚えていた文字を思い出しながら地面に書いていく。それをリリーは横から見つめていると、一文字目を書き終えた時点で何かに気付き小さく声を漏らす。


「俺もこの文字は知らないんだが――」

「ヒュゾンク文字っ」


 二、三文字ほど書いたところで確信し、リリーにしては大きく声を張り上げた。そして身体を乗り出すようにレオに近付く。


「魔法陣を見たって、使えるやつだった?」

「あぁ、きちんと発動したぞ」


 レオの答えに、リリーは両手を握り締めて「すごい」と感動に瞳を輝かせている。

 もう答えは予想出来るが、レオがリリーにこの文字を知っているか尋ねてみると、力強い頷きが返ってきた。


「うん。現存するものが少なくて、解読が出来ない大昔の文字。余りに情報が少なくて、どこでどんな人達が使っていたのかも分からない。破損した魔法陣から見つかることが多くて、消失した(ヒュゾンク)文字って呼ばれてる」


 レオが書いた以外の文字を地面に書くリリーは、わくわくと興味が尽きないようにレオを見上げた。


「ねぇ、魔法陣は覚えてる?」


 ただ、輝く瞳で見つめられても、残念ながらレオは覚えていない。文字自体も覚えている範囲で書いただけで、正確かどうかすら分かっていないのだ。しかし、精霊に頼めば再び魔法陣を描いてくれるだろう。

 問題はレオがエルザ以外の三人に、シルフィンスが精霊魔法であることを伝えていないことだ。


 レオからすれば手の内を晒す上に余り広めたくない内容だが、魔法陣の改良は急務であり、その助けになる可能性もある。幸いなことにリリーもレオと同じく、人に知られると騒ぎになる夢練印を使う仲間だった。


「俺は覚えていないが――」


 だからこそレオは風の精霊との契約、その時に精霊が過去に契約した人が使った魔法陣であることを伝えたのである。


「言い触らさないでくれよ」


 その言葉にリリーは悩む素振りすら見せず、直ぐにコクリと頷いた。


「他に誰か知ってる?」

「エルザと今の大空の巫女一行だけだな。まあ、パーラとヘルヴィに言っても良いとは思うが……」


 魔王の真実はレオに直接関係無いので、話すことに躊躇いはないが、シルフィンスはレオにとっての奥の手である。彼女たちが黙っていると分かっていても、自分から話すことに若干の抵抗を感じるのだ。


 とりあえずその事は一旦置いておくとして、レオは首から提げて服の下に隠してある、翠色に輝く宝石を取り出した。


「これが精霊との契約で出来た宝石だ」


 リリーは受け取った宝石を手の平に置いたり、光にかざして見つめる。

 その間、レオは風の精霊に頼んで契約の魔法陣を描いてもらう。あの時とは違い今度は地面なので、床が壊れる心配をする必要は無い。

 宝石を見終えたリリーは、魔法陣が完成するまで辺りをキョロキョロと見回す。


「精霊さん、いる?」


 風が地面を削りながら走っていても、リリーには精霊を見ることも感じることも出来なかった。シルフィンスもそうだが、レオから普通の魔法を使ったと聞けば納得するだろう。

 ただ、レオは精霊が近くに居ることを感じている。


「あぁ、今ここにも居るし、精霊なら大抵どこにでも居るな」

「どんな姿してるんだろ」

「……いや、知らない方がいい」


 エルザと同じように精霊の容姿が気になるようだが、レオはそれを言葉にしなかった。というよりも、言葉で表せるような容姿でもないのだ。

 しかし、リリーは何故そんな返答なのか分からず小首を傾げるも、一応聞き入れて再び尋ね返すようなことはしなかった。ただ、精霊のことは気になるのか、見た目以外の話に広げる。


「ん~、いい子?」

「……そうだな。悪い奴じゃないし、契約する前は善意で手助けもしてくれた。会話は出来ないがいい奴なんだろう」

「そっか。うん、レオの手助けをしてくれてありがとう」


 どこに居るかも分からないので、リリーは目の前の誰も居ない空間に軽く頭を下げる。レオはそんな彼女の行動を不可思議そうに見つめていた。


「何でお前が礼を言う」

「なんとなく?」


 いい子と言っても精霊はお爺ちゃんかもしれない、そんな話をしながら二人は魔法陣の改良作業へと戻っていった。




 ◇◇◇




 リリーが微笑みを浮かべて精霊に礼を言っていた頃、大空の巫女であるイヴェッタ・イシュア・ダンジェロもまた、食事をしながらリリーと同じく笑みを浮かべ、左手で開いてある手帳を見つめていた。

 ただ、リリーが無垢な笑顔だとするなら、イヴのはニヤリと人を小馬鹿にしたような笑みである。


「それ精霊と契約する時に現れたっていう、魔法陣の写しだっけ?」


 フォークでトマトをつつくリュリュは、普段身体に巻きつけるようにセットしている自慢の長い髪を、自身の後方に置いた机の上に流している。これはいつもの事なので、彼の席は人通りの少ない場所と決まっていた。


 リュリュの指摘通り今イヴが見ているのは、レオが精霊と契約した時の魔法陣である。


「あぁ、ヒュゾンク文字さ。完成した状態で見つけたのは初めてかもしれないねぇ」

「はっ、そんなんで飯が食えるかってんだ」


 内装や並ぶ料理から一流の店で高級な食事だと分かるが、モイセスは雑に小皿に取るとそのまま腹の中に掻き込む。その勢いやごちゃ混ぜ具合といい、料理を味わって食べているのか疑問符がつくだろう。


「まぁ、これだけじゃ飯は食えないけど、美味い飯には有り付けるかもね」

「うおっ、マジか」


 全く興味も価値もないと思っていたものがお金になると分かり、急にモイセスの食い付きが良くなる。イヴは予想通りの行動に、ニヤニヤと笑いながら手に持った手帳を小さく左右に揺らした。


「ヒュゾンク文字で完成している魔法陣なら、売っ払えばかなりの額になるだろうぜ。ま、巫女(アタシ)が好きに使える額に比べれば、はした金さ。大体の形は覚えたし、欲しけりゃくれてやろうか?」


 それはまるで、餌を欲している犬に見せ付けているようで、侮辱と受け取ったモイセスは眉を顰めてイヴを睨み付ける。


「んだぁ、俺様に施すってか? そもそもそいつはサラサが見つけたもんだろ」

「私のモノはイヴ様のモノ。四つの魔法陣をどうなされようとも、それはイヴ様の御心のままです」


 モイセスの方を見ようともせず、サラサは全く取り合おうともしなかったが、それは彼女の優先順位が分かっていれば簡単に予想できたことである。


 そして、彼女の口から出た「四つの魔法陣」。レオとの契約では風の精霊だけだったが、精霊と意思疎通の出来るサラサが頼めば、他の属性の精霊も魔法陣を描いてくれる。

 レオとリリーが解読する為に必要な情報や資料は、彼女たちなら簡単に集めることが出来たのだ。


「でもさ、その文字って何かの役に立つの?」

「遺跡でも少しばかり見かけたから、読み解けりゃそこに書かれた意味は分かるだろうし、より強力な魔法陣が使えるようになるかもしれない」


 余り話を聞いている様子ではなかったリュリュにそう尋ねられ、イヴは手帳を懐に仕舞ってフォークを手に取った。モイセスやリュリュは話をするよりも食事を続けていたが、それでもテーブルには四人で食べ切れないほどの料理が並んでいる。


「けど、机に黙々と向かうなんてアタシはゴメンだね。そういったのが得意な奴に解読……って、あの世代なら今生きてるかもしれないのか」

「第六魔王クロウと戦ったヨハナ様ですね。確かにあの話を信じるのなら、その可能性はあるのかもしれません」


 イヴは品定めをするようにテーブルに並べられた料理を一望し、その中から茶色い餡の掛かった白身魚の切り身をフォークで突き刺す。そして、とろりと餡が大皿に零れ落ち、それが途切れるタイミングを見計らって、葱や大根などの薬味と一緒に小皿へと移した。


 それをイヴが口にするより前に、リュリュは呆れたようにため息をこぼす。


「ヨハナって夢練印の人だっけ? あんなのが使えるから才女とか変だよね」

「確かにサラサには必要ないだろうしねぇ。わざわざ魔法陣を出さなくても、大抵のことなら精霊で解決できるだろうしさ」

「夢練印が使えるからといって、戦いに勝てる保障はありません」

「なんだ、大したことないんだな」


 世間の評判とはまた違う意見を次々に聞いて、魔法に興味の無いモイセスは本心からそう呟いたのだった。そして、ニヤリと笑ったイヴは魚に齧り付く。


「でもま、神子様とやらに頼んでみるのも一興かもな」






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